38 青い目の少女
魔貴族ノエラをレイが斬った日にはアルカサのダンジョンは当局によって掌握された。
ダンジョン都市にはこういった災害に対処する部隊や公的機関もある。
教会もかなりの数の聖職者をダンジョンに送った。
吸血鬼化してしまった冒険者も教会の聖職者が少しずつ元の冒険者に戻していく。
かなり犠牲も出したが、吸血鬼化した冒険者がダンジョンからあふれ出し、ダボスの街に雪崩れ込むという最悪の事態は防がれた。
レイ達も手助けしようとダンジョンの前を来ると、作業をしている多くの冒険者に囲まれてしまった。
「街を救った英雄だぞ! いや救国の英雄だ!」
「レイ殿、是非ウチのパーティーに」
「いや僕をワイルドローズに入れてください」
英雄だという喝采にアンジェやルシアやリンスは慣れたもの。
「ひっひっひ。ギルドから相当な報酬が出るかもね。ダンジョンで未発見の階層も見つけたんだしさ」
アンジェなどは今回の件の報酬を計算していたが、レイは後ろめたかった。
こそこそと三娘の背の後ろに隠れる。
「レイ、私達の後ろで何やってるの?」
ルシアがそれに気づく。
「あ。いやだってさ」
レイは胸の内を語った。
「俺達が朝日が出るまで時間を稼いで吸血鬼の祖を討ち果たしたということになっているけど、実情は違うだろ」
「なんで?」
「本当は七魔貴族が俺を罠にはめようとして起きた惨事だろ? 冒険者が巻き込まれたじゃねえか」
ルシアがレイの発言にあきれ顔になる。
「馬鹿ねー」
「なんでだよ」
「七魔貴族っていうのを放っておいたらどうせ人間に害をなしてたんでしょ。そもそも冒険者は魔物と戦って人を守ることも仕事なんだから」
レイはルシアからそう言われても複雑な気持ちだった。
「レイさん!」
こそこそしているレイに名指しでよってくる冒険者がいた。
ダンジョンの詰め所で一緒に戦ったジョンだった。
「レイさんのおかげで命が助かりました」
「お、おう」
「でも、ダンジョンを早く復興させないといけませんね」
「そうだな」
「それじゃあ、僕、手伝ってきます」
そういってジョンはダンジョンの中に走って行った。
冒険者達がダンジョンを早く元の”炭鉱”に戻そうとする様子を眺めるとレイも段々と後ろめたさが無くなってきた。
「まあ目の前のことをやって行くしねえ。俺達も復興を手伝いますか」
レイもティファと三人と共にダンジョンに向かって行った。
◆◆◆
壁も天井も床も闇のように黒い城の広間に数人の男女が集まっていた。
男女と言っても角がある。
彼ら彼女らは魔族だった。
その空気は重い。
席に深く座って誰も声を発しない。
「ノエラが敗れたか」
突如一人の魔族が口を開いたことを皮切りに次々と他の魔族も口を開き出す。
「われらの敵……聖剣の英雄か……」
「ノエラの眠りの魔法に耐える人間がいるとはね。おそらく聖剣を使いこなしているのだ」
「聖剣の力が弱まって抜けてしまったというだけではないらしいな」
「新しい英雄殿の誕生ってわけだ」
少しふざけた声音を出した魔族を睨む男がいた。
この男はまだ若く角も生えていない。
つまり人間だった。
髪も眉も目も炎のように赤い。
「強欲、キサマ斬られたいのか?」
男はふざけた魔族を暴食と呼び、低い声で語り掛けた。
「どうする斬る?」
青い瞳の女が冷たい声で男に聞いた。
「おいおい。よせよ。冗談だ。アンタには魔神結界も無意味だからな」
女はまだ少女と言って良い容姿をしていた。
ただ、その瞳は若い少女が帯びるとは思えないような深い蒼色を携えている。
「けれど確かにジオの言う通りだわ。英雄は二人で十分……私が行くわ」
若い少女が席から立つと妖艶な美女が驚きの声をあげた。
「アイス、アナタが? 戦えるの?」
美女からは角が生えている魔族のようだ。
「どういう意味? 私が人間を斬れないとでも?」
「そういう意味じゃないわ。アナタは道具じゃない?」
人に道具と言うと馬鹿にしていることになるだろう。
だが、アイスは冷たく笑うだけだった。
「道具に操られる人間もいるでしょう。それに私だって、この時代の剣士に後れを取るほど腕は衰えていないわ」
「アイス、仮にも聖剣を抜くほどの男だ。気を付けろよ」
赤毛の男が言った。
「アナタも気を付けて。どうも魔族達に恨まれているようだから」
少女は静かに漆黒の広間から出ていった。




