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19 冒険者の街 その2

 レイはまだ日が朝日の色を青さを残している時刻に、開いていない酒場に入った。

 だから酒を飲みに来たわけではない。


「アンナいるか~?」


 この酒場はダボスの街の冒険者ギルドの第7支部も兼ねている。

 ダンジョン都市は冒険者で溢れかえっているので第9支部まであった。

 まだ10代にも見える若い男の店員が奥から出てきた。


「あ? アンタ誰? 表のクローズドのプレートが見えないの?」


 友好的な態度ではなかった。まだ開いてないのだから当たり前かもしれない。


「俺はアンナの知り合いでレイって言うんだけど聞いたことない?」

「ねえよ。今日も冒険者達がわんさか押し寄せてくるから準備に忙しいんだ」

「繁盛してるのか。よかった。ならレイっていうのが夜来るかもしれないってアンナに言っといてくれ」

「うるせえ。早く出てけ」 


 若者は確かに食材をあれこれ運んだりと忙しそうだった。レイは酒場を出た。


『アンナさんって?』

「昔は冒険者。今は酒場のマスター兼支部ギルドの受付嬢」

『親しいんですか?』

「いや冒険者やめてなにか店をやりたいって言ってたからちょっと融資しただけだよ」


 ちょっとと言ったが、アンナが出店した際の資金はレイが全額出している。

 そのころダンジョンからたまたま発掘できたアーティファクトの売却金だった。


「アンナは正直ダメ冒険者でさ。何回か臨時のパーティーを組んだことがあったんだけど。ほとんど〝荷物担ぎ〟だったよ」


 ティファは思う。私の頃と変わっていなければ荷物担ぎはパーティーの危険の際には真っ先に置いていかれる。


「ただ冒険中の食事を作るのが上手かったんだ」

『それで酒場を開くことを勧めたんですね?』

「他にも理由があってさ。俺は少しだけ有名な冒険者だったから都市の冒険者担当の行政官から冒険者政策の意見を求められたりしてさ」

『ふむふむ。お役所も仕事するんですね』

「ダンジョン都市は冒険者で成り立っているからね。担当官がギルドの支部を増やしたがってたんだ。だからアンナに酒場をやれば冒険者ギルド業務も請け負えるよって」

『それでアンナさんの酒場が成功してるか気になるんだ』

「上手くいってるみたいでほっとしたよ」


 レイは満足そうだ。


「今度は町をちょっと出たところに行こうか」

『そんなところになにかあるんですか?』

「ふふふ」


 この世界の大きな街は高い壁を造って内側に建造物を作る。

 外側は魔物がいるからだ。そのため外の土地は格安だ。


「マーカス、レベッカ、元気してたか?」


 レイが壁の外で農作業している若い男女に声をかける。


「レイ!?」

「レイさん! どうしたんですか急に?」

「どうだい? 野菜の調子は?」


 マーカスと呼ばれた少年がドヤ顔で答えた。


「テーブルビートもオニオンもニンニクも作れば作るだけ全部はけるぜ。凄いだろ」

「へ~凄いなあ」

「冒険者は魔物の肉しか卸せないからなあ。酒場に飛ぶように売れるよ」


 レベッカと呼ばれた少女がマカースの頭を小突く。


「もう! レイさんが畑を買ってくれたからうまくいってるのに」

「いや安かったからね。アンナのところには優先して降ろしてあげてよ。正規の値段でいいから」

「もちろんですよ」


 この周辺はダンジョンの魔物が凶悪だったからか、地上の魔物はむしろ弱かったのだ。

 魔物は野生生物と違って農作物は狙わない。狙うのは人間だ。魔物がいるから逆に野生生物は少なかった。野菜泥棒も来ない。

 二人はアンナよりはマシな冒険者だった。この周辺の魔物なら平気だとレイは判断したのだ。

 レイはマーカス、レベッカと別れた後もダンジョンで得られる素材屋や孤児院に行った。


「さて。アンジェ達がうるさいだろうから、そろそろ帰るか」

『レイさんが世話したのってアンジェさん達だけじゃなかったんですね』

「世話? いやあいつらには冒険者向いてないから辞めろって言ってあげただけだよ」

『友人に会いに行くっていうから冒険者の人かと思ったら〝元〟の方ばかりでしたね』

「まあ冒険者なんて長くやるもんじゃないかも。結構、死ぬしね」

『レイさんは長くやってるじゃないですか』

「俺は冒険者以外の生き方を知らないんだよ」

『他のことだってできますよ。レイさんは行政に働きかけて酒場を冒険者ギルドの支部にしてあげたり、少し強い冒険者にとっては安くて良い土地を探してあげたりできたじゃないですか。しかもお金までだしてあげて』

「うーん。冒険者だから気づけたことを教えただけだよ。成功したのはあいつらが頑張ったからだよ」


 ティファは引かなかった。


『レイさんが冒険者でいることで救われる人がいるから続けているんじゃないですか?』


 レイは少しだけ黙った後、笑った。


「君のような本物の英雄の言葉には重みがあるね。でも違う。俺は本当に冒険者の生き方以外を知らないだけだよ」


 ティファは、歴史の名を残す英雄達が誰一人として聖剣である自分を抜けなかったのに、レイがあっさりと抜いてしまったことを思った。

 英雄達は英雄たらんとしていた。考えてみればティファ自身もそうだ。

 けれどレイは英雄たらんとしたことなど一度もないのに多くの友人達を笑顔にしていた。

 レイは生まれながらの英雄かもしれないと思う。

 ティファは自分にしか聞こえないような小さな声で言った。


『レイさんは英雄の私でさえも救ってくれたもんね』

「え?」

『なんでもないです』


 ◆◆◆


 レイはワイルドローズのメンバーで夜の街を歩いていた。

 アンジェの機嫌が良かった。


「今日はレイの好きなものを皆で食べようって言ってたんだ」


 レイは友人達にあって遅くなったので怒られると思っていた。

 ルシアの機嫌も良い。


「レイの好きなワイルドブルのステーキを皆で食べようよ」


 ワイルドブルは牛の魔物だ。

 脂身と赤身がハッキリと別れている。

 レイは年を取ってからは脂がきつくなり赤身の肉が好きになっていた。

 赤身の部分だけを食べるのが好きだった。


「え? いいの?」

「たまにはお酒も飲みなよ」

「侯爵の城でだされたワインなんかよりもテキーラのほうが好きでしょ?」

「ま、まあ」


 二人に会った時のレイは常に酒臭かった。

 彼女達の面倒を見る過程で自然に酒が抜けていったのだ。

 リンスもニコニコとしている。


「レイ~」

「な、なに?」

「ご飯食べたらお風呂に一緒に入ろうよ。肩を揉んであげるね」

「え、えぇ?」


 アンジェとルシアがそれを止めた。


「冗談! 冗談!」

「馬鹿なこと言ってないでよ」

「冗談じゃないのになぁ……」

「ともかくレイが行きたいって店に行きましょう?」


 レイが向かっている店が見えてきた。

 アンジェとルシアはアンナのことを知っている。

 アンジェが少し不満そうな顔をした。


「あそこってアンナの店じゃない?」

「ダ、ダメなの? 俺の好きな店でいいって言ってたから」


 ルシアも口を尖らせた。


「ダメってわけじゃないけど、私達だけでご飯食べたかったのに。アンナがいたらそうならないじゃない」

「お前らとはいつだって。あれ? 貸し切りだ」


 扉は閉まっていて貸し切りの文字がプレートが掲げられていた。

 アンジェとルシアが内心で喜んだ。


「仕方ない。別の場所行くか。ってかギルドの業務もしてるのに貸し切りにしていいんだろうか」

「ま、待ってください。レイさんですよね?」


 午前中に来た時にいた若い従業員に引き止められる。


「あ~君は。今日は貸し切りみたいだね。じゃあ別の日に来るよ。アンナによろしく」

「ち、違うんです。アンナさんはレイさんのために貸し切りにしたんですよ」

「え? そうなの? だけど俺たち4人だよ」


 店は50席以上は確実にある。


「いいんですよ。帰られたらまたアンナさんから怒られちゃいます。さあ、入ってください」


 店に入るとテーブルには冒険者が好みそうな料理が所狭しと並んでいた。

 奥からは黒髪のポニーテールの26、7ぐらいの女性が出てくる。


「レ、レイ?」

「お、アンナ。久しぶり」

「ホント……何年ぶりかしら。アンジェとルシアも」

「ええ」

「どーも」

「レイ達ったら何も言わず、ダボスの街を出ちゃうんだもの」


 アンジェやルシアとは違う落ち着いた大人の色香がある。

 アンジェとルシアもアンナがこのように成長したらレイとの戦いに脅威になると思っていた。

 若さは武器にならない可能性もある。レイとの年はアンナのほうが近いのだ。


「久しぶりは良いんだけどお前んとこはギルド仕事も請け負ってるのに貸し切りにしちゃっていいの?」

「いいのよ」

「ギルド支部の許可取り消されても知らないぞ?」

「もう常連さんが一杯いるからタダの酒場として経営しても十分成り立つわ。ともかく座って」

「凄いじゃんか! お前、どんくさかったけど冒険中の食事を作るのだけは得意だったもんな」

「えへへ。レイが好きな脂が入った肉もたくさんあるよ」


 アンジェとルシアは完全に不機嫌になっているが、レイは気がついていない。

 気を良くして乾杯もせずに好きだったテキーラ酒を飲みはじめた。


「いや、最近は赤身の肉が良くなってさ」

「じゃあ、ローストワイバーン作ってあげようか?」

「ワイバーンの肉あるの? でも、お高いんでしょう?」

「なに言ってるのよ? レイからお金とるわけないじゃない」

「なんでだよ?」

「もう! ダンジョンで見つけた精霊樹のコハクを売って、このお店の開業資金を出してくれたんじゃない」

「あー気にすんなよ! あぶく銭さ」

「レイにはそうでも……荷物担ぎの私じゃ一生に手に入らなかったよ。これ」


 とんでもない額が記入されたイセリア王国の銀行が発行している小切手だった。


「な、なにこれ?」

「お店の開業資金と毎年の利益の一割よ」


 レイは立ち上がり、色を失った表情でアンナを見る。アンナは嬉しそうにうなづいた。

 酒の勢いで隠していたことを言ってしまう。


「実はさ。引退して食堂でも開こうと思ってたんだよね。これだけお金があれば魔貴族を斬ったらいつでも開けるぞ!」


 アンジェとルシアが泣きそうな声で止める。


「いやいや。こんな大金貰うわけにはいかないでしょう」

「そうよ、そうよ。それにレイが食堂なんてできるの」


 二人の意見を聞くとレイは急に冷静になって座り直した。


「そうだよな。お金があっても俺なんかが食堂なんてできるわけないよ」


 冷静になるというより酔っていた。


「レ、レイ。な、ならさ?」

「うん?」

「不安なら私と1年ぐらいこの店をやればいいじゃない? なんなら1年とはいわず、5年でも10年でも、ずっとでも……」


 アンジェとルシアだけでなく、若い男の従業員までも泣きそうになっていた。


「ん~~~それもいいかもしれないね!」


 レイの発言にアンジェとルシアと若い男の従業員が猛反発する。


「な、なんだよ。お前ら」


 そんな時、また店に若い男女がやってきた。

 アンナが本日は貸し切りと言いに行く。ところが入り口の方からは……。


「マーカス、レベッカ!」

「レイいる?」

「いるわよ~」

「よかった~昼間会ったからさ。ここに行けば、農地代を出してもらった時の金を倍にして返せるんじゃないかって持ってきたんだ!」

「そうなの。どうぞ、入って」

「まあ、アンナさんがレイにお礼したいって額と比べたら全然少ないんだけどさ」


 アンジェとルシアの作戦は完全に失敗してしまったようだ。

毎日更新していましたが、明日は打ち合わせ等で更新できるかわかりません。

本日は長めの話なので許してくださいm( )m

ここまでの感想や評価ありましたらよろしくお願いします。


30日に更新します。よろしくお願いします。

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