28 ドワーフの村の女性
レイとハッサンは休眠に入ったサラマンダーに静かに別れを告げ、大空洞の岸壁を登った。
そしてまた来た道を戻る。
ドワーフ村までは数時間かかった。帰るのもそれぐらいかかるだろう。
アンジェとリンスもきっと心配していることだろうとレイは思う。
「よかった……それにしても……よかった。ぐすっ」
ハッサンは顎髭を鼻水で少しテカらしている。
やはり信仰の対象に、とはいえ、子供達ごと村を滅ぼされるのは、やはり忍び難かったのだろう。
「ハッサン。よかったな」
「ああ」
火山迷宮に降りてきた階段が見えてきた。
あそこからドワーフ村の横穴につながるはずだ。
レイは鼻紙代わりの布を渡す。
「ハッサン。もうすぐ着くじゃんか。これで鼻を拭えよ。返さなくていいからね」
勢いの良い音を鳴らした後にハッサンは綺麗な顔に戻っていた。
「ガハハ。ありがとよ。お前はさすがに聖剣に選ばれただけのことはあるな」
「いや、そんな。ハッサンも大活躍だったじゃないか」
「そうか。とにかく今日も宴を開こう! ガハハハ」
笑っていたハッサンが急に真面目になる。
「ところで英雄と見込んでもう一つ頼みがあるんだ」
「な、なんだ?」
また、厄介事じゃないかと思うレイ。
「実は俺のカミさんが」
「結婚していたのか?」
「ああ。子供はいないけどな」
ハッサンの話では奥さんがかなり怖いらしく、黙ってサラマンダーのところに行ったなどと知ったら殴られるという。
「そしたら止めてくれ……」
「わかった。こっちも頼みたいことがある」
「なんだ?」
「アンジェとリンスが暴れていたら止めてくれ」
二人は攻守同盟を結んで階段を上がっていった。
ドワーフ村の横穴に出ると仁王立ちした髭面のドワーフがいた。
手にはハンマーを持っている。
一瞬、ハッサンの奥さんかとも思ったが、髭面で女はあるまいとレイが素通りする。
同時に後ろから
「助けてくれ~」
「アンタ~」
という悲鳴と怒声が聞こえた。
「え?」
レイが振り返るとハンマーを振り回すドワーフにハッサンが追い掛け回されていた。
やはりあれが奥さんだったのだろうか。筋肉の胸板かと思ったが、よく見ると女性の胸かもしれないとレイは思う。
やばい、やっぱりアレが奥さんだ。助けないと自分の時も助けて貰えない。
「ちょ、ちょっと」
止めようとしたときには既に遅く、ハッサンは頭をハンマーの柄の部分で殴られていた。
なだめ終わってから横穴を出ようとする。
村の広場でアンジェとリンスがドワーフの子供と話していた。
レイはサッとまた横穴に隠れる。
「火山迷宮の入り口知ってる?」
「わたち知らないよ」
ドワーフの女の子は浅黒い肌でやや筋肉質だが人間の女の子とほとんど変わらない。
レイはハッサンの奥さんだけがああなんだろうかと思う。
「あの子、本当に入り口、知らないの?」
「いや、ドワーフ以外の誰にも教えてはならないと口止めしてある」
「なるほど」
レイはここにいればいつまでも隠れられるなと思った。
ハッサンは頭のたんこぶを撫でながら出ていく。
「ハ、ハッサン」
「俺は行くぞ。ドワーフの皆にも、もう大丈夫だと安心させたやりたい」
ハッサンと奥さんは出ていってしまった。
きっとまずは村長の家(横穴)に向かうんだろう。
ハッサンが殴られたので取引も無効だろう。
レイはアンジェとリンスの姿を見る。
一生懸命、ドワーフの村人に聞き回っている。
その姿を見ると、レイはなんだか申し訳なくなってきて、素直に彼女達の前に出ることにした。
「ただいま。わぶっ」
やはり、殴られた、と思ったがそうではなかったらしい。
アンジェとリンスに同時に抱きつかれてどちらかの額がレイの顔に当たっただけのようだ。
仰向けに倒れたレイは二人に乗られて怒られる。
「私達に黙って行って!」
「もう! 心配させてっ!」
「ご、ごめん……」
ハッサンのように殴られはしなかった。
リンスはすぐに離れてくれたが、アンジェはなかなか離れない。
さきほど二人が話していたドワーフの子供達にも笑われていた。
「ルシアにもレイが無理しないように見張ってて言われたのに」
「え?」
アンジェがしまったという顔をして急にレイから離れる。
「今……ルシ」
「なんでもない、なんでもない」
リンスが割って入った。
「ともかく、良かったじゃない。無事に帰ってきたってことはサラマンダーを説得したか、倒したんでしょ」
「ああ、説得して休眠してもらうことになったよ」
ハッサンがやってくる。
どうやら近くで見ていたようだ。
「ガハハハ。良い娘さん達がいて羨ましいな!」
「ハッサンも奥さんが優しくて羨ましいよ」
「え? そ、そうかぁ?」
赤くなって照れていた。
ハッサンは本当は奥さんをやさしいと思っているらしい。
◆◆◆
ドワーフ達は入り口で押しとどめていた冒険者達も宴の参加を許可したようだ。
サラマンダーの説得の依頼は終わり、もう冒険者が逆に怒らせてしまう心配も無くなったからだろう。
「すげー報酬を目当てに来てみたけど、まさか本当にサラマンダーを説得しちまう冒険者がいるなんてよ」
「まあ達成するならワイルドローズだよな」
「なんでも魔法使いのルシアさん無しで片付けちまったらしいぜ」
レイは広場で酒を飲んでいる冒険者達の様子を伺う。
どうやら功績はワイルドローズのものだと思われているようだ。
それでいいと、ほっとする。
村長むらおさがドワーフの集会に使う台の上に登った。
注目を集める。
「人間の冒険者の皆さん。今回はドワーフ村の危機に集まってくださって感謝している。しかし、村の入口に押しとどめて火山迷宮に通さなかったのは皆さんの身を案じてのことだ」
レイは悪い予感がして村長に近づいた。
「ともかくサラマンダー様は無事に、ここにいるせいけ……」
レイが村長の口を後ろから封じる。
「な、なにをするんじゃ」
「聖剣を抜いたっていうのは他の人間や同業者には隠しているんです」
「そ、そうなのか?」
「はい」
「わかった。しかし、賞させてくれ」
村長は聖剣という言葉は使わなかったが、レイを英雄と散々持て囃し、一人でサラマンダーを説得してきたと話してしまった。
「え? あのおっさんが一人でやったの?」
「知らない人だし、ワイルドローズでは一番弱いんだよな?」
「いや、元々、アンジェさん達はあのおっさんに冒険者としてのイロハを教わったって聞いてこともあるぞ」
レイは、もう聖剣がバレなかったんだから良いかと思うことにした。
「目立ちたくないんだが……引退しようと思っていたし……」
「ガハハハ。いいじゃねえか! ドワーフ村ではお前はもう大英雄だぞ」
ハッサンがバシバシとレイの肩を叩いた。
レイは顎髭の立派なハッサンの奥さんに注いで貰った酒を飲む。
「お酒どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
ドワーフの大人の女性はこんな感じなのかなと思うレイ。
「レイ様。私のお酒も飲んでくださいな」
「え? は、はい」
肌は少し浅黒く、筋肉質だが、美しくて艶っぽい女性に急にお酌をされる。
「ドワーフさんですか?」
「はい」
ニッコリと微笑まれる。
他のドワーフ娘からもお酌される。
先ほどの子ほどではないが可愛かった。
顎髭があるドワーフの女性はハッサンの奥さんだけなのかもしれないとレイは思う。
実際には半々ぐらいだ。
「ガハハハ。レイ殿、モテモテだな。どうだろ? ドワーフ村から嫁をもらっては」
「それがいいですね。ここで暮らしてください」
先ほどの艶っぽい子にそう言われる。
「いや~悪くないかもしれないですね。温泉もあるし」
レイが笑いながら、後ろになにかを感じて振り向くと、アンジェとリンスもニッコリと笑っていた。




