38話 亡霊
「分かりました。では、私を閉じ込めてくださいませ」
シャーロットは杖を突いたまま、華麗に一礼する。
「この屋敷の一室でいいでしょう。見張りをつけて、閉じ込めなさい」
「シャーロット……貴方、急になにを言ってるの? 犯人だって認めるわけ?」
ヴァイオレットが疑いの眼差しを向けてくるが、こちらは平然と微笑み返した。
「ヴァイオレット様は私が犯人だとお考えなのでしょう? でしたら、自らの容疑を晴らすために隔離されるのが一番。見張りをつけて、奥に閉じ込めておけば安心でしょう?」
「そ、それは困る!」
こちらの提案に対し、真っ先に反対したのは、ダグラスだった。
「エイプリル家の御令嬢を犯人扱いし、閉じ込めるなど……」
「はぁ? お父様、頭がおかしくなったの? こいつが犯人なら――」
「だからといって、憶測だけで監禁したことを知られてみろ。我が家がどうなるのか……!」
ダグラスがそこまで言って、ヴァイオレットもようやく理解したらしい。それでも、まだ不満が残るのか、彼女の目には疑念の色が濃く渦巻いていた。
「では、せめて見張りを。そうね……執事を見張りにつけましょう。彼なら信頼がおけるし、間違いないでしょう?」
「ええ、構いませんわ。では、見張り付きで調査に出向くとしますか――ですが、その前に」
シャーロットはそう言いながら、ゆっくりとヴァイオレットに歩み寄る。
ヴァイオレットや彼女に仕える侍女たちがあからさまに警戒してみせるが、気に留める必要はない。少しでも冷静になれば、杖を突いた小娘が彼女に害することなどできないことなど容易に想像できるだろうに、身を固くするのは――ひとえにこれまでの関係性からだろう。
「忠告だけ、させてくださいね」
その言葉を聞くと、ヴァイオレットが小さく悲鳴を上げるのが分かった。
よっぽど、過去のお茶会での一件が堪えているらしい。シャーロットは笑顔を保ちながらも、内心ほとほと呆れてしまった。
だいたい件のお茶会において「しばらく外を出歩けなかったほどの辱めを受けた」と主張しているようだが、元をただせばシャーロットに非はない。全部、ヴァイオレットの勘違いが招いたことだ。当時、お茶会での話題で、ヴァイオレットが交際を持ち込まれた男性の話が上がったことがあった。ヴァイオレットは未婚の令嬢のなかでも五本指に入るほど美しく、婚約話があとを絶たないことで有名であり、シャーロット主催のお茶会に招かれると、必ずと言っていいほど「有名な紳士に付き合いを申し込まれたけど、釣り合わないから振った」という話を口にする。
『本当、交際を申し込まれるのも大変よ。ちゃんとした殿方かどうか、熟慮しないといけないのだから。シャーロットさんが羨ましいわ。婚約者がいるから、そういった浮いた話がないのでしょう?』
ヴァイオレットは含み笑いをしながら言うのだ。
つまるところ、自分のモテ自慢。最初こそ微笑みながら流していたのだが、何度も何度もやられると鼻についてくる。なので、シャーロットは一度だけ反撃に出たことがあった。
『ヴァイオレットさん、さきほど某国の王子との交際を断ったと申されましたけど、あそこの国に王子はいませんよ? 新聞で王子だと紹介されていた? かの国の伝統で、王位を継ぐ長子は公的な場では必ず“王子”として扱われているのです』
ヴァイオレットはあれこれと言い訳を重ねていたが、結局のところ話を盛っていたことが明るみに出てしまい、一転して淑女たちからの嘲笑の対象になってしまう。この直後、ヴァイオレットは著名な商家に嫁ぎ、シャーロットのお茶会に顔を出さなくなったのであった。
「ヴァイオレットさん、忠告とはですね――」
シャーロットは、そんな彼女の耳元で囁いた。
ヴァイオレットには話に花を咲かせる癖があるが、詰めが甘いので実に見破りやすい。実際、彼女の耳元で“とあること”を囁きかけた瞬間、疑念の色が一蹴され、驚きのあまり口をあんぐりあけていた。
「貴方……どうして、そのことを……っ!?」
ヴァイオレットの問いかけに応えることはなく、シャーロットは部屋をあとにした。
「さてと、まずは金羊通りの芝居小屋に行きましょうか」
かつん、かつんと杖を突きながら、シャーロットは口を開いた。
「私の推理が正しければ、ネザーランド夫人はまだいるはずです」
「お嬢さん、ちょい待てって!」
ロイの声が後ろから追ってくる。
「さっきの奥さんになに言ったんだ? なんというか、めっちゃ青ざめたけど?」
「今回の事件の発端であろうことです」
シャーロットは歩みを止めることなく淡々と答えた。案の定、ロイが息をのむ気配をすぐに近くに感じる。
「もっとも、推測でしかありませんし、ドナルド君の居場所が分かったわけでもありませんから、大きな声で吹聴できませんが」
とはいえ、それなりに確証を得ていた。ヴァイオレットの表情が事実であると物語っているが、物的な証拠がない以上、間違った捜査をしかねない。仮説を確証に変えるためにも、芝居小屋に足を向けなければならなかった。
「ってことは、犯人に目星もついてるってこと?」
「そういうわけではありませんが……そうですね」
シャーロットは一旦口を閉ざすも、ロイにだけ聞こえるほど小さな声で呟くのだった。
「亡霊の仕業ですよ。質の悪い死に方をした、彷徨い人です」




