53話 再びの王都
数か月前と比べ、王都はますますの賑わいを見せていた。
一番の要因は、アルバートとオリビアの結婚式が間近に迫っているからだ。結婚式まで、すでに半年を切っている。街のいたるところに飾りつけが施され、ちらほらと観光客向けの土産物店には結婚式に関わるグッズの準備が進められている。
メインストリートや広場にたたずむ木々には、金色や黄色のリボンで飾られている。ちょっと見た目がくどく、他に差し色をすればよいのにと思ってしまう。
「……オリビアさんを表してるのかしら」
シャーロットは馬車の窓から外を覗き、小さく息を吐いた。
金色といえば、アルバート。
そして、黄色はオリビアの瞳。
2人のイメージカラーで飾っているのだろう。
元はといえば、アルバートの金色とシャーロットの青で王都を彩る計画だった。何年もかけて王国でも有数のデザイナーが話し合い、国を挙げて祝う計画を立ててくれていた。だから、本来なら金と青でこの通りも飾られていたのだろうと想像する。
きっと、突然の婚約破棄&結婚相手の変更にデザイナーも唖然としたことだろう。彼らからしたら、数年がかりで精力を傾けて企画したデザインを1から考え直さなければならなくなってしまった。それも、たった1年で。いや、1年以下だ。資材や諸々を準備しなければならないから、この半年は休む暇などなかったに違いない。
国の威信をかけてのお祝いなのだから、元の計画を流用すればいい、なんて簡単にはいかないのだ。実際、元の計画を流用して木々を飾った結果、金と黄といった似た色で飾ることになってしまっている。せめて、金と銀にすればよかったのにと思ってしまうが、それだとオリビアの色が入らない。彼女の髪の色は黒。黒だと死を連想するので、避けられたのだろう。では、アルバートの色を変えたら良いと思ってしまうが、それはそれで資材の手配を一からしなおさなければならないし、なによりアルバートが許さない。
そもそも、最初にデザイナーから「アルバート様のイメージカラーはどうしましょう?」と尋ねられたとき、彼は間髪を容れずに「金」と答えた。アルバート曰く、「王といえば、金が似合う者でなければな」とのことだ。
つまるところ、愛しのオリビアがいたとしても、自身のテーマカラーを変えるとは到底考えられない。
その結果、この飾りつけになったのだ。
「デザイナーの皆さん、デザイン変更分のお給金も支払われるといいのですが」
「それは無理じゃねぇの?」
ロイが呆れたように言った。
前の席も空いているのに、シャーロットの隣に腰を降ろしている。長い脚を窮屈そうに組み、三角の耳をぴくぴくと動かしていた。
「あの殿下がさ、ちゃーんと支払うと思うか?」
「殿下は気にしないでしょうけど、国王陛下は気を配ってくださると……私は信じていますよ」
「お嬢さん。その言い方じゃ、そんなことしねぇって確信してるみたいじゃないか」
ロイがにやっと笑ったので、シャーロットは肩をすくめて返した。
「そもそもの発端は、国王陛下が婚約破棄を認めてしまったからこそ起きてしまったことです。まあ、陛下が認めずとも、殿下は婚約破棄をしたでしょうけど」
アルバートが暴走する前に、陛下が手を打った――と考えれば良いのかもしれないが、やはり詰めが甘すぎる。もう少しどうにかならなかったのだろうか、と車窓に流れる街路樹を眺めながら、もう一度息を吐いた。
「……幸せな結婚生活が送れるといいのだけどね」
少なくとも、デザイナーたちは怒り心頭だろう。
こういうことが積み重なり、いつか爆発しないことを祈るばかりだ。もっとも、その頃には自分は命が尽きてしまっているから、この目で確かめることはできない。そのことに後悔はないし、どうにでもなれと思ってしまうが、唯一――本当に唯一心配なことは、ロイのことだ。自分が亡くなれば、ロイは本来の仕事に戻ることになる。彼の舌にかけられた魔法を考えれば、王家が危機的状況に陥れば陥るほど働かされ、王家に使い潰されることになるのは火を見るより明らかだ。エイプリル家は沈みゆく船から逃げることができるだろうが、ロイは最期の瞬間まで逃げることは許されない。
そのことを考えると、どうにかしなければという想いに駆られてしまう。魔法について調べたい気持ちも強いが、それと同じくらい今回の泥船から彼を救いたいと感じている。
そのためには、まず情報が必要だ。
シャーロットたちを乗せた馬車は、アンナと待ち合わせしている喫茶店に向かっている。喫茶店といっても一般市民が訪れることはできない会員制の店だ。個室になっており、密談によく利用される。庶民的な店で話し合っても良いのだが……。
「あ……」
そこまで考えたとき、メインストリートの路地の隙間に信じられないものが目に入った。見てはならないものを目にしてしまったかのような感覚に陥り、思考が一瞬白く染まる。
「お嬢さん?」
ロイもこちらの変化に気づいたのか、不思議そうに視線を向けてくる。だが、そのときには路地は遥か後ろに過ぎ去ってしまい、ロイがその光景を目にすることはなかった。
「なにを見た?」
「……倒れる人を」
「酒の飲みすぎじゃねぇの?」
「……いいえ」
そもそもここはメインストリート。
王都の威信をかけた城へと続く大通り。酒で酔いつぶれるような店は、もう少し奥まったところにあるはずだ。だから、そもそも――酒で酔いつぶれるような人が路地から見えることはない。
「仮に酒を飲み過ぎて倒れたのでしたら、酔っぱらって顔色が赤くなっているはずですよね。もしくは、二日酔いで青くなっているはず」
「どちらでもなかったのか?」
「どちらかといえば、青白かったですけど……あれは……」
そこまで口にして、シャーロットは首を横に振った。
「憶測で言葉にしたくありません。もう少し調べてから……アンナに王都の近況を聞かなければ」
シャーロットは奥歯を噛みしめる。
実際に自分の想像を言葉にして、そんなありえないことを現実にしたくなかった。
まさか、王都のメインストリートに続く路地に薬物中毒者が多数転がっていた、なんて……とても信じられることではないのだから。
更新が遅くなってしまい申し訳ありません。
次回は9月14日に更新する予定です。




