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24 火山の底へ その1

 結局、レイは実際にやるかどうかは別としてサラマンダーの説得をするか討伐をするかの依頼を受けてしまった。

 しかし、本当に無視することなんてできるだろうかとレイは思う。

 ギルドのサブマスターのすがるような目。

 そうでなくても。


『早くサラマンダーさんを説得しましょう』


 聖剣ティファはやる気になっていた。

 一方、ルシアは冷ややかだ。


「ダンジョンの地下10層には行けるようになったのに、まさかボルケノ火山なんてクソ暑いところに行くつもりじゃないでしょうね」

「いやあ……でも凄い報酬だよ?」


 確かに報酬は山のようにあった。一人なら一生遊んも裕福に暮らせるだろう。

 火山が爆発してしまうのだから当たり前と言えば、当たり前かもしれないけど。


「精霊の説得なんて、人間とは価値観が違うのよ」

「だよね」


 高等な精霊はテレパスで人間の思考を理解して話すことはできるが、それが意思の疎通になるかというと難しい。

 さらに四大精霊となれば、数千年の長きに渡り意志を持つ超自然的な存在だ。そもそも生物ですらない。

 火の精の四大精霊のサラマンダーは空が青かったから人間を丸焼きにしましたとなってもなんの不思議もないのだ。

 こういう想像すら人間の思考かもしれない。

 レイがそんなことを考えながらギルドの階段を降りていくと何やら揉める声が聞こえてきた。

 冒険者ギルド本部で冒険者同士の揉め事とは珍しい。

 支部なら大丈夫ではないかとたまに揉める冒険者もいるが、本部で揉める冒険者は見ない。

 お互いに武装しているし、刃傷沙汰になったらギルドの登録抹消どころか、一般人より重い罪を問われることもある。

 ところが怒声はなにやら聞き覚えがあった。


「ねえ。あれアンジェじゃない?」


 ルシアの声に、野次馬の中心を慌てて見ると、二人の男相手にアンジェが剣に手をかけていた。

 レイはルシアにこたえずに階段の手すりをこえて一階に飛び降りる。

 野次馬を押しのけアンジェの前に出た。


「レ、レイ」

「やめろ。アンジェ! 何かされたのか?」


 アンジェはなにもこたえなかった。


「この女が急に絡んできたんだよ。どうしてくれるんだ気分が台無しだぜ」


 対峙していた二人の男はニヤついていたが、嘘を言ってるようではない。

 レイは男に謝りながらも状況を確認する。


「す、すいません。でも、ウチの奴もなにもない相手に急に絡むようなやつじゃないんです。どうしたんですか?」

「知らねえよ。俺達は楽しく話してただけだぜ? なあ?」

「うんうん」


 アンジェが否定する。


「ち、違、私はっ!」


 レイはアンジェの耳元で小さな声で聞いた。


「暴力を振るわれたのか?」

「ううん」

「なら、触られたりしたのか?」

「そうじゃないけどっ!」

「じゃあ、揉めるなよ。ギルド本部内だぞ」


 レイは男達のほうに向いて金貨を数枚取り出す。


「これで飲み直してくれませんか?」


 二人の男は顔を見合わせてから大笑いする。


「ぶははははは。うんうん」

「あはははは。そうするよ。ありがとうね」


 金貨を受け取って、野次馬のなかにいた他の男達と一緒にギルドを出ていった。

 他の店で飲み直すんだろうと、レイがほっとした時だった。

 二人の男と一緒に出ていった男のなかに見知った人物の顔をみつける。 


「ヴァン?」


 まさかとレイは思う。

 かつてレイとパーティーを組んでいたヴァンは消息もわからなからないのだ。

 ユアの話ではマウアーの墓にさえ、一度も来ていない。


「ううう」


 気がつくとレイは目の前のアンジェに涙目で睨まれていた。


「に、睨んだってダメだぞ。冒険者ギルドの本部で暴れるな」

「だってアイツらレイを馬鹿にしてたんだよ!」

「え?」


 レイが衝撃を受ける。

 涙目で睨んでいたアンジェもレイの様子に呆気にとられた。


「いや、難度Sの仕事なんかレイが達成できるわけないって聞こえるように」


 俺のことを知っている?

 やっぱりヴァンだったんだろうかと思うレイ。


「ほ、他にもなにか言ってなかったか……?」

「え、うーん……別に……」


 アンジェが言い淀んで、逃げるように離れた。もうレイを責める気もないようだ。

 後から来たルシアに事情を説明していた。

 リンスがそっとレイのそばによって話した。


「アイツらレイが……女の冒険者を殺したって言ってたんだよ」


 レイは冒険者ギルドのスイングドアを突き押して往来に飛び出た。

 だが、男達はもういなかった。


◆◆◆


 ボルケノ火山はダボスからは少し距離がある。

 レイとアンジェとリンスは馬車に乗っていた。

 結局、レイは難度Sの依頼を受けることにした。ヴァンもこの依頼を受けるかのようなことを口にしたと聞くと、レイは気になってしかたなかったのだ。

 馬車の中はシンと静まり返っていた。

 昨日のならずもの冒険者の発言とレイの反応は共有されている。

 一心同体のティファはレイという人物の本質がわかっている。

 そして育てられたアンジェ、リンスはレイを信じている。

 レイが沈黙していても、レイ自身が信じなくても彼女達は信じている。

 だが、ルシアは。


「くだらない。レイがそんなことするわけないでしょ。それに暑いのはいや。成功しても成功しなくても、もう地下層には入れるんだし」


 こう言って同行しなかった。

 馬車はボルケノ火山までの道中の村で一泊した。

 宿では冒険者でごった返していた。

 レイはヴァンやあの二人を追って、その度にいないとわかって安心していた。

 次の日も馬車に揺られてボルケノ火山を目指す。 

 そしてついに岩山が見えてきた。

 今は多くの冒険者達の目的地になっているが、普段も冒険者が来ないということもない。

 なぜなら、ボルケノ火山の地下はドワーフの村になっていて、装備にうるさい冒険者は特注の武器を作らせに訪れることもあるからだ。

 サラマンダーがいるというマグマ溜まりはさらにその地下に火山迷宮にある。


「いくか。二人共、水忘れてないよな?」


 レイが岩山に開いた岩盤に入る前に聞いた。

 アンジェとリンスがうなづく。

 実はドワーフ村に着くだけでかなり大変なのだ。

 アンジェとレイがいつもより軽装で岩の階段を降りていく。

 これはドワーフが作った道だ。


 道中、ワイルドローズの三人が危険に陥ることはないが、周りにいる冒険者パーティーのほとんどが退散することになるだろう。

 火山迷宮と違ってドワーフが整備したドワーフ村までの道には魔物はほとんど出ない。

 だが、一歩、降りるごとに温度が上がってくる。

 ドワーフはこの火山の熱と鉱石を使って鍛冶をする。

 ドワーフが作成する武器防具は人間のそれを超える。

 積極的に交易も行うので、亜人のなかで人間と友好的な種族だ。

 三人は汗だくになりながら整備された道を降りていき、ドワーフ村の入り口に付いた。

 ところが入り口では冒険者がごった返していた。

 それもそのはず。小兵の筋肉ダルマの髭面がドワーフ村に冒険者を入れまいと通せんぼしていたのだ。

 特にハンマーを持っている右肩の筋肉の隆起ははちきれんばかりだった。


「帰れー! お前ら人間の冒険者がサラマンダー様を説得できるわけないだろー!」


 レイは溜まっている冒険者のなかにヴァンがいないことを確認してから、その通りだと思った。

 下手すれば、死んじまうから帰ったほうがいいと。

 サラマンダーの説得なんてできるかと。

 同時にドワーフにとってはサラマンダーが信仰の対象だったのかとか、これだけの体をしたドワーフはドワーフのなかでも人物なのだろうとなんとなしに思っていた。

 さてどうしたものかと少し後ろからぼうっと見ていると急に指を刺される。


「お、お前ちょっとこい!」

「はい?」


 急にそのドワーフに指をさされる。

 腕を掴まれてレイだけが村の中に引き込まれた。

 マッチョのドワーフがレイを引き込むと他のドワーフが冒険者達を入れないように入り口に立った。

 レイが声をあげる。


「ちょ、ちょっと、なんですか?」

「なんですかじゃねえ! お前の腰にささった剣、聖剣だろ!? お前は聖剣の英雄だな!」

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