32 リンスの休日
ワイルドローズは魔貴族ノエラを討つ前に準備の日を取ることにした。
朝ごはんを食べた後にリンスはぼーとアンジェとガーランドの木剣での訓練を見ている。
ルシアはまだ寝ているようだ。
「い、いったー」
「甘いな。だが、お前ほどの女がいるとは」
ガーランドがアンジェからまたも一本取った。
アンジェは王国最強とも噂される冒険者パーティーの剣士だが、かたやガーランドも軍事貴族の側面もあるエドワーズ侯爵から最高の剣士と称されている。
森林や山岳やダンジョンという冒険者のフィールドではアンジェの勝率は上がるだろうが、ホテルの庭では5本中1本ガーランドから取るか取れないかだった。
「リンス、回復魔法~」
「え~もう飽きた~」
「もう一回こいつの頭にキツイのを食らわせなきゃ気がすまない! あっ待て」
リンスはアンジェを無視してホテルの敷地を飛び出した。
明日はアルカサのダンジョンに乗り込み、ついに魔貴族と対峙することになる。
冒険の旅の準備はいつもレイやルシアに任せきりだ。
リンスにとっては本当の休日だった。
「レイはギルドに行ったのかな。探しに行こうかな」
レイはサラマンダーの依頼の報告にギルドに行くと言っていた。
リンスがダボスの街を歩いているとサキュラが現れる。
「やあ」
「……」
リンスはサキュラを無視した。リンスは人の好き嫌いをするタイプではない。
誰とでもすぐに打ち解けるがサキュラだけはなぜか生理的に合わなかった。
「無視しないでくれよ。どこに行くんだい」
「レイのところ」
「僕も一緒に行っていいかな?」
「……止めることもできないじゃない。勝手にしたら」
二人はダボスの街をギルドに向かって歩き出す。
サキュラが一方的に話しかけて、リンスは無視している。
「レイって意外とモテてるよね。君は知ってたかい?」
「……」
「どこにでもいそうなただのおじさんなのにねぇ。腹がたたない?」
「別に」
「エドワーズ侯爵麾下の騎士団のグレンくんは君のことが好きらしいね」
「あっそ」
いつの間にか二人は歓楽街のような一画を歩いていた。
ダボスは冒険者の街なのでいたるところにこのような区画がある。
春を売る店もあって、リンスがそれを見て足を止めた。
「どうしたんだい?」
「……私8歳ぐらいの時にああいう店で働きそうになったの」
「へえ……8歳……。ちなみにそれはどういった経緯で……」
「ないの記憶が。気がついたら店の前で女衒っていうのかな。そういうおじさん、おばさんと話していた」
「そうなんだ」
サキュラは短く相槌を打った。
リンスはアンジェとルシアにこの話をしたことがある。
アンジェはリンスを抱きしめた。
ルシアは「神様が、きっと良い思い出だけをリンスに残すために」と言った。
「お店の人達は誰もが笑顔でここは美味しいものも食べられるし、楽しいところだよって」
「へ~」
「だけど酔っ払ったおじ……まあ当時はギリギリお兄さんが現れて。そのお兄さん、レイだけがこんなところにいるんじゃねえって怒ってたの」
サキュラが笑顔になった。
「それが君とレイとの出会いか」
「うん。私はレイが怖くて泣いたわ。でも聞いたの。じゃあ私はどこに行けば良いの? って。でもレイは頭をかくばかりで答えないし……」
もちろん青年は目の前の少女を救いたいとは思っていた。けれども既に二人の少女の面倒を見ていたのだ。
少女も本能で青年にすがり、そのような事を言ったのかもしれない。
「ははは。彼らしいね」
「お店のおじさんがしびれをきらして私の手を握って店に入れようとしたの。そしたらレイはがガキにそんなことをさせんじゃねえって、おじさんを殴って私を抱きかかえたの」
「怖くはなかったかい?」
「凄く安心した。子供でも……笑顔の嘘と、怒り顔の真実の区別はついたみたい」
サキュラが事さらに笑顔を作ってから空を見る。
「僕の笑顔は嘘なのかな? 真実なのかな?」
「それは質問? 独り言?」
「どちらでも」
「……真実だよ」
リンスは時間を置いてから、ハッキリと答えた。
「君は良い人なんだね」
「よくいわれるよ」
それから二人は会話しながらギルドに向かった。
ギルドに着くと多額の報酬を受け取ったレイが冒険者達に囲まれていた。
女性冒険者も多い。
「いや俺はもうパーティー組んでるからさ。あ、リンス、サキュラ、珍しい組み合わせだな。え? ちょっとなんだよ」
リンスとサキュラはレイの腕を片腕ずつ掴む。
二人の迫力のある笑顔に冒険者がふた手に別れていく。
その真中を通ってギルドを出た。
◆◆◆
翌日、レイ達は、ついにアルカサのダンジョンに乗り込み魔貴族ノエラを打倒することにした。
パーティーはアンジェ、ルシア、リンス。
いつものワイルドローズのメンバーだった。
ダンジョンの入り口にある詰所の前でサキュラ、ガーランドと別れる。
サキュラは魔貴族と直接は戦うことは出来ないと断った。
「だって同族だよ。それに君達に与してるってバレたら動きにくくなっちゃうしね」
ルシアがサキュラをジト目で見る。
「怪しいわね」
「ならば俺は引き続き、こいつの監視をしよう」
ガーランドはエドワード侯爵がサキュラにつけた監視だった。
「サキュラに会いに行ったらガーランドもいたのよね」
ルシアはサラマンダーの一件に魔貴族の匂いを感じ、サキュラに助けを求めに行ったら監視役のガーランドがいたのだ。
「信用ないなぁ。僕」
「どうやって信じろっていいのよ……」
「まあ、きっと罠があると思うから気をつけてね」
サキュラがそういうとリンスがお礼をした。
「ありがと! 気をつけるよ!」
「うん!」
アンジェとルシアは顔を見合わせる。
リンスとサキュラが仲よさげにしているのに驚いたのだろう。
レイは二人の性格がなんとなく似ていたような気がしていたので不思議さを感じない。
「よし! 行くか」
サキュラ、ガーランドと離れて詰所の前に行く。
例の冒険者好きの若い兵士がいた。
「こんにちは!」
「レイさん! 聞きましたよ! サラマンダーを鎮めて、ワイルドローズがこの地方でもAランクの冒険者になったって」
「あはは。たまたまだよ」
「噂ではレイさんだけの力で解決したとか! はっ」
後ろで三人の女性がレイと若者を睨んでいた。
特にルシアは納得がいかなかったらしく、レイの尻をつねる。
「私がピンチを救ってあげたのにぃ~~~!」
「いてて。知らないよ~俺が言ってるんじゃないだろっ」
レイが若い兵士に話しかける。
「ところでなにかダンジョンで変わったことあるかい?」
「それが聞いてください。ゴールドスライムがさらに出るようになりまして。今じゃちょっとしたゴールドラッシュですよ。いつもの何倍もの冒険者がダンジョンに入っています」
「そうか」
普段なら喜びたいところだが、レイは魔貴族ノエラの匂いを感じた。
「レイさん達もゴールドスライム狙いで来たんじゃないですか?」
「まあそんなところかな」
レイはふっと笑う。
ユアを操ったお返しはしてやるつもりだった。
「気をつけて」
若者の声を背に受けながらワイルドローズはダンジョンに入る。
四人がダンジョンに入ったと同時に大轟音とともに入口の大岩が崩れ落ちた。
大岩には魔法の文字が浮かんでいた。
「ぉーぃ……大丈夫で●×△□」
距離的にはさほど無いはずの若者の声がはるか遠くにかすかに聞こえる。
入口付近の冒険者は慌てふためいて情けない声をあげていた。
しかし、ルシアは不敵に笑っている。
「次元が切断されている。魔術的な結界で間違いないわ」
レイが呆れたように聞いた。わざわざ、こんなことをされなくても逃げるつもりはない。
「解く方法は?」
「かなり時間をかけて魔法で解くか、術者を倒すしかないわ」
ダンジョンの奥からは既に悲鳴が響き渡っていた。
「罠だな」
レイとアンジェ、リンスも同じように不敵に笑う。
「じゃあ、ノエラを倒す一択だな! 行くぞ!」
レイは頷いた三人の娘達とダンジョンの奥に走った。




