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46話 毒はどこから?


「それで、どのような毒を使われてますの?」


 シャーロットは杖をつきながら椅子に座り直した。


「すべてヒ素によるもの?」

「残念ながら違うようなんですよ」


 ヘンリーは汗をかきながら、いそいそと分厚い資料を手渡してくる。ちょっとした辞書ほどの厚さの資料には、紙の隅から隅までびっしりと文字が連ねられていた。こちらが想定していた以上に患者の病状や生活が細かく記されており、シャーロットは思わず感嘆の声を漏らしていた。


「……意外。これだけ調べられているのでしたら、分かりそうなことなのに」

「そうなんですよ! 我々も全力を尽くして調べているのですが、毒の種類すら見当がつかないのです」


 ヘンリーが本当に疲れたように呟く言葉を遠くに聞きながら、ぱらぱらと資料をめくっていく。シャーロットは自分の後ろからロイが覗き込んでくるような視線を感じたが、気にせず読み込んでいった。しばらく背後から読んでいるようだったが、やはり、ロイはシャーロットの読むスピードについて来れなかったのだろう。彼は諦めたように息を吐くと、ヘンリーと話し始めた。


「あのさー、毒ってことは、被害者はそれを食べたってことだよな?」

「そうですね、実際に食事のあと症状が現れたということからも可能性としては経口摂取だと思われます。ですが、食べてたものに共通点があまりないんですよ」

「水は……いえ、違いますね」


 シャーロットが口を挟みかけ、すぐに否定した。


「井戸の水は、すでに調べてあるときましたか」


 めくったばかりの調査資料に目を向けながら、淡々と続けた。

 こういうときには、まず水を調べてみるのが筋。水を飲まない人間はいないし、何人も倒れているのであれば、まず水源を疑うのが定石だろう。だが、資料によると、採取した水から特に変わった物質が発見されなかったと記載されている。同じく、近隣の川や湖からも毒物らしきものが発見されなかったと書かれており、水に毒物が混入していた説はないと考えていいだろう。


「そうなると、他の食べ物に含まれていたとも考えられるけど……パン屋や八百屋、他の食料品店も調査が済んでいるのであれば、他の経路から毒を摂取したと」


 朝食、昼食、夕食後と症状が現れる時期が異なるのも気になる。

 時間が変われば食べる物も量も変化してくるし、それなりに大きな街とはいえ食文化に特別な差があるとも思えない。


「そもそも、犯人の目的が分かりませんわ」

「そりゃ、毒で苦しむところが見たいんじゃねぇの?」


 シャーロットの呟きを拾ったのは、ロイだった。


「もしくは、なにかしらの混乱を引きおこすのが理由とか? 私怨とか復讐なら、こんなに大多数の人間に毒を盛ることはしないって」

「ざっと20人近くは被害者がいますからね」


 シャーロットは資料に目を落としたまま会話を続ける。


「共通点といえば、同じ街に住んでいるというくらい。あと、子どもがいないということかしら」


 そこまで口にして、はたっと気づいた。


「どうして、子どもに被害者がいないのでしょう?」


 たとえば、食事に毒が混入されていたとする。

 貴族ともなれば、両親や子どもが別々に食事をとることも珍しくないが、庶民は同じ食卓を囲むもの。ともなれば、必然として親と同じ物を摂取すると考えられる。にもかかわらず、子どもが一人もいないのは気になるところだった。


「でもさ、お嬢さん。一人暮らしの奴ばっかりが狙われたって可能性もあるぜ?」

「いえ、7件中4件に同居している家族がいると書いてありました。食べ物に混入されていたのだとすれば、子どもが口に入れないものだと推察できますね」

「となると……酒か!」


 シャーロットが口を閉じた瞬間、ヘンリーが満面の笑みを浮かべた。


「ご協力、感謝いたします! これで捜査が進展します!」


 ヘンリーはそう言うと、こちらが声をかける間もなく駆けだしてしまった。あまりにも急ぐものだから、お茶を持ってきた侍女と危うくぶつかるところだった。


「……まったく、ヘンリーったら」


 シャーロットはうなだれる。

 あくまで仮説の1つを口にしただけなのに、それが答えだと思われては困る。早期解決を望んでいるのは重々承知しているが、1つの答えに飛びつくのもいかがなるものなのだろうか。


「まだ資料もすべて読み終わっていませんのに……」


 小さく肩を落としたが、すぐに気持ちを切り替える。

 シャーロットは、たったいま入って来た侍女に目を向けた。


「ちょっと質問があるのだけれど、時間はいいかしら?」

「はい、どのような質問でしょう?」

「屋敷で働く人のなかで、具合の悪い人はいます?」

「そうですね……」


 侍女は不思議そうに瞬きをしていたが、ややあってから首を縦に振る。


「庭師のグリーングラスさんと雑用係のブラックさんの体調がすぐれないと聞きました。特に、グリーングラスさんは1週間は顔を見せてないです」

「2人とも、酒は嗜んでいたかしら?」

「分かりません……あ、でも、グリーングラスさんは下戸だそうですよ。酒付き合いが悪いって、厨房のケチャップ君が話していました」


 侍女はそこまで言うと、「これでよろしいでしょうか?」と確認してくるので、シャーロットは頷いて返した。


「ありがとう、もう行っていいわ」


 シャーロットは去っていく侍女の後ろ姿を見つめながら、にやりと口元に弧を描く。


「お嬢さん、よからぬことを考えてないか?」

「よからぬことなんて、とんでもないわ。私がしたいのは人助け。ついでに、私に死のドレスを贈った不届き者をあぶりだすということよ」

「……絶対、お嬢さんの目的は後者だろ」


 ロイの呟きを聞かなかったことにして、シャーロットは立ち上がる。


「さて、犯人逮捕といきますか」


 毒の摂取方法は、だいたい絞り込めた。

 さくっと犯人逮捕して、動機を聞き出すことにしよう。





次回は12月29日の夜に更新予定でしたが、申し訳ありません。1月12日に延期します。

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