23 冒険者の街 その6
ダボスの街の冒険者ギルド本部は大きい。
本部の建物はアルカサのダンジョンの入り口からも見えた。
本部に向かって歩きながらルシアがつば広の帽子をくいっと上げて本部を見る。
「ダボスの冒険者ギルドは、かなり稼いでいるみたいね」
周囲の建物は一階建てか二階建てだが、冒険者ギルド本部はその数倍に見えた。
冒険者であるレイはギルドの回数などはしらない。
一階に併設した酒場と二回の窓口にしか使うことは無かったからだ。
とにかくダンジョンの資源で成り立っているダボスの街は、その発掘者である冒険者を管理する必要があって、その本部は巨大だった。
アンジェもうなづく。
「支部も第9支部まであるしねえ」
「それでも冒険者を捌ききれないぐらいらしいってんだから」
「その本部は大分混みそうね」
いつのまにかレイ達の周囲は冒険者らしき人物だらけになっていて同じ方向へと向かっていた。
周囲の通行人達や同業者を威嚇するように歩いている冒険者もいて、ならず者にしか見えなかった。レイ達も威嚇される。
クレンカ地方ではワイルドローズにそのようなことをするパーティーはいないが、ここはエストレ地方だ。
食って掛かりそうになるアンジェをレイが止める。
「現実的に考えてさ。俺達には大きな目的があるだろ」
「そ~だけど~」
「それにさ。きっとあのパーティーも噂の難度Sで競争することになる相手だろ」
「そっか。私達が勝ったらアイツらもう大きな顔して歩けないわね。よーし!」
アンジェが両開きの、スイングドアを勢い良く空ける。
長剣を装備した赤毛の美人が入ってくるのは注目された。
しかし、ギルドの外のように威嚇されることはない。
冒険者同士の争いはギルド無いではご法度なのだ。
建物の一階は、柱で支いて酒場になっている。酒場、情報交換、手続きの待合など様々な用途を兼用している。
受付は二階になっていた。
「アンジェとリンスはここで待っていてくれ」
二人が不満げな顔をする。
「だってすげえ並ぶぞ? なにか飲んで待っててくれよ。俺はルシアとS級の依頼を受けるための手続きを二階でしてくれから」
アンジェとリンスを一階の酒場に置いて、レイとルシアは受付がある二階へと向かう。
案の定、受付のカウンターは人でごった返していた。
「混んでるわねえ……時間かかりそう……」
「俺がやっとくからルシアも下で冷たいものでも飲んでたら?」
「わ、私はワイルドローズのブレーンなんだから交渉には参加するの」
レイの後ろにピッタリとルシアが付く。
「わかったけど冒険者で暑苦しいのにそんな詰めるなよ。さすがにここで割り込んではこないだろ」
「もうっ!」
レイ以外の人がいるとあまり話さないティファがつぶやいた。
『数千年ぼっちでそういうことに疎い私でもレイさんはダメだと思います』
「え? ティファ? ダメってなにが?」
『なんでもありません!』
どうやらレイはまた女性を二人も不機嫌にさせてしまったようだ。
小一時間たったころ、レイとルシアはやっと受付カウンターの一番前に出ることができた。
受付嬢はひっきりなしに冒険者を対応しているだろうに、良い笑顔で迎えてくれた。
「こんにちは。どういったご用件でしょうか?」
「難度Sの依頼があると聞きまして……」
受付嬢は口角は上げたままで笑顔を作っていたが、目は冷えた表情に変わった。
「危険ですよ」
「わかっています」
「では登録している冒険者パーティーのお名前を教えてくれますか? ランクも教えてください」
「えっとワイルドローズです。ランクは……すいませんEなんですが……事情があって、その依頼を受けたくて……」
受付嬢が目を丸くした。
「ひょっとして、そちらはクレンカ地方で有名なワイルドローズのルシアさんですか?」
「ああ、そうです。彼女がルシアです。アンジェとリンスは下の酒場に。俺はレイです」
冒険者の業界の人間には、地方が変わってもワイルドローズの名前は伝わっていた。
「そうですか。実はこの依頼はランクCからでしか受けられなくて」
「ランクCから受けられるんですか?」
難度Sの依頼は通常冒険者パーティーのランクがAかB以上はないと受けられない。
「ええ。お上からの案件で」
「なるほど」
国か地方行政府からの案件は緊急性の高い案件が多い。
クライアントの決まり文句は冒険者などいくら被害が出てもいいから早く解決して欲しいだった。
多くの冒険者の失敗、つまり冒険者が命を落とすことで起きるギルドの後始末などは考えてくれない。
「元々、ランク不問で要望してきた依頼を、ギルドのほうで頑張ってランクC以上にしたんです」
「苦労してるんだね。じゃあEランクの俺達が依頼を受けるのは無理か」
レイが踵を返して、一階に降りようとする。
「ま、待ってください。レイさん」
「へっ?」
「私が上役に掛け合ってきます」
「でも迷惑じゃ?」
「とんでもない。ワイルドローズならこの依頼を受けるのに適任ですよ。むしろワイルドローズこそ受けて欲しい依頼だと思います」
「結構やっかい系?」
「はい。ちょっと待っていてください」
難しい仕事はいつもアンジェが受けたがって、レイは避けたがる。
レイは上役が来たら、難度Sの依頼を受けないでダンジョンの8階以下に降りられる許可を貰おうと思った。
「お待たせしました。こちらにどうぞ」
さきほどの受付嬢が、ギルドの三階に案内する。
レイは上がったことがなかった。
部屋がいくつか並んでいて応接室と思われる場所に通される。
「座って待っていてください」
レイとルシアが受付嬢に言われるままに革のソファーに座って待つと、すぐに腹の出た中年男性がやってきた。
「どうも。ギルドのサブマスターをやっているオランドと申します」
「あ、ど、どうもレイです」
「ルシアです」
挨拶してまたソファーに座る。
レイは侯爵にもあったのに、冒険者にとって上の人に会うと緊張してしまう。
「いやあ、この依頼をワイルドローズ様がお受けしていただけるとはこちらとしては願ったり叶ったりですよ」
オランドは気さくに話してくれて、レイも少し落ち着いた。
Sランクの依頼はできれば断って、目的のダンジョンの8層への通行許可だけ貰おうとしている。
それはルシアも同意だ。受付嬢に待たされた時に意思確認をしている。
「実は我々、この地方ではランクEなんです」
「もちろん、それはこちらの方で便宜を図ります」
「いや、実はその……」
レイはオランドにダンジョンの地下10層を探索したいと思っていて、そのためにランクをあげたいことを話した。
「そうだったんですか。それなら我々のほうで特別に通行許可を出しましょう」
レイはやったと思った。
詰め所の兵士ではその許可を出せなかいだろうが、ギルド本部にいる役職なら出せると憶測していたのだ。
「しかし……受ける受けないは別として難度Sの仕事の内容だけでも聞いてくれませんかね?」
「き、聞くだけなら」
聞いてしまったら断れなくなってしまうのではないかと思いつつも、縋るように言われると、通行許可を出してもらう手前、聞くぐらいは受け入れるしか無かった。
「実はイセリア王国の星読が……」
星読とは星を見て国の行末を予測する占い師の最高職だ。レイは嫌な予感がしてならなかった。
「ボルケノ火山に異変があると占いまして。冒険者を派遣して調べたところドワーフの話では四大精霊の一つサラマンダーがマグマ溜まりで暴れているらしく……このままでは噴火してもおかしくないと。周辺の住人に被害が出ます」
きた……とレイは思う。最悪だ。普段は大人しいはずのサラマンダーが暴れているのか。
ボルケノ火山が噴火をすれば、それこそ死傷者は山のように出るだろう。
確か火山の地下にあるドワーフの村は間違いなく全滅する。
「大人しくなるように説得するか。それができなければ討伐して頂きたく……」
簡単に言ってくれるが、サラマンダーの体は灼熱そのものだ。
生身の人間が触れれば、瞬く間に灰になる。
一応、人語は解してくれるとは思うが、大精霊が人間の説得など聞いてくれるものか。
ただでさえ魔貴族だけでも忙しいのだ。ここは現実的に考えて他の冒険者に任せようかとレイは思った。
ところが、ティファは言った。
『大変! 助けなきゃ!』
レイは腰の鞘に刺さっている剣が、自らを犠牲にして世界を救った少女だったことをすっかり忘れていた。




