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14 侯爵の衛士

 レイとルイが赤くなって気恥ずかしい思いをしていると、突然、侯爵が真面目な調子で言った。


「やはり、10歳やそこらの少女が冒険者をするのは難しいですかな?」


 レイとルシアは顔を見合わせる。


「まあ、そうですかね」

「私もレイが居なかったら……」


 侯爵がそれを聞いて続ける。


「実は私には10歳ぐらいの娘がいたんです」


 レイが聞き返す。


「いたんですというのは?」

「その頃、妻も亡くしましてな。再婚しようとしたのですが、それが気に入らず、飛び出してしまったのです」

「そうでしたか」

「母方の家の鎧と剣を持って飛び出したのでひょっとしたら今ごろ冒険者でも……生きていたらと。いや、もう生きてるはずはありませんな」


 侯爵が娘の小さかった頃の思い出を食事を食べながら懐かしそうに語りだす。

 レイはルシアからチョンチョンと指で叩かれた。


「ねぇ……侯爵の娘さんってさ……ひょっとして」

「まさか。現実的に考えて、かなり確率低いぞ」

「うん。まあ、そうね……」


 レイはとりあえず侯爵を慰めたくなった。


「先程のは一般論を申し上げただけです。侯爵の娘さんはきっとどこかで生きていますよ」


 レイの言葉には心底そう思っている、いやそう信じたいというような心がこもっていた。


「はっはっは。レイ殿はまことに好漢ですな。弱きに優しい。娘もルシア殿のようにレイ殿のような方に会えていたら」

「ただのしがない冒険者ですよ」

「いやいや。グレンや騎士団から聞いていますぞ。当世にレイ殿以上の英雄はおらぬと」

「そんな滅相もない」

「ルシア殿を救い、我が領地の村々を救っている。ここに来る街道でのダブルタイガーの話も聞きましたぞ。違いますかな?」

「それは、そうかも知れませんが、英雄なんて……」


 侯爵は今までとは違って、少年のような笑みをしていった。


「最近、世間が騒がしい。魔族の王が復活する兆候かも。時代は英雄を求めいていますぞ!」


 レイはドキリとする。


「そ、そんな兆候ありますか?」


 侯爵は笑った。


「ははは。ないな。世界はこの二十年、むしろ平和だ。霧の森から村に凶悪な魔物が向かったり、街道に魔物が出たりしたが、それもレイ殿が片付けてくれた」


 ほっとしたレイ。


「ワシは魔族の王を倒したリクの英雄譚が好きでのう」

「私も大好きでした」


 侯爵はただの英雄物語好きのおっさんなんだろうと安心しはじめる。

 恋に恋する少女のように、目の前の人物を気に入ったら英雄にしたいだけなのだと思った。


「しかし、ワイルドローズはひょっとして霧の森に深く入り、聖剣を抜いてきたのではないかね?」

「ぶっ。し、失礼」


 レイは飲んでいたワインを吹き出しそうになる。

 ルシアが面白そうに笑っている。

 レイは侯爵に後頭部を向けて、口に人差し指を立てルシアに必死にジェスチャーを送った。


「どうしたんじゃ? レイ殿」

「あ、いえ、私達も霧の森は少ししか探索できませんでした。聖剣とは?」

「あの森にはいかなる毒をも癒やす聖なる泉があって、そこには一振りの剣が刺さっておるんじゃ」

「ははは。侯爵は伝説がお好きなんですな」

「確かにただの伝説かも知れぬ。剣は真の英雄しか抜けぬらしい……レイ殿ならと思ったんじゃが……」

「ま、まさか」

「レイ殿が倒したというデュラハンの首を見たぞ。あれこそ剣の眠る地を守っている魔物かとも思ったのじゃが」

「いや森の外にいたのをたまたま斬ったんです」


 この際、堂々と本当のことを言えば、讃えられされ、避難されることなどなにもないのに、レイは隠したい気持ちで一杯だった。


「たまたま斬れるものか」


 急に侯爵の後ろに立っていた護衛の衛兵がレイを睨んだ。


「これ! ガーランド。失礼だぞ」

「申し訳ございません。しかし……」


 彼はガーランドというのかとレイは思った。

 相手の実力を雰囲気で見抜く、いや感じてしまうのが、ベテラン冒険者だ。

 帯剣したガーランドは明らかに剣の手練と思わせる。魔法系であるルシアですら緊張した。

 ガーランドはつかつかと歩き台の上にあった箱を開けてデュラハンの首を取り出した。


「侯爵。アレをやってよろしいですかな?」

「食事中に……けれどワシも興味がある。お客様に見せるが良い」


 侯爵が許可すると、ガーランドは、ほとんど真上にデュラハンの頭を投げてすっと腰を落とす。

 慣性に従って落ちるかと思ったデュラハンの頭を見えないような早さで斬りつけた。

 パシンという金属音が鳴り響く。

 そしてデュラハンの頭とガーランドの折れた剣先が彼の足元に転がった。

 デュラハンの頭も折れた剣先も、遠くに飛ばず、ガーランドの近くにあるのは実力の証だろう。

 レイは拍手を捧げたくなった。

 ガーランドがデュラハンの頭を拾う。


「鋼の剣では俺の斬撃でも傷一つつかぬ。ここにある傷は」


 ガーランドはデュラハンの頭にある傷を指差した。

 レイは思い出す。あの傷は……。


「おそらくミスリルの剣で付けられた斬撃だろう。見事な、斬撃だ……」


 レイは内心舌を巻いた。やはりガーランドはただものじゃない。


「だが、この傷をつけたミスリルの剣もおそらく、この斬撃で折れている」


 それも正解だった。


「デュラハンの鎧は当然、兜と同じ金属だろう。貴殿はどうやって斬ったのだ?」


 レイはガーランドから睨まれたが、沈黙して応えなかった。侯爵が笑う。


「はっはっは。ガーランドは武骨者ゆえ、無礼を許して欲しい。だが腕は誰よりも優れている」


 レイも正直に言った。


「まことに感服いたしました」

「どうだろう? レイ殿! 一つガーランドと腕試しをしてくれんかの?」

「私が!? ガーランド殿とは比べ物になりませんよ」

「そんなことはなかろう。レイ殿は村を襲撃したアルラウネすら軽々と斬ったとグレンから聞いておるぞ?」


 ガーランドがレイに凄む。


「その男はダブルタイガーぐらいなら斬れましょうが、アルラウネを斬れるとは思えませんな」

「いや、まあ、はは」

「……今はね」


 レイが曖昧に笑うとガーランドは冷たい声を出しながらレイとルシアが座る席に近づいた。


「自分のことでは本気を出せないタイプなんでしょう」


 ガーランドがルシアの背後に立ちすっと腰を落とす。

 瞬間、見えないような速度で斬撃した。

 再び金属音が響いてガーランドの折れた剣がさらに折れた。

 いや折れたのではなく斬れたのだ。

 ガーランドはルシアの頭に向かって斬撃し、レイはその斬撃の剣をさらに聖剣で斬ったのだ。

 レイは守られたルシアですらゾッとするような声を出した。


「おい……ルシアの頭はデュラハンの頭じゃねえぞ……」


 ガーランドですら頬に冷や汗が流して言い訳をした。

 いや、させられてしまったのだ。


「折れた剣じゃ嬢ちゃんの頭に剣は届かないってアンタならわかっただろ?」

「危ねえだろ……万が一ということもある……」


 二人は斬撃を放った体勢のままだ。

 侯爵が震える声でガーランドを責める。


「ガ、ガーランドよ! 客人になんてことをするんじゃ! 剣狂いにも程があるぞ! レイ殿、申し訳ない。ん!?」


 突然、侯爵がテーブルをバンッと叩いて立ち上がる。

 レイを指差して震えていた。


「そ、そそそそそそそれ、ひょっとして聖剣?」


 レイはつい〝しまった〟という顔をしてしまうのだった。

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