第13話 クノイチたちのせいだ!
『コンベンションセンターが凶悪な犯罪者に占拠された!! すべてクノイチたちのせいだ!! ロサンゼルス市民はぜひともクノイチたちを通報してほしい!!』
病院の一室で、カレン・ミヨシはベッドに入りながらテレビを見ていた。ロサンゼルス市長のオリヴィア・ジョーンズが唾を飛ばしながらヒステリックに、民衆に向けて訴えていた。ロサンゼルスコンベンションセンターでは前代未聞の事件が起きた。それを三人のクノイチが解決したのだが、事件が起きたのは彼女たちの責任だと唾を飛ばしながら叫んでいた。
その横に金髪碧眼で60歳ほどの女性が立っていた。縮れた髪をポニーテールにして黒いスーツを着ている。鷹のような目つきと鼻が印象的だ。
オリヴィア・ジョーンズ市長だ。
「テレビではこう言っているけどね、SNSでは非難の的よ。ブラッククノイチは世間では人気が高くてね。私はヒステリー女と馬鹿にされているわ。さらにトッド・ステアーズ氏とセラ・ローレン氏がネット動画で抗議しているわ。こちらの方が圧倒的に数字を取っているわね」
オリヴィアが肩をすくめた。彼女はカレンの正体を知っている。カレンの祖父ケン・ミヨシの弟子だからだ。幼い頃からカレンを可愛がっており、マスコミにはブラッククノイチを口汚く罵っていた。誰もオリヴィアがブラッククノイチの味方だとは気づいていない。
「市長はともかくカレンさんがひどいわね。SNSではトッドとセラを痛めつけたバカ女と炎上しているわ」
パイプ椅子に座っている30歳ほどの女性が言った。奇麗な銀髪で前髪を切りそろえており、氷のような印象を持つ女性だ。こちらも黒いスーツを着ている。
イレーネ・ウクライネツ。弁護士だ。
「こちらは私が対処するわね。今回はあなたが被害者だもの」
「ごめんなさい。面倒ばかりかけて」
「まったくだわ」
カレンが素直に謝ったので、イレーネはため息をついた。とはいえ今回の事件は突発的なものであり、予測できたものではない。とはいえカレンが起こした火遊びが原因である。
「あなたは無意識に自殺を目論んでいた。みんながあなたを止めようとしていたのよ。それだけは胸に刻んで頂戴」
オリヴィアがたしなめるように言った。
カレンも痛いところを突かれてしょんぼりしている。10歳の頃彼女は愛する両親を失った。彼女にとって両親は自動車のタイヤだ。タイヤが二本抜けてしまえば走行などできない。カレンは動くこともできず体は錆びていき朽ち果てるはずだった。
ところが幼馴染のアンジェリーナが新たなタイヤを交換してくれた。さらにエンジンを改造し無茶な走行が可能になったのである。
しかしカレンはスピードに酔いしれた。事故ぎりぎりの走行は彼女の感覚を麻痺させていった。騒音で耳は遠くなり、視野も狭くなった。このままいけばカレンは偉大なカーレーサーのようにマシンとともに大破するはずだった。
それを周りの人間が丁寧なメンテナンスを行ってくれたのだ。それもカレンが雇ったわけではなく、無給で。彼女は周りが見えていなかった。自分だけがよければいいと思い込んでいた。
「もう火遊びはやめなさい、といいたいけどね……」
イレーネがため息をついた。オリヴィアも同じくため息をつく。
「君がコンベンションセンターで遊んでいた最中に、セントラル中央分署で問題が起きたそうよ。ジェーン・ヤング、バレンティナ・ベガ、プリヤ・パテル、ザラ・エスポジト、メアリー・デマート、ソルヴェイク・アンダーソン、リエン・トランが移送されたのよ」
オリヴィアの言葉を聞いて、カレンは目を丸くした。
「ジェーン・ヤングって誰ですか?」
「サンタナのことよ。彼女は永住権が与えられてね。アメリカではその名をつけられたのよ。ちなみにお仲間も同じね。私が依頼を受けてサンタナ以外の子たちを保釈金を払って保釈されているわ」
「!? そんなことができるなんて、やっぱり!!」
イレーネの言葉にカレンは思い当たることがあった。現在のアメリカではサンタナのような不法移民が永住権を取るのは難しい。それがあっさりと永住権を得られた上に、住宅と仕事を得られたという。この手の横紙破りが可能なのは全米で一人しかいない。
「メアリーはポーラベアで、ソルヴェイクはサートゥル、リエンはオーキッド・マンティスね。アイスクノイチに負けたはずだけど」
ポーラベアはアラスカのイヌイットで、文字通りホッキョクグマを殺害した罪を犯している。
サートゥルはノルウェー系でワシントンにおいて特製耐熱スーツで反捕鯨団体をまとめて吹き飛ばして殺害していた。サートゥルは北欧神話に登場する炎の巨人だ。ラグナロクで世界を焼き払っている。
オーキッド・マンティスはベトナム系で、ベトナム戦争以降の移民だ。ハイテク企業に勤め特製スーツでロサンゼルスでベトナム帰還兵を秘密裏に殺害して回っていたのだ。幼馴染のアンジェリーナの祖父も犠牲になっていた。オーキッドマンティスはハナカマキリとも呼ばれ、擬態が得意である。
この三人はロサンゼルスのダウンタウン地区でアニメショップを襲撃していたのを、アイスクノイチに成敗されたのである。
「ラトヤの話ではゾフィー、サニー、オルガも行方不明になったらしい。ヒステリーを起こしていたが気持ちはわかるね」
オリヴィアも頭をかきながら怒っていた。カレンも気持ちはわかる。
これほどの無茶ができるのは全米で一人しかいない。それは……。
☆
ここはニューヨークにあるJAZZ CLUB IDiOMである。有名なミュージシャンやアーティストもお忍びで訪れていると噂のジャズ・クラブだ。
ジャズ・シンガーを目指していたものの、声帯の酷使により思うように歌えなくなり、志半ばで夢を諦めたマスターがつくった個人経営店だ。
ステージ上で一際輝く真っ白なグランドピアノと、キラキラ輝くガラスビーズが散りばめられた重厚感のある大黒幕が特徴である。
ピアノの客席から見えない部分はこのステージに立った人たちのサインで埋め尽くされており、ここにサインすると5年以内に"売れる"というジンクスがあるとかないとか。
提供される料理は某有名店から引き抜いてきた凄腕のシェフが作っているらしく、美食家にも好評だ。
オープン直後限定で運が良いと聴けるマスターのピアノ演奏が一部の音楽愛好家の間で話題になっている。
カウンター席で白人男性と白人女性のカップルが座っていた。23歳で190ほどの身長があるトッド・ステアーズと、シンガーソングライターのセラ・ローレンである。
二人はカクテルを飲みながらぼやいていた。
「まったくロサンゼルスの市長は頭がおかしいな。命の恩人であるクノイチに暴言を吐きやがったんだからな」
「私もちょっと腹が立つわね。犯罪が起きたのはまるでブラッククノイチのせいだと責任転嫁しているし、どうかしているわ」
セラはカクテルを口にしながら言った。マスターは二人の話に割り込まず他の客を相手していた。
そこに一人の客が入ってきて、トッドの隣に座った。
169センチほどの30歳で茶髪の坊主頭にブルーの瞳を持つ陽気そうな男だ。
レジー・タピア。元ボクサーで元世界チャンピオンである。普段はニューメキシコ州のアルバカーキに住んでいるが、今回は教え子が試合をするのでニューヨークに来たのだ。トッドとはある出来事がきっかけで友人になったのである。
「よぉトッド。ロサンゼルスでは大変だったな」
「俺は大したことはないよ。むしろカレンちゃんが一番大変なのさ。俺が暴行したのに世間では彼女が俺たちを暴行したことになっているんだ」
「そうなのかい? 俺は興味なかったが、息子たちが動画を見せてくれたね。一発で作りものとわかったよ。カレンちゃんの動きじゃ、絶対にありえないからな」
レジーはなぜかカレンに対して馴れ馴れしかった。セラはそれが気になった。
「俺は薬で自暴自棄になっていたことがあってな。荒れていた頃ニューメキシコに来ていたケン・ミヨシ先生と出会ってコテンパンにされたんだよ。その後に妻に説得されてトレーナーになったのさ」
レジーはマスターにビールを頼んだ。すぐにビールのジョッキとつまみのピーナッツの小皿が置かれた。ぐいっとレジーはビールを飲んだ。あまりの豪快さにトッドはボクサーより山賊のボスが似合っているなと心の中でくすりと笑った。
「で毎年ロサンゼルスにある先生のニンジャのドージョーに通ったのさ。そこでカレンちゃんとも出会ったが、すごいものさ。元とはいえボクサーの俺が手も足も出ないんだ」
「ニンジャってのはそんなにすごいのか。どんな超能力を使うんだ?」
「特別な力じゃないさ。相手の動きをよく見て、相手の力を利用して敵を討つ。簡単なことだがこれが実に難しい。こいつはボクシングだけでなく、人生にも応用できるのさ。ミヨシ先生は俺の人生の師匠だよ」
トッドの言葉にレジーはそう返した。レジーはビールを飲み干すと新しく注文した。すぐにビールが置かれる。
「だからあの動画は作りものだね。カレンちゃんにしちゃ動きのキレが悪すぎる」
「さすがレジーね。よく見ているわ」
セラは感心していた。彼女はボクシングに興味はなかったが、レジーと知り合ってからはボクシングを見るようになった。特にレジーの教え子の試合はよく見ていた。
「それがどうかしたのか? 動画が作りものだとしても何をしたいのかよくわからんね」
「まあ俺も同じだわな。けどロサンゼルスで騒がれているブラッククノイチ、あれはカレンちゃんの仕業だね。SNSじゃ写真は一枚もないが、書き込みの内容からして彼女なのは間違いない」
レジーの言葉に二人とも目を丸くした。ピエレッタにバニー姿にされたあの少女がブラッククノイチとは思いもよらなかった。
「彼女がサンタナをこてんぱんにしたのは、複雑だったな。あいつらはニューメキシコに来ていた時知り合ったんだが、悪い奴らじゃなかった。妹分たちを守るためにあえて盗みと暴力を働いていたんだ。まあ犯罪が許されるわけじゃないけどな」
レジーは再びビールを飲み干す。トッドもカクテルを飲み干し、おかわりを注文した。
レジーは不法移民のサンタナたちと出会っていた。当時は自宅のジムに窃盗するために押し込んだが、レジーの拳によって倒された。その後レジーの奥さんが炊き出しをした。
ジムの掃除を終えてサンタナたちはロサンゼルスに旅立った。そして数か月後、妹分たちに永住権が得られたと電話で連絡があり、逮捕された後にサンタナたちも永住権を得られたとのことだ。
レジーは素直に喜んでいたが、現在のアメリカで不法移民が簡単に永住権を得られることに疑問を抱かなかった。奥さんは疑問に思っていたが敢えて口に出さなかった。
「あのハンナ・ゴールドバークもドージョーにいたころは気さくなおばさんだったのにな。大統領になると化け物になっちまうのかねぇ」
「おいおい大統領も弟子なのか? ミヨシ先生ってのはすごい人なんだな」
トッドは素直に感心していた。すると他の客が騒ぎ出した。スマホでテレビを見ているようだ。
セラもスマホを取り出し、テレビを見る。するとそこでハンナ・ゴールドバーグ大統領が演説を始めていた。ユダヤ系で銀髪の縮れ毛に赤いスーツを身にまとっている。全体が太く見えていた。肥満児ではなく岩が歩いているように見えた。銃撃されても銃弾をはじき返しそうな印象があった。
どこか室内にいるようだった。背後によくいる楽団とダンサーは控えていなかった。
『私は怒っている!! 現在ロサンゼルスはブラッククノイチとその仲間たちによって荒らされているのだ!! アメリカを蝕む日本のサブカルチャーの店が襲撃されて喜ばしいのに、奴らはそれを邪魔したのである!! 私はブラッククノイチは日本人であるとにらんでいる!! なので奴が住むリトルトーキョーを潰すことにした!! 一週間後に更地にしてやるのだ!! これは私自身が現場に出て指示することになっている!! そして!!』
ハンナの背後から9人の女性が立っていた。それはサンタナ、セントール、コマンダー、ピエレッタ、アマゾネス、ビーストテイマー、ポーラベア、サートゥル、オーキッド・マンティスだ。
『彼女たちは私の協力者だ。犯罪者呼ばわりされているが、大統領の権限で無罪にした。ついでにナイトシェードは私に逆らったので処刑した!!』
そこに首をくくられた女性が出てきた。血だらけでぶらんと力なく揺れていた。
三人はそれを見て唖然となった。
今回はジャズクラブとレジーを出しました。トッドとセラが恋人になっているのは如月さんの影響です。
カレンの祖父は全米を旅しているので、レジーと接点ができました。サンタナと接点を作ったのは思い付きです。




