35 魔貴族ノエラとの戦い その3
「それじゃあ、ここにパンと飲み物と魔力のポーション置いとくから」
「うん。ありがとう」
レイはリンスに笑いかけ、必要な物をベッドのそばに置いてから個室を出た。
走って砦と化した詰所で唯一の鉄の扉があるロビーに向う。
近づくにつれ、ガンガンという音が大きくなってくる。
吸血鬼が鉄の扉を叩く音だ。
ロビーへに着くと、兵士や冒険者は怯えていたが、アンジェ達にその様子は無い。
轟音など気にもしない様子で、アンジェはサンドイッチをぱくつき、ルシアは作戦会議をまとめていた。
ルシアの白く細長い指が詰所の見取り図をなぞる。
「まあ実際のところ、作戦もなにもないわね」
レイの不在中に立てられた作戦は、早い話が今も吸血鬼化した冒険者によってバンバンと音を立てる鉄の扉を静かにさせるだけだ。
そのために詰所内にいる戦闘が可能な者達でチームを2つ作り、交代で詰所の外に出て防衛ラインを築く。
レイも見取り図を見ながら、腹ごしらえのためにチーズが挟んであるパンを手に取る。
「私とアンジェで先に出て、防衛ラインと構築と維持をする。限界が来たらレイの率いる兵士・冒険者のチームと交代。その他の魔法系や斥候系の冒険者は、連絡や雑務などで支援を担当して」
ルシアはどうやら、アンジェと2人だけでチームを組むらしい。レイは兵士や冒険者達の中で前衛のできる者達とチームを組む。
まずはアンジェとルシアのチームが戦い、限界が来たら交代してレイ達のチームが戦う。そうして今ここにいるこのメンバーで朝まで耐え切るのだ。確認のために問いかけたルシアに対して、その場にいる全員がうなずく。
「後はそうね……縄も詰所にあったら用意しておいて」
ルシアの提案に、レイが理由を聞く。
「どうしてだ?」
「噛まれた人が出たら、吸血鬼化する前にここに戻ってきてもらう」
「なるほど。縄で縛って転がしとくのか」
「そういうこと。少し可哀想だけどね」
「いや、それが最善だよ。後で助けやすいしな」
アンジェが左の手のひらに右の握りこぶしを当て、気合を入れる。
「よっしゃ! 軽く蹴散らしてやるか。レイはゆっくり休んでてね?」
支援担当の冒険者が、鉄の扉の巨大なかんぬきを外す。
鉄の扉が押し開けられるのと同時にルシアが嵐の魔法を発動させ、外へと2人は走り出す。
2人は詰所の外へ出てから、扉を開けてくれた冒険者達へ、ルシアが叫ぶ。
「早く閉めて!」
王国で最強パーティーと噂されるワイルドローズだが、レイ以外のメンバーの見た目は妙齢の女性だ。
兵士達も吸血鬼だらけの戦場に2人を残すのをためらったが、ルシアの叫びによって鉄の扉は閉められた。
ガンガンという鉄の扉が叩かれる音はしなくなり、代わりにルシアの魔法の炸裂音が断続的にするようになった。
詰所に残った者は、連絡係、扉のかんぬきを修理する者、体を休める者に別れることになった。
主力のレイは個室で休む。
レイは連絡係の女冒険者にある物を頼んで個室に入った。
ベッドに座ってから横になる。
ティファに話しかけられた。
『なにか頼んでました?』
「ちょっとね」
『それにしてもアンジェさんとルシアさん、大丈夫かな』
「大丈夫さ。やばくなったらすぐに逃げこむよ」
『信頼されてるんですね』
レイは笑って答えた。
「あぁ、俺より強い。だから今は安心して休むことにするよ」
あと6時間……6時間経てば朝日が昇ることになるだろう。
リンスは魔力のポーションも飲んだので、しばらくすれば回復する。
そんなことを思いながら眠りについた。
◆◆◆
「レイさん、レイさん、起きてください!」
緊急性を感じる声にレイが飛び起きる。
まさか……と思う。
「アンジェさんとルシアさんが戻ってきました」
「大丈夫なのか?」
「ええ、消耗していますが、怪我はないようです」
「よし!」
レイはもちろん2人を信用していたが、心配をしていなかったわけではない。
ここは敵地だし、魔貴族のノエラがどんな罠をしかけてくるかわからないのだ。
二人の無事に歓喜の声をあげてから部屋を出る。
部屋から出たレイは連絡員になってくれた女冒険者に今の時間を聞いた。
「後、3時間ほどで日が昇ります」
「ということはアンジェとルシアは3時間もやってくれたのか」
「さすが有名冒険者のアンジェさんとルシアさんですね! 美人だし凄くカッコイイ」
「あぁ! 自慢の娘さ」
「え? 娘さんだったんですか?」
レイも2人を褒められると嬉しかった。
ロビーに着くと、アンジェとルシアがお湯に付けたタオルで顔を吹いていた。
鉄の扉はまたバンバンと音を立てていた。
アンジェとルシアがレイに気がついた。
「あ、レイ。もう少し頑張ろうと思ったんだけど……」
「魔貴族戦相手に余力と魔力も残しといたほうがいいかなって」
レイがアンジェとルシアの頭を撫でる。
「なに言ってるんだ、3時間も粘ってくれただろ?」
頭を撫でるのをやめないレイに対して、アンジェは嬉しそうな顔を隠さず、ルシアは帽子のつばで顔を隠す。
「も、もう! やめてよ。皆が見てるし!」
3人の様子を見て、その場にいた兵士や冒険者達が笑い出す。
ここにいる多くの者が次は自分が死地に向かう番なのだ。
最強のパーティーたるワイルドローズの微笑ましい姿を笑うことで、恐れや不安をを吹き飛ばそうとする。
笑い声が響き渡る中で、アンジェが元気に立ち上がるとレイにささやいた。
「また、すぐに交代したって大丈夫よ。だってレイは、対魔貴族戦の最大戦力なんだから余力を残しておかないと」
笑うアンジェには消耗が見て取れたが、レイは気づいてないように明るく言う。
「わかった。苦しくなったらすぐに交代するよ。だけど今はそれよりも……」
レイは誰かを探すように周囲に視線を向けると、先ほどの女冒険者がレイの傍に寄って来て剣を渡す。
「頼まれた剣です」
実はレイが頼んでいたのは剣だった。
「詰所の道具置き場に、良さそうな鋼の剣が一本ありました」
「助かるよ。ありがとう!」
いつもは他の人がいるとあまり話しかけないティファが、それを見てレイに聞く。
『どうして聖剣の私がいるのに剣を? まさか……』
「そのまさかさ」
レイは右手に聖剣、左手に鋼の剣を握る。
「開けてくれ!」
レイの声で兵士が鉄の扉を開けると、一体の吸血鬼が飛び込んでくる。
レイは左手に握る鋼の剣で、その吸血鬼をなで斬りにして勢いよく外に飛び出ると、さらに鉄の扉の付近にいた吸血鬼達もバラバラにした。
「俺はなにかを極めることは苦手なんだけど、代わりに結構器用になんでもできる方なんだよね。やってみるぜ二刀流!」
もちろんレイが鋼の剣を使うのは、ティファで人を斬らないためだ。
『レ、レイさん。気持ちは嬉しいけど無茶ですよ!』
「大丈夫! やってみないとわかんないだろ?」
あえて少し格好つけるようにティファに諭した途端、聖剣を持つ右手から吸血鬼が飛びかかってくる。
「右手は我々に!」
交代でレイと共に詰所を出た隊長がレイの右側から襲い掛かった吸血鬼を斬り伏せた。
「君の名前は……」
レイの右側に立っている若者は、以前にワイルドローズを引き止めた兵士だった。
隊長は察しが良かった。
何故か左手の鋼の剣しか使はないレイを見て、できれば右の聖剣は使いたくないのだと気がついたのだ。
「ジョンです! 右手は我々に任せてください」
「ジョンか! ありがとう! 右手は任せた!」
レイは少なくとも、今から数時間、鋼の剣だけで防衛線を守る事を決意していた。
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