33 魔貴族ノエラとの戦い その1
ノエラのもとに辿り着くため、道中の魔物は全て蹴散らしてやる!
そんな思いでダンジョンの奥に向かったレイが見た光景は、冒険者が冒険者を襲っている光景だった。
「な、なんだこりゃ?」
唖然とするレイ。
『あの方々、吸血鬼化してます』
そんなレイに答えたのは、聖剣であるティファだった。
「吸血鬼化~?」
『そうです。どうやら元人間の吸血鬼のようで、魔物避けのスキルも効かないみたいです』
ダンジョンの奥から聞こえた悲鳴は吸血鬼化した同じ冒険者に襲われていたものだった。
噛まれた冒険者も新たに吸血鬼化するので加速度的に増える。
道中の魔物はすべてを蹴散らすと決めていたレイも、さすがに冒険者が襲ってくるとは想定外だった。
極力、殺すことは避けたい。
「リンス、神官の魔法で治せないのか?」
「1人治すのに数分はかかるし、そもそもこの数を治すのは無理だよ~」
間違いなく魔貴族ノエラの罠の一つだろう。
ダンジョン内に価値の高い魔物を多く出し、冒険者達をおびき寄せ、出入り口を塞いでから吸血鬼化させたのだろう。
そんなことを考えているとレイに少年と少女の吸血鬼が襲いかかる。
レイと聖剣の力なら、一瞬で彼らを両断することは容易い。
しかし、吸血鬼化していたとしも、少年や少女をを聖剣で斬るなどできないのがレイだ。
このままだでは噛まれると頭は理解しているが、レイの体は動かない。
迷っている間に、躱せない距離に迫られている。つい目をつぶってしまった。
「ぐえっ」
「ぎゃっ」
聞こえる悲鳴。少年の吸血鬼をアンナが鞘におさめたままの剣で弾き飛ばし、少女の吸血鬼をルシアが氷つぶての魔法で吹き飛ばした姿があった。
「お、お前ら! 殺った……のか?」
「今はふっ飛ばしただけだけど、必要なら殺すわ」
「レイが死んだら、もっと増えるんだからね。私達も吸血鬼になって呪ってやるわ」
「はは。それはおっかないな」
三人がそんなやり取りをしている間にリンスが杖を回しながら魔法を唱える。
するとレイ達全員が入れる程度の大きさがある、光で作られた空間がうまれる。
「吸血鬼が入れない空間を作ったよ。しばらくは持たせられるから、今の内に地下に走ろ!」
ノエラが冒険者を魔の眷属としたなら、俺には三人の娘達がいると心強く思う。
レイ達は光の空間に入ってダンジョンを走った。
「ぎゃああああああ!」
道中も冒険者と冒険者が殺し合っている。
進行上にいる冒険者は助けたりもしたが、おそらくなんの意味もないだろう。
地下4層ではどんなに急いでも地下12層にいるという魔貴族ノエラを倒すのは数時間かかる。
逃げ場の無いこのダンジョンの中で数時間以上も吸血鬼化せずにいられる、とはレイには思えなかった。
「くそっ。それにしてもなんて冒険者の数だ」
「ゴールドラッシュって言っていたもんね」
レイのボヤキにアンジェが反応する。
「ところでアンジェもう少し左走ってくんね?」
ワイルドローズの前衛は通常、左側がアンジェ、右側がレイとなっている。
「レイこそ娘の私にくっつきたいのはわかるけど、もっと右側走ってよ。光の空間から出ちゃうわ」
ルシアがはっとした顔をした後に叫んだ。
「二人共、違うっ。光の空間が小さくなってるのよ」
三人が同時にリンスの顔を見る。脂汗をにじませながら走っていた。
リンスは三人に笑顔を見せる。レイは強がりだろうと判断した。
「あははは。実はこれ、維持するのが結構しんどい魔法なんだよね」
「無理してないで早く言えっ!」
こういう時、高レベル冒険者である彼らの行動は素早い。
アンジェが先頭で剣を構え、レイがリンスを背負って真ん中、リンスが後ろという縦列隊形になった。
「どうだ。少しは楽になったか?」
「うん……えへへ、レイの背中……久しぶりかも」
光の空間も大きさを戻す。
それから走り続けること約一時間。レイ達は地下7層にまで到達していた。
「ぐで~……」
リンスが完全にレイの背中でぐったりしている。
先頭のアンジェは既に返り血で赤くなっている。何人かの吸血鬼は斬り伏せるしかなかった。
光の空間は増々心細くなっていくる。
「レイ、リンスの限界が来たら聖剣を抜くしか……」
レイはルシアのいうことがわかる。
ルシアは聖剣を抜いたレイの強さを見ている。
その強さは吸血鬼など問題にならない。
ルシアはパーティーのブレーンとして、非常な決断をするタイミングを計っていた。
だが、レイは首を振る。
「聖剣で人は斬れない」
『レイさん……ありがとう……』
ティファが感謝する。
彼女は自分を犠牲にして世界中の人々を守った少女なのだ。
レイも覚悟が必要な時がいつかは来るかもしれないことはわかっている。
しかし、出来る限り、元冒険者に聖剣の力を行使しない。
言うならば、それがレイとティファの覚悟の形だった。
ルシアが難しい顔をする。
「でも、これ以上は……」
「俺に考えがある。ルシア、リンスを担いで地下8層まで走れないか?」
「8層までならなんとか。でも、どうするの?」
「とりあえず頼む」
レイは、リンスをルシアの背中に移動させる。
「んじゃリンス、一旦魔法を止めてくれ」
ルシアはレイの言葉の意味がわからないという顔をするが、リンスはレイの言葉に疑問を抱くこともなく魔法を止める。
彼女自身の限界が近いということもあったのだろうが、こういう時のレイの発言について、リンスは疑う余地もないほどに全幅の信頼を寄せていた。
「アンジェ、ルシア。地下8層の詰所まで走り抜けるぞ!」
そのレイの言葉でようやく、アンジェとルシアはレイの策を理解する。
詰所というのは以前、地下9層に降りようとして引き止められた場所。
すなわち地下8層の奥にある、9層への関所のような場所だ。
ダンジョンは、まれに危険な魔物が大量発生することがある。
つまりは今のような状況が、魔貴族の存在とは関係なく起こる訳だ。
ダンジョン内の兵士の詰所はそういった場合の防波堤や避難所にもなる。
地上の詰所よりもはるかに優秀な兵士が守っていて、物理的にも魔法的にも堅牢な砦にしてある。
今回のような緊急事態に陥ったとしても、そう簡単には落ちない。
もし落ちていたとしても、中に入り込んでいる吸血鬼を排除して、扉さえ閉めてしまえば、外からの攻撃を気にしなくて良い休憩場所になる。
さらには水や食料、簡単なマジックアイテムなどの物資の備蓄もされている。
「邪魔よっ!」
向かってきた吸血鬼が、袈裟がけに両断される。
先頭を走るアンジェは、もう進行上の敵は斬ると決めたようだ。
レイも鞘に収めたままの聖剣で、リンスを背負うルシアに取り付こうとする吸血鬼を吹っ飛ばす。
息を切らしながら走り続け、ついには8層にたどり着く。
「今までで一番酷いじゃないっ!」
8層には既に、吸血鬼になっていると思われる冒険者しか存在していなかった。
しかしその先には詰所が存在している以上、レイ達は進み続けるしかない。
「詰所までは後もう少し。ここが正念場ってやつだ」
四人の中では一番余裕が残っていたレイが、三人を励ましながら一丸となって進む。
全員限界が近づいていたが、もうゴールは目の前だという希望が彼らの歩みを止めなかった。
そうやって今までで一番多くの吸血鬼を相手にしつつ走り続けた先で、ついに先頭のアンジェが詰所の姿をとらえる。
「やった! 詰所が見えたわ!」
吸血鬼達に囲まれながらも、詰所そのものは破られてはいない。
思わず歓喜の声をあげたアンジェだが、吸血鬼に囲まれている事から不安も感じる。
すなわち「噛まれたら自分も吸血鬼になってしまうという状況で、詰所の中にいる人達が自分達のために扉を開けてくれるのか?」と言う不安だ。
しかし目的地が詰所である以上、今は迷わずに全力でたどり着く。
「どっけぇぇぇ!」
そう決めて最後の力を振り絞ったアンジェは、詰所までの道を文字通りの全力で斬り開く。
「ここを開けてっ!」
詰所にたどり着いたアンジェはそのまま、唯一の入り口である頑丈な鉄の扉を叩く。
それを見たリンスは、最後の力を振り絞って光の空間を作る。
レイから何の説明もされなかったリンスだが、彼女はレイから光の空間を止めるように言われた時に、この時のために止めさせたのだと理解していた。
光の空間によって周囲から吸血鬼がいなくなった事を確認したレイは、扉の覗き穴のなかに叫ぶ。
「ワイルドローズのレイだ! ギルドの依頼で助けに来た!」
やや嘘が混ざっているが、扉を開けてもらうためにはこう伝えるしかない。
そんなレイの言葉に対し扉の中から反応を示したのは、以前レイ達ワイルドローズを通さなかった兵士だった。
「ワイルドローズ! こないだの?」
覗き穴からこちらを確認しているのであろう兵士に向けて、レイは自分の顔が見えるように移動しつつ返答する。
「ああ、そのワイルドローズだ。助けに来たぞ!」
「し、しかし、外には、吸血鬼化した冒険者達が……」
「今。パーティーメンバーの神官が吸血鬼が入れない光の結界を作っている。覗き穴から見てくれ!!!」
「ほ、本当だ。わ、わかった」
詰所の扉がわずかに開く。
やった! と、レイ達は詰所のなかに転がり込んだ。




