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48話 使用人の家


 エイプリル邸の裏側には、使用人のための住居がある。


 三階の通路の奥まったところにある緑の扉、その向こうは使用人のための世界だ。シャーロットが普段は決して足を踏み入れないところだし、彼らも裏の場所として見せないように忙しくとも扉を開け放つことはない。

 本来なら使用人はここに住まい、日々の業務を行うことになるのだが、何人かの使用人は屋敷の麓から通っている。今回、長い休みをとっている2人は両者ともに通い組の使用人だった。


 シャーロットたちが件の使用人――庭師のグリーングラスの家に着いたのは、日が傾き始めた頃だった。使用人とはいえ、貴族の屋敷に勤めることもあり、それなりに立派な家である。小奇麗な前庭は一般家庭にしては大き目な広さがあり、裕福であることがよく分かった。ただ、外に出ることがかなわぬほど具合が悪いのか、郵便受けには数日分の新聞がはみ出ており、問題の悲惨さを感じられる。


「あー、本当に大丈夫なのか?」


 ロイが郵便受けを一瞥し、嫌そうに顔を歪めた。


「さあ」


 シャーロットは素っ気なく返しながら、彼に布を差し出した。


「とりあえず、口と鼻を覆いなさい」

「毒が原因なんだろ? 感染するもんじゃないなら、別に……って、そんな顔をするなって。ちゃんとするから」


 ロイは不満を口にしながらも、口元を布で覆い隠した。

 シャーロットも同じように巻こうとするも、うまく結ぶことができなかった。もともと器用な方ではなかったが、それでも指先が硬く、これも呪いの影響なのかと諦観する。たまに本をめくるのも大変になってきたので、この仕様だけは相手に恨み言の一つや二つを零したい気分だ。魔法をその身に浴びたことは、これに勝る喜びはないけど、本が読めないのは数少ない癒しが奪われたように辛く感じた。

 そんなことに思いを馳せていれば、ロイが「貸してみろ」とあっというまに結んでくれた。


「ありがとうございます」

「礼には及ばないさ。お嬢さんが困ってるなら手伝うのは当然だろ」

「それをさらっと口にできる人は少ないですよ」


 シャーロットがそう告げれば、ロイの顔に驚きの色が広がった。まるで、信じられないものでも見るような目を向けてくる。


「お嬢さん、大丈夫か? なにか悪いもんでも食べたのか!?」

「いえ、いつも通りですけど……私、そこまで奇妙でしたか?」

「奇妙つーか、お嬢さんがそういうこと言うのって珍しいというか……違和感あるっていうか……」


 ロイは申し訳なさそうな声色で話すも、目は興味深そうに光っている。

 シャーロットはこちらを観察するような色に気づいていないふりをして、玄関戸口を軽く数度叩いた。


「ごめんくださいませ」


 声をかけるも返事がない。

 しかし、郵便受けに手紙を取りに来ることもできないほど弱っているのであれば、これは仕方ないのかもしれなかった。シャーロットはロイに目配せをすると、ロイは体重を扉にかけるように押し開けた。


 扉が開いた瞬間、部屋に充満していた煙や埃が一気に襲ってきた。布で口元を覆っていてもなお、思わず咳き込んでしまうほどだ。それにくわえ、昼間だというのに真っ暗で中が良く見えない。


「――ッ!!」


 まっさきに動いたのは、ロイだった。

 こちらが指示を飛ばす前に、窓があると思われる場所に飛びつき、なかば叩き割るように窓を次々と開け放った。窓が開いた途端、どんよりと溜まっていた悪い空気は、新鮮さを求めるように窓の外へと消えていく。それと共に、窓から差し込む陽の光のおかげで、部屋の様子が一望できた。


「……ちょっと、ひどいわね」


 一人暮らしとは聞いていたが、その汚れっぷりは思わず眉をひそめてしまう。

 床には埃がいたるところにこびりつき、天井の隅に目を向ければ蜘蛛が巣を張っているのが見てとれる。テーブルには食べかけの缶詰やカビたパンと一緒に、葉巻の吸い殻が山盛りになった灰皿が鎮座されていた。


「これ、食中毒を起こしても仕方なくってよ……」


 シャーロットの口から独り言が零れ落ちた。

 長期欠勤からヘンリーの追っている騒動と関係あると睨んでいたが、その推理が間違っていたのではないかと若干の不安に襲われる。


「ロイさんは家主を探してください。私は、ちょっと調べ物がありますので」


 杖をつきながら、台所へと思わしき場所へと歩みを進める。気をつけないと、床に散らばった瓶で転んでしまいそうだ。シャーロットは注意を払いながら、台所に足を踏み入れた。こちらもひどい有様で、貯蔵箱にはほとんど何も入っておらず、鍋には何か月前に煮込んだのか分からないスープと思わしきなにかが溜まっていた。


「でも、アルコールの類はなさそうですね」


 瓶のラベルはどれも果実水やジュースという嗜好品であり、酒は全く見当たらなかった。

 最近流行の毒物混入事件の拡大方法がアルコールだという仮説は、完全に崩れることになる。それと同時に、あまり使われた形跡のない真新しいナイフの隣にも散らばる葉巻の殻に目を向け、やんわりと口角を上げる。


「やはり、これは……葉巻ですわね」


 子どもが摂取しないものは、なにもアルコールだけとは限らない。

 葉巻だって、子どもは吸うことを許されないのだ。


「きっと、葉巻の葉が……毒なのでしょうね」


 さあ、その正体はなにか。

 シャーロットは葉巻の吸い殻を慎重につまむと、持参した袋に仕舞うのだった。







次回更新は3月8日に延期します。間が空いてしまい、申し訳ありません。

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