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4 聖剣伝説 その4 封印の美少女

 デュラハンの頭が転がり、死馬は消え去った。


「た、倒したのか?」

『ええ。素晴らしい斬撃でした。本体だけではなにもできません』


 レイは両膝を地について肩で息をした。

 少し休んで自分の手にある剣を見る。


「まさか俺が……聖剣を?」


 古代図書館の文献に聖剣を抜けるものは真の英雄だけとあった。


「真の英雄ね……」


 ならばレイは自分が聖剣を抜けるはずがないと思う。自分は英雄などとは程遠い。

 つまり、ただの剣なのだろう。

 聖剣でないなら泉の聖水もただの水でアンジェを救えないことになる。


「くそ! この水じゃ毒は癒せない!」

『癒せますよ。私から結露した水ですから』


 女の子の声が益々ハッキリ聞こえる。極限状態の幻聴かと思っていたが、落ち着いても聞こえるのはおかしい。

 文献の伝説では聖剣は命があると書かれていた。

 まさか……。


「ひょっとしてキミ? 聖剣?」

『今の時代では私は聖剣と呼ばれているんですね。多分、そうだと思います』

「ウソだろ……本物?」


 よく考えてみれば、そこらの剣ではデュラハンの鎧を左右に真っ二つにできそうもない。

 デュラハンはダブルSランクの魔物なのだ。

 文献にあった命がある剣って、こういう意味だったのかとレイは思う。


『私を抜くには誰かのために強くなりたいと思う心が必要なのです』

「あ、あぁ~そういうことか」


 確かに聖剣が抜けなかった時は、もう聖水を手に入れてこんな森からはとっととずらかろうとしていた。

 実際に聖剣を抜けた時はアンジェを救うためデュラハンを倒す強さが欲しいと願っていた。

 納得したレイ。


「君を抜けるかどうかは英雄であることは関係なかったんだな」

『いいえ。関係はあります。魔族の王ヴァサーゴが復活したんですね?』


 え? ヴァサーゴ? その名はレイも知っていた。


「あの……」

『あなたは人類を守るためにヴァサーゴを倒そうとしているのですね』

「い、いや。違うけど」

『え? 違うのですか? デュラハンとの戦いを見るに一流の戦士とお見受けしましたが?』

「ヴァサーゴは伝説か事実か知らないけど、2千年ぐらい前に倒されたって」


 それがレイの知っている物語だった。

 いや、古代図書館の文献が読めるレイのみならず、イセリア王国の国民なら誰もが知っている昔話、伝説、英雄譚。


『じょ、冗談ですよね?』

「さ、さあ?」

『ちょっと待って下さい。私は抜かれたことで森の外もヴァサーゴの気を感じることも出来るようになりました。ヴァサーゴを探してみます』


 しばらくすると聖剣少女は奇声があげた。


『えぇ~!? ホントにいない! 死んでる?』

「魔王を倒した英雄の神話は本当だったのかね。リクという少年が冒険の末にヴァサーゴを倒した物語知らない?」

『し、知りませんでした。だって私は剣に転生してからここに数千年も刺さっていて』

「え? 転生?」

『私は元々人間でした。月の女神アルミス様に願って剣に転生したんです』

「元々人間? 嘘だろ?」

『む! 疑うのですか? なら私を地面に置いてください』

「なんで?」

『いいから』


 レイが地面に剣を置いてしばらくすると剣が光った後に一糸まとわぬ見目麗しい少女になった。慌てて手で顔を覆う。


「ちょちょちょっ」

「ふふふ。デュラハンの鎧を倒した程度では数十秒しか人間の姿には戻れないですが、驚いているようですね!」

「そ、そうじゃなくて裸!」

「裸? きゃ、きゃああああああああああ!」


 少女はその場でしゃがんで丸くなる。


「ふ、服を持ってないですか!?」

「な、ないよ。服なんて。剣に戻れないのか?」

「あ、そうでした」


 森に地面にカランと剣が落ち転がる。


「驚いたよ」

『す、すいません』


 レイはあらためて命のある剣だと認識する。


「いつでも人間になれるの?」

『オジサマが抜いてくれたので。今は数十秒ほどですけど』

「そうなんだ……なんだか可哀想だね。時間を増やす方法はないの?」


 聖剣少女は地面に転がったままだ。少女の姿にならなければ動くこともままならないのだろう。


『私が抜かれたことによって、魔貴族達の封印が解かれます。魔貴族を斬っていけば人間に戻れる時間が伸びますけど』

「なんかよくわからないけど魔貴族ってやばそうな響きだな? デュラハンより強い?」

『もちろんです。魔貴族はバラバラになった魔神の体から生まれました。魔族の王ヴァサーゴはもともと魔神の頭部です』


 そんな伝説が書かれた文献もあったような。


『でも、ヴァサーゴを倒すために私を抜いたのではないなら、一体なんのためにここへ?』

「君から出てるという聖なる水を手に入れて、娘の毒を癒やすために」

『あ、あの……結露したと言ってくれませんか?』

「お、おう。君に結露した聖水で、娘の毒を癒やすために」


 レイもそちらのほうが言いやすかった。


『そうだったんですね……』


 聖剣少女が寂しそうにつぶやいた。


『魔族王が復活していなくてよかった。では私を元の場所にもう一度突き刺しておいてください』

「え? どうして?」

『魔族王は無理でも、私がここに刺さっていれば魔貴族の封印が解けることは防げます』

「えっと君を元の場所に戻せば、魔貴族とかいうヤバイ奴らが出てこないってことであってる?」

『はい。私の力も弱まっていますが、オジサマがデュラハンを斬ってくださったので、まだ数百年ぐらいは保つでしょう』

「数百年って……君一人でずっとここに? つらくないのか?」


 聖剣少女は少なくともヴァサーゴが倒された2千年前からここに刺さっていたことになる。


『魔族の王ヴァサーゴが倒れているなら、魔貴族が封印されていれば、人類は平和に生きられます』


 聖剣少女はつらいとは言わなかった。

 代わりに少し笑ってから明るい声を出す。


『ふふふ。聖剣に転生して数千年の間、どんな人が私を抜くのかってずっと思っていましたけど、娘さん思いのオジサマとは思いませんでした』


 きっと聖剣少女は世界を救うことに燃えた若い英雄が来るとでも夢を見ていたのだろうなとレイは思う。


「……残念な思いをさせちゃってすまん」

『残念なんてそんな。オジサマはとっても素敵でしたよ。お話できて楽しかったです。なにせ数千年ぶりですから』

「楽しかったならよかったけど」

『それに真の英雄の資質がなければ私を抜くことはできないんですよ。そもそも声を聞くことだって』


 聖剣少女は真正直で本当のことしか言えないが、レイはお世辞が上手いなと照れくさそうにに頬をかく。


「現実的に考えてありふれたおっさんだよ。でも……」


 レイは腰につけた剣の鞘に聖剣をおさめる。

 鞘は元々アンジェのミスリルの剣があった場所だ。


『え? え?』

「2、3日ぐらいは魔貴族とやらの封印も解けないんじゃないか?」

『そ、そうですけど危険です。もし、その間になにかあって私を戻せなかったら』

「君のいうところの真の英雄が聖剣を持っているなら危険はないだろ? 街に行こうぜ。俺の娘に会ってくれよ」

『なんで街に行くんですか!?』

「少し遊んだっていいだろ」

『遊ぶって……街……う~……。ダメ! ダメですよ!』


 聖剣少女が迷ったことをレイは見逃さなかった。

 数千年もこんなところに一人でいたら、賑やかな街に行ってみたくなるに決まっている。

 レイは、聖剣を腰に、左腕で脇にデュラハンの頭を抱えた。


『ダメですってっ!』


 斥候スキルでマッピングした道を帰ることにした。

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