第16話 LAはクノイチが流行っているのか?
カレンことブラッククノイチはアフリカの草原を駆け抜けるダチョウの如く走り続ける。途中でハンナ・ゴールドバーク大統領の支持者が酒に酔ったように唾を吐き出しながら鉄パイプを手にして襲ってきたが、ニューチャイナタウンの面々が颯爽と助けに来てくれた。彼らは根などの武器を装備していた。
カイ・ウォンの母親、リン・ウォンが駆け付けた。彼女は赤い全身タイツを身に着けていた。赤い炎の覆面をつけている。岩のような胸に丸太のような太ももが印象的だ。まるで火竜だ。リンはドラゴンマダムと名乗った。
「ここは私に任せなさい!!」
彼女の他に護衛達も援護に回っている。素人相手に轢けは取らない。子供のごっこ遊びに付き合う大人のようだ。ドラゴンマダムは一突きで2~3人は竜巻のように吹き飛ばしている。カレンはそれを見て安堵した。
カレンはしばらく走っていると、目の前にトレーラーが道をふさぐように止まっていた。トレーラーの扉が荘厳に開くと中から黄金の巨人がのそりと出てきた。それは金ぴかのパワードスーツだ。6本腕がまるで蜘蛛のようだ。頭部は一つ目のカメラレンズだけが冷たく光っていた。
蟹股でガシャンガシャンと音を立てて一歩一歩、下がってきた。
『フハハハハ!! やってきたなブラッククノイチ!! 私はアメリカ合衆国大統領!! これはゴールデンナイトという鎧だ!!』
銅鑼のような声が聴こえた。ハンナの声だ。周りには誰もいない。大統領にはSPがいるはずだが、影も形も見えない。まるでカレンと一騎打ちを望んでいるようだ。カレンはすぐに察した。
「私はブラッククノイチ!! この世はレボリューションを求めている!! だがあなたのような無法者は許さない!! 退治してやる!!」
『偉大なる大統領を退治するだと!? 舐めた真似を抜かしよって!! 切り刻んでくれる!!』
するとゴールデンナイトは右手からどこからかカシャカシャと剣を取りだした。次に左手から剣を取りだす。
まるで東洋の仏像に思えた。カレンは刀を構える。
ゴールデンナイトは剣を水平にしてカレンに向けた。そして目はカレンを無表情に追っている。
そして剣を立てて襲ってきた。流れるように剣を振るってくる。カレンはまるで6人を相手にしている気分になる。
カレンの刀はデゼラス工房特製だ。簡単には折れない。だが衝撃が強く、腕がしびれてくる。
カンカンと音を立て、カレンは後ろに下がっていく。
『ふはははは!! ゴールデンナイトの力を思い知ったか!! 偉大なる私の名を刻んで死んでいけ!!』
ハンナは呵々大笑いしている。だがカレンはこれを手加減と思っていた。彼女の実力は高い。こんなパワードスーツに頼らなくても、裸一貫でナイフや拳銃を持ったチンピラなどものともしない。
「この世はレボリューションを求めている!! だけどあなたが負けるのは世が望んでいる!!」
『舐めた口を利くな!! お前のような小娘など蟻のように踏みつぶしてやるわ!!』
ゴールデンナイトは無慈悲に剣を繰り出していた。6本腕は互いを邪魔することなく淡々と切り付けていた。
カレンは籠手からワイヤーを発射した。するとゴールデンナイトの足に絡みつく。ゴールデンナイトは身動きが取れなくなった。バランスを崩して前のめりに倒れる。カレンは刀を立てて、倒れるゴールデンナイトの目を貫いた。パチパチと火花を立てて、煙が出た。
カレンはすぐにその場を離れると、ゴールデンナイトは爆発四散した。
カレンはそれを無言で眺めていた。
☆
カレンが戦っている最中、カイ・ウォンことドラゴンクノイチはポーラベアと戦っていた。アマゾネスと同じ巨体だが、ポーラベアはその名の通りホッキョクグマだ。野生動物のように素早く、両手に付けたかぎ爪は疾風の如く、振るっていた。
カイは恐怖を感じていた。母親のリンとは違う迫力があった。まるで台風だ。
「ははははは!! おめだけんたちびなんか、踏みつぶしてける!!」
ポーラベアは叫びながら、腕を振るいまくる。疲れないのかとカイは思った。
彼女はアラスカのイヌイットだ。カリブーやアザラシを狩猟したり、漁業で鮭やタラを取ったりする。現代は医療、教育、行政、建設業などがあり、新たな産業:では観光、先住民アートの販売がある。
だが彼女はそれになじめず、ただひたすら強さを求めた。ホッキョクグマを無許可で狩るのもイヌイットの誇りを示したかったためだ。だが彼女の思想は現代のアメリカでは受け入れられない。
彼女は無法者なのだ。
カイはアメリカ生まれの中国人だ。正確には祖母は日本人でクオーターだが。それでも中国人の誇りがあった。だがアメリカでは白人至上主義が色濃く残っている。ウォン家もそれなりに経済的な成功を収めているが、嫉妬や偏見の目を見られることが多かった。それにアジア系のヘイトクライムの被害にもあった。これは自分だけでなくカレンも同じだが、彼女は気にしてなかった。
カイは純粋で傷つきやすかった。ダウンタウン地区にあるゴスペル高校でもアジア系を差別する人間は多い。カレンの場合は金持ちではないが、彼女の祖父は忍術を分け隔てなく教えており先生として尊敬されていた。
中国系は自分たちの技術は自分たちだけで使うため、ケチと思われていた。正確には自分たちの武器を隠し持っているだけなのだが、いじめの対象にされていた。
それでもくじけなかったのはカレンがいたからだ。彼女はマゾヒストで差別などどこ吹く風だ。そんな彼女にカイは男だが心は女なので、尊敬していた。
「暴れまわるだけのクマに負けるわけにはいかない!! 龍は人を見守るためにある!!」
カイは突進してくるポーラベアに対して構えた。そして右手で突く。発剄だ。超能力ではなく内側に衝撃を与える技だ。カイはポーラベアのみぞおちに拳をめり込んだ。
ポーラベアは目を見開き、泡を吹いて倒れた。カイはそれを見て腰を抜かす。緊張の糸が切れたのだ。
「お姉さま、勝ったよ」
カイはつぶやいた。
☆
「燃やしてやるべさ!!」
サートゥルは左手を突き出すと、炎を出した。正確には純粋酸素を噴出し、火打石で火をつけたのだ。
酸素は一気に燃え広がり、爆発する。
アイスクノイチこと、アーミア・ブラウンは苦戦していた。元々サートゥルは不意打ちで勝利したのだ。真正面で戦えば炎に負けるのはわかっていた。
「一度負けたくせに、リベンジかい!!」
「んなわけねぇべ!! 報酬をもらったからに決まってるべさ!!」
報酬は反捕鯨団体の解散だろう。大統領はそれをネタにサートゥルを解放したのだ。権力の乱用である。
「反捕鯨団体を潰しても意味はないだろう!! 反捕鯨を金儲けにする奴はごくわずか!! 大抵は宗教が絡んでいる!! けっして消えることはないぞ!!」
「黙れ!! 奴らは人間のクズだ!! 根絶やしにするまでやめない!! 世界を焼き尽くしたサートゥルのようにな!!」
サートゥルは反捕鯨団体をひとつ焼き尽くしたのをきっかけに、根絶やしにこだわっていた。
ノルウェーに住むいとこが反捕鯨団体に苦しめられたと聞き、研究していた技術で彼らを焼き尽くした。それが快感となり、北欧神話のラグナロクで世界を焼き尽くしたサートゥルを名乗ったのだ。
だがアーミアは彼女の気持ちが理解できない。今現在も黒人差別は根強い。母親のラトヤはロサンゼルスのセントラル中央分署の署長だが、白人に嫌われていた。
ラトヤが10代の頃荒れており、カレンの祖父にこてんぱんにやられたそうだ。それ以来彼女は忍術を教えてもらい、娘であるアーミアも忍術を学んだ。
それは戦うための技だけでなく、人生を生き抜くための秘術も教わっていた。差別に対してそれを逆手に相手を操るすべを学んだ。大学では白人の教授がアーミアを蛇蝎の如く嫌っていたが、彼女は彼の自尊心を利用しいいように操った。面倒な研究は全部アーミアに押し付け、自分は楽で目立つ研究ばかりに固執するようになった。結果教授は部屋にこもりきりになり、人付き合いが悪くなった。アーミアたちは自由に研究ができるようになったのである。
相手を潰すのではなく、利用する。それがミヨシ流忍術だ。だからこそ安易に破壊を望むサートゥルに怒りを覚えた。
「お前は氷の牢獄に囚われるがいい!!」
アーミアはサートゥルの両腕の穴をふさぐ。籠手から液体窒素が流れて穴が塞がった。
背中にある純粋酸素製造装置は爆破し、サートゥルは大の字になって気絶した。
☆
「おみゃーなんて切り刻んでやるぎゃー!!」
オーキッド・マンティスは両手につけた鎌を振りかざす。スパイダークノイチことアンジェリーナ・ハサウェイは苦戦していた。オーキッド・マンティスは相手の隙を突いて猛撃してくる。アンジーは柔術が得意だが相手が武器を持っていると難しい。なんとか懐に潜り込まなくてはならない。
「柔肌傷つけられて、泣いて帰れや!! わっちには崇高な使命があるんでな!!」
「それはベトナム帰還兵を殺めること!? あなたは関係ないでしょ!!」
「何馬鹿こいてんだ。わっちのじっちゃんの家族を殺されたんよ。仇を討つのはとーぜんだぜよ!!」
マスク越しで笑っていた。それを聞いてアンジーは怒った。相手は自分が経験してないのに、相手に復讐して当然だと思い込んでいる。祖父に洗脳されたのだろう。復讐のためなら何をやっても許されると思い込んでいる。
アンジーの祖父、ハロルドはベトナム帰還兵だった。彼は帰国後、ベトナム系アメリカ人のボランティア活動に勤しんでいた。彼は白人至上主義者だったがカレンの祖父と出会い、その考えを恥じるようになった。
7年前、カレンの両親が亡くなり、カレンは廃人になりかけた。アンジーが偶然彼女を傷つけたことで、カレンはマゾヒストに目覚めたのだ。アンジーは自分が率先してカレンをいじめてきた。白人にはアジア系を忌み嫌っている者が多く、ハサウェイ家は変人扱いされていた。
カレンのいじめがやがて暴力にエスカレートすることを恐れたのだ。ハサウェイ家はオーディン社を経営しており、彼女は社長令嬢としてカレンのいじめを主導者になった。幸いアンジーの理解者が多かったおかげでなんとかなった。
だがアンジーの心の傷は深まるばかりだ。親友をいじめて楽しむ自分に憎しみすら覚えた。それを慰めてくれたのがハロルドだった。彼はカレンが何か企んでいることを見抜いた。5年前、息子のハロルドが教育AIの開発を発表したが、息子の力ではないと判断した。カレンの両親は優秀なプログラマーであり、カレンとアンジーはその弟子であった。日本人は全体主義で組織のトップが急死しても問題ないシステムを作ることで有名だ。カレンが教育AIを製造したのは自分が死んでも会社が問題なく運営できるためだと考えた。
ハロルドはアンジーに、カレンから目を離さないように忠告した。いつかカレンを止めるためにとアンジーに稽古をつけてきた。さらにデゼラス工房から彼女にふさわしい特殊スーツをプレゼントしたのだ。
その祖父は目の前のオーキッド・マンティスに殺された。だがアンジーは復讐をしない。復讐という美酒に酔いしれ、自分が怪物に変貌することを忌み嫌っていた。
「お前は復讐という名の病気に侵されている!! 私が吸いだしてやる!!」
「やれるもんならやれってばさ。このすっとこどっこい!!」
アンジーは右手から糸を噴出した。ぴっちりしているように見えるが、糸を噴出すガジェットを仕込んでいた。糸はオーキッド・マンティスの鎌に絡みつき、両腕を拘束した。
アンジーは彼女の背後に回り、両腕を回すと、オーキッド・マンティスにバックドロップをかましたのである。
仮面が壊れ、黒髪の日焼けした肌があらわになった。36歳らしいが童顔なのか子供のように見える。彼女は気絶していた。
「お前に復讐しない、それが私の復讐だ」
アンジーはそうつぶやいた。遠くからパトカーのサイレンの音がする。ロサンゼルス市警が集まってきたのだ。ピエレッタやアマゾネス、ビーストテイマーたちは逮捕されたのだろう。
イラン系アメリカ人の警官、アミール・ホスロー巡査長は、アンジーを見て独白した。
「LAはクノイチが流行っているのか?」




