45話 死のドレス
「とりあえず、箱を置きなさい。慎重にね」
シャーロットが侍女に指示を出せば、彼女は扉のすぐ脇に箱を置く。「死のドレス」入りの箱を持つのは熟練の侍女で、普段はなにがあっても顔色一つ変えないのだが、中身の正体を知った瞬間から額に汗を浮かべていた。
「貴方は自分の仕事に戻りなさい。それから……ヘンリー、そこにいるのでしょう?」
シャーロットは目を細めると、開けたままの扉に視線を向ける。
すると、静々と退出する侍女と入れ替わるように、扉の影から壮年の騎士が背を屈めながら入ってきた。
「いやー、さすがはシャーロット様。まさか、一発で見破られますとは」
「御託は結構」
シャーロットはヘンリーの愛想笑いを一瞥する。申し訳なさそうな低姿勢はとっているものの、右手には持ちきれんほどの書類を抱え、左手にはぱんぱんに膨らんだ鞄を握りしめているところから見るに、最初は断られること前提で訪ねてきたに違いない。実際、シャーロットはここのところ客人との謁見はすべて断っていた。ここのところ、シャーロットの噂を聞きつけた者たちが手紙どころか前触れもなく、訪ねてくることが多々あるのである。
正直、自分に残された時間のことを考えると、彼らに貴重なリソースを割くだけの価値があるとは思えない。いままでのは、自分の上に降りかかる火の粉を振り払うためにやったまでのことだ。申し訳ないが、誰彼問わず助けようと手を伸ばすようなお人よしではないのである。
とはいえ、無下にすることはできないので、直接話を聞くことはないが、要点をまとめた手紙などから推察し、返信するようにしている。
「それで?」
シャーロットはヘンリーに座るように促すと、自身も腰を降ろした。
「……私に死のドレスを贈るとは、どういうことです?」
「あー、お嬢さん、ちょっと待ってくれ」
シャーロットがヘンリーに話を聞く前に、ロイが待ったをかける。
「死のドレスって、どういうことだ? 俺の前には、綺麗なドレスにしか見えなかったが」
「……あの色は、ヒ素の色なのです」
「ヒ素」の単語を耳にした途端、ロイの顔色は一変した。
「ヒ素ってことは、毒のドレスってことか!?」
「数十年前に、王都で流行ったのですよ」
シャーロットは肩をすくめた。
精霊が住まう深い森を連想させるような緑色は、誰が見ても実に美しい。その美しい色合いをドレスとして纏ったら、それはそれはすべての人の目を惹くことは間違いないだろう。事実、淑女たちの間で件のドレスは瞬く間に流行り、その全員が毒に倒れた。たとえ、口から摂取していなくとも、全身毒を身に纏っているのだから、体調に影響が出るのは至極当然のことだった。
「すぐに彼女たちが倒れた理由は解明され、このドレスを作ることが禁止されたのです」
「ってことは、そのルールを破って、新しく作った奴がいるってことか?」
「いいえ、それは違うでしょうね」
シャーロットは首を横に振ると、一瞬だけ見えたドレスの縁取りを思い返した。
「袖の先にフリルがついていたでしょう? いまの流行ではありませんわ。むしろ、『死のドレス』が流行っていた頃のデザイン……新作ではなく、骨董品ですね」
「シャーロット様、その通りでございます」
シャーロットが呟けば、ヘンリーがしきりに頷く。
「私どもの見識でも、数十年前に制作されたものだという結論になりました。もちろん、ヒ素の毒に触れぬよう、慎重に取り扱って調べましたのでご安心を」
ヘンリーは笑っていたが、シャーロットの顔色を見ると、徐々に声をしぼませた。
「……実は、最近……毒物と思われる事故・事件が増えてましてね。この街を中心に……それで、毒の入手経路を探していたところ、郵便会社の倉庫からこのドレスが発見されたのです」
「つまり、何者かがドレスを贈ろうとしていたと?」
まだなにも詳しい話を聞いていないので、毒が流行っている理由は分からない。だが、死のドレスを贈るとなると、決して良い意味のはずがない。それこそ、マリリン夫人のような収集家相手であれば話が変わってくるけど、それ以外となれば殺意があると見られてもおかしくないはずだ。
「誰から誰に?」
「それが……シャーロット様宛だったのです」
「私?」
シャーロットは思わず眉をしかめた。
すると、ヘンリーは白い手袋を嵌めながら立ち上がり、箱を軽々と持ち上げる。
「ほら、ここ。ここに宛先が書いてありますよね」
ヘンリーが差した場所を注視すれば、確かに「シャーロット・エイプリル様」という文字と住所が乱雑に殴り書きされていた。
「差出人は?」
「それがないんですよね……ですが、消印を見てください。城が大きく描かれているでしょう? おそらく、王都で投函されたものだと推察されますが、心当たりは?」
「心当たりがありすぎて、絞れませんわ」
シャーロットがおどけた口調で言うも、ヘンリーが真剣な目をしていたので肩を落とした。
「私に恨みを持つ者は大勢いますもの。1人、1人アリバイやらなにやら調査していたら、その前に私が命を落としてしまいますわ」
「シャーロット様には、送り主を特定していただけると助かるんですよ」
ヘンリーは箱を置くと、頼み込むように両手を合わせた。
「新聞には箝口令を敷かせていますが、そろそろ限界です。なにせ、1日1人は中毒で病院へ運ばれているのです。秋のキノコの時期でも、これほど病院に中毒者が担ぎ込まれることはありますまい」
「……私につまらない嫌がらせをした相手を特定することで、毒の被害者を防ぐことができるのでしたら」
シャーロットはため息交じりに了承する。
ヘンリーが「本当ですか!?」と目を輝かせ、その場でぴょんぴょん飛び跳ねる勢いで喜ぶ姿を見つめながら、シャーロットは静かに思いを馳せる。
王都には敵が多い。
むしろ、自分に好感を持ってくれる人なんて指の数で足りてしまう。反対に、シャーロットに嫌悪や敵意を抱く者たちは、星の数ほどもいるのだ。もっとも、「死のドレス」なんて代物を送り付けてくるような度胸のある者は少ない。シャーロットに対する怒りを糧に無駄な行動力を起こすような人物は、本当に一握りだった。それだけに、犯人が判明した後のことの方が面倒だと、問題を解く前から脱力してしまいそうになる。
どうか藪をつついて蛇を出すような結末になりませんように――と、シャーロットは祈ることしかできなかった。
次回更新は12月22日を予定しております。




