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季節感…。
◆バレンタイン・リベンジ(高二冬)
またこの日がやってきた。そう!バレンタインと言う名の最高の一日が!
紘乃という優しくて料理上手で可愛くて健気な彼女がいる俺としては、多大な期待をしてしまうのは仕方ないと思う。…というようなことをこの前サッカー部で言ったら、めっちゃ怒られた。えへ。
去年のバレンタインは、当然紘乃から愛のこもった手作りチョコレートをもらった。小さめのガトーショコラを二人で一緒に食べたのは良い思い出だ。いつもは絶対にやってくれないだろう「あーん」を恥ずかしがりながらもしてくれた時には、チョコとは違う理由で鼻血が出そうになったもんだ。
基本的に誕生日とバレンタインは、俺の我儘を聞いてくれるらしい紘乃に、今年も期待感が募る。何してもらおっかなー。紘乃からキス、膝枕、ミニスカートでデート、俺の気が済むまで(ひざこぞうを)触って舐める…これはやめとこう。俺だって越えちゃいけないラインはわかってる。
まあとにかく、すっごく楽しみにしてたってことは伝わっただろ?しかし、俺は紘乃の一途さをまだまだ理解しきれていなかった…。
バレンタイン当日、意気揚々と家の玄関を開けた俺の目の前には、緊張した様子の(でも今日も可愛い!)紘乃が。あれ?今日は朝練がないから、俺が紘乃の家に迎えに行くはずだったのに。昨日の別れ際にも確認したはずなんだが。
まだ混乱している俺に「はい」と差し出された青いリボンのかかった箱。こ、これはもしや…紘乃からのチョコレート!!
「ありがと!これくれるためにわざわざ来てくれたの?うわーすっげえ嬉しい!!」
ほんと嬉しい…俺ってすごく愛されてる!って気がする。ああ、顔がゆるむ~。
去年は学校帰りにうちに寄ってからだったから、今年もそうだと思ってたんだけどな。まさか朝一でとは嬉しい誤算だ。
「もらえるの今日の帰りだと思ってた。いつから待ってたの?寒かったでしょ?」
「…あのね、淳哉君。」
「何?」
「私、何番目だった?」
???何番目って何?
ぽかんとした俺の顔を見ながら、少し慌てた様に紘乃が弁解している。
「ち、違うの。あのね、今日バレンタインでしょ。それで、淳哉君もう誰かにチョコもらったかなって思って…!」
誰か?いやいやまだ朝だし、紘乃以外にもらうわけもないし。
「紘乃のしかもらってないよ。」
「…そっか、良かった。去年は学校行ったら何個かもらってたから、今年は一番に渡したかったんだ。」
「ええ!去年もらったのって、机の中に勝手に入れられててその上無記名だったからでしょ?!直接のは義理でも断ってたし、ていうか紘乃のチョコしか食べてないし!俺のこと信用してない??」
「違う違う!そうじゃなくて、えーとその、私のだけ食べてくれたのもわかってるし、喜んでくれたのも知ってる。ただ、彼女としてですね…他の子に先を行かれた感じがなんかこう。悔しくて、ね。」
だんだん小声になりながら顔を赤くしている彼女を見て、ますます歓喜の気持ちが湧きあがる。
だってそれって…それって!嫉妬ってやつじゃないすか…!!
彼女の健気さに内心「うおおおおおぉぉぉぉ!!!!」と雄叫びを上げながらも、あくまでも冷静を装い「そんな順番なんて気にしないで。俺の大好きな彼女は紘乃だけだから。」とかクールぶってみた。何キャラだよ。いやでもあんまりデレデレした顔見せるのもあれだよな、「気持ち悪い」とか思われたら嫌だし、うん。
(はあああ紘乃の生足膝枕最高……!!しかも頭なでなで付きとかもうこれやばすぎんだろ。ちょっとだけ…ちょっとだけならいいかな?ぺろっとしたい…いやでもちょっとじゃ止まんないに決まってるし、やっぱここは涙を呑んで諦めよう………でも今日バレンタインだし頼んでみたら意外といけるかもしれん)
◆まさかの進路(高三冬)
「………神戸??」
「………そう、神戸。」
「………悪い。もう一回聞いていいか。…神戸って言った?」
「言った。正真正銘兵庫県の神戸だ。分かる。橘のその「嘘だろ?!」って顔も十分理解できてる。………はあああああ。」
高校三年の冬、俺はこの上なく深い絶望感の中にいた。理由は簡単、大学に進学するにあたり、地元を離れなければならなくなったからだ。
「なんでわざわざ神戸なんだよ。」
「聞いてくれるか、俺の後悔を。実はな…そこしか受からなかったんだ。」
そう、この最悪な事態を引き起こしたのは、俺が受験した大学のうち一校にしか合格できなかったということにある。あれおかしいな。神戸の大学はじいちゃんの家から近いという点と、まあまあ興味のある分野の研究をしている教授がいるからという理由から受けただけで、まさか他が全滅なんて想定外にも程がある。
「浪人するとか他に道はないのか。」
「ない。うちの母さん知ってるだろ?一年余計に勉強するくらいなら、実家を出てでも受かった大学に行けって言われたよ。あああああ、四年も紘乃と離れ離れとか辛すぎる…。」
「牧田は推薦で都内の女子大だったな…。でも神戸ならそこまで会うのも大変じゃないんじゃないか?新幹線で二時間くらい??行ったことないからわかんねえけど。」
「それがさ、聞いてくれよ。てっきりじいちゃんのとこに居候かと思ったらさ、来年からおじさんとこに行っちゃうらしいんだよ。家も売って。だから独り暮らししなきゃなんないんだけどさ、家賃と生活費は自分で稼げって言われたんだ…。」
というかむしろ「学費は出してあげるんだから、それくらい自分でどうにかしなさいね。」って言い放つ母さんが恐ろしかった。俺、今時の甘えたな現代っ子だぞ。しかも奨学金も許さないとかどんな拷問…。かなりバイト詰め込まないと悲惨な生活になるのは目に見えている。
見える。紘乃に会いたくて会いたくてたまらないのに、大学とバイトと家事でてんてこ舞いになっている俺の姿が。当然こっちに帰る旅費だって自分で出さなきゃならない。どれだけ稼げるかわからないけど、大学の勉強もしっかりやらないといけないし。
もう泣きたい。ただでさえ紘乃と離れるのが嫌なのに、なんかもういっぱいいっぱいすぎる。
それに何より、可愛い紘乃を一人にするのが不安で仕方ない…。
「それ、もう牧田には言った?何て言ってた?」
「びっくりしてたけど「それじゃあ仕方ないね。私も会いに行くから。」だって。「仕方ない」って何だよ?!いっそ責めてくれた方がなんぼかマシだったよ!?俺は紘乃と離れるって考えただけでこんなに苦しいのに、紘乃はそうでもないのかな…。」
「大学は休みが長いから、そういう時になるべく戻って来いよ。牧田だって寂しいけど、もう決まったことに文句言えないんだろ。」
そうだよな。紘乃だってつらいよな。ああもう、なんでもっともっと受験勉強頑張らなかったんだよ俺…。同じ都内なら今までみたいにデートしたりキスしたり手繋いだり……いろいろできたのに。
俺の深い悲しみの有様を見かねてか、橘がぽんと肩を叩いてくる。やめてくれ、そんな慰め、今の俺には逆につらいぜ。はああ、橘はいいよな、都内の大学に行くから実家住まいのままで。
「橘、お前を俺の親友と見込んで頼みがある。紘乃の大学生活の写真をこっそり送ってくれ。お前ならイケメンだから大学に忍び込んでも怒られないだろ。」
「却下。なんだその理屈は。俺をお前と同じ変態の括りに入れるな。」
「いいだろ写真くらい。あっでも、必要以上に紘乃に近づくなよ?変な男が近づいている時は例外として。」
「お前ほんっとに面倒な奴だな。」
ああああ本当に心配だ。むしろ俺が紘乃と離れて大丈夫か?
卒業まであまり学校へ行かないのをいいことに、俺たちは時間の許す限り一緒にいた。だけどこれからはこのぬくもりが近くにないと考えると、どんどん悪い考えばかりが浮かんでくる。紘乃は「無理はしないでね?」と可愛らしい心配をしていたが、俺のことなんかより自分の心配をしてほしい。可愛い可愛い紘乃。ずっと俺が傍にいて守ってやりたかった。でもこれからは何かあってもすぐ駆けつけられない。そのことがどれだけ不安か、きっと紘乃はわかってないんだ。




