16 魔貴族サキュラ その2
冒険者の鉄則、自分以上とハッキリわかる敵は逃げろ。
5年以上冒険者を〝続けられた〟ものはまず守っている鉄則だ。
レイはともかくルシアとって魔貴族のサキュラ実力は明らかにそれに該当していた。
そもそも後衛だが、いつも以上に距離を取っている。
本来であれば、逃げ出したいはずだ。レイももちろん子供の時にそう教えている。
自分とガーランドの二人で戦おうかと思った時だった。
「レイ殿、ルシア殿、ここは俺一人がやろう」
「なんだって? 現実的に考えて二人で左右か前後から挟んだほうが……」
前後か左右から挟んで攻撃すれば、通常は圧倒的に有利になる。
「いや、聖剣の英雄殿が死んだら人類が不利になる。魔貴族はなにをしてくるかわからないだろう? 先程の詫びにここは俺に任せて見ていてくれ」
レイはガーランドは魔神結界のこと聞いていたのかと思う。
ガーランドを構えを変えて気合を入れ直した。
「ごおおおおおおおお!」
「な?」
ベテランのレイでもここまで人から圧力を感じたことはない。
さすがの魔貴族とやらでも魔神結界がなければ、勝てるのではないかとレイは思う。
「邪魔だなあ。君から来るの? でも、その気合に免じて魔神結界をしばらく解いてあげるよ」
魔神結界が無ければ勝てる? と思ったのレイだけではないだろう。ルシアも侯爵も思った。
ガーランドが突進した。ただ食堂は広いので手練にとっては時間的な余裕はわずかにある。
サキュラがどんな反撃をするのか……とレイは思ったが壁伝いに回って逃げるだけだった。
「キャハハハ」
さすがに魔貴族ともなると足を使わず、魔力で宙に浮き、ガーランドの正面を見据えながら後ろに下がっていく。
だがガーランドの剣がピピッとサキュラの髪を斬りだす。
「こわーい。じゃあ反撃しよっと」
サキュラが後ろに下がりながら手を一振りすると食堂の床に5つの幾何学模様が現れる。
ルシアが叫んだ。
「召喚魔法!? 無詠唱で?」
レイも剣を構え直した。
「げっ。なにを召喚したんだ?」
「地獄の悪魔よ! 解呪(ディスペル!)」
ルシアが解呪の魔法を唱えると5つの魔法陣のうち2つが消える。
残りの3つの魔法陣から灰色の肌をした筋骨隆々の悪魔が現れた。
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
3匹の悪魔がガーランドに殺到した。
レイが悪魔を追う。
「危ないっ! ガーランド!」
「俺に任せろと言ったろう」
ガーランドが涼しげに手を振ったような仕草をすると灰色のデーモンは緑の血を吹き出し、バラバラにされた丸太のように崩れ落ちる。
レイとルシアが驚き、そして他ならぬ魔貴族のサキュラが声をあげた。
「ひゅーっ……凄いね」
サキュラは召喚魔法の直後で動きが鈍っている。
「死ねっ」
ガーランドの剣は完全にサキュラの頭を捉えた。
ところがガーランドの剣がサキュラに触れる間際に不自然に弾かれる。
「なっ」
ガーランドが疑問の声をあげ、レイもおかしいと感じた時、ティファが叫んだ。
『魔神結界です!』
あれが? と思ったときには剣を弾かれて無防備になったガーランドの胸にサキュラの拳がめり込んでいた。
刹那の後にガーランドの巨躯が吹っ飛んで、まだ会食の食事が並んでいる長いテーブルをぶち折った。
「ガーランド!」
「ぐ、ぐううぅ……」
レイの呼びかけにガーランドはうめき声を出した。死んではいないようだ。
サキュラが軽い調子でおどける。
「びっくりしたぁ。今の世の中にも少しは強い人間っているんだね」
「卑怯だぞ!」
レイにサキュラは悪びれず言った。
「魔神結界のこと? 僕はしばらく使わないって言ったんだよ。しばらくがもう終わっただけだよ」
「減らず口を叩きやがって。黙らせてやる」
レイが聖剣を構えて間合いをつめる。
「そりゃしゃべるよ」
もはやレイはサキュラの剣の間合いにはいっている。
「だって僕は君と」
レイの剣が迫ってもサキュラスは喋るばかりでなんの構えも魔法詠唱もしない。
「同盟を」
聖剣がサキュラの首筋でビタリと止まる。聖剣は首筋に僅かに食い込んでいて微かに血が流れる。
「結びに来たんだから。ついでに侯爵ともね」
「同盟、だと?」
「うん。そうだよ」
とても本当のことを言っているとはレイもルシアも侯爵も思えなかった。
一方でレイだけが一つの事実に慄いている。
「お前、もし俺が斬撃を止めなかったら確実に……死んでたぞ」
「僕は君を知っている」
「俺を知ってるだと」
「害意のない人間を斬れるような人じゃないと知っている。まあ僕は人間じゃなく魔族だけどね」
確かにガーランドと対峙した時のサキュラは圧力を感じさせたが、レイと対峙した時は全く感じさせなかった。
害意がないと言えるかもしれない。
「だが、お前は多くの人間を殺してる。そうだなティファ?」
『はい。間違いありません』
「まあ7千年前以上の大昔はね。復活してからは1人も殺してないよ」
「なんだと? お前、ここに来る時にこの城の守りを突破してきただろう」
「さっきの剣士さんみたいに怪我はさせたけど殺しちゃいないよ」
レイはサキュラの首筋に剣を当てたまま叫んだ。
「グレンさん、本当か?」
「わ、わかりませんが。確かに死んだものはいないかも……」
侯爵が言った。
「グレン、怪我を追っているところすまぬが、兵で死んだものが本当にいないか見て来てもらっていいか?」
「は、はい!」
グレンが足を引きずりながら食堂出ていく。
レイがサキュラを睨む。
「1人でも死んでいたら殺す」
「まずいなー。ひょっとして1人か2人ぐらいは死んでる人間もいるかも。2人まではオッケーにならない?」
レイは無言でサキュラの首筋に剣をめり込ませた。
「い、痛いな、2人ぐらいならいいじゃないの? まあ君になら斬られてもいいんだけどね」
「そうやってふざけてろ」
グレンが走り込んできた。
「侯爵! 重傷者もいますが、治療を優先すれば死ぬものは出なそうです。またその男が引き連れてきた50騎も遠巻きに城を囲むように展開しているだけです」
「なんと……」
サキュラが笑う。
「ね? とりあえず、剣を引いてくれないかな? そもそも今の僕には聖剣の英雄、いやレイさんに勝てる力はないんだ」
ティファが言った。
『サキュラの言うことは本当です。少なくとも真正面からのぶつかり合いではレイさんのほうが力は上です』
「だからこそ、なにかを罠を仕掛けようとしているんじゃないか?」
『そうかもしれませんが……』
侯爵がレイの肩に手を置く。
「侯爵、近くに来ては危険ですよ!」
「彼は私とも同盟を結びたいと言った。私はついでらしいがな。とりあえず私は話を聞いてみたいんじゃが」
「しかし……」
サキュラがうなずく。
「侯爵とは同じイセリア王国の貴族としてね」
「だまってろ」
侯爵が微笑む。
「もし本当に彼が同盟を結ぶ気で、他の魔貴族の情報や場所を聞き出せれば、我々は圧倒的有利だ」
レイはサキュラの首筋からゆっくりと剣を離す。
その間、サキュラはレイの目をじっと見ていた。美少女にも見える容貌だ。
「信じてくれてありがとう」
「まだ信じちゃいない」
「そのうち信じてくれるって言ってるんだね」
「信じて欲しいならそういう態度をしろよ。ルシア、侯爵に防御結界を張ってくれ。念のためにお前もそのなかに入るんだ」
レイがルシアに防御結界の展開を指示する。
「う、うん」
ルシアが魔法の防御結界を張って、侯爵と一緒に中に入ったのを見届けてからレイはガーランドの側にいった。
「おい。大丈夫か?」
「……大丈夫だ。肋が何本か折れたぐらいだな。役に立たなくてすまん」
レイはグレンに頼んだ。
「グレンさん。ガーランドを回復魔法が使えるもののところに」
「しかし、侯爵をお守するものが」
グレンとのされたガーランドでは戦力にならない。
「俺が必ず守ります」
「わ、わかりました」
グレンがガーランドを担いで食堂を出ていった。
レイが倒れた椅子を立て直して座る。
「さて。サキュラ。同盟っていうのはどういうことだ?」
「簡単さ。君と組んで他の魔貴族を倒したい」
「なぜ?」
「実は……君のことが好きだから!」
サキュラが舌を出して、レイにウインクする。
レイが立ち上がり、今度は聖剣をサキュラの頭蓋ギリギリで止めた。
「ご、ごめーん……」
「今度ふざけたら斬る」
「えーと僕達、魔貴族は本当は復活なんてしてないのさ。未だに地獄に封印されている」
「はぁ? じゃあ今いるお前はなんなのさ」
「僕たちはいわば、現世に映る影なのさ」
レイは驚いてティファに聞く。
「ティファ、こいつの言ってること本当?」
『わ、わかりませんが、本当かもしれません』
「根拠は?」
『私が知る頃の魔貴族よりも力が大きく劣っています』
サキュラが続けた。
「つまり基本的に僕達は聖剣の英雄であるレイさんに力では劣っているんだ」
「お前の言ってることが事実だとして、どうして俺と組んで魔貴族を倒したい?」
「魔貴族退治に協力するから僕だけは許して貰おうかなって」
サキュラの提案は誰も予想だにしていないものだった。




