13 ルシア その4
会食の場に向かうための城の廊下を歩きながらレイは緊張していた。
侯爵に会うからではない。ルシアに腕を組まれているからだ。
――ルシアってこんなに美人だっただろうか、と思う。
レイは三人の女性と暮らしているのに女性に馴れていなかった。
やはり、どこかでルシア達を庇護の対象だと思っているのだろう。
肩無しのドレスと強調されたバストも目を引く。
ただ、やはりレイの気を引いたのは顔立ちと耳だった。
いつもはツバ広の三角帽と隠されているとはいえ、見ているはずなのに。
長い金髪をまとめてアップにしているからかもしれない。
レイはルシアの顔をもっと見たいなと思いつつ、胸を見た。
「どこを見てるの!」
「お前、いつも黒いローブみたいの上に着てるじゃん。そんな胸あったんだなって」
「も、もうっ」
レイは頭をコツンとやられてしまう。
実はルシアの顔を見ないようにあえて胸を見た。
ルシアはハーフエルフであることを気にしている。
二千年前、魔族王ヴァサーゴが消えてからの世界でも人間と異種族の戦いは度々あった。
ここイセリア王国もエルフとの領土争いを繰り広げている。
そのためエルフを嫌うものも多い。
エルフは戦争に負け続けているので、人間をさらに嫌っている場合が多かった。
ハーフエルフとなると、そのどちらからも嫌われやすい。
グレンも含め、廊下を歩くルシアを見て、衛士やメイドが驚く顔をした。
別に悪感情を抱いていなくても驚いてはしまう。
レイもそんな表情をしたはずだが、ルシアにはレイがそんなことで嫌うことはないとわかった。
怒っているルシアもどこか嬉しそうな口調だった。
「こちらが食堂となっております。侯爵はもうお着きになっています」
グレンが教えてくれた。
「いや、お待たせしちゃってすいません……侯爵閣下、怒ってないですかね?」
「侯爵様はそのようなことで怒る方ではありませんよ」
「そ、そうですか。良かった」
レイは偉い人に会うだけで怒られるのではないかと緊張する。
しかし、レイは情けないおっさんではない。
本当にルシアが蔑まれたり、ティファのためなら、どんな時でも勇気を奮い起こせるおっさんだ。
「剣をお預かりしますね」
「え?」
グレンが剣を受け取ろうとする。
レイは侯爵と会う場では、当然剣を預かられるだろうということをすっかり失念していた。
「あ、いやちょっと……」
「どうされました?」
「侯爵閣下との会食の場でも帯剣する……ってわけにもいきませんかね?」
「えええっ!?」
レイは聖剣に人類の命運がかかっていることを自覚していた……などということはあまりない。
イベントの場にティファを連れて行かないのが、可哀想に思っただけだ。
それだけで大貴族に無茶な要求をするおっさんだった。
「自分、お風呂にも剣と一緒に入るほどで」
グレンがお風呂で着替えを手伝おうとしたメイドに本当かと目配せした。
メイドが首を縦に振る。
「そ、そうなんですか。しかし、侯爵の命を狙うものもいるかもしれませんので。いや、もちろん英雄のレイ殿がそうだと言ってるわけではありませんが、一般論として」
「ぼ、冒険者として常在戦場的な?」
もちろんレイは剣鬼と言われていた時でさえ、そんなことを考えたことはない。
「なるほど。さすがはレイ殿」
「侯爵閣下に頼んで頂けないですかね?」
「うーん」
――良いではないか
一同が声の方向に振り向くと身なりの良い男性が微笑んでいた。
年の頃は50過ぎだろうか。やや恰幅が良い。
「こちら侯爵様です」
「あ、ど、どうも」
グレンが紹介しなくてもレイはすぐに彼が侯爵とわかった。
「グレンよ。冒険者が帯剣するのは当然ではないか。お客様を待たせてはならん!」
「すいません」
「食事もすぐに運ばせるのだ」
「は、はい!」
グレンが走っていく。
侯爵がレイのほうに行き頭を下げた。
「不手際、申し訳ない。あるじのアラン・エドワーズです」
レイはさすがに慌てた。
冒険者は流れることが多いとはいえ、ここクレンカ地方に住むものなら領主と領民の関係なのだ。
「と、とんでもない。我儘を言ってしまってすいません」
「こちらこそ英雄の方々に無理を言ってご招待して申し訳ない。ささ。食堂の席へ」
侯爵は気さくな人物だなとレイはほっとした……のも、つかの間だった。
食堂に座った侯爵の席のすぐ後ろにはやはり帯剣した衛兵がいて、レイの目からしてアンジェに勝るとも劣らない達人に見えた。
そりゃこんな護衛がいるなら帯剣も許されるだろうとレイは思った。
前菜とスープが運ばれてくるなり侯爵は言った。
「ともかく腹が減った。お客人もそうだろう。食べながら話そうではないか」
騎士団に劣らず、侯爵もワイルドローズの大ファンというのは本当らしい。
こちらが自己紹介しなくても冒険者としてのレイやルシアのことはよく知っていた。
「ルシア殿は本当にお美しい。それでいて強力な魔物も一撃で葬り去る魔法を使うというのだから」
ルシアがレイに耳打ちした。
「侯爵が私の胸ばっかり見てくるんだけど。もうエッチね」
「ははは」
レイは苦笑いした。
ひょっとしたら自分と同じ理由であえて胸を見てるのかもしれないと思う。
やはり気さくな人物なのかもしれない。
もちろんハーフエルフを蔑む態度などは一切なかった。
「ところでレイ殿とルシア殿の関係はひょっとして? レイ殿が羨ましい」
「こ、侯爵、違います。なんで……」
ルシアが顔を赤くなって否定する。
レイは、なるほど、ルシアと腕を組んでいたところから侯爵に見られていたのかもしれないと思った。
「娘のようなものでこいつが子供の頃から一緒に住んでるんですよ……」
レイがそう答えるとルシアの反抗期がはじまった。
レイはテーブルの上では、ルシアの切れ長の目で鋭く睨みつけられ、テーブルの下では脛を蹴られる。
声をあげたかったが、侯爵の前では耐えるしか無かった。
侯爵も睨みつけられる。
「そ、そうか。しかし、一緒にパーティーを組んだキッカケがあるだろう。教えてくれないかな?」
冒険者同士は仲間とどんなキッカケでパーティーを組んだという話を良くする。
侯爵はそれを知っていたのかもしれない。
レイが話そうとするとルシアが先に語り始めた。
「私の母はエルフでやはり主に攻撃魔法を使う冒険者をしていたようです」
それは10年一緒に暮らしているレイも聞いたことがない話だった。
レイは彼女達の過去の話を聞いたことはない。
彼の思いやりだ。
「本当の父は見たことがありません。12歳の頃に母が帰ってこなくなりました。多分、遠くに冒険に行ったのだと思います」
冒険で死んでしまったことを冒険者の間では「遠くに冒険に行った」という。
「私は母から魔法を教わっていたのでソロ冒険者になろうとしたんですが、このお節介な……お父さんが……」
最後の方の声は聞き取れないような小さな声だった。
レイはスープの塩味が増さないように明るい声を出した。
「ルシア、ちょっと魔法が使えるからって女の子が冒険者としてやっていけるわけないだろ」
脛にもう一発来るかと構えたが、意外な返事だった。
「う、うん……わかってるわよ。感謝してる」
「え? あ、うん……」
どうやらルシアの反抗期は終わりつつあるようだ。




