29 火山迷宮の罠 その1
冒険者達は帰らされたが、レイ達はその後も歓待を受けてもう一泊していくことになった。
レイは昨日も泊まった来客用の宿でアンジェとリンスに疑いをかけられていた。
「レイはすぐ私達が寝てる時にどっか言っちゃうんだから」
「また、どこかに行こうとしてないよね?」
「してない、してない。してたらこんなに飲むかよ」
レイは心のなかで二人の娘に今夜は心配させないよとぐっすり眠ることにした。
◆◆◆
遠いところで音が聞こえる。
怒声や悲鳴、鉄と鉄がぶつかる音だ。
レイがベッドから飛び起きる。
「な、なんだ?」
まさか娘達が、と思いアンジェとリンスを見ると二人は足や尻を出してあられもない姿で寝ていた。
「お、おい! アンジェ、リンス起きろ!」
「な、なに~?」
「もう少し~……」
レイは聖剣を手に横穴を飛び出した。
ドワーフの村は惨憺たる有様だった。
魔法攻撃を受けた煙が立ち昇り、血を流したドワーフが倒れている。
「なにがあった?」
「人間の冒険者がサラマンダー様のところに案内しろといきなり……」
「お、おい! しっかりしろ! くそ!」
そこにアンジュとリンスがやってきた。
「これは一体?」
「サラマンダー目当ての人間の冒険者が襲撃したらしい。リンスは回復魔法を!」
「うん!」
レイは息があるドワーフを探す。
息があるドワーフも多く、殺すこと自体が目的では無かったようだ。
「いたいよー」
子供のドワーフも斬られていた。
しかし、腕を軽く斬られただけで致命傷ではない。
可哀想だが、後回しにするしかなかった。
レイは重傷者を探す。
するとハッサンが倒れていた。
胸を大分深く斬られている。綺麗な斬撃の治療は回復魔法の得意とするところだが、このままでは出血多量になる恐れがあった。
「リンス! リンスー!!!」
「すぐ行く!」
リンスからすぐ行くと返事が返ってきたが、本当にすぐ来れるかどうか。
レイはハッサンの胸の傷に手を当てて少しでも血が流れ出ないようにした。
「お、おお……レイ殿か。油断したぜ」
「奴らは手練れだ。奴らはサラマンダー様のところに向かうようだ」
「らしいな」
「サラマンダー様は休眠しているから危ない。奴らを追わねば……」
ハッサンが立とうとする。
「無理だ! その傷じゃ。それに火山迷宮があれば、そう簡単にサラマンダーには辿り着けないだろう?」
「それはそうかも知れんが……」
「レ~イ!」
リンスがやってくる。意外と早く来れたようだ。
「リンス、助かった。とりあえずハッサンの胸の傷を直して血を止めたい」
「うん!」
リンスが詠唱をして光る手の平をハッサンの傷に当てると、みるみる治っていく。
「おお。すごい回復魔法の腕だな。ドワーフは魔法が苦手だからなあ。ガハハ」
レイがほっとする。とりあえずハッサンの命は無事のようだ。
すると近くの横穴から剣と剣がぶつかる音がした。
レイが走って横穴を目指す。ハッサンとリンスも後から追った。
横穴に三人がつくとアンジェが冒険者風の二人の男を一閃したところだった。
地面には剣を握る右腕が落ちていた。
どうやらアンジェが二人の右腕を叩き斬ったところのようだ。
「「ぎゃあああああ!」」
「ふぅ……。あら? あなた達、ダボスの街の冒険者ギルド本部で絡んできた男達じゃない?」
「た、助けてくれぇ~~痛いいいいいいい」
「あ、レイ」
アンジェがレイに気づく。
レイは右腕を失った男の顔を確認する。確かに冒険者ギルドで揉めた男達だった。
レイがアンジェに話す。
「俺に話させてくれ」
アンジェが一歩退いた。
「痛い……助けて……」
「お前らの仲間にヴァンという男はいるか?」
「い、いるよ~助けて……」
アンジェが二人の男に冷たく言い放った。
「先にあなた達が傷つけたドワーフの治療が終わったらね。間に合うかしら? あなた達、次第ね」
レイが目を手で抑えた。このドワーフ村の惨劇が、かつての友人の手で起こされたと思うと目の前が暗くなりそうになる。
アンジェがレイとハッサンに話す。
「敵は5人だったわ」
優秀な冒険者は敵の数を数えるのが得意だ。目の端に写っただけで正確に数える。
「追撃を阻むための、この二人を斬ったから残りは3人ね。でもドワーフの娘が一人、拐われれてた。昨日、レイにお酌していた娘だと思う」
「レイナだ。まずい」
ハッサンが横穴の壁を叩いた。目を覆った手を除けてレイが聞く。
「どういうことだ? ハッサン」
「レイナはサラマンダー様がいる大空洞の近くまで道を知っている。子供の時に遊びに連れて行った」
ハッサンが族の剣を拾い上げる。
「奴ら許さん! 追うぞ!」
ところがハッサンは急にまたヨロヨロとへたりこんでしまう。
「あ、あれ?」
リンスが青い顔で言った。回復魔法は魔力の消耗が大きい。
「傷が治っても造血されてるわけじゃないんだよ」
「しかし、火山迷宮を正確に知ってるのは俺しかいない」
レイがハッサンに肩を貸した。
「俺も行くぜ。ハッサン」
「すまねえ。レイ殿」
アンジェとリンスも着いてこようとする。それをレイが強い口調で止めた。
「アンジェとリンスは村に残って救助していてくれ!」
アンジェが首を振った。
「リンスはドワーフ達を回復魔法で治さないといけないけど、私は……」
「ダメだっ!」
レイはヴァンのことで剣鬼と呼ばれていた頃の気分に戻っていた。
「奴らが行き違いで戻ってくるかもしれない。その時はドワーフを守ってくれ!」
アンジェはレイを本当は誰よりも敬っているし、子供の頃は畏怖していた。
本気のレイには従ってしまう自分を自覚する。
「わかった。でも気をつけてね……あっ……」
レイはアンジェの赤い髪を手の平でくしゃくしゃとやった後にハッサンと階段を降りる。
アンジェはその姿を見送った。
◆◆◆
レイがハッサンを担いだまま、燃える岩のゴーレムを叩き切る。
「ハッサン、大丈夫か?」
「ガハハ。そんなにヤワじゃねえよ。しかし、なんだな。来るときよりも凶暴なゴーレムが多いぞ」
「フフフ。魔素を濃くしたからだよ」
ハッサンがそう言ったと同時に岩陰からレイナを抱えた20代ぐらいの女があらわれる。
爪が長く伸び、その爪がレイナの首を薄っすらと傷つけていた。
レイがハッサンを降ろして、聖剣を構え直す。
「魔族か」
聖剣は魔族探知機でもあるが、目の前の女は話しながら肌の色を青に変えて羊のような巻いた角を出した。
魔族であることを隠すつもりもないようだ。
「私は怠惰のノエラ様の従騎士アス。聖剣の英雄殿には、ここで死んで頂こうか?」
レイは問答無用でアスを斬るために走って間合いを詰める。
ところが、岩陰にはさらに人が隠れていてレイに斬撃を放った。
レイは余裕を持って受ける。レイが罠を感じていたこともあれば、斬撃を放った人物も、一撃で倒そうとはしていなかったのだろう。
岩陰から現れたのはレイの知る男だった。
「ヴァン!」
「レイ! マウアーを殺したお前を殺す!」
「俺を殺しにくるだけなら殴り返してやろうと思っていたが、それでドワーフ村を襲ったのか? ざけるな!」
レイの剣をヴァンが受け流す。
アドバンスというパーティーを組んでいた頃、レイは剣鬼と呼ばれ、ヴァンは剣聖と呼ばれていた。
冒険に関して押せ押せであるという意味で二人の性格は似ていたのだが、剣の性質は違った。
レイが荒々しい力と速さの剣だったのに対して、ヴァンは華麗な技の剣だった。
だが、ヴァンの剣は一撃で折れた。折れたというよりも斬られたのだ。
レイの剣は聖剣だ。
レイは怒っているようだが、怒りは偽りで聖剣の力を引き出せていない。彼が力を引き出せすのは、いつもティファのことや娘のことや他人のためなのだ。
それでもヴァンの剣を斬るには十分だった。
それほど聖剣を扱うレイとヴァンの実力は隔絶していた。
レイはヴァンに追撃をしてトドメを刺そうとするも、やはりすぐには斬る決断ができない。
ヴァンが叫ぶ。
「くそっ! ユア!」
「な、なに? ユアだと?」
レイは戦っている最中も、いるはずの、もう1人を常に意識していた。
だが、そのもう1人がユアというアドバンスのメンバーであることに動揺する。
その瞬間、三方向から火球が飛んできて、レイに直撃し、火柱が立つ。
「ぐわああああああ!」
レイが膝を突きそうになると、今度は氷の散弾がレイを襲った。
素早く横に避けたが、何発か貰ってしまう。
受けた場所が凍りつく。
「マウアー、マウアーって本当に貴方達は……」
ヴァンの横にユアが現れる。
これでかつてのレイのパーティーのうち、二人までが敵に回ってしまった。
「ユ、ユア。なんでだよ?」
「マウアーの事ばかり追って……ウザかったのよっ!」
ユアが魔法の詠唱をはじめる。
だが、レイが気がつくとユアは目から涙を流している。
レイは意味がわからなかった。
『レイさん! おそらく魔族であるユアさんは魔素による支配を受けています!』
「な、なんだって? 解く方法は?」
『……ありません。無力化するか斬るしかありません』
「ない……だって……」
支配を解く方法が無いというティファの言葉にレイが絶望する。
『ともかく時間を稼いでください。私の力でレイさんのダメージが回復します』
それを聞いてる間にもユアの魔法の火球が迫る。
なんとか躱したが、そこにヴァンの半分になった剣が迫った。
ハッサンが立ち上がり、阻止しようとするが貧血で力が入っていない。斬り伏せられてしまう。
「ハッサン! くそ!」
レイはついに怒りでヴァンを攻撃する。。
致命傷にはならない斬撃だったが、ヴァンは後ろによろめき、崖から落ちた。溶岩に落ちたか、岩場に落ちたか。
「ヴァン!」
叫ぶと同時に、またユアの火球を受けてしまう。
火柱が立ってレイが倒れる。
その間も聖剣はレイを回復させ続けているが、泣きながら攻撃してくるユアの姿に、レイは反撃ができない。
ユアが長い詠唱に入った。
今度は火球ではない。三体の火竜が焼き尽くす魔法だ。
『レイさん! 逃げて!』
レイはティファの声を聞くも力が入らない。
三体の火龍が放たれ、覚悟を決めた時だった。
逆方向から三体の水龍が火龍を打ち消した。
「な、なに?」
レイはなにが起きたかわからずに、少しだけ頭を上げて後ろを見る。
「まったく……アンジェにいわれて急いでみれば、この程度の魔法に、長詠唱を必要とする女に苦戦して!」
「ルシア!」
「もうっレイ、大丈夫?」
いつものつば広の三角帽を目深にかぶった女性が立っていた。




