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63話 引き金はなに?

「馬鹿げた妄想だこと」


 オリビアはシャーロットの詩的を一蹴する。


「私が犯人ですって? 呆れた……根拠は動機だけじゃないの。誰もが納得する証拠を出しなさい」


 それどころか、くすくすと馬鹿にするように笑い始めた。

 彼女の反応は当然であり、どこまでも計算通りの答えだった。

 だから、シャーロットは普段通りに微笑み続ける。


「動機がなければ、なにも始まりませんもの」


 シャーロットは扇子を自身の口元にあて、こてんと首を傾げた。


「ささいなことでも動機がなければ、人間は行動を起こしませんわ。たとえ悪気がない行いだとしても、なにかしらの動機が絡んでくることは必然なのです」


 たとえば、マリリン夫人の事件。

 夫人は骨董品に目がなかったが、貴婦人としての自覚を持っていた。少なくとも、金銭的に余裕がなくならなければ、あのような時間を起こさなかっただろうし、むしろ、そのような金絡みの事件を起こした者たちに「卑しいわね」なんて言いながら嫌悪の視線を向ける側である。ましては、人殺しなんてできるはずがない。そんな彼女が保険金目当ての盗難詐欺を起こし、庭師を殺害するに至る背景には、必ず動機が存在する。


「ああ、そういえば……そもそもの発端から不自然でしたわね」

「発端……?」

「サリオス兄様。マリリン夫人のことを覚えていらして?」


 シャーロットはオリビアに視線を向けたまま、兄へと話を振る。

 サリオスは突然話題を持ちかけられ、ちょっと驚いたように瞬きをしたが、いつもと変わらぬ調子で言葉を返した。


「忘れるわけがないだろう。まさか、犯罪に手を染めるとは思わなかったが」

「アルバート様もあの方をご存じですわね。夫人のご趣味も」

「ん、あ、ああ」


 アルバートも目を白黒させたまま答える。


「骨董品を収集する夫人だ。確か、少し前にくだらぬ事件を起こして、お前が解決したのだったな。しかし、それが何の関係がある?」

「では、夫人の資金源は?」


 シャーロットは答える代わりに質問を重ねる。

 アルバートは不機嫌そうに眉を寄せた。しかし、そこは腐っても国を継ぐ王子。この国有数の富豪かつ骨董の収集家の収入源は把握していたのだろう。やや間があった後、彼は答えた。


「銀山を所有している。あそこの銀は良質だからな、価値が高い」

「そこなのです」


 シャーロットはとんっと扇子で杖を握る手を軽く叩いた。


「銀山を持っているというのに、なぜ資金繰りに困ってしまったのか。――ええ、身の丈以上の品を買い漁っていたことも否めません。ですが、それを考慮しても、あそこまでの狂言をやるほど切迫するはずがないのです」


 シャーロットはオリビアを見続けたまま言った。

 オリビアの顔色は最初こそ変わらなかった。だが、次第に眉間に皺を寄せるようになり、いまでは気分を害したように扇子で口元を隠している。


「……犯罪者のおばさんの銀山とか金銭感覚とかどうでもいいんですけど」

「あら、気になりません? 骨董好きの夫人を凶行に走らせた根本的な原因でしてよ」


 シャーロットも扇子を広げ、貞淑に笑みを覆った。


「夫人が東洋から取り寄せたばかりの短剣は見事でした。圧巻の美しさと重厚な歴史を感じました。ですが、夫人のコレクションのなかで異質だったことは否めません」


 歴史的に価値のある古書、ため息をつきたくなるほど美しい絵画、惚れ惚れするほど麗しい壺、気品漂う宝石を嵌めこんだアクセサリーに力強い彫刻――あの邸宅はひとつの美術館と評価してもふさわしい量の美術品が集っていた。しかし、剣はあの一本だけ。最近取り寄せた一本きりだった。


「我が国においても、美術品に昇華した剣はありますのに……そこに見向きもしなかった夫人が剣を購入した理由も気になりますわね。いえ、理由は分かりますのよ。多額の保険金をかけるためだということは……剣でしたら、庭に数年埋めても絵画に比べて損傷が少なそうですものね」

「だーかーら! それと、なにが関係あるっていうのよ!」

「何者かが破格の値で入手し、それを夫人へ横流しをしたと考えております」


 夫人が剣を見せてくれたとき、恍惚とした表情で告げた言葉を思い出した。


『この子を迎えるためにね、相当苦労したわ。玄関前の彫刻全部よりも遥かに高かったの。でもね、一目惚れよ。私がお迎えしなくちゃって思ったら、ぽんっと出せたわ』


 確かに、その言葉にふさわしいほど価値のあるものだった。

 しかし、保険金目当てに罪を犯すほど切羽詰まった人が購入できるのだろうか? もちろん、欲望が現実を上回ってしまった可能性は大いにありえる。保険金をかけるために、あえて購入したということも理由の大部分を占めていることだろう。しかし、それならば壺でも良かったはずだ。あの家には、他にも多くの壺があったのだから。むしろ、その方が数年後に「見つかった」とか「戻ってきた」とか適当な言い訳をつけて、再度飾ることにしても違和感がない。山のなかに木を隠すように、きっと大々的に吹聴しなければ目立たないことだろう。


「それに銀山……採掘量が減ったという話は聞きません。ならば、その銀に対する利益が夫人のもとに入ってこない状況になっていたと考えるのが妥当でしょう。あと、気になったことは……彼女が、なぜ私を招いたのか」


 当時、シャーロットは「昨日まで屋敷が荒らされていなかった証人になってもらうため。かつ知恵比べを挑み、シャーロットが解けずに悩む姿を楽しみたいから」ではないかと推測していた。それも理由の一つの側面には違いないだろう。しかしながら、本当に動機はそれだけだったのだろうか?


「夫人は私が死ぬことを知っていた。3週間もありましたもの。耳に入って当然ですわ。ですが、普通はこのようなこと与太話として片付けません?」


 シャーロットはそう言うと、花弁の刺青がちくりと痛んだ気がした。


「私自身、半信半疑でしたもの――魔法の呪いが発動するまでは。ですが、夫人は確信していましたわ」


 夫人が気にしていたのは、シャーロットが集めた古書の行く先だった。「修繕が終わっていない本だから」といった理由で手に触れさせてもらえなかったし、強盗狂言の直後も本棚にはこれまで集めた貴重な書籍が整列していたことから考えても、読書するかどうかは別として、本に対する愛情はそれなりに抱いていた。だからといって、すぐに「本を譲って欲しい」なんて話に飛躍するのだろうか?


「いまの私のように、みるからに身体に衰えがあれば、魔法を信じようと思うことでしょう。ですが、当時は花弁が一枚たりとも落ちていませんでした」

「……何者かが夫人に魔法の存在を吹き込んだと?」

「ええ。その何者こそ、貴方ではなくって――オリビアさん?」


 シャーロットは目を細めた。


「アルバート様がパトロンのように資金を提供してくださっていたとしても、限度というものがありますわ。先ほど、兄様が呟かれた通り、家臣のなかには金遣いの荒さを指摘する者も少なくありません。ですが、貴方が資金に苦労しているなんて話は聞いたことがありませんわ」


 少なくとも、新しい衣装を毎日取り寄せても不思議ではない振る舞いをしていることは確かである。

 では、その資金はどこから来ていたのだろう?


「夫人の銀山の権利書は調べる価値があると思いますわ。もしかしたら、オリビアさんのよく知った名前に代わっていることでしょうから」

「あのねぇ、いい加減にしてくれません!?」


 オリビアはだんだんと床を踏みながら苛立ちをぶつけてきた。


「なんでもかんでも私を悪者にしたいみたいだけど、本当うんざり! ぜーんぶ推測じゃない! どこにも証拠なんてないのに、名誉棄損よ!」

「証拠ならありましてよ」


 根拠だの完璧な証拠だの言うものだから、シャーロットは肩を落とした。本当は1から10まで説明をして、逃げ道を完全にふさいでしまいたかったが仕方あるまい。

 シャーロットは目を落とした。足元には、礼儀正しく座り込む黒犬がいた。背筋をぴんっと伸ばしてはいたが、わずかながら甘えるように足に体重を預けている。そこから仄かな温かさが伝わってきていた。

 犬は自分が見られていることに気づくと、「どうした?」と返すかのように緑の目を向けてくる。

 シャーロットは小さく頷き返すと、再び顔を上げた。


「この子の鼻です。臭いは嘘をつきませんわ――ですわよね、陛下」



 シャーロットは静かに言い切った。

 これまでずっと口を開かず、黙したまま座り続ける国王へと。







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