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第15話 この世はレボリューションを求めている!

 カレンたちは敵をめがけて走っている。周囲には人はいない。これから起きる騒動に関わり合いたくない感じだ。大統領の命令でリトルトーキョーを更地にされようが日系人がどうなってもいいと本気で思っている。だが自分たちだけ安心と思い込んでいるだけの楽観的な人間ばかりだ。

 

『みんな!! リトルトーキョーの周りには大騒動よ!! 反対デモにはビーストテイマーが犬をけしかけているし、アマゾネスは矢でパトカーを機能停止に追い込んでいるわ!! ピエレッタはミラクルたちを使って警官たちをけん制しているわ!! メインはみんなの方に向かっているけどね!!」


 耳に着けた無線機から声が聴こえた。カレンのクラスメイトのジュリエットだ。ザ・サイトと名乗っている。彼女はリトルトーキョー中の監視カメラをハッキングし、自分の中継車で様子を見ていた。もう一人マデリンがいてこちらはコックローチと名乗っているが、こちらはサポートして回っている。


「犯罪者たちは私たちだけを狙っている。好都合だわ!!」

「すごい幸運だね!! 勝利の女神様が微笑んでいるね!!」


 カレンが叫ぶとカイは無邪気に喜んだ。アーミアとアンジェリーナは黙っている。


 彼女たちは走り続けた。そこに人の壁が現れる。百数人は超えており、全員目が虚ろで、鉄パイプを持っていた。


「宇宙人……、宇宙人が攻めてくるよ……」「あいつら、人間の姿をして侵略してくるよ……」「倒せ、倒すんだ。潰さなければ地球は滅ぶよ……」


 おそらく彼らは催眠術にかけられたのだろう。カレンたちは宇宙人であり、倒すべき相手なのだ。自分たちは神の使徒と思い込んでいる。

 これはプリヤ・パテル、コマンダーの仕業だろう。彼らが海のように割れて、モーゼのようにコマンダーが歩いてきたのだ。典型的なインド系女性で、褐色の肌に黒髪を後ろにまとめている。緑色の軍帽に緑色の軍服、サフラン色のマントを羽織っている。


「おひさしぶりぃぃぃぃぃ!! 今日はみなさんと遊んでもらいまぁぁぁす!!」


 コマンダーはガラスが割れそうな声で叫んだ。カレンたちも耳を抑える。


「あなたは何をしたいの? 人を操って人を殺めて、あなたに何の得があるの?」


 カレンが訊ねた。コマンダーは元精神科医だ。さらに彼女が開発した催眠装置は高性能で精神治療に役立てると言われていた。なのに犯罪に走ったのはなぜか?


「決まっているわぁぁぁ!! 自身の解放よぉぉぉぉぉ!! 人は全員シヴァ様のような二面性をもってますぅぅぅぅぅ!!」


 シヴァとはヒンズー教で、ブラフマー・ビシュヌ神とともに三神の一だ。破壊と創造をつかさどる神で、生殖器崇拝とも関係が深いという。インド系の彼女にとって重要な神だ。インドは日本と同じ多神教で表向きはキリスト教でも裏ではヒンズー教を崇拝しているなどざらだ。


「みんな自分を隠して生きているわぁぁぁ!! もうひどいストレスよぉぉぉぉ!! わたしはそれを解放してあげただけぇぇぇ!! わたしはちっとも悪くないぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 カレンはコマンダーの勝手な言い分に怒りを覚え、かつ自己嫌悪に陥った。自分勝手な欲望のせいで他人に迷惑をかけている。自分とコマンダー、ふたりにどんな違いがあるのか。


「あなたとこいつは別よ!! こいつは無理やり人を犯罪者に仕立て上げて、自分だけ手を汚さないクズよ!!」


 アンジーが叫んだ。彼女はカレンをよく見ている。ブラッククノイチであるカレンは不法移民やギャングをリンチで叩きのめしてきた。それらは犯罪を起こした者だけで限定している。さらにオーディン社の影の社長として犯罪者たちの更生に力を入れていた。カレンはマゾだが他人を巻き込むことを嫌っており、気遣っていたのだ。


「くそぉぉぉ!! 俺たちの町を荒らされてなるものか!!」「ミスターエックスの命令でブラッククノイチたちを補佐しろって。なんでだろうな」「飯が食えればそれでいい!! 加勢するぜ!!」


 カレンの後ろからホームレスの大群が現れた。本来カレンがホームレスのリーダー、エンペラーに指示してブラッククノイチを敵視するように命じていた。しかし彼らは鉄パイプを持ち、コマンダーを敵視しているようだ。

 さらに黒いセダンが走ってきてカレンたちの近くに止まった。ドアが開くと中から一人の男が出てきた。

 60代ですらりとした背に縮れた茶髪。ダークカラーのダブルスーツに白いシャツ、ネクタイは黒い無地のもので、中折れ帽にポケットチーフなど身に着けている。

 

「……エンペラー!?」


 カレンがつぶやいた。


「今はフランク・ピランデルロだよ。弟に頭を下げられて復帰したのさ」


 エンペラーことフランクは葉巻を吸い始めた。彼の周りにはボディガードの男たちが立ち並んでいる。

 カレンは彼がスキヤキドージョーに通っていた頃の姿を思い出した。妻と息子を抗争で失い、愛人とその娘のザラは去っていった。彼はすべてを失い、ホームレスに転がり落ちた。だが天は彼に堕落を許さなかった。人の上に立つ人間は最下層でも同じ宿命がまといつくことを思い知らされた。

 ホームレスの中にはミニスターと呼ばれた黒人が先頭に立っている。エンペラーの下で働いた彼らは他のホームレスと違い、気品と闘志に満ち溢れていた。


「リトルトーキョーだけの問題じゃないな。これを放置すればあの女はすべての移民を追放すると言い出すだろう。シチリアーノをイタリア人と一緒くたにしてな。そんなことはさせんよ」


 フランクはぎろりとコマンダーをにらんだ。彼女は猫ににらまれたねずみのようにびくっと震えている。しかしすぐ気を取り直した。


「わたしをおどしてもむだむだむだぁぁぁ!! 私は解放の使徒ぉぉぉぉぉ!! わたしのやっていることは正しいんですぅぅぅぅ!!」

「典型的な自己中心的なタイプだな。自分が正しいと思い込んでいる厄介なタイプだ」


 コマンダーの主張をフランクはあっさりと返した。カレンも同じ気持ちだった。

 コマンダーは軍服の両袖から拳銃を取り出した。


「私を否定する人は許しませぇぇぇん!! なので死んでもらいますぅぅぅぅ!!」


 コマンダーはフランクに対して拳銃を二丁向けた。フランクは動じない。

 そこに燕がひゅんと飛んできた。実際は燕では無く剣であった。コマンダーの拳銃は二丁とも銃身を切断された。

 そこにはライダースーツに黒く丸いヘルメットを被った女が立っていた。右手には仕込み杖を握られている。


「おいどんはブレードクノイチでごわす!! 義によって助太刀いたす!!」

「……あなた何をしているの?」


 突然の闖入者にカレンたちは呆然としていた。カイだけがパニックを起こしている。


「おっ、おいどんはザラ・エスポジトではなか!! 彼女の生き別れの妹マリア・エスポジトでごわす!!」


 誰も聞いていないのに、名前を名乗りだした。フランクもそれを見て呆れている。

 彼女はナイトシェードことザラ・エスポジトだ。フランクの愛人の娘でもある。

 カレンたち(カイを除いて)はザラの死を信じてなかった。彼女はだまって殺される性質ではなく、さらにハンナとも交流があった。だがそれはカレンたちだけが知っており、一般には知られていない。


「ザラ……、マリアはお前の母親の名前だぞ。自分の名前を娘に付けるのか?」

「なっ!! あってもいいじゃねか!! それにおいどんはザラではなか!!」


 ザラは慌てだした。彼女は口数が少ないのは口下手だからだ。カレンのように付き合いがあれば別だが、人見知りで初対面の人間とは話しずらい。さらに彼女は別人を演じているつもりだが、演技が下手なのでぼろが出ていた。


「ちょっとぉぉぉぉぉ!! あなたへたくそすぎぃぃぃぃぃぃぃ!! もうしゃべるなぁぁぁぁぁ!!」


 コマンダーにすら突っ込まれている。死んだはずのナイトシェードが生きていたことに対して何の感情もないようだ。あの処刑シーンは茶番だったのである。だがカレンたちは茶番の主役であるハンナに対して確信を得ていた。


「……ブレードクノイチ。あんたは私の死んだ娘に似ている。ここは我らの手助けをしてくれないか?」

「!! もちろんでごわす!!」


 フランクに言われて、ザラ、もといブレードクノイチは仕込み杖を構える。彼女に突っ込みを入れるより、話を促して進めようとしたのは、さすが父親というべきか。


「えっ、えっ? どういうこと!? なんでナイトシェードが生きていたの!!」

 

 さすがのカイもナイトシェードの本名は知っていた。カレンたちは説明するのが惜しいので黙っていた。


「あとで教えるわ。今は大統領を倒さなくちゃ!!」


 カレンたちは再び駆け出した。


 ☆


「はっはっは!! まったっきゃな、おめだぢ!!」


 ホッキョクグマの頭付の毛皮を被った女が待ち構えていた。アラスカのイヌイット、ポーラベアだ。日焼けした肌に黒い肌、女とは思えないほど発達した筋肉で文字通りポーラベア《ホッキョクグマ》を連想させた。


「ここから先は通さないべさ!!」


 つるっとした丸い頭に口にはレギュレーターのものがついており、背中に背負った装置とホースが繋がっている。両腕はつるんとした太い腕で上部に穴が開いていた。腕にもホースが装置に伸びている。

 胸の部分は大きく腰は括れており女性と思わせる。彼女はサートゥル。北欧神話で世界を焼き尽くした巨人、スルトの英語読みだ。


「おまんら、終わりやで!!」


 カマキリのようなフォルムのヘルメットにつるっとしたピンク色のスーツを着ていた。両腕には鎌が装着してある。彼女はオーキッド・マンティスだ。

 全員アイスクノイチに倒されていた。それは一対一の場合だ。三人まとめて出てくるのは想定外だ。


「この三人を同時に相手にするのは面倒だ! 一対一で片をつけるよ!!」


 アーミアが叫んだ。カイがポーラベアを、アーミアがサートゥルを、アンジーがオーキッド・マンティスを相手にすることになった。


「何だおめ? わにがなうど思っちゅのが!!」


 ポーラベアはアラスカ訛りで叫んだ。身体はカイより大きいが、彼は物おじしない。体の大きい母の部下と稽古をしており、実戦経験が少ないだけだ。


「ボクはドラゴンクノイチ!! 龍の炎で悪を焼く!!」

「龍だど? 架空の動物持ぢだすんでねじゃ。ホッキョクグマの方がつえに決まってら!!」


 ポーラベアは両手に付けたかぎ爪をかちかち鳴らしていた。カイはホッキョクグマを見たことはないが、彼女のように体が大きいだろうと思った。


「私はアイスクノイチ!! 氷の牢獄に囚われるがいい!!」

「またあんたと会うとはね。正直やりあいたくはないな」

「なら再び牢獄へ戻ればいい。お前は炎に魅入られた罪人だ!!」


 サートゥルはアイスクノイチと対峙する。マスク越しで表情はわからないが、緊張しているようだ。

 一度アイスクノイチに負けているが、状況が違う。


「私はスパイダークノイチ!! お前は囚われの虫だ!!」

「蜘蛛がカマキリにかなうと思っとるの?」


 オーキッド・マンティスとスパイダークノイチが対決する。アンジーとしては祖父の仇を目の前に冷静でいられない。だが私情を挟んではならないと思っている。相手は年老いたベトナム帰還兵を殺害してきた。人殺しの経験はあちらが上だ。隠形術の腕もよい。アンジーは戦闘経験が少ない。いかに相手の隙を突くかがカギとなる。


「ブラッククノイチ!! お前がすべての決着をつけろ!! ここは私たちに任せな!!」


 アーミアが叫んだ。カレンは彼女らにまかせて一人走り出す。ロサンゼルスのダウンタウン地区はお祭り騒ぎとなった。ハンナの支持者たちが銃器を持ってリトルトーキョーに向かおうとしたが、セントラル中央分署の警官たちが盾を持ち、彼らにショットガンを撃って応戦した。

 さらにカイの母親、リン・ウォンが部下たちを使い、支持者たちと戦っていた。彼女はドラゴンマダムとして戦闘服に身を包み、功夫で彼らをなぎ倒したという。


「私はブラッククノイチ!! この世はレボリューションを求めている!!」


 カレンは走りながらそう叫んだ。

 本当はナイトシェードを仲間にするつもりはなかった。思い付きで変更したのです。


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― 新着の感想 ―
おお、オールスターな感じになってきた。 こういう王道展開も好きです。 こういうのでいいんだ、こういうので!
おぉ~なんかこうクライマックスに入ってきた感っていうんですかね。 なんか熱くなってきたぜ(*^ω^*) ここにきてイラストはいれずにしっかり文学っていう文学でエンタメをみせてくれているのが好印象で…
ザラはいいキャラですね。
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