第14話 皆様の好意に任せましょう
「うぉぉぉぉ!! カレンちゃんが退院したぞぉぉぉぉ!!」
禿げ頭の老人が歓喜の雄たけびを上げていた。周りには老若男女問わずカレンの住むスキヤキドージョーに集まっていた。鉢巻を巻いた中年男性はサイダーが入ったケースを持ってきた。中年女性陣はお盆に入ったカルフォルニアロールだの、鶏のから揚げだの、様々なごちそうを作って待っていたのだ。
全員カレンの近所の人間だ。カレンの祖父は彼らに忍術を教えており、町の名士として知られている。
「みっ、みなさん、ありがとうございます…」
「いいってことよ!! ミヨシ先生にはいつもお世話になっているからなぁ!!」
「SNSでカレンちゃんを悪女呼ばわりして、ここに放火をしにきたガキがおったけど、どたまを勝ち割ってやったわ!!」
「カレンちゃんは日本人の鑑!! ブラッククノイチはわしらの神様じゃ!!」
全員歓喜の声を上げていた。ここらの人間はカレンがブラッククノイチだということを知っている。知らぬはカレンばかりであった。
「大統領のクズがここを更地にするとぬかしやがる!! だがここは俺たちの土地だ!! 誰にも渡さねぇ!!」
「そうよそうよ!! 自分たちが無能なくせにオタクにけちつけてんじゃないわよ!!」
「潰しに来るなら俺たちも黙っちゃいねぇ!! カレンちゃんは安心してくれ!!」
ここの日本人は血の気が多い。かつて第二次世界大戦で、日本はハワイの真珠湾に奇襲をかけた。そのため当時の日系人たちは強制収容所に送られたのだ。その世代はすでに息絶えたが、屈辱は今も語り継がれている。
「みんな大丈夫、私が何とかするから……」
「そうかい? ならお祝いだ!! 今日はどんちゃん騒ぎをするぞ!!」
「馬鹿言ってんじゃないよ、カレンちゃんのお祝いだろ? 酒は一滴も飲ませないよ!!」
「とにかく大統領がなんぼのもんじゃ!! 日本人をなめんじゃねぇぞ!!」
スキヤキドージョーは盛り上がっていた。その様子をカイやアーミア、アンジェリーナが呆れてみていた。
☆
「私としては大統領は本気でつぶす気はないと思うわ」
深夜のドージョーには4人の影があった。
このドージョーの主、カレン・ミヨシ。
中国系アメリカ人でダブルシニヨンに赤いチャイナ服と黒いズボンを履いた美少女に見える美少年、カイ・ウォン。
黒人でどっしりした体格で白いスーツを身に着けたアーミア・ブラウン。
そして金髪碧眼でカレンと同学年のアンジェリーナ・ハサウェイ。
4人は輪のように並んでおり、真ん中にはサイダーやお菓子などが盆に乗っていた。
「え、そうなの?」
「そもそもリトルトーキョーは観光地よ。ソーテルジャパンタウンのほうが大きいわ」
ソーテルジャパンタウンは別名リトルオーサカと呼ばれている。リトルトーキョーより西にあるためだ。、ソーテル通り沿いの数ブロックの範囲内には、日系のスーパーや日本食のレストラン、寿司店、ラーメン店、美容室、カラオケボックス、旅行会社などが軒を連ねているのだ。
リトルトーキョーは都市開発で日系商店が立ち退きされている。日系人を追い出すにしても根拠が弱いのだ。
「でも大統領はイカれているよ。狂人のことをまともに考察するのは危険だよ」
カイがもっともなことを言った。カレンはそれ以上言わない。アーミアは目をつむりため息をついた。アンジーも同じだ。
「私はハンナさんを知っている。恐らくあの人は自分の手でここを潰すに違いないわ。頭を潰せばあとは烏合の衆、崩壊するわ」
「私もそう思うね。犯罪者どもは囮だね。メインはハンナさんが一番目立つ形になるな」
カレンの言葉にアーミアが同意する。
「でもアンジーは参加していいの? 彼女らの中にはオーキッド・マンティスがいるのよ?」
カレンが気遣うようにアンジーに声をかけた。すると彼女の顔が曇る。
「あっ、オーキッド・マンティスってベトナム帰還兵を殺していたっけ。もしかしてアンジーの関係者も?」
カイが無神経に質問したので、カレンが彼の額を叩いた。アンジーは何でもないと答えた。
「おじいちゃん、ハロルド・ハサウェイはベトナム帰還兵だったわ。当時は徴兵制だったけど大学生だったから免除されていたの。でも1969年に廃止されてベトナムに送られたのよ」
当時のハロルドは白人至上主義で有色人種を見下し、虫けらとして扱っていた。ところがケンに喧嘩を売り、逆に打ち負かされたことで考えを変えた。ケンから忍術を教えてもらい師範代になった。それがベトナム戦争で役に立った。ベトコンのゲリラ戦も忍術のおかげで乗り越えられたという。
ベトナム戦争はアメリカの敗北だった。ハロルドは多くの帰還兵がトラウマを抱えて帰国したが、彼は平然としていた。その後はボランティア活動を重視しており、自宅の敷地内にマカロニドージョーを建てて、息子や孫娘にも忍術を教えていた。
ハロルドはアンジーに因果応報という言葉を教えた。自分の行動が積み重なり、それが周囲に影響するという考えだ。ボランティアはその一環だという。自分はベトナム戦争でベトナム人を殺してきた。なので自分の最後は誰かに復讐されると覚悟を決めていた。なので自分の人生を仕事とボランティアに捧げ、子孫たちの影響を少しでも減らすためだと言っていた。
1年前、自宅でハロルドはオーキッド・マンティスに襲撃された。アンジーが部屋に入る際にノックした隙を突いたそうだ。彼は最後まで護身用の杖を使って戦っていたのだ。息絶える寸前にハロルドはこれは因果だ、人を殺したから復讐された、それだけなのだと。
「あなたがスパイダークノイチになったのは私だけのためじゃない。復讐のためだったんじゃないの」
「……それは否定しないわ。そもそもあいつはアーミアさんに倒されたから諦めていたのに」
アンジーがため息をついた。オーキッド・マンティスは一度アーミアが扮するアイスクノイチに逮捕されている。
「あいつはハナカマキリと同じで擬態を得意としていた。特殊スーツを着て監視カメラには映らないが、肉眼でははっきり見える。だがそれに頼らない隠形術には苦戦したな」
アーミアが両腕を組み、しみじみとつぶやいた。彼女にとってオーキッド・マンティスは楽勝ではなかった。
「ポーラベアとサートゥルはどんなやつなの? アーミアさんに負けたから弱いんでしょ?」
「馬鹿抜かせ。奴らは強い。ポーラベアは文字通り熊だ。まともにやっていたらこちらが死んでいた。サートゥルは背中に純粋酸素精製装置を背負っていてな、そいつを腕から噴射し火をつけて攻撃してきたのさ」
純粋酸素は火が付くと燃えるのだ。これは酸素の密度が高いためである。小麦粉でも火種があれば爆発するのは粉の密度が高いためで、爆発するように見えるのだ。
「あいつら三人はアニメショップを荒らしても、人殺しは避けていたな。サートゥルは火を出して客を脅して逃がした後、店内に純粋酸素を満たしてから爆破させていた。オーキッド・マンティスは店内を両手に装着した鎌で暴れまわっていたよ」
ポーラベアはホッキョクグマを中心に殺害していた。サートゥルは反捕鯨団体のメンバーを、オーキッド・マンティスはベトナム帰還兵のみを殺害してきたのだ。彼女らは犯罪者だが自分の掟を守るタイプのようだ。
「しばらく学校に行かず、作戦を練るわ。あとでメールを送りましょう」
「言っとくけどカレン。あなたがブラッククノイチということは学校で知られているわよ。あなたが活躍した次の日からね。マデリンやジュリエットもマカロニドージョーの門下生で、ジョリー先生も同じよ。ハロルドおじいちゃんは生前からミヨシ先生のすごさを教えていたから、みんなあなただと察したのよ」
「ええ!? なんで私は気づかなかったの!!」
アンジーの言葉にカレンは絶句した。自分は完全に弱くていじめられる存在を演じていたのに、なぜばれたのだろうか。
「カレンはできないことはできるまでやるタイプだろう。勉強にしろ稽古にしろできるまでやめないからな。そういう努力を周りは観ていたんだよ。お前は自分の事しか見えていない。世の中が変わらないと思っているが自分を客観視できないから理解できてないんだよ」
アーミアの言葉にカレンは何も言えなくなった。両親が亡くなって以来カレンは最高の破滅を求めるようになった。両親の影響でプログラミングを勉強し、教育AIを作ったのも日本人の性質である全体主義の影響だろう。血筋ではなく法律や規則を重視しているのだ。
「まっ、まあ今気づいたからいいじゃないですか。大事なのは今ですよ。お姉さまが男たちに暴行されるなんて見たくないもの。でもボクは女の子として扱ってほしいかな」
カイがフォローした。彼は性同一性障害だ。男でありながら女の意識が強い。女装というより本来の自分だと思っている。
カレンはカイの性質を理解しており、そう接してきたので彼はカレンを慕っているのだ。
「なんとか私たちだけでがんばりましょう!! すべては私の責任だからね!!」
「「「……」」」
カレンの言葉に三人は反応しなかった。自分がブラッククノイチになったためにリトルトーキョーが狙われた。カレンは責任を感じている。すべての人間が自分を憎む。そう仕向けなくてはならない。カレンはまだ歪んだ正義感を抱いていた。
☆
一週間後、リトルトーキョーに朝が来た。ロサンゼルスではオリヴィア・ジョーンズ市長がハンナ・ゴールドバーグ大統領に対して声明を発表する。日系人を攻撃することは他の人種を狙う可能性が高くなる。アメリカが自由の国と呼ばれるのは、先住民の土地を奪い虐殺してきたからだ。人種を問わずチャンスを与えるのは先祖の贖罪と訴えた。
カレンはすでにブラッククノイチの衣装に着替えている。黒いレオタードに鉢金、肩当てに脛当てなど装飾品が増えている。アンジーが受注した新コスチュームだ。
ドラゴンのような仮面に緑色のチャイナドレスを着たドラゴンクノイチ。
のっぺりした仮面に銀色の全身スーツを着たアイスクノイチ。
そして6つの目がついた鉄仮面に、黒いレオタードに手足は黒と黄色の縞々のスパイダークノイチが待機していた。
「さあこの世はレボリューションを望んでいる!! 大統領の野望を阻止しましょう!!」
「「「はーい」」」
カレンの言葉に三人は気の抜けた返事をした。
大統領は北から来るという。カレンたちはそこに向かおうとしていた。
だが目の前には複数の一団が現れた。どう見ても一般人には見えない。モヒカン頭にバイクのヘルメットを被った女性たちだ。他にはパーカーや帽子を被った若い女性たちもいる。ヒスパニック系だ。
全員日本の剣道に使う竹刀を手にしていた。
彼女たちの中心に巨体の女とバイクに乗った女がいた。
サンタナとセントールだ。サンタナは銀色の顔出し全身タイツを着ていた。セントールは新しいバイクに乗り、ピカピカのヘルメットとライダースーツを着ていた。
「うおー、ここから先は通さないぞ!!」
「悪いけどあんたらを止めるよう言われたんや。覚悟してもらうで」
サンタナが吠えて、セントールが言った。
「あなたたちはなぜ悪人の手先に成り下がったの!! 彼女のやり方に疑問を抱かないの!!」
カレンが叫んだ。
「家族がここで暮らせるんだ!! その恩返しをするのは当然だ!!」
「普通は金のためやろな。せやけどあの姐さんに頼まれると嫌と言えへんのよ。みじめなうちらが誇らしくなれるなんて奇怪やわ」
サンタナは純粋に好意を好意で返す気のようだ。セントールはハンナのカリスマに魅入られたらしい。彼女はテキサスでテキサストレイルレーダースという窃盗団で、白人相手に窃盗と強盗を繰り返してきた。すべては金のためだ。それがハンナによって考えを変えた。カレンはハンナのカリスマが別の方向で作用されたことを不憫に思った。
「サンタナばかりに泥をかぶせるわけにはいかないんだ!!」「そうともあたいらは姉妹! 家族だ!!」「妹だけ危ない事させて、自分らが避難するのは許せねぇ!!」
「姐さんはあたしらのママだ!! 拾ってくれなかったら飢えて死んでたぜ!!」「テキサストレイルレイダースはただの泥棒じゃねぇ!!」「姐さんの乗るバイクから飛び降りる奴はいない!! 覚悟しやがれ!!」
サンタナとセントールの仲間たちが後ろで騒いでいた。その数は30人近い。カレンたちならなんとかなるが時間がかかるだろう。
「お前さんたちは先に行きな」
「ここは俺たちに任せろ」
後ろから声がした。そこには二人の男性が立っていた。
レジー・タピアとクリスチャン・ジョンソンだ。
「サンタナ、それとお前らはこれが終わったら、俺のジムに入ってもらうぜ。息子から女子ボクシングの動画配信で稼げると勧められたんでな」
「れっ、レジーさん!! なんでここに!!」
レジーの登場にサンタナたちは驚いていた。カレンはレジーの知り合いだが突然の登場に驚いた。しかもサンタナたちと顔見知りだったことも意外だった。
「クリスはん、なんで自分がそこにおるん?」
「こちらのお嬢さんたちはちょっとした縁でね。あんたは命の恩人だ、あんまり手荒な真似はしたくない」
「あんさんをバイクのケツに乗せただけやん。あんなバケモン相手するなんてどうかしとるわ」
クリスとセントールは顔見知りのようだ。元々クリスはテキサス州を中心に活動していた。セントールはたまたまクリスの標的であるミラクルを相手にしている最中危機に陥り、セントールとともに逃げることができたのだ。
「ったく、これだからアメリカは嫌いなんだ。こんなことが日常で起きやがる」
クリスはため息をついた。
さらにリトルトーキョーの面々もやってきた。手には竹刀やなぎなたを持っている。
「カレンちゃん、ここは俺たちに任せろ!!」「先生の忍術でコテンパンにしてやるぜ!!」「日系人を舐めるんじゃないよ!!」
あまりの熱気にカレンはたじたじになった。本当は巻き込みたくなかったのに、複雑な心境だ。そこにアンジーが彼女の肩にぽんと手を置いた。
「ここは皆様の好意に任せましょう。あなたの推測が正しいなら皆さんが殺されることはないわ」
アンジーの言葉にカレンは無言でうなずいた。そして彼らに任せ、大統領の下に走り出した。
レジーとクリスチャンを出しました。最初から考えておらず後付けです。
レジーはニューメキシコ州で、サンタナたちと出会ってもおかしくないと思いました。
クリスはテキサス州で、セントールと協同した方が面白いと思った。




