表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この謎が解けますか? 2  作者: 『この謎が解けますか?』企画室
この謎が解けますか?
26/36

サムシングフォーの殺人

Author:山本正純

 平成二十四年六月中旬。黒川荘くろかわそうは大分県大分市のマンションである。ここは日本家屋を改造したような造りで入居者が三人ほどしかいない。

 その少ない入居者の一人、黒川修三くろかわしゅうぞうは二十八歳という年齢で黒川荘の管理人をしている。そんな彼は現在自室に籠り仕事をしている。

 黒川修三の目の前にはノートパソコンが置かれている。これは管理人の仕事ではない。

黒川修三の本業は作曲家である。管理人は副業に過ぎない。

 現在彼は大分県を拠点に活動するローカルアイドルグループのために曲を作っている。

 黒川修三は覆面作曲家として有名である。

 覆面で顔を隠して作曲をするという意味ではない。マスコミ取材を一切受け付けないという意味の覆面作曲家である。

 その理由は黒川のルックスにある。メタボリックシンドロームを発症しているデブ。さらに黒縁眼鏡。両頬の雀斑。

 誰が見てもオタク。大分県を拠点に活動するローカルアイドルグループの作曲家が引きこもりを連想するルックスということを知れば誰もが興ざめしてしまうだろう。

 つまり黒川修三が作曲家であることを知るのは数人しかいない。黒川荘の住人はもこのことを知らない。

 そんな彼の携帯電話が鳴る。その相手は作曲の依頼人ではない。黒川修三の大学の友人である少年サッカークラブ監督の緑川司みどりかわつかさである。

『黒川か。俺だ。そっちに結婚式の招待状を送っただろう。早く出欠を教えろよ。お前だけだぜ。出欠を返信していないのは』

「珍しいね。日野君子ひのきみこが僕より先に出欠状を提出するとは。彼女は大学時代から提出物をギリギリになって提出する人だったから」

『お前知らないのか。日野君子は殺されたぜ。昨日ニュースでやっていただろう』

「今まで知らなかった」

『因みに星川杏奈ほしかわあんなも殺された』

「連続殺人かよ」

『かもしれない。兎に角招待状の出欠を早く提出しろ』

 その催促の電話で黒川は大学の同級生が殺されたことを知った。黒川はその電話に促され出欠すると返信した。

 その結婚式が大学時代の友人が巻き込まれた連続殺人事件の舞台になるとは。この時の黒川は知る術がなかった。

 一週間後、黒川修三は緑川司と青木麻衣あおきまいの結婚式の会場であるベル・エンドレスを訪れた。結婚式場には多くの人々が集まっている。新郎新婦の家族や親せき。新郎新婦の友人たち。五十人もの人々が結婚式に参列する。


 黒川が記帳を済ませると、背後から黒色の長髪に前髪をピンク色のピンで止めたかわいらしい女が声をかけた。

「緑川司と青木麻衣さんの結婚式の参列者ですね。この二人の女性に見覚えがありませんか」

 刑事らしい女の声を聞き、黒川は背後を振り返る。そしてその見覚えがある顔を見て、彼は驚いた。

須藤涼風すとうすずかか。久しぶりだな。お前も結婚式に招待されたのか」

「違うから」

 須藤涼風は警察手帳を黒川に見せる。そこには大分県警捜査一課と記されていた。

「大分県警の刑事になったのか。そういうことは早く言ってほしかったな」

「別にあなたへ報告する義務はないでしょう。あなたと私はただの幼馴染だから。そんなことより珍しいね。引きこもりのあなたが結婚式に参列するなんて」

「人をニートみたいに言わないでほしいね。俺は黒川荘の管理人という父親から受け継いだ仕事をやっているから、仕事をやらないニートとは違う。ところで何か聞きたいことがあったのではないか」

「この二人の写真を見てほしくてね」

 須藤涼風は星川杏奈と日野君子の写真を黒川に見せる。

「この二人か。大学時代の同級生だ。この二人が殺されたって話は昨日聞いたよ」

「あなたがニュース嫌いなのはよく知っているけど、友人が殺されて、報道されているのに知りませんでしたというのは、無関心にもほどがあるじゃない」

「昨日緑川と電話で話したけど、それは連続殺人なのか」

「連続殺人だと県警は判断しているんだよね。最初に殺されたのは日野君子さん。次に殺されたのが星川杏奈さん。二人共鋭利な刃物で左肩から腹部までを斜めに切られたことによる失血死で死亡した。凶器のナイフは同一の物ではなかったけど、二人の遺留品の中には奇妙な共通点があったから県警は連続殺人と判断したの」

「その共通点というのは何だ」

「これ以上は幼馴染のあなたでも言えないんだから。守秘義務って奴でマスコ発表された情報しか公開できないから」

 須藤涼風が黒川と会話していると、二人に別の女が声をかけた。黒い短髪にかわいらしい水色のワンピースを着た背の低い女。歳は黒川たちと同じ二十七歳。その女の名前は漆谷梅子うるしたにうめこ。須藤涼風と同じ高校に通い、黒川修三と同じ大学に通っていた二人の共通の友人である。

「あれ。涼風ちゃん。久しぶりだね」

「梅子。あなたも結婚式に招待されたの」

「うん。新婦の青木麻衣とは友達だから招待されたんだよ。新婦さんに私のハンカチを貸した後でここに戻ってきたの。新婦のウエディングドレスは私がデザインした奴で、結婚指輪がサファイアだから、後一つで全てが揃うんだけどね」

 須藤涼風は漆谷梅子の話を聞き、目を点にする。一方黒川はあの話かと納得した、

「それで何が足りないのか教えてくれる」

「涼風ちゃんってこういう話に疎かったよね。新婦が四つ揃えて、それを身に着けたら幸せになれるという……」

 漆谷梅子が説明しようとした時、男の悲鳴が結婚式場に鳴り響いた。須藤涼風は第三の事件が発生したのかと思い、悲鳴が聞こえる場所に向かい走り出す。

 その悲鳴が聞こえた先は新婦の控室だった。控室のドアの前で黒いスーツ姿の七三分けの男、緑川司が腰を抜かしている。

 緑川は慌てて新婦の控室に入ろうとした。だが須藤涼風は彼の右腕を掴みそれを静止させる。

「大分県警捜査一課の須藤涼風です。この部屋と結婚式場を封鎖します」

 須藤涼風は改めて部屋の様子を観察する。新婦の控室には仰向けに倒れている一人の長髪の女性の遺体。右の靴が脱げていて、左肩から腹部まで斜めに伸びている切り傷から出血がみられる。

 この現場の状況から須藤涼風は察した。第三の殺人事件が発生したと。


 それから五分後、大分県警捜査一課の刑事たちが現場に駆け付けた。漆谷梅子と黒川修三は緑川司の男性に付き添う形で現場の外にあるベンチに座っている。

 一方須藤涼風は現場にやってきた仲間の刑事たちに現場の様子を報告した。その声は黒川修三の耳にも届いている。

「死亡したのは、弓道選手で新婦である青木麻衣さん。二十七歳。死亡推定時刻は午前九時から午前十時までの一時間と思われます。日野君子が殺害された第一の事件。星川杏奈が殺害された第二の事件同様に死因はナイフで左肩から腹部までを斜めにナイフで切られたことによる失血死。そしてこれまでの事件と同様に、右の靴が脱げていて、中に一円玉が七枚入れられていました。それとこの現場と結婚式場を封鎖したので、連続殺人犯はこの結婚式場の中にいるかと」

 現場となった部屋から聞こえてきた報告を聞き、黒川はスマホを取り出し、あることを調べる。

「それにしても謎の事件だな。被害者の靴が脱げていて、その中に一円玉が七枚入れられていたとは。犯人からのメッセージの可能性が高いが、意味が分からない」

 須藤涼風の部下である刑事が愚痴をこぼすと、黒川修三が現場となった新婦の寝室のドアの前に立つ。

「一円玉が七枚靴に入れられていたというのは本当か。それは見立て殺人かもしれない」

 黒川は須藤涼風の元に歩み寄ろうとするが、それを刑事たちに止められる。

「あなたは部外者。だから口を挟まないでくれる」

「固いことを言うな。これは見立て殺人かもしれない。星川杏奈と日野君子が殺害された事件も靴の中に七枚の一円玉が入れられていたとしたら、見立てによる連続殺人かもしれないな」

「だから何の見立てなの」

「サムシングフォー。結婚式における欧米の風習でその由来はマザーグースの歌にある。なにか一つ古いもの。なにか一つ新しいもの。なにか一つ借りたもの。なにか一つ青いもの。そして靴の中には六ペンス銀貨を。ペンスは英国の硬貨で百ペンスが一ポンドの価値がある。調べたところ現在六ポンドの価値は日本円で七円ほどであることが分かった。つまり犯人は一円玉を七枚ほど被害者の靴に入れることで、サムシングフォーの見立て殺人を行ったということだろう」

「でもどうして一円玉が七枚入れられていたの。別に七円を暗示させたいのなら、五円玉一枚と一円玉二枚を使っても七円という結果は同じなのに。それにこれが見立て殺人ならどうして一円玉が七枚入れられることで六ペンスを暗示させようとしたの。回りくどいよね」

「そして靴の中には六ペンス銀貨を。犯人がペンスという硬貨を六枚入れることができなかった理由は、ペンスを入手できなかったから。ペンスなんて硬貨、国内では手に入りにくい。だから犯人は妥協して同じ価値があり身近な一円玉を七枚、靴の中に入れることで見立て殺人を行ったんだろう。それに一円玉の色は銀色。見方によっては銀貨のようにも見える」

「サムシングフォーね。だったら日野君子さんと星川杏奈さんが殺害された事件も見立て殺人かもしれないね。日野君子さんの遺留品には、アンティークの懐中時計があった。そして星川杏奈さんは死亡推定時刻の前日に発売された日焼け止めクリームを所持していたから。なにか一つ古いもの。なにか一つ新しいもの。この文章の見立てになるかもしれないって、部外者は口を挟まないでって言ったでしょう」


 黒川は須藤涼風の忠告を無視して彼女の同僚である刑事を質問攻めにする。

「それで星川杏奈と日野君子が殺害された事件も青木麻衣が殺害された事件と同様、仰向けの状態で遺体が発見されたのか」

 黒川の質問に刑事は答えようとするが、それを須藤涼風が止める。

「答える義務はないでしょう」

 その答えに刑事は戸惑う。

「しかし須藤涼風警部。彼の推理は凄いですよ。一円玉が七枚靴の中に入っていただけでサムシングフォーを連想するなんて凄いとしか言えません。彼の助言があれば、連続殺人犯なんてすぐに捕まるのではありませんか。彼は警部の知り合いのようですから、信頼できるでしょう」

「知り合いじゃなくて幼馴染。サムシングフォーの見立て殺人ではないかという助言はありがたいけど、こっちは容疑者を絞り込む手がかりを得ているから。犯人は結婚式場の中にいるから、連続殺人犯なんて助言がなくてもすぐに捕まるんだから」

「相変わらず変わっていないな。その負けず嫌いな態度」

 この黒川の言葉を聞き須藤涼風は怒る。

「うるさい。とりあえずドアの外まで連行しなさい」

 涼風の部下である刑事たちは黒川の両腕を掴み、強制的にドアの外まで連行しようとする。それでも気にせず黒川は助言を続ける。

「漆谷梅子が言っていただろう。結婚指輪がサファイアで自分のハンカチを貸したって。青木麻衣殺害事件は借りた奴か青い奴のどちらかの見立ての可能性が高い」

「そんなこと。分かっているから」

 黒川が強制的に殺害現場の外へ追い出された後、一人の刑事が殺害現場に戻ってきた。

「須藤涼風警部。ロッカールームから返り血が付着した雨合羽と凶器と思われるナイフが発見されました。鑑定しなければ分かりませんが、おそらく被害者の血液が付着しているかと」

「一応指紋も調べなさい。それとこの部屋の出入り口のドアに付着している指紋もお願い」


 殺害現場の現場検証が終わり、須藤涼風は受付に戻る。そして受付係に警察手帳を掲示して要求を伝える。

「とりあえず結婚式参列者の記帳を見せてほしいんだけど」

「分かりました」

 須藤涼風は記帳を見て頬を緩ませた。

「ありがとうございます。これで容疑者を絞り込むことができました」

 須藤涼風は御礼を伝えると五十人の結婚式参列者が集まっている結婚式会場に向かった。

 その部屋には緑川司と黒川修三。漆谷梅子の姿がある。

 須藤涼風はマイクを握り参列者たちに呼びかける。

「私は大分県警捜査一課の須藤涼風です。ご存じの方もいらっしゃいますが、先ほど新婦である青木麻衣さんが殺害されました。そしてこれから私が呼ぶ方は個別の事情聴取を行いますので、名乗り出てください。漆谷梅子さん。黄瀬尚樹きせなおきさん。緑川司さん。黒川修三さん。以上四名の方は私の近くに集まってください」

 その呼びかけを聞き四人は須藤涼風の元に集まる。


 四人は須藤涼風によって新郎の控室に案内された。

 まず啖呵を切ったのは黄瀬尚樹だった。

「刑事さん。どうして俺が容疑者なんだよ」

「あなたは左利きでしょう。そしてここに集めた四人は全員左利き。その証拠に記帳の文字が擦れてみえる。左利きの人って文字を書こうとするとペンのインクがどうしても擦れて読みにくくなるからね」

「だからどうして左利きの人が容疑者なんだよ」

「遺体が語っているから。遺体は左肩から腹部までを斜めに切られていた。しかも遺体は仰向けの状態で発見された。これは犯人と被害者が正面に向かい合う形で犯行が行われたということを意味している。右手で左肩から腹部までを斜めに切ることは難しい。ということは左手で凶器を持って殺害したと考えた方が自然ということ。つまり左利きの人物による犯行ということ。これで満足かしら。黄瀬さん」

「分かったけど、俺は犯人ではないぜ」

 その黄瀬の態度を見て緑川は怒鳴る。

「嘘を吐くな。俺は知っている。お前の絵を青木麻衣や星川杏奈と日野君子が馬鹿にしていた。それが許せなくて殺したんだろう」

「確かに許せなかったよ。俺はあの三人のことが好きだったよ。でも殺意はなかった。それだったらお前も怪しいよな。緑川司。お前は別の女が好きだっただろう。この結婚だって親が勝手に決めたことだって聞いた」

「関係ない」

 二人の喧嘩が始まる前に須藤涼風は仲裁に入る。

「喧嘩は止めなさい。ところでここにいる四人は全員顔見知りなの」

「そうだよ。俺たちは大学の同級生で友達さ」

 黄瀬の一言を聞き須藤涼風は納得する。

「なるほど。それでは個別にお話しを伺います。残りの三人は順番に呼びますから、外のベンチに座って待ってください。まずは漆谷梅子さんから」


 漆谷梅子の指示に従い、三人は漆谷梅子を部屋に残して部屋から退室する。

「早速だけど、あなたは被害者の青木麻衣さんと接触したそうだけど、いつ会ったのかしら」

「午前九時三十分だったかな。それまでは確かに生きていた。彼女と最後に会ったのは新婦用の控室。そこで私のハンカチを貸したよ。その御礼を兼ねて欲しかったゲームソフトを貸してくれた。それで午前九時三十五分まで会話を続けた後に、部屋を退室したの。だから彼女が殺された時刻は午前九時三十五分以降だと思うよ」

「分かった。因みに被害者とはどのような会話をしたのでしょうか」

「ゲームソフトの攻略法を聞いただけだから事件とは関係ないと思うけどね。それより私が部屋から出た時に、怪しい人影を目撃したよ。だからその人が犯人かもしれないね」


 須藤涼風は次に黄瀬尚樹を新郎の控室に呼んだ。

「黄瀬さん。あなたは午前九時から午前十時までどこで何をしていたのでしょうか」

「その時間帯なら、自動車でこの会場に向かっていたな。午前九時二十分くらいに到着して、外で煙草を吸っていた。この結婚式場は全室禁煙だからな」

「あなたは今日被害者の青木麻衣さんと会ったのかしら」

「会わなかった」

「そうですか。ところで黄瀬さんと緑川さんは犬猿の仲でしょうか。先ほど喧嘩しようとしていましたよね」

「確かに俺とあいつは犬猿の仲だ。それと今回の殺人事件は関係ないだろう。刑事さん。凶器のナイフや一円玉から緑川の指紋が検出されたら終わりでしょう。無意味な事情聴取なんて終わらせましょうよ」

「そういえば青木麻衣さんの結婚指輪に黄色の絵の具が付着していたのですが、あなたが犯人ではありませんか。あなたは画家だと聞いたけど」

「緑川の罠だな。サファイアの結婚指輪なんかに黄色の絵の具を付着させることで、俺が犯人だというメッセージを伝える。ふざけやがって」

 

 三番目に呼んだのは緑川司。

「緑川さん。あなたが青木麻衣さんと最後に会ったのはいつでしょうか」

「午前九時二十分。新婦の控室に行って今後のことを話し合った。入れ替わる形で漆谷梅子に会ったから、これが事実だと証明できるはずだ」

 須藤涼風は緑川の話を聞きながら、左手の薬指を凝視する。その指には結婚指輪が填められていなかった。

「緑川さん。なぜあなたは結婚指輪をしていないのでしょうか」

「結婚式が始まる直前に填めようと思っていた。その証拠に指輪がケースの中に仕舞ってある」

 緑川は指輪が入れられたケースを須藤涼風に見せた。

「拝見します」

 須藤涼風がケースを開けるとそこにはサファイアの結婚指輪が仕舞われていた。

 最後に須藤涼風が話を聞いたのは、黒川修三。そこで黒川は須藤涼風に対して疑問を口にする。

「ところでなぜ俺を呼んだ。俺はあの三人とは違って右利き。左利きが犯人という理屈が正しければ俺は容疑者ではない」

「仕方ないじゃない。こうでもしないとあなたに意見が聞けないから。犯人は妙なことを口走ったあの人だと思うけど、物的証拠がないんだよね」

「いい考えがあるけど、その前に聞きたいことがある。第四の事件って起きると思うか」


 事情聴取や実況見分が終了し、結婚式の参列者たちは解放された。それから一分後黒い影は結婚式場ベル・エンドレスの駐車場に向かい歩いている。

 黒い影が自動車に乗り込む瞬間、その背後で女の声が聞こえた。

「やっぱりあなたが犯人だったのね。黄瀬尚樹さん」

 その女の声は須藤涼風だった。

「刑事さん。まだいたのか。俺が犯人なわけがないだろう」

「星川杏奈と日野君子。青木麻衣を殺害したのはあなた。その証拠にあなたは二つの奇妙なことを口走ったよね。凶器がナイフという趣旨の発言。なぜ凶器がナイフだと分かったのかしら。マスコミによる報道では鋭利な刃物としか言っていなかったのに」

「偶然当たったのかもしれないじゃないか。鋭利な刃物と聞いてナイフを連想した。それだけだろう。やっぱり緑川の罠だ」

 黄瀬の言葉を聞き須藤涼風の右隣りから黒川修三が顔を覗かせた。

「罠か。その罠は須藤涼風が仕掛けた物。緑川の罠ではない。そもそも黄色の絵の具がサファイアの結婚指輪に付着していたという事実は嘘だからな。全てはあなたからサファイアという言葉を言わせるため。青木麻衣はサファイアの結婚指輪を身に着けていたことをなぜあなたは知っていたのか。それはあなたが犯人であるという証拠」

「それとなぜ一円玉という言葉が出たのかな。奇妙な遺留品が示しているのが一円玉だということはマスコミ発表されていないこと。犯人しか知りえない事実。最後に結婚式場のロッカールームから発見された凶器からあなたの指紋が検出されれば完璧。これでも反論できるかな」

 二人の推理を聞き黄瀬尚樹は肩を落とす。

「もう少しで終わることができたのに。俺はあの三人のことが好きだった。でもその恋は成就することがなかった。何度もプレゼントを贈っても彼女たちは振り向いてくれない。俺は三人に最高の幸せをプレゼントしたかった」

「だけど古臭い懐中時計をプレゼントされた日野君子はそのプレゼントを捨てようとした。それに激怒したあなたは日野さんを殺害。ということかな」

「そうだよ。あの三人には俺からのサムシングフォーに見立てたプレゼントを受け入れなかった。だから殺した。靴に六ペンスと同じ価値である一円玉を七枚入れることで、完璧なサムシングフォーを実現しようとした」

 黄瀬の供述を聞き黒川は激怒する。

「あなたのプレゼントは押し売りだ。相手のことを考えていない。だからあの三人は受け入れなかったのではないか」

 須藤涼風は黄瀬尚樹に声をかける。

「黄瀬尚樹さん。殺人容疑で逮捕する」


 連続殺人犯が大分県警に連行された。そのパトカーを見送りながら、須藤涼風は黒川修三に質問する。

「どうして第四の事件が発生しないって分かったの。第四の事件が発生する現場に張り込めば現行犯逮捕できたのに」

「一円玉が七枚靴の中に入っていたから。さらに言えば漆谷梅子がハンカチを青木麻衣へ貸したから。黄瀬尚樹は妥協して六ペンスと同じ価値の七円を靴の中に入れた。あの時点で彼はこの殺人劇を妥協したんだろう。防衛機制の置き換えって奴を知っているか。人は欲求が満たされなかった場合、別の物に置き得て満足するそうだ。今回彼は六ペンスが手に入らないという欲求を同じ価値の七円で代用するという方法で満足したんだろう」

「そして第三の事件でも、青いものと借りたものが揃っていたから妥協した。この連続殺人事件は欲求不満による暴走だったのかもしれないね。あなたがいたから、この連続殺人事件を解決することができた。ありがとう。今度あなたに御礼がしたいから、待ってなさい」

 須藤涼風は黒川修三に伝えると、大分県警に戻るため、自動車に乗り込んだ。

***The Next is:『赤の放火事件』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ