25 火山の底へ その2
「いや……これは……」
「誤魔化すんじゃねえ。俺はドワーフだぞ。それが聖剣ってことぐらいわからぁ!」
レイは誤魔化そうとするも筋肉ドワーフは聖剣と断定した。
「どうしてわかる?」
「鉄のプロフェッショナル舐めるな。俺はハッサン」
口は悪いが、笑顔で握手を求められる。
レイも手を出して名乗った。
「俺はレイ。聖剣ってのは正しいけど、英雄ってのは間違い……いててて」
馬鹿力で手を握り返される
「良し! 俺の家で話をしよう」
「それはいいんだけどツレもいてさ。村に入れてあげてよ」
どうやらハッサンはドワーフの村内の発言権があるようで、すぐにアンジェとリンスも入り口から通してくれた。
ドワーフの村は巨大な岩のドームだった。
ドームに横穴があけてあり、それがドワーフ達の住居となっていた。
「さあ、入ってくれ! 聖剣の英雄よ!」
「それやめてくれない?」
「あはは。レイか。まさか聖剣を抜く男が現れるとは思わなかったぞ。いいから入った入った」
レイは横穴もさぞかし暑いのかと思ったが、意外にも適温だった。
「冷気岩も並べてある。結構涼しいだろ? まあ座ってくれ」
冷気岩は一ヶ月ぐらい冷気を保つ魔法の岩だ。それなりに高価である。
三人は納得して山の岩を削り出して作られただろうベンチに腰をかけた。
「ハッサンはなんで冒険者を締め出したのに俺を歓迎してくれるんだい?」
「そりゃ聖剣の英雄様だからさ」
「聖剣の英雄だと歓迎してくれるのかい?」
「そりゃそうだろう。聖剣は歴史上の勇者や英雄達が挑戦したが何千年も抜けなかった」
どうやらドワーフは人間よりも聖剣の歴史に詳しい。
聖剣本人が言った話と一致する。
レイは伊達に鉄のプロフェッショナルを名乗っていないなと思った。
「今日は宴でもてなそう!」
「いやそれは悪いよ」
レイは断ったがハッサンは聞いちゃいなかった。
なにやら外のドワーフを呼びつけて宴会の準備を申し付けていた。
「まさか当世で聖剣を抜いた男に会えるとは!」
「大したことじゃないって」
「いや大したもんだ。さらにサラマンダーを鎮めてくれるとなれば」
やはりハッサンは聖剣の英雄にそれを頼みたかったようだ。
「でもどうしてだい?」
「なにが?」
「ハッサンはドワーフ村の入り口で冒険者を締め出してるだろう。アイツらだってサラマンダーを説得しにきたんだぞ」
「そこら人間にサラマンダー様の説得なんてできるか!」
まあ常識で考えればそうだ。
「ドワーフにとってサラマンダーは信仰の対象なのか?」
「鍛冶に必要な火そのものだからな」
説得するのが不可能だった場合、殺せとお上が依頼を出していると知ったらどうなるんだろうとレイは思う。
「説得も殺すことも人間などにはできはせん」
「な、なんだ知ってたのか」
「ひっきりなしに人間の冒険者が来ているんだ。当然知ってるわ」
「ならアイツらにとりあえずやらせてみたら?」
「馬鹿! せいぜい怒らせて噴火が早まるのがオチだ。サラマンダー様が自然に落ち着いてくれるかもしれんしな」
「けどこのままだとこの村ごと噴火に巻き込まれるって」
「そん時はそん時、仕方ないと思っていたが……ここに伝説の英雄が現れた!」
伝説の英雄と言われてレイは曖昧に笑うしかない。
アンジェとリンスは吹き出しそうな顔をしていた。
「伝説の英雄ならサラマンダー様を鎮めるなんてちょちょいのちょいだろ。これで村は助かった! ガハハ」
笑い事ではなかった。
ドワーフ村のドワーフや近隣住民の命がかかっていることを思い出す。
レイの頭にはハッサンや村で見たドワーフの子供達が浮かんでいた。
◆◆◆
レイ達は村の中央の広場で歓待されていた。
先ほどは長老なる老人から挨拶された。ハッサンは長老の孫だった。
顔の半分を覆うようなあごひげでわからなかったが、まだ35歳らしい。
俺より若いのかと思うレイ。
「いやー助かった。聖剣の英雄、いやレイ殿が来てくれるとはな。ガハハハ」
近隣の豪華な食材や酒もある。やはりドワーフは武器防具を売って儲けているのかもしれない。
だが……リンスが辛いと水を飲んだ。
「からい~」
ドワーフ達は煮込み料理を出してくれた。そのスープはトウガラシで真っ赤だった。
他の食べ物の味もみな辛い。
アンジェだけは辛党なこともあって平気なようだが、レイにもかなり辛かった。
酒まで辛口だ。
「げっほげっほ。美味しいけど、なんでこんなに辛くするのさ」
「熱いところで辛いものを食うと健康にいいのさ。仕事がバリバリできるぞ。レイ殿も今晩はゆっくり休んで明日は頑張ってくれ。ガハハハ」
レイはハッサンの大笑いや噴火してしまったら、それはそれでその時だという価値観を見ていると鬱屈していたのが馬鹿馬鹿しくなってきて辛い酒を煽った。
「馬鹿野郎! なんで俺がマウアーを殺したことになってるんだ!」
「ん? どうしたんだ? マウアー? 誰だ?」
腫れ物のようにその話題を避けていたアンジェとリンスが、自分から語りだしたレイに驚く。
「昔、組んでたパーティーの女だよ。ヴァンだってアドバンスは退かないとか言ってたくせによ」
「ふむ」
「三人で競い合うように無理して死んじまったんだ。それを俺のせいみたいに言いやがって!」
「わからんが、若気の至りか。よくあるよくある。飲もう!」
「おう!」
聞き耳を立てていたアンジェとリンスは、女冒険者の死についてレイが手にかけたということではなく、無理な冒険の末に不幸が起きてしまったと知って安心する。
同時に自分達が大人になった今でも、冒険をする際にレイから必要以上に慎重さを求められるのはこのせいかと納得した。
レイはハッサンと辛い酒をしこたま飲んでいた。
ドワーフ村は火山そのものなので温泉もあった。
ドワーフ村の村人が共用で使っているが、今はレイ達の専用にしてくれた。
といっても、もちろんレイだけが聖剣を持って先に入っていた。
「いや~いい湯だなあ」
『元気になって良かった』
「え?」
『レイさん。ヴァンさんの話を聞いてから元気がなかったから』
「あ~……」
レイが温泉のお湯で顔を拭う。
「そりゃ、かつての仲間に仲間殺しと言われてるかと思うとな。もう大丈夫だ」
『よかった。アンジェさん達も心配してたから』
「え? そうなのか。気が付かなかったよ。魔貴族やサラマンダーのこともなんとかしないと大変だし、くよくよしてる場合じゃねえ」
『うんうん』
「吹っ切れたよ。ヴァンの奴は会ったらぶん殴ってやる!」
レイとティファがこんな話をしていると風呂のなかに誰かが入ってくる。
まさかアンジェ? それともリンスか? と思っているとガハハハと笑い声が聞こえた。
「誰を殴ろうってか? さっき言ってたヴァンか? ガハハハ」
「なんだ。ハッサンか……」
「アンジェちゃんかリンスちゃんとでも思ったか。すまないな。代わりに酒を持ってきたから許してくれ。ガハハ」
ハッサンがまた例の辛い酒を持ってきていた。
「いや、酒はもういらない」
「いらんのか? レイ殿は人間にしては強そうだと思ったんだが」
「仕事があるからな。あの二人が寝たらサラマンダーのところに行く。案内を頼めないか?」
レイはサラマンダーを説得する覚悟を決めた。
そうと決まれば、アンジェとリンスを同行させるつもりはない。
サラマンダーの説得には助けにならないだろうし、下手をすれば消し炭だ。
ハッサンがニヤリと笑う。
「さすがは聖剣の英雄様だ。よしわかった。俺が従者になろう」




