18話:その安定は幻
塔へと帰り、夕方に眠る。深夜日付が変わった頃に起きだした。
ベッドにはヘルミが戻っている。
「あれ? ヘルミちゃんが戻ってますね?」
コルベルは戸惑っている。
「よし、ちゃんと一日が繰り返しているな」
「準備していくぞ」
ケシミアも俺もとっとと武器を手に持ち、ランプを持って農園へと向かう。
「ちょっと待ってください! 一日が繰り返しているってどういうことですか!?」
コルベルへの説明は後回しだ。
農園ではランプの光が動いていた。何かを探して荒らしているようだ。
「あれが敵ですね!?」
「コルベル、悪いけど後で説明するから、石を拾って投げる準備しておいてくれ。逃げてくるような奴がいたら、投げつけていいから」
走りながら説明する。
「わかりました!」
コルベルは一旦俺たちから離れて、石を拾い集めていた。
「あの賊、動きが変だよ」
ケシミアの言うように、数人酔っぱらって千鳥足のような歩き方をしている。おそらく無理やり誰かを操っているのだろう。
「死霊術師がいるのかもしれない」
「魔法は?」
「使う」
俺はすぐに恐怖の魔法を農園にいる全員に放つ。すでに農園を荒らしている犯人ではあるので、警告はしなかった。
死霊術師が操る死体は逃げ出し、その他の者は動きを止めた。
トンッ。
数歩先で、ケシミアがローブを着た男をハルバートの柄で吹っ飛ばしていた。身体を両断することもできていただろう。
「ぶちのめすだけだろう?」
「ああ、殺すと動機がわからなくなる」
俺も母屋に入ろうとして止まっている農夫に似た男の足の骨を折る。鉄の杖が骨を砕いても、恐怖で声を上げられなかったようだ。
「ああっ!」
恐怖に打ち勝ち、倉庫から剣士が飛び出してきた。
ケシミアのハルバートが剣士をくの時に折り、遠くへと吹っ飛ばしていた。
背後では逃げる死体をコルベルが石を投げて、倒している。
「こいつら死体ですか!? 腐ってやがる!」
コルベルは文句を言いながらも、対応していた。コントロールがいいため誰一人逃がしていない。
母屋の陰から魔法使いや盗賊風の男たちが出てきた。
「なんという体たらく! 冒険家になるつもりがあるのか!? しようのない奴らだ!」
ローブを着た女が叫んでいる。彼らの仲間だろうか。
「少し手伝ってやろう」
ローブの女が、その場で倒れている男たちに魔法をかけていた。おそらく能力を上げる補助魔法だろう。
「ウォオオオ!!」
骨を折られて倒れていた男たちも、立ち上がりこちらに向かってくる。
ボフッ!
ケシミアを狙ったハンマーが外れて地面にぶつかり、土埃が舞う。腕力が上がっているようだ。幻惑魔法のような気分や精神を上げるわけではなく、正真正銘のバフだ。
「ケシミア!」
「ああ、大丈夫! 近くにいると、筋肉が切れている音がするよ!」
限界を超える力を出しているのだから、筋が切れるのは当前だ。腕力の上昇も数分しか保てないだろう。
俺たちが骨を折った者たちも、自分の攻撃で顔を歪めてうめき声をあげている。
「ミスト! 急所だ!」
「了解」
ケシミアからの指示で、急所を狙っていくことに。魔物と違って人体の急所はいくつかある。顎、みぞおち、股間の他に、喉やレバーなども内部を破壊するように打てば響く。
賊の攻撃力は上がっていてもスピードまでは上がっていない。塔で幻覚から一撃必殺の攻撃を受け続けていたので、体型を変形させない人間の攻撃は意外性がない。
遠距離からの魔法も、「竜の腹」のダンジョンで鍛えたからか、問題なく躱せる。
「コルベル! 魔法使いを頼む!」
「了解です!」
移動が面倒だったので、魔法使いはコルベルに任せた。
ヒュンッ!
コルベルが投げた石が魔法使いの顎を直撃して、昏倒させていた。深夜なのによく当たる
賊の敗因は、ランプの明りの下で戦い過ぎたことだろう。
俺とケシミアは急所を狙って、賊を片っ端から倒していく。明りがあると急所がよく見え、正確にみぞおちに鉄の杖の先端を突いていった。
「他にいないか?」
ケシミアに言われ、俺は母屋の上に灯の魔法を放った。
賊は全員倒れている。気絶しているか、骨が折れてうめいている。回復薬の女僧侶もしっかりケシミアがしっかりロープで縛りあげていた。
「さて、目的のヘルミはいないぞ。お前たちは何を探しているんだ?」
「……」
女僧侶は何も喋る気がないようだ。
「魔法で自白させたりできないか?」
「そんな魔法はないな。コルベルに魅了の魔法をかけてみるか?」
「僕にですか?」
コルベルに魅了の魔法をかけてみたが、女僧侶は頬を染めただけだった。
「鉢植えの中に隠せるくらいの小さいものを探しているのだろ?」
「……」
「仕方ない。順番に殺していくか」
女僧侶に恐怖の魔法をかけてから、うめいている剣士に手をかけていこうとした。
「やめて!」
すぐに反応が返ってきた。
「何を探していたか言う気になったかい?」
「手帳くらいの本よ。ある冒険家の日記。ここの農家の爺さんが、そこにいる魔法使いのパトロンだったのよ。豪農で、ことあるごとに『冒険家の日記に書かれていたが……』って説教垂れていたの」
女僧侶は気絶している黒いローブの男を顎で指した。冒険家だけど俺たちは日記なんて書いていない。
「それが、農園を荒らした動機か?」
「こんな田舎じゃわからないでしょうけど、私たちのクランは王都でも有名な冒険者たちなのよ。今、最も冒険家の座も狙える位置にいるの。だから、冒険家の日記を……」
「わざわざ農家の娘を脅すようなことまでして、なにをやってるんだ?」
「ただの日記だろう? 腕輪やネックレスより高価なものか?」
俺もケシミアも、自分たちが日記を書いたところで大した価値があるとは到底思えなかった。
「当り前じゃない! あんたたち、何も知らない田舎冒険者ね!? 冒険者なら、誰だって冒険家になりたいのよ! ギルドからの支援もあるし、提携している店からは無料で武器も防具も提供してくれる。冒険家になってしまえば一生安泰なんだから!」
俺たちはほとんどギルドからの支援を使っていない。一生安泰という考えも頭になかった。
「そのためには冒険家が行った場所を踏破して、財宝を持ち帰り、冒険家の認定を貰う必要があるの! わかる!? なんの効果もない金の腕輪なんか、何の意味もないわ! 今がチャンスなのよ! ぽっと出の新米冒険者が冒険家になれる時代が来たんだから……」
女僧侶は縛られているのに激高していた。安定することに対する欲があるとは思わなかったが、僧侶の話は尤もだ。
「でも、それで捕まってたら、一生牢暮らしじゃないか?」
「別に誰も殺していないでしょ。せいぜい、死んだ男のフリをしていただけ。大した罪にはならないわ。こんな似てないのに、よくあの娘は気絶できたわね」
母屋の前でうめいている男は、確かにヘルミの父親の真似をしているようだ。もしかして、こいつがヘルミに幻惑魔法をかけたのだろうか。
「幻惑魔法を扱えるか?」
「うう……なんだって?」
「だから、幻惑魔法を使ったかって聞いたんだ」
「俺はデバッファーだ。幻惑魔法はたしなみ程度だよ」
デバッファーは敵の能力を下げる者たちのことだ。初めに倒しておいてよかった。
「死霊術でヘルミの父親を甦らせなかったのか?」
「こんなうるさい爺、蘇らせてたまるか。ヘルミさえ騙せれば、日記くらいすぐ出てくると思ったんだけどな……。うっ」
偽の父親は、折れた足がパンパンに膨れ上がっている。早めに処置した方がいいだろう。
「ひとっ走り、衛兵さんを呼んできましょうか?」
コルベルが気を利かせて聞いてきた。
「おう、頼む。道はわかるか?」
「ええ、昨日通りましたからね」
コルベルは走って衛兵を呼びに行った。
その間に、俺とケシミアは、農園を襲った冒険者たちを縛り上げていく。
「逃げ出そうとはするなよ。膝を逆に曲げるからな」
ケシミアの一言で、逃げ出そうとする者はいなかった。
「それから冒険家になったところで地獄だぞ。道なき道を旅して、誰も頼りのない土地に行かないといけない。何度も死にかけたのに、持って帰ってきたのは酒とわずかなまじないの道具だけ。財宝を見つけたって意味ないからな。現地の観光資源になるだけさ」
ケシミアは縛り上げながら、冒険者たちに語って聞かせた。
「まるで見て来たかのように言うじゃない?」
「そりゃ見て来たからな。俺たちが、ぽっと出の新米冒険者だよ」
「あんたたちが……!? どうやって冒険家になったの?」
「普通に依頼を請けていたら、朝方冒険者ギルドに呼ばれて、ギルド長と戦っただけだ」
「たぶん、ギルド長に勝てばなれるんじゃないの?」
俺もケシミアもいつの間にか冒険家にさせられていたので、なりたい者の気持ちがわからない。
「そんな……」
「そんなことより、クランってことはパーティーよりも大きいの? どうやって運営しているんだい?」
「リーダーはいるのか?」
「バフの魔法を使っていた婆がリーダーよ。パトロンのいる冒険者を集めたり、売り込んだりすればいい稼ぎになるらしいわ。詳しく聞きたければ、もう何本か骨を折って聞いてみれば」
そこまでする必要はない。骨折すると、回復薬でも治るのに時間がかかる。
コルベルが衛兵の団体を連れて来たので、そのまま冒険者たちを任せることにした。
「そろそろヘルミのお嬢さんが起きる頃合いですね」
「塔に帰ろう」
塔に帰ると、ヘルミが誰かの日記を読んでいた。
「朝から、狩りですか?」
戦闘の恰好をしている俺たちを見て、聞いてきた。
「そんなところだ」
「農園を荒らしていた賊を捕まえていたんですよ!」
「え!? 本当に!?」
ヘルミは立ち上がって、こちらに近づいてきた。
台所から、スープのいい匂いがしている。朝飯を作って待っていてくれたようだ。
「その日記どうした?」
「これ昔、父さんが持っていた冒険者の日記なんですけど、どうしてここに?」
「引き出しにあった日記ですね」
幻惑魔術師の日記とは表紙の違う日記だ。この日記を求めて、冒険者たちはヘルミの農園を襲ったのか。
「なんかその日記に面白いことでも書いているの?」
ケシミアがヘルミに聞いた。
「北の地に、『天使の一献』っていうお酒があるらしいです」
「そうか」
次の旅先が決まった。




