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10 ルシア その1 

 鎧に身を固めた精悍な青年グレンが声をあげた。


「諸君! あと少しで助けが来る! 村のために、あと少し、あと少しだけ耐えてくれ!」


 その声にバラバラになりかけた騎士隊が隊列を立て直す。

 しかし、アルラウネの種子の弾丸は、簡単に騎士の盾や鎧を曲げ、穴を空ける。

 そのアルラウネが〝この村〟には三体迫っていた。


「団長もうダメです。撤退させてください」

「くそ……」


 グレンはイセリア王国のクレンカ地方の領主であるアラン・エドワーズ侯爵麾下の騎士団長だ。

 領地にある複数の小さな村にモンスターが迫っているという情報を聞きつけ、守りに来た。

 逃げれば村人を守れない。しかし、このまま撤退しなけば、騎士隊は全滅する上に結局村人も殺される。

 残るのは村人の守るために騎士隊が一兵まで命を散らしたという美名だけだ。

 グレンは唇を噛み締めながら撤退という非情な決断をしようとしていた。


「団長! 来ます! ワイルド・ローズです」

「おお、助かった!」


 グレンがもう一度、団員に激を飛ばそうとする前に自分の横を黒い影が横切った。真っ直ぐに先頭のアルラウネに飛び込む。

 グレンがあっと思った時にはアルラウネの女の首が悲鳴もあげれずにポトリと落ちた。残りのアルラウネもすぐに女の人部分を両断される。


「うおおおおおおおおお! やったー!」


 騎士団が一斉に歓声をあげた。


「お、遅くなってしまってすいません」


 アルラウネを斬り倒したのはレイだった。

 ほとんど全滅寸前の騎士隊が口々に感謝する。


「す、すげえ……」

「ワイルドローズで一番弱いって言われているおっさんでもこの強さかよ」

「魔物戦のプロってこんなに強いのか」


 団長のグレンがレイの傍に走ってきた。


「レイ殿」

「アンジェ達は他の村に置いて俺だけ急いだんですが」


 レイは惨状を見てとても感謝など受けられないと思った。


「とにかくこれで依頼は終了です。報酬は冒険者ギルドに」

「い、いいんですかね。貰っちゃって。騎士隊だって損害が」

「なにを言ってるんですか? 当然ですよ」


 レイはグレンを良い人だなと思う。


「あ、あの……リンスさんにもよろしく。今度、二人で食事でもどうですかと」


 これさえ無ければ。


◆◆◆


 エステアの街の冒険者ギルドに向かいながらレイとティファが話していた。


「小さな村を狙った、この同時多発的な魔物の襲撃ってやっぱり魔貴族だと思う?」


 魔貴族の恐ろしさの一つに、普段は野生動物とさしてかわらない魔物を軍隊に変えてしまうことがある。

 魔物に対して絶対的な命令権があるらしい。

 そのためレイはこの同時多発的な襲撃事件を魔貴族の仕業かと疑った。


『うーん、わからないです。昔の彼らはそれほど個性があったわけではないんです。魔族王の意志で動いてるようでした』

「というと」

『私の知っている魔貴族としては回りくどい気がします。単純に人を捕まえるか殺すという感じです。レイさんのお陰とはいえ死者はでていませんし』

「なるほど」


 魔貴族はもう復活してしまった。

 だが、ティファが言うには当時の魔貴族と比べると反応がとても小さいらしい。


『私と同じように長い封印で力が小さくなってしまったのかも。だから活発な活動はしてないのかもしれませんね』

「おお! そりゃありがたいな」

『魔貴族の力が小さくなっているんだから、もっと長く封印できたかもしれないのに!』

「いや、でも結局はいつか封印は解けちゃうんでしょ」

『それはまあ』

「それじゃ問題の先延ばしだよ。今斬れば、未来の人類も……ティファも幸せだろ。そっちのほうが俺はいいよ」

『もう……知らないっ!』

「あははは」


 ティファは『知らない』というが、レイにはティファの嬉しい気持ちが伝わっているので笑ってしまう。


『楽しそうに笑ってますけどね。魔貴族は魔神結界で守られてますからね』

「魔神結界? なにそれ?」

『魔神の体から生まれた魔貴族が持つ魔の神の防壁です。あらゆる物理攻撃、魔法攻撃を防ぎます』

「な、なんだって」

『だから私達は彼らを根本的に倒せず封印するしかできなかったんです』

「じゃあ俺はどうすればいいのさ?」

『私……聖剣は魔神結界解除のスキルが付与されています。つまり私は彼らを傷つけることができます。封印もその力によってなされました』

「なら問題ないじゃん」

『本当ですか? それはつまり最終的にはアンジェさん達の力を借りることはできないってことです』

「げっ」


 ティファを救うために魔貴族を斬ると決断した時のレイは無心だった。

 しかし、冷静になった今は現実的に考えてアンジェ達の力を借りれないかなあと頭にチラつく。


『でもレイさんの潜在能力は想像以上ですし、魔貴族は本来の力を取り戻せてないようですから、今が本当にチャンスかも』

「もう頑張るしかないんだよな」

『ちゃ~んと責任取って貰いますからねっ。魔貴族のことも……』

「も?」

『なんでもありません』


 ティファは『私のことも』と続けようとした。

 彼女には年齢固定というスキルがある。そしてレイと一心同体でスキルを共有してしまう。


「なんだなんだ?」

『レイさん。ごめんね。でも……本当に……ありがとう』

「あ、あぁ。よくわからないけど気にするなよ」

 

 レイはよくわからなかったが、流れてくるティファの感情はチョコレートのようだ。

 とても甘いけど、ほんの少しだけ苦い。

 エステオの街について、冒険者ギルドと併設している酒場に付いた。

 観音開きの扉についた呼び鈴をカランカランと音を立てて入る。


「おおお~英雄じゃないか!」


 それに気がついた冒険者達がレイに声をかけた。


「おい。止めてくれよ」

「いや、間違いなく英雄だよ。村をいくつも救ったらしいじゃないか」

「皆も異変を知らせてくれただろ?」


 ここにいる冒険者はアルラウネの討伐の依頼など真っ先に逃げ出している。

 依頼を受けたのはワイルドローズと他一部の冒険者パーティーだけ。

 ただし、アルラウネの異変にいち早く気がついたのはここで飲んでいる冒険者達だった。

 情報のやり取りの量・質・早さも冒険者の才能だ。

 ワイルドローズはその方面は得意ではない。レイ以外はギルドの酒場に顔も出さないからだ。

 

「皆が教えてくれなかったらもっと被害が広がっていたよ」

「そうか?」

「そうそう」


 そういうと冒険者達の中には調子に乗り出す。


「まあレイはアンジェ達に任せっきりだもんな。それなら俺のほうが役に立ったかな」

「立った立った」


 そう言ってレイが冒険者達と笑っていると受付嬢のヘレンが怒り出した。


「現実的に考えてレイさんのほうが大活躍です! 古代の魔物をちぎってはなげちぎってはなげ!」


 ヘレンはここのところレイの口真似をするほどファンになっている。

 冒険者としてなのか、男としてなのかはわからないが。 


「ヘレンちゃん。あんまり大げさに話さないで、見てもいないでしょ?」

「グレンさんから聞いたんです。凄い大活躍だってんでしょ」


 ああ、依頼者からか、とレイは思った。それならまあ仕方ない面もある。

 仕事を褒めるのは時にお金の支払いを良くする以上の円滑剤だ。

 冒険者達もさすがに村を守って戦っていたレイと連絡をしただけの自分達では申し訳なく思ったのか静かになった。

 しかし、レイにとってはそんなことはどうでもよかった。依頼の報酬を受け取ってすぐに帰ろうとする。

 近頃、アンジェとリンスが優しいから家に帰る足が軽い。

 逆にルシアだけはなぜかイライラしていた。

 レイには理由がわからない。


「レイさん。ちょっと待って。これ」


 ところが帰ろうとするとレイは足を止められる。

 ヘレンから封蝋がされた立派な封筒が渡された。


「これ……」

「はい。グレンさんから。きっと良いお知らせですよ」


 封蝋は模様は槍か交差している。エドワーズ侯爵家の紋章だった。


◆◆◆


 レイはワイルドローズのメンバーをダイニングに集めた。


「というわけで侯爵が最近のワイルドローズの働きを賞して城に招待したいって言うんだ」


 皆、浮かない顔していた。

 まあ、およそ偉い人に気を使うというのが向かないメンバーだ。


「私はいかないよ」


 アンジェが言った。


「どうして?」

「別に……」


 最近はレイに優しいアンジュなのに、理由を問うと氷のように冷たく「別に……」と遮られてしまう。

 レイはこれ以上は聞けなかった。


「私もいかないよ~」


 リンスも行かないと言い出す。


「なんで?」

「だって城はグレン君もいるでしょ。しつこいんだよ」


 これも意志を翻すのは難しそうだった。

 ルシアについては当然そんな面倒な旅には絶対来ないとレイは思う。

 なにより、最近ルシアはレイに怒ってばかりいるのだ。

 聖剣ティファがいても人格があると知らないルシアからすれば、レイとの2人旅になる。


「し、仕方ないわね。ワイルドローズが招待されているならレイが1人で行くわけにもいかないでしょう。私も行くわ」

「え? 来るの?」

「私が来ちゃ悪いの……」

「いや、いいですけど」

 

 ルシアは憤然とした様子で立ち上がり、大股で歩きでドカドカと自室に戻って、バァンとドアを閉めた。

 レイが見えるのはそこまでだ。二人旅の気まずさに胃がいたくなる気がした。

 彼女が自室に入るなり、ベッドに飛び込んで枕を顔につけ、足をばたつかせているのはレイは見えていない。



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