47話 毒を食らわば皿まで
「でも、1つだけ……腑に落ちませんわ」
シャーロットは歩みを一度止め、呟きを漏らした。
口の端から戸惑うように零れ落ちたような呟きだったが、ロイが聞き落とすことはなかった。すぐに不思議そうに目を瞬かせ、どういうことだと問いかけてきた。
「珍しい。お嬢さんにも見通せないことがあるなんて」
「……私は占い師でも魔法使いでもありませんのよ」
シャーロットは小さく肩を落とした。
「毒の種類ですわ」
別に隠すほどのことでもないので、下手に誤魔化すことなく告げる。
「ヘンリーが総力を挙げて調査しても、おそらく毒によるものだと分かっても、その種類まで特定できないのはおかしな話だと思いましたの」
「そりゃ、この地域の騎士が不勉強……ってのは、ないな! 悪い、それはないな!」
ロイがへらっとした調子で言いかけたが、こちらの顔色に気づいたのかすぐに否定する。
不勉強なわけがなかった。
まがりなりにも、エイプリル侯爵家のお膝元で、職務に忠実ではなく、真面目に職務を遂行できないような騎士が許されるはずがない。そもそも任官の時点で、体力や剣の技術はもちろんのこと、かなりの教養が求められる。故に正規の騎士としてそれなりの地位にいる時点で狭き門を突破してきたエリート。毒に対する基礎知識は持ち合わせてあるはずだし、その彼らが分からないはずがないのだ。
「……1つ考えられるのは、なにかしらの情報操作が行われていることです。もしくは……未知の毒が使われているか。はたまた、その両方か」
「そりゃ、前者だ。知らない毒より現実的だ」
「そうですよね……」
一応、この地域の騎士の名前は頭に入っている。
そのなかに、今回の犯人も隠れていることは大いにありえる話だった。
だが、それこそ「何故」という疑問が脳裏を過る。治安を守るはずの騎士が、わざわざ街を混乱させる理由が分からない。もちろん、本性は人が困っている姿を見ることが好きな悪党だという可能性もあるが――。
「誰かに脅されているのか。それなら、どうして脅されたのか」
「犯行の一部を見られてるとか?」
「その可能性はありますわ」
そこまで答えたとき、シャーロットの口元に微笑が浮かんだ。
「……不思議ですね」
「不思議? なにが?」
「貴方のことですよ、ロイ・ブラックドック」
きょとんとしている彼の顔を見上げていると、おかしさが込み上げてくる。
「本当、不思議な人だこと」
この人と話していると、自分の考えが整理されていく気がする。自分で考察し、物事を推理することは常だったので、これは不思議な感覚だった。
「どのあたりが? あんまり、そういうこと言われたことないんだけどさ」
「そういうところです」
困惑しているロイに対し、シャーロットは言い切った。
もっとも、不思議に思える理由は他にも二、三あるのだが、それをここで口にしようとは思えない。なので、早々に話を切り上げ、シャーロットは再び杖を突いて歩き出した。
「話は戻りますが、今回の毒殺未遂事件の子どもの被害者が少ないと資料に記されていたということを覚えていますか?」
「そりゃ、まあ、覚えてるぜ」
ロイは釈然としていない様子だったが、頭を掻きながら答えた。
「子どもは摂取しないっていうから、酒に毒が混入されてたって推理してたよな。まあ、お嬢さんのことだ。それは違うって確認してるんだろ? 顔に描いてあるぜ」
「そういうことになりますね」
シャーロットは歩みを緩めずに頷いた。
「もし、この屋敷で働いてた方も被害者の1人であるなら、酒はありえないでしょうね。下戸だったらしいですから」
そうなると、残された方法は1つ。
毒を盛った方法は大方の予想ができた。
ともなれば、犯人に辿り着くまで時間はかからない。
しかしながら、肝心の毒の種類が不透明のまま突き進んで良いものか?
一応、どのような毒を仕込んでいるのか想像はつくが確定してない現状、根拠のない自信は楽観となり、自分の足元をすくわれかねない。
ならば、どうするべきか。
「いっそのこと……」
毒を食べてしまおうか。
そんな言葉が、シャーロットの脳裏をよぎった。
毒を食らわば皿まで、なんて言葉がある。
どうせ残りわずかな命なのだから、件の毒を自ら煽るのも一興かもしれない。自分が実験台になることで毒の種類が特定できるのであれば、これは安いものである。
それに、万が一……使用された毒が未知のものだとすると考えると、好奇心がくすぐられ、わずかに心が躍った。それが神話や伝説の生物による毒だったり、失われた魔法由来のものだとすれば、喜び勇んで毒を食せる。
だが、そのことを口にしたが最後、周りの人たちは止めに来る。特に間違いないのは、いま自分の目の前にいる男は声を荒げながら「考え直せ」と迫ってくる光景が目に浮かぶようだ。
「……」
この男がとる行動は自分のことのように推測できるし、それが誤ったことはない。ただ、理解できないのは何故?という一点だ。行動も思考も読めるのに、なぜその思考に辿り着くのかいまだに分からない。思考の理由が曖昧なのに、行動を先読みできるというのは、なんとも不思議な感覚だった。
そもそも、なぜこの男は自分を助けようとするのか。
概ね見当はつくが、その結果として「結婚しよう」とか抜かすのか。最初は憐れみかでまかせかと勘繰っていたが、どうも彼の抱く感情は本気のそれに近いらしい。
そこが、まったく理解できないのだ。
おそらく、その理由を突き止めるため、彼に深入りしたが最後、いまの関係が崩れてしまう。これもまさに「毒を食らわば皿まで」である。
こちらの方は躊躇する自分がいた。
彼の心中を覗き込み、引きずり込まれるくらいなら、本物の毒を食した方がマシである。
だから、ロイ・ブラックドックは不思議な男である。
「おーい、お嬢さん? なんかボヤッとしてない?」
「いえ、そのようなことはありませんわ」
シャーロットは平然とした顔で答える。
「とにかく、まずは、体調不良で休んでる者の見舞いへ行きましょう」
シャーロットは言い切った。
そこで不透明を確信へ変えてみせる、その気持ちを込めるように。




