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第12話 お前は囚われの虫だ!!

「げほぉ、がはっ、がはっ!!」


 カレンは黒いバニーガール姿で、床に転がっていた。鍛えた形の良い尻としっぽを突き出し、口からよだれをだらしなく垂らして、泣いていた。もちろん演技だ。

 彼女を殴ったのはトッド・ステアーズで、MLB選手だ。彼は右拳を見つめて呆然としている。二人の身長差は大きく、か弱いと思っているカレンを殴って罪悪感が沸いているのだ。恋人のセラ・ローレンはカレンの惨状を見て泣き叫んでいる。


「ひどい、ひどいわ!! 関係ない女の子を殴らせるなんて、あんまりだわ!!」

「ひどくありませ~ん。殴ったのはあいつで私は殴ってないも~ん。そもそも命惜しさに無抵抗の女の子を殴るなんて、本当に命根性が汚いわね~」


 セラの抗議をこの場を支配するピエレッタが笑って流した。自分で命令させて相手を批判する。卑劣なやり方にセラは激怒した。


「あなたみたいな人は天罰が下るに違いないわ!!」

「え~、神はテレビの中にしかいないよ~。私が悪人なら裁きのいかずちで焼き尽くされるはずだよね~、きゃはははは!!」


 ピエレッタは腹を抱えながら笑っていた。周囲の人々は床に座らされ、ピエレッタの部下たちは人質に銃口を向けている。大型テレビジョンではカエルの死骸みたいに蠢くカレンが映っていた。

 女子高生のバニーガールがMLB選手に顔パンと腹パンを喰らい、みじめに床に転がっている。

 実際のところ、カレンにとってトッドのパンチは子供のじゃれ合いと同じだ。顔は殴られた瞬間、首を曲げることで回避し、腹パンも体をまっすぐにして、パンチを喰らった瞬間、くの字に曲げ高校へ飛ぶことで軽減している。

 しかしトッドは気づかない。か弱い素人を殴った衝撃は、彼の心にひびを入れていた。


「うっ、うぅぅ、なんで、こんな目に……、いたいよぉ、助けてぇ……」(まずいわね! これではトッド氏の名誉に傷がつく!! どうすればいい!!)


 カレンは頭を回転させていた。彼女はマゾヒストだが自分だけ楽しむのが好きなのだ。ブラッククノイチとして活動し、自分が暴漢に暴行されるのが夢だった。そのために両親とアンジェリーナの父親、ハワードが経営していたオーディン社の陰の社長となり、資金を調達。教育AIを作成し自分がいなくなっても経営できるようにしたのだ。

 カレンは両親が大好きだった。父親に褒められるのが好きだった。母親と一緒に家事の手伝いをするのが好きだった。それが10歳の時にすべて消えた。両親は交通事故で亡くなり、カレンは心の支えを失ったのだ。自分の体が底なし沼に沈んでいく感じがした。五感がすべて閉ざされ、そのまま永遠の眠りにつくと思われた。

 それがアンジェリーナ、アンジーの言葉で釣り上げられた。彼女は母親がいない。病気で亡くなったのだ。アンジーは亡き母親の形見のブローチをカレンにプレゼントしようとした。だが彼女はそれを拒み、ブローチを床に叩きつけた。ブローチはひび割れ、それを見たアンジーは爆弾のように感情を爆破させ、カレンを罵倒し平手打ちで頬を叩いた。

 その瞬間カレンの体に電撃が走る。アンジーの罵倒と平手打ちが彼女を底なし沼から引き上げたのだ。次の日からカレンはアンジーのいじめに遭うようになった。彼女が主体で学校のクラスメイトはカレンを無視し、後ろから文房具を投げたり、罵倒されたりした。

 それがカレンにとって世界が開けた瞬間であった。アンジーにいじめられるたびに彼女の心は天使の羽のように軽くなった。仏教を信仰する彼女にはお釈迦様の垂らした蜘蛛の糸に引き上げられた感覚だ。


「くそ! お前はどれだけ人を不幸にすれば気が済むんだ!! アニマルに手をかけようとしてしくじったのが悔しいのか!!」


 トッドは激怒した。ピエレッタが起こした最後の事件では同じMLB選手のアニマル・ルーズが殺されかけたのだ。彼にとってライバルの死は望んでいない。アメリカの星を潰して遊ぶピエレッタを憎んでいた。


「きゃはははは!! 私はスーパースターを派手に殺して、みんなの心に刻んでんだよ!! 感謝されても恨まれる筋合いはないね!!」


 ピエレッタは腹を抱えて笑っていた。彼女ゾフィー・シュミットはニューヨークで16歳の頃、両親を殺害されたのだ。ドラッグで頭がおかしくなり、拳銃で撃たれたのだ。ちょうどテレビで両親がインタビューを受けている最中だった。ゾフィーはその場面を目に焼き付かれた。

 これでトラウマになり、心無い親戚にいじめられて孤独になった、わけではない。

 ゾフィーの父親はカレン・ミヨシの祖父ケン・ミヨシの弟子だった。娘には忍術を教えていた。敵と戦うだけでなくいかに生き延びるかを説いたのだ。遺産は知人の弁護士に任せており、ゾフィーは砂糖に群がる蟻のような親戚どもをあしらった。

 

 問題なのはその後だ。ゾフィーの両親はネット辞典に載せられた。ドラック中毒に理不尽に殺された可哀そうな二人と過去を暴露された。ゾフィーはおまけであった。殺人犯は精神病院に送られ、頭痛を悪化させて死んだという。こちらはあっさりと犯人死亡と記されただけだった。

 地味な両親がネットの世界で有名人になった。これが世界的スターが死んだらどうなるか、ゾフィーはそれに憑りつかれた。父親から教わった忍術の他に、大学で習った電波技術を使い、ミラクルを操る方法を見つけた。父親が師匠からミラクルの存在を教えてもらったらしい。蒐集家以外は関わらない方がいいということだ。


 ゾフィーはミラクルの原理を解析し、自分の部下にした。アメリカでは軍や警察、司法に関わるものはミラクルの存在を認識している。ゾフィーはネクロマンサーではなく、ピエレッタと呼ばれるようになったのは、ミラクルの存在を隠すためであった。

 

「このイカレ女!! お前は地獄に落ちればいいんだ!!」


 ピエレッタの過去など知らないトッドは怒り心頭である。理不尽で不条理な理由で、アメリカのスターたちを派手な方法で殺害したのだ。被害者の遺族がどれほど嘆き苦しんでいるのか、赤の他人でもそのつらさがわかる。トッドは女でもピエレッタが許せなかった。


「あっ、そうだ。そこの女、バニーちゃんのお尻を蹴ってよ」

「なんで私が!!」

「やらないと人質がどうなっても知らないよ? 傲慢なシンガーソングライターは犯罪者を刺激するのが大好きで、犠牲者を増やしちゃいましたとニュースに流されたいの?」


 セラがにらむがピエレッタの言葉にぐうの音も出なかった。セラはカレンの尻に軽く蹴りを入れる。

 

「だめだめだめです、もっと思いっきり蹴らないと!!」


 ピエレッタが手下の方を見て、指示を出そうとしていた。セラはごめんなさいと泣きながらカレンの尻を蹴る。彼女にとってセラの蹴りは子供の遊びと同じだ。だがセラの心を確実に削っている。カレンはそれを見て涙をこぼした。


 ピエレッタはカレンの近くに来るとしゃがみ、カレンの髪をむんずとつかみ、引き上げた。

 そしてスマホを見せる。そこにはカレンが床に転がったトッドとセラに蹴りを入れている動画が流れていた。


「すごいよね、ネットではこいつが流れている。腕のいいエンジニアの仕業ね」


 ピエレッタが小声でしゃべっていた。テレビジョンと異なる映像が流れていても顔色一つ変えていない。カレンも驚いていた。同時にトッドとセラの凶行は配信されていないことに安どしている。


「すると相手の狙いは屋上だね。ミラクルたちを操る装置を破壊か、それともプログラムを変えるか……。誰だってそうする、私だってそうする」


 そう言ってピエレッタは両手でカレンの顔を掴むと、強引に口づけを交わした。彼女のファーストキスは犯罪者によって奪われたのだ。もっともマゾのカレンにはご褒美でしかない。


「私はじじいの復讐なんてどうでもいいの。ただ人の心に傷を残したいだけなのよ。あの方のスケールの大きさにほれぼれしたわ!! そのためにはアンタが活躍してくれなきゃだめなのよ!!」


 ピエレッタは頭の回る異常者だ。カレンは彼女の言葉から黒幕がいることを察した。言葉が通じない相手を有無も言わさず言うことを聞かせる。そんな人間は一人しかいない。


 その時、通風孔から何かが飛び出た。さらに白い煙が舞い上がり、部屋は見えなくなる。

 手下たちがいきなり苦しみだした。これは何かがあるとカレンは察する。


「皆さん!! もう大丈夫です逃げてください!!」


 女性の声が響いた。それはカレンの聞き覚えのある声だった。


「アンジー!!」


 カレンが叫ぶ。煙が晴れると人質はすべていなくなった。いるのはピエレッタの手下であるピエロたちだけ。

 カレンが視たのは6つの目がついた銀の仮面に黒いレオタードと、手足は黄色と黒の縞々模様の異様な存在であった。


「私はスパイダークノイチ!! もうお前は囚われの虫だ!!」


 スパイダークノイチが啖呵を切った。唖然となるカレン。ピエレッタは冷静なままだ。


「あらあら見たことないクノイチね。顔をきっちり隠しているからブラックさんとは関係ないよね?」

「ある!! 彼女は私の大切な人だ!!」


 仮面で顔は見えないが怒りをあらわにしていた。手にはシルバーのジュラルミンケースが握られている。


「カレン!! これに着替えなさい!! 新しいスーツよ!!」


 スパイダークノイチが叫ぶ。ここには関係者しかいない。カレンはすぐに状況を理解し、スーツを取ろうとした。だがピエレッタは跳躍なしで高くジャンプした。カレンの目の前に降り立つ。そして彼女の顔面に蹴りを入れようとした。

 しかしカレンは身体を反って回避する。ピエレッタは新たに蹴りを繰り出してきた。まるで鞭だ。縞々模様のニーソックスを履いており、まるで足が伸びている錯覚を受ける。それがピエレッタの手だろう。


 スパイダークノイチは助けようとするが手下たちがおかしい。主人が戦っているのに援護をしようとしない。


「きゃはははは!! ミラクルを操る電波装置に小細工したんでしょうが、そうはイカのなんとやらだよ!! 私はミラクルを操っていない! 彼らにアメリカに復讐しよう、アメリカ人に苦い顔をさせようとお願いしているの!! なのに横から命令されたら誰だってむかつくでしょう!? あんたたちは善意のつもりが裏目に出たのよ!!」


 ピエレッタはカレンに蹴りを食らわせたり、ジャンプしてカレンの背後に回ったりと大忙しだ。ピエレッタは空中殺法を得意としており、素早い動きで翻弄している。

 スパイダークノイチにも警戒しており、彼女が攻撃しようにもすでに姿はなく、後ろから回し蹴りを喰らったりしていた。


 手下たちは苦しみだすと、身体から黒い煙が吹き出た。そして身体が熊のように巨大化し人外となる。次に窓をけ破り、外へ飛び出たのだ。


「きゃはははは!! あいつらは蒐集家を目当てだね!! ミラクルたちってアメリカ人を嫌うけど、蒐集家はもっと嫌いなんだって!! これでミラクルたちはそいつの元に全員集合、狙い通りじゃないの?」


 ピエレッタは飛んだり跳ねたりしながらしゃべった。そうアンジーは最初からそれを狙っていた。正確には父親のハワードの提案だ。ミラクルたちは長年自分たちの邪魔をし続けた蒐集家を憎んでいる。装置には蒐集家のクリスチャン・ジョンソンが命令を下す形になっていた。ミラクルたちは自分たちを操る蒐集家に憎しみを抱き、彼に群がっていったのだ。

 現に下ではパンパンと拳銃の音が鳴り響いていた。クリスがミラクルを撃ちまくり、取りこぼした方をハワードが駆除する形になっていた。


「おじさんは大丈夫ね!! あの人物事に動じないから!!」

「パパは世界一のパパよ!!」


 バニー姿のカレンとスパイダークノイチが叫ぶ。一対二でもピエレッタは動じない。隠し玉を持っているのか?


「きゃはははは!! この私を二人がかりで倒すわけね!! 小娘如きにやれるわけないでしょうが!!」

「やるわ!! この世はレボリューションを求めている!! あなたのようなねじが飛んだ女には無理よ!!」

「この世は刺激スティミュレイトを求めている!! アメリカは、いいえ世界はまともなやつなんかいやしない!! 私たちも含めてね!!」


 ピエレッタが右側に走り出した。そして壁を蹴り、天高く飛んだ。カレンめがけて飛んでくる。

 だがピエレッタは何かに捕らえられた。それは蜘蛛の巣だった。スパイダークノイチが生み出した特殊な糸だ。普段は液体だが、空気に触れると固くなるのである。


「あとは任せたわ!!」

「任せて!!」


 カレンはスパイダークノイチを踏み台にして飛んだ。そしてピエレッタより高く飛ぶと、彼女の首に右ひざを落とした。そしてピエレッタは捕らえられた蜘蛛の巣から、床にたたきつけられたのである。

 ピエレッタは顔面を潰され気絶した。二人の勝利だ。


「他の二人は大丈夫かしら?」


 カレンはドラゴンクノイチとアイスクノイチが来ていることを予測していた。

 すると窓から何かが下りてきた。日本のワイヤーにぶら下がった茶色いスーツを着た女性、コックローチと背中にはドラゴンクノイチを背負っていた。


「お姉さま~。アマゾネスは発剄で倒しましたよ~」

「ビーストテイマーはアイスクノイチさんの冷凍スーツで、鞭を無力化され、勝敗が決まったそうよ」


 コックローチの声を聞き、カレンは相手がマデリンと察した。そもそもなぜアンジーが助けてくれたのかわからない。

 アンジーはカレンからスーツケースを取ると、窓の外から飛び降りようとした。


「あなたは被害者だから残っていなさい。映像は残ってないから安心してね」


 そう言ってアンジーたちは飛び降りた。カレンはバニー姿のまま呆然としていたが、レスキュー隊員が駆けつけてカレンを保護したのだった。

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― 新着の感想 ―
複雑な思いがあるようですね。
いやもう……すごいカオスなんだけど(笑)(笑)(笑) でも、ピエレッタとの激闘のなかでカレンたち各々の熱いドラマも語られていて……これってどう言語化していいのか(笑)4つのスタンプを思わず押しちゃう…
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