11 ルシア その2
『うわー馬車でお城に招待されるなんて最高ですね。あ、レイさんレイさん! 騎兵の方もいますよ!』
ティファのはしゃいだ声とは対照にレイは馬車の客室内の沈黙の気まずさと戦っていた。
隣にはルシアがいるのだが、一言も話さない。
レイから離れて座り、顔の方向もそっぽを向いていた。
表情がわからなからないので感情も読みにくい。
まあ、いつものことかとレイは思う。
ルシアは先がヘタっとなったつば広の黒い三角帽を家でもかぶっている。
そのつばを顔のほうに手で下げる癖がある。
彼女の背は女性としては低くはないが、やや長身のグレンからすれば、それで表情はほとんど見えない。
馬車のなかでも何度もつばを下げていた。
レイが気まずさに耐えかねてルシアに話しかける。
「なあ俺たちこんな格好で侯爵にあっていいのかなあ」
「……」
ルシアも黒い魔法使いの格好ならレイも革鎧に帯剣という格好だった。
話しかけても無視かとレイが思った時にルシアから返事が帰ってきた。
「侯爵と会う時は城で服を用意してくれるって。グレンが言ってたわ」
馬車を御しているのは騎士団長をしているグレンだった。
騎士団長自らと思ったが、どうやらリンスに会いに来たようだ。
迎えに来た時は天国にいるかのような笑顔だった。リンスは来ないとわかった今は牢獄にいるかのような表情で手綱を握っている。
レイは事故を起こさなければ良いけどと思っていると、馬車のスピードが急に上がった。
「きゃっ」
ルシアが小さな悲鳴をあげる。グレンの大声が聞こえてきた。
「た、大変です! 魔物です!」
「「魔物?」」
レイとルシアが同時に驚く。
エステオの街とバレンタイン城を繋ぐ街道は整備されていて魔物が出ることは滅多にない。
レイだけはひょっとして魔貴族復活の影響かと頭に浮かんだが、前回の同時多発的な村の襲撃以外はなにも変わったことはないのだ。
ともかく馬車の窓から顔を出して敵を見ると双頭のトラが後方から馬車に迫っていた。
ダブルタイガーだ。アルラウネよりもランクは低いが、馬車に追いつく脚力を持っている。
グレンが馬車に並走していた騎兵に命令した。
「お前たちは客人のために時間を稼げ! 関所までいけば魔物を止める戦力はある!」
レイが叫ぶ。
「よせ! 現実的に考えて死ぬぞ!」
が、グレンに鍛えられた騎士団は士気が高いのか槍を構え始めた。
「レイ、私が攻撃魔法を後方に撃つわ」
「それじゃあ騎兵に当たったら不味い! 俺が行く!」
レイは飛び降りようとするが、馬車の扉の開け方がわからなかった。入った時はグレンが閉めたのだ。
仕方ないと扉を蹴破って馬車から転がり出る。
「レーーーーーィ!」
ルシアの声は前方に遠ざかっていく。
代わりに巨岩のようなトラが迫って来た。
「ティファ!」
『はい!』
レイとティファの斬撃は双頭のトラを真っ二つにして、体が半分で一つ頭のトラを二つ作った。
驚いたのは死の覚悟をした騎兵達だ。
「な、レイ殿はかつて呼ばれていたそうだが……まさに剣鬼」
「我らの命があるのもレイ殿のおかげだ。剣鬼どころか剣神と言ってもいいな」
「あ、いや……それは聖……」
聖剣と言いそうになって、そんなことを言ったら余計に騒ぎになりそうなので途中でやめる。
同時多発的な襲撃事件以降、エドワーズ侯爵麾下の騎士団でレイの評価はうなぎ登りだった。
自分をただのおっさんだと思っているレイ本人はかなり恥ずかしい。
「ううう。感心してないで、先に行った馬車をもう大丈夫と止めに行ってください」
「はい! はいやー」
騎兵が主人に命令されたかのように走っていく。
しかし、レイを一番評価してるのは聖剣だった。
『でも私の力をこれだけ引き出すなんて……やっぱり真の英雄なんですね』
「いや、まあ抜いた人ならできるんじゃないの?」
『普通の人は抜くこともできないんですから』
「俺以外抜こうとした人もいなかったんでしょ?」
霧の森は結界で守られていたのだからレイがそう思ったのは自然だろう。
『そんなことないですよ。数千年の間には霧の結界を破って私のところに来た人も何人もいました』
「え? そうなの? 誰って聞いてもわからないか」
『名乗った人もいましたよ。えーと、竜人王のベレスさんとか』
「ベレスだって?」
『知ってるんですか? 他にも』
知らない名前もあったが、知っている名前は歴史上の英雄や勇者ばかりだった。
「大陸を武力で平定したベレスが抜けなかったのに俺なんかがなんで抜けたんだろ……」
『彼ら以上の英雄なんですよ』
否定したかったが、二人のところに馬車が戻ってきた。
「レイ殿、ご無事で!?」
「全然、大丈夫です」
「これは失礼を。剣神にご無事かとは礼を失していましたな。馬車にお乗りください」
聖剣の説明もできないので、素直に馬車に乗った。
走り出した馬車は片側の扉が吹っ飛んでしまって。少し寒い。
ルシアはさらに端の端の端に座っている。きっと呆れられて近くにも座りたくないのだとレイが思っていると、ルシアが聞かせる風でもなくつぶやいた。
「まるでアンジェみたい」
「え?」
「レイの強さ」
「あ、あぁ。聖剣のおかげだよ」
「古代図書館の文献で見たけど聖剣は英雄じゃないと抜けないらしいわよ……」
聖剣と同じことを言われたと思うレイ。ただ、その意味するところはわかっていない。
突き放すような言い方をするルシアにも問題はあるが。
「くっしゅん」
レイは寒さを感じてくしゃみをしてしまう。
「なにしてるのよ」
ルシアの言い方を聞いたらレイでなくてもドアを蹴破ったことを責めるように聞こえただろう。
しかし、なにしてるのよとはそういう意味でなかったらしい。
ルシアが隣のスペースをバンバンと叩く。
「端に寄ってあげてるんじゃない。こっちに来なさいよ」
「え? ルシアが端の端の端に座ってるのってそういう意味だったの?」
「も、もうっ! 寒いでしょ!」
ルシアに片腕を掴まれて引き寄せられる。
だが、やはりまだ少し遠慮してしまう。
「こ、これでいいかな」
「もっとこっちに来なさいよ」
今度は逆の肩を掴まれて引き寄せられてしまう。レイは体重をルシアに預ける形になってしまった。
「く、苦しくないか?」
レイが聞いてもルシアはしばらく応えなかったが、やがて小さな声で言った。
「……暖かいからこれでいい。」
その後、二人はバレンタイン城までなにも話さずに互いの体温を感じていた。




