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27 火山の底へ その4

 レイとハッサンは岩壁を伝いながら火山の地下にある大空洞を降りていく。

 小さな火トカゲの精霊がそこかしこにいた。


「にんげん……」


 先ほど消えた精霊よりもかなりハッキリ具現化していて、言葉も明瞭だ。

 しかも、すぐに消えない。


「ハッサン、やっぱり人間って言ってないか?」

「みたいだな。なんでドワーフとは言ってくれないんだ。畜生め」

「試しに聞いてみるか」


 レイは火トカゲの精霊に話しかけた。


「前にいる髭面のおっさんはドワーフだぞ?」

「どわーふ……ちがう……」

「違う?」

「ハッサンはドワーフだぞ?」

「えいゆう……ちがう」


 レイとハッサンは顔を見合わせる。


「英雄って言ったのか? そうだ。俺が聖剣の英雄だよ」


 普段は英雄であることを否定しているのに今は英雄だと主張した。目的がある。


「お父さんに言ってくれないかなあ。英雄が来たから暴れるのをやめてくれって」

「じぶんで……いえ……」


 火トカゲはふっと消えた。

 ハッサンが少し笑った。


「ガハハ」

「結構、話通じるな」

「ひょっとして、ハッキリ具現化しているものほど意識もハッキリしているのかもな。ガハハ」

「なら親玉のサラマンダーなら?」


 ハッサンがあごひげをなでながら考えるような素振りをした。


「ドワーフでもサラマンダー様と直接話したものなど多くはない。最後に話したのは先代のドワーフの村長むらおさか。もっと浅い層の精霊を見て話が通じんと噂が広まっただけかもな。ガハハ」


 レイもすぐ消えるような風の精霊や土の精霊と話して、意思疎通が出来ないと思ったことがある。

 だが実際はもっと具現化している精霊となら話が通じたかもしれない。


「希望が出てきたな」

「うむ。ガハハ」


 溶岩の海の端に降りきった。

 レイが見上げると自分達が下を覗いた場所は遥か上だった。

 それよりも高いところから溶岩の滝が落ちている。

 視界を溶岩の海に戻すと中央に向かって黒い岩の道があった。

 それがサラマンダーの場所まで通じていた。


「いくか? ガハハ」

「ハッサン。もう道案内はいらないぜ?」

「英雄には従者がいるものさ」


 溶岩の海の中の道は防火のポーションを飲んでいてもさすがに暑い。

 だが、レイとハッサンが流している汗は冷や汗かもしれない。

 聖剣は、月の女神が英雄ティファを剣に転生させた対魔神兵器だ。

 それを使いこなすレイは本人が知ってか知らずかサラマンダーも屠る力を持っている。

 だが、巨大な存在を人間が畏怖する心は別なのだ。

 そしてレイはその畏怖の前に立った。

 空洞の上の道から見るとバシャバシャと暴れていたサラマンダーは、レイが近づくと既に溶岩に半身を浸からせて大人しくなっていた。


「こんなところに、よく来たな。英雄と小さきものよ」


 サラマンダーの声はこの巨大な地底世界に全体に反響するようだった。

 いつもは英雄と呼ばれる度に否定するレイだったが、今回の任務は説得だ。

 失敗すれば、最悪丸焦げにされて火山が大噴火だ。

 小さきものと言われるよりも英雄のほうが交渉は有利になるだろう。


「英雄とわかるのか? なら話を聞いて欲しいんだ」

「わかるとも。お前はリクに似ている。2千年前、俺はリクと共にヴァサーゴの軍勢と戦った」

「え? そうだったのか」


 2千年前、英雄リクが魔族の王ヴァサーゴを倒したことは英雄譚となってレイも知っている。

 だが、四大精霊がそれに加勢していたとは知らなかった。


「オンディーヌ……他の四大精霊とも共にな」


 レイは聖剣を持っていなおリクがいかにしてヴァサーゴの魔神結界を破ったのかということを聞きたかったが、今はそんな場合ではない。


「サラマンダー! ここで暴れるのをやめてくれないか? お前がここで暴れると火山が爆発しちまうんだ」

「魔族の王はいなくなったが、魔貴族の完全復活が近づいていて、ここにも魔素が増えてしまった。火山を大噴火させて浄化するのだ」

「魔素?」

「魔神の気のようなものだ。これに侵されると魔物が凶暴化する。さらに魔貴族の命令に従ってしまうのだ。俺とて魔素を膨大に浴びればそうなる」


 サキュラがダブルタイガーを消しかけてレイを試したことがあった。

 さらにティファから魔貴族は魔族や魔物に対して命令権があるとレイは聞いている。 


「なるほど。その根源が魔素か」

「だから噴火を止めることはできん。悪いな」


 大噴火をしたらドワーフの村は全滅し、近隣の人間の村も大損害を負うだろう。

 さりとてサラマンダーが凶暴化して、魔貴族に操られるような事になっても困る。

 レイとしては八方塞がりだった。

 悩みこんでいるとハッサンが急に土下座をはじめた。


「サラマンダー様、噴火にならないように計らってくれませんか? なにとぞ! なにとぞ!」


 熱された岩に額をこすりつけている。

 レイは垣間見ただけだが、ドワーフはサラマンダーを熱心に信仰していて、そのせいでドワーフ村が滅んだとしても運命と考えているようだ。

 しかし、ハッサンは信仰を持ちながらも、それを曲げて頼んでる。

 理由は子供達のために違いない。


「なんとか他に方法はないのか?」


 レイも必死になって頼む。

 するとサラマンダーは少し沈黙をした後にゆっくりと言った。


「……無くもない。俺の力も衰えたが、昔の力を取り戻せば、魔素の影響も受けぬ。この火山にいる魔物ぐらいも守れよう」

「あるんですか!?」


 赤くなった額をあげて目を輝かせたのはハッサンだ。

 レイもハッサンに良かったなと笑いかける。

 しかし、サラマンダーはとんでもないことを言い出した。


「フフフフフ。人かドワーフの生娘を捧げることだ」

「そ、そんな……」


 レイとハッサンは押し黙ってしまう。

 火山が噴火すれば、一人どころではない。多くの命が失われる。

 だが代償の娘を選ぶなどできる二人ではない。

 レイは生娘と聞いて娘達の顔が浮かんだ。

 もちろん候補ということではない。

 それが世界の誰であったとしてもあの子達のように大切なのだと思う。

 そう思うと自然と口に出る言葉があった。


「お、俺じゃあダメか?」


 ハッサンが止める。


「お前はダメだ。聖剣の英雄には、この件以外でも使命があるだろう!」

「そんなこと言ったって」

「俺が生贄になる」

「なに言ってるんだ。お前!」


 今度はハッサンが生贄になると言い出す。

 それをレイがまた止める。


「フフフフフ。おいおい、生娘と言っているだろう。おっさんはダメだ」

「おっさんじゃダメか……価値が違うもんな……アハハ……」

「やっぱりな……ガハハ……」


 サラマンダーだけが楽しそうに笑い、レイとハッサンは力なく笑った。

 急に聖剣ティファがレイに頼む。 


『私を鞘から抜いてくれませんか?』

「あ、あぁ」


 急に頼まれたレイは素直にティファを鞘から抜く。

 それと同時にティファは少女の姿に戻った。


「ティ、ティファ?」


 考えてみれば、ティファが少女化してからかなり魔物を斬っている。

 10秒ぐらいなら少女化できるのかもしれない。

 ティファはサラマンダーに言った。


「サラマンダー。魔貴族を全て斬った暁ということになりますが、私の身を捧げることを約束します。なにとぞ、火山を噴火させるのをお止めください」

「え? いや、ちょっと……」


 レイが慌てるのと同時に少女はまた剣になりカランと音を立てて岩の上に落ちた。

 すぐに剣を拾う。


「馬鹿! なに約束してるんだ!」

『良いんです。私一人でドワーフ村が助かるなら』

「お前は剣になって、もう何千年も人類のために犠牲になったんだろ? 普通の女の子みたいに人生を楽しみたいと思わないのか?」

『思いますけど、本当は助けられたのにドワーフの村を滅ぼしたら楽しめませんよ。それにもう約束をしてしまいました』


「約束? そんなのは反故だ!」


 レイは聖剣を握り直す。そしてハッサンに言った。


「ハッサン、ドワーフの信仰の対象斬っちゃって良いかな?」


 ハッサンが、しばらくなかった豪快な笑いをした。

 既にハンマーを持った右手は筋肉で隆起している。


「ガハハハハ。よくわかんねえけど、その女の子を守るためなら仕方ねえ。それにサラマンダー様がいなくなれば噴火もおこられねえ」


 レイがティファの『ダメですよ』という声を無視してニヤリと笑う。


「そういうことだ」


 レイとハッサンはそれぞれの得物を構えて、サラマンダーに向いた。

 その時、サラマンダーが慌てた声を出した。


「ちょっ、ちょっと待て! 先ほどのは冗談だ!」


 レイが聞き返す。


「冗談?」

「冗談というよりも試練だったのだ」

「どういうことだ?」

「噴火を止めるのに本当に生娘を差し出したら失格だったのだ。なのにお前らと来たら。そもそも俺の力が生娘一人で戻るものか!」

「けど……結局、噴火はするんだろ? 魔素ってのを浄化しないといけないんだから」

「いや、この火口のなかで眠り続けていれば、俺だけならば魔素が濃くなっても操られはしないだろう」

「なら! 噴火を止めてくれるのか?」

「ああ、ただし、お前には魔素の元凶である魔貴族を討ち果たして貰わねば困るぞ!」


 サラマンダーが笑いながら溶岩の中に入っていく。


「フフフ。当代の英雄も中々面白い男だな。あの英雄リクを超えるかもしれん」

「もう眠るのか?」

「ああ。一つだけ言伝を頼みたい」

「誰に?」

「オンディーヌだ」

「オンディーヌ!」


 サラマンダーと同じ四大精霊で属性は水だ。


「君と同じ気持ちだ、とだけ伝えて欲しい」

「? それだけでいいのか?」

「会った時でよい。頼んだ……ぞ……」


 サラマンダーはそういうと体の半分を溶岩の海に浸し、寝息を立てはじめた。

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