26話:巨大な竜が見た幻
氷河に埋まった塔の頂上には蓋があった。
「よいっしょ」
開けてみれば、梯子がかかっている。3人で梯子を下りると、窓は石で密閉されていて、氷が入り込む隙間がない。ただ、内装はホームの塔とほとんど同じで、拍子抜けした。
変わっているところと言えば、先輩魔術師の遺体はなく、地下室にミイラ化した遺体がいくつも並べられていることくらいだ。一階には血の痕も多いし、おそらく氷河に埋まる前は医療施設として使われていたものだろう。
一階の扉は氷の圧力に負けずに、塞がったままだ。
「ミスト、見ろよ。周辺の地図だ」
ケシミアが回復薬の空瓶を片付けて地図をテーブルに広げた。
「塔の周りに町があるのか……」
地図には塔を中心にして四方に道が伸び、建物が並んでいた。ただ、南側の道だけはやけに大きい。『竜の道』と描いてあるので巨大な竜の通り道なのだろう。
北側の建物が描いてあるものの、バツ印が描かれているところが多い。無くなったということだろうか。
「戦いがあったらしいな」
地下室の遺体の怪我や、地図の様子から見て、市街戦があったことは予測できる。
「氷河と戦ったんですかね?」
「戦いを氷河で埋めたのかもしれないぞ」
ドサッ!
塔の天辺で音が鳴った。おそらく氷の魔物が落ちてきたのだろう。
「ちょうど加熱の魔法陣を使ったコンロがあるから、魔石を集めておくか」
物置には、木炭も魔石も十分にあるので、塔の頂上でバーベキューをやっていれば、自然と氷の魔物は倒せるはずだ。
「あとは、バーベキュー台の下にガラス片を置いておこう」
この塔は大人数が使っていたので大きい鉄板も用意されている。大なべもあったが、魔物の落下で曲がるのが怖かった。
ドサッ、じゅわ~……。
氷の狼が落ちてきて、落下し溶けていく。蒸発しなかった水が滴り落ちてもバーベキュー台からは外れているので問題はない。溶けた水がガラス片の方に流れていくと、赤く色づいた。ほとんど天然のトラップタワーが出来上がった。
「まともに魔物と戦っているのがバカらしくなってきますね」
コルベルは赤いガラス片を見ていた。
「じゃあ、何かあったら呼んでくれ。中を調べてくる」
「わかりました」
氷の魔物はコルベルに任せて、俺とケシミアは塔の本棚を漁る。
3000年も経っているはずだが、本もスクロールも多少カビているくらいでちゃんと読めた。氷河の底にあったことで湿度や温度が本には適していたのかもしれない。遺体も白骨ではなくミイラ化しているくらいだ。
いくつかの本を丹念に読んだところ、おおよそのことがわかった。
「これは竜が人と共存し始めたから起こっていることだな」
「なにがだ?」
まだ一冊も読んでいないケシミアが聞いてきた。
「たぶん、全部」
「説明が足りない」
「そうだな。コルベルも呼んで、とりあえず飯にしよう」
コルベルはじっと落ちてくる氷の魔物を見ていたようだ。燃料の補充とガラス片の回収をして暇だったらしい。
暖炉に火を点けて、そのまま干し肉と野菜を焼いた。
「どうでした? 巨竜がいた頃は?」
「見てきたわけではないけど、巨大な竜に住むようになって、竜を維持するためにそこかしこに牧場を作ったんだ。それが竜の駅の始まりだ」
「では、この塔も……?」
「そう。氷河の下に、巨大な毛深い牛と犬が埋まっているかもしれない」
「牛は竜の食糧にしていたとして、犬は?」
「牧羊犬さ」
「町の周りは牧場だったって、まるで僕の故郷みたいですね」
コルベルは故郷を思い浮かべて、炙った肉を齧っていた。
「コルベルの故郷にもメガテリウムって魔物がいただろ。同じだよ」
「竜のための牧場か」
「ああ、巨大な身体であるがゆえに、消費量も半端じゃなかったらしい。それに昔は大きいことはそれだけ戦力にもなるだろう?」
「確かに、戦い方も兵器も通じないとてつもなく大きな竜が現れたら、すぐに滅びていただろうね」
「実際に竜はかつて、いくつか国を滅ぼしていたらしい。その後、竜使いが死んで、竜の感情を操れる幻惑魔術師に引き取られてから竜の運命が変わったのだそうだ」
「どういう運命に書き換わったのです?」
コルベルもケシミアも興味はあるようで、身を乗り出している。旅の目的でもあるから当たり前か。
「幻惑魔術師は竜を太らせて巨大化させていったんだ。背中に塔を建てられるくらいにね」
「また、塔か?」
「そう。竜は長寿だったし、食べさせれば食べさせるほど巨大化していったらしい。そこで動物を巨大化させる因子を見つけて、各地で実験を繰り返し、牧場を作った。たぶん、この周辺でウサギが熊みたいに巨大化していたのは、その残りだよ」
「竜の背中の塔に人が集まって町になっていったということ?」
「そう。人が集まり思いや念も溜まっていく」
「そして竜は僕の故郷で死んでひっくり返ったのか……」
「後には巨大な魔物の牧場だけが残っていった。ただ、今までいたものがいなくなったら、普通に考えれば、竜の代わりを探すよな?」
「確かに……」
「この氷河の周りの氷の中には、それが埋まっているらしい」
「つまり……? 巨大な動物が大量に埋まってるの?」
「牛と犬だけじゃなくて?」
「そう言うことになるね。幻惑魔術師の優秀な弟子たちは巨大な竜と一緒に移動していたらしいから、幻惑魔法の技術が足りなかったらしい。結果的に、この塔の町は巨大な犬に守られていたけど、巨大な熊に襲われて滅びた」
「熊も巨大化していたんですか?」
「牛を食べた動物はだいたい巨大化したらしい」
「じゃあ、地下室の遺体は戦っていた人たちってこと?」
「たぶん、そう」
「でも、地下にいる人たちが氷に埋めたわけではないですよね」
「町を捨て、氷河の方向を変えようとしていた人もいたらしいから、それが成功したんだろうね」
ようやく俺も干し肉と野菜を焼いて食べ始めた。
「えっと、じゃあ、ヤバくない?」
説明を終えたと思ったら、ケシミアが切り出した。
「なにが?」
「だって、ゴーレムがいうには暖かくなってるんでしょ? 氷河が溶けて、巨大な動物たちが出てくるんじゃないの?」
「凍死してるよ……」
嫌な予感がしてきた。
「でも、町の人が大勢死んだんですよね?」
「そうだな。だから、氷の精のような魔物もいるんだよ」
「ということは……」
俺たちは赤く色づいたガラス片を一斉に見た。
怨念が巨大な動物の死体と結びついたとき、古代の暴走が再開する……。




