26 火山の底へ その3
ドワーフ村には客人用の宿があってレイ達はそこに泊まった。
アンジェとリンスが寝静まってから、レイはそっと起きる。
ハッサンは既に準備万全で家の前にいた。
「行くか」
「ちょっと待ってくれ」
「アンジェとリンスは俺がいなくなるとすぐについてきてしまうんだ。子供の時からな」
レイが小さく笑って言うと、ハッサンもふっと笑う。
「わかった。ドワーフの連中に後を追わせないように言っておく」
「ありがとう」
ハッサンが近くのドワーフに言伝をする。
その後、彼は一つの横穴に入っていった。
横穴のなかには扉をつけないドワーフには珍しく地面に扉がついていた。
「この扉の下が火山迷宮だ」
開けると階段で降りられるようになっている。
そこを降りて行くと、冷えて固まったような黒い岩の洞窟が現れた。
灯りはいらない。ところどころに溶岩が流れていてそれが光源になっていた。
レイが既にかいた汗を拭う。
「こりゃいよいよ。暑いね」
「防火のポーションを持ってきている。いるか?」
「はは。こっちもある」
ハッサンはここに住んでいてレイは冒険者だ。
「ドワーフは鉄と火で生きる。噴火は運命と決め込んでいたが、子供達だけが可哀想だった。ただ子供達だけが……」
「そうだな。ドワーフの子供も可愛かった」
オッサンの年齢にならないとわからないオッサン同士の会話だった。
「ありがとよ、聖剣の英雄」
「まだわかんねーぜ」
「成功するか失敗するかは山の神が決めることだ。俺が感謝したのはレイ殿が命がけの挑戦をしてくれる勇気にさ」
「ドワーフ村の入口に来た冒険者は?」
「アイツらは危険もわからないただの馬鹿だ。それにドワーフ村の子供のことなんか考えてもいない。アンタは違う! ガハハハハ」
ハッサンが笑いながら歩き出す。
ティファや英雄リクもこんな気持で魔族の王ヴァサーゴと戦ったんだろうか?
自分が成そうとしていることは、それよりはるかに小さい事だが、なるほど英雄の気分も悪くはないかもしれないと思いながらレイは歩いた。
小一時間ほど歩くとハッサンが片手に持った鋼鉄ハンマーを軽々とビッビッと振った。
「それにしても今日は魔物がでんな」
「ああ、聖剣のスキルに魔物除けがあってね。弱い魔物では近づいて来ない」
「なるほど。まさに英雄だ。説得も期待できそうだ」
「結果はどうあれなんだろ?」
「ガハハハ。そうだった。おっと言ったそばからだ」
二人が溶岩を避けながら、歩ける道を探そうと曲がると、ところどころ燃える岩のゴーレムがいた。
魔物除けは魔物の方から逃げてもらうスキルだが、魔物の方もあまり逃げ場はなさそうだ。
それに、あの魔物は弱い魔物に入るかどうか怪しい。
岩のゴーレムでもかなり強いのに、魔力の強いボルケノ火山の溶岩が固まったゴーレムだ。
ハッサンがハンマーを持つ右腕の筋肉を増々隆起させた。
「足場が狭い。ここは俺が」
それを聞き終わる前にレイは飛び出す。
燃える岩のゴーレムが反応する前にレイは聖剣を抜剣して正中線を斬る。
ハッサンの目には左右に真っ二つのゴーレムだけが見えた。
いつも豪快に笑うハッサンの笑いもなくなった。
「すげーな。さすが聖剣の英雄だ」
「だから聖剣の英雄はやめてくれって。それに聖剣のスキル付与もあるんだ」
「いや聖剣を使いこなせるのはレイ殿だからさ。武器職人の俺にはわかる」
ティファも同意した。
『ハッサンさんの言うとおりだと思います。レイさんだからです』
「そ、そうかな? 才能あったのかな」
けれども急にティファが涙声になる。
『で、でもぉ~私を抜いてくれる人に……それこそ何千年も……聖剣の力の引き出し方をどう教えようかと考えていましたが、意味がありませんでした。何千年も考えてたのにどうしてくれるんですか!』
どこまでも真面目なティファのことだ。なにもない森のなかでずっと考え続けていたんだろうとレイは思う。
「いや、俺はまだまだティファの力を引き出せてないと思う。今度、教えてよ」
『ほ、本当ですか? 任せてください!』
嬉しそうなティファの声にレイはホッとして笑う。
逆にハッサンの笑いはさらに無くなった。
「お、おい。さっきから独り言を言ってるけど大丈夫かい?」
「あ、いや。実はさ」
レイは聖剣がティファという少女が転生した姿だとハッサンに教えた。
「命がある剣ってのはそういう意味だったのか」
「俺も名剣には魂が宿るとかそういう意味かと思ってたんだけど、どうもそっちだったみたい」
「いや名剣には魂が宿るぞ」
「そうなのか? ハッサンが作った武器にも魂が?」
「いや、剣と使う者がともに鍛え、叩き上げられる過程で魂が宿る。俺の武器をそこまで扱ってくれた戦士はいなかったよ」
「そうか」
レイとハッサンはまた歩く。
ドワーフの村からサラマンダーがいる場所までは相当な距離があるようだ。
「なんせサラマンダーがいる場所はボルケノ火山の底だからな」
「ハッサンがいなかったら、たどり着くことも大変だったよ。火山迷宮とはよく言ったものだな。おっと」
また溶岩によって狭められた道にゴーレムがいた。
すぐに真っ二つにするレイ。
ハッサンが真っ二つになったゴーレムをハンマーでコンコンと叩きながら、また感心した。
「いや~村の入り口に溜まっていた冒険者どもじゃ、このゴーレム一匹で蹴散らされてるぜ」
「かもな。ハッサンもかなりやりそうだけどな」
レイはゴーレムに向かおうとしたハッサンにも強さを感じた。
ハッサンの笑いが戻った。
「実は俺も冒険者やったこともある。ガハハハハ」
「そうだったのか」
「そこいらの冒険者には負けねえぞ。ガハハハ」
「そうか。でも道中の敵は今は俺に任せてくれ。ハッサンは道案内を」
「わかった。ガハハハ」
また黒い岩の道を歩いていると灼熱の溶岩の上を、半透明の小さな赤い火トカゲがはっていた。
「完全に実体化はしてないが、火の精霊か」
「そろそろサラマンダーが近いからなあ」
レイが少しだけ手を伸ばす。
「にんげん……まそ……」
火トカゲはそう言ってふっと消えてしまった。
レイがハッサンに聞く。
「今、人間って言ったのかな?」
「さあな。精霊はドワーフや人間とは全く価値観が違うしな。そろそろ着くぞ」
レイとハッサンのドワーフ村のドームよりも遥かに大きな空洞があった。
「でかい空洞だな」
「ガハハ。アレは氷山の一角さ」
「どういうこと?」
「近づけばわかる」
レイが近づくと足元がなくなっていることが気がつく。
その下を覗いてみると遙か眼下に溶岩の海があった。
海には幾筋もの溶岩の滝が流れ落ち、その中心で巨大なトカゲがバッシャバッシャと暴れていた。
先ほど見えた空洞はこの〝世界〟の頭の一部がレイ達に見えているに過ぎなかったのだ。
「なるほど。まさに氷山の一角だな。もっとも下は火山だけど」
「で、あのデカくてハッキリ具現化しているのがサラマンダー様だ」
ハッサンの足は震えていた。
無理もない。地獄の光景というものはきっとこんな光景なのだとレイも思う。
なるほど、莫大な報酬に釣られてきた冒険者は確実に逃げ出すだろう。
だが、ハッサンは報酬で来たわけではない。
子供達のためにここに来たオッサンだ。レイもここで待っていろとは言わず、ハッサンの気力が戻るのを待った。
「ガ、ガハハハハ! 行くか!」
「あぁ!」
二人は笑いながら岩沿いに地獄の釜に降りていった。




