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28話 来襲


「いいけど、嬢ちゃん……カードやったことあるのか?」


 自称プリンスと名乗っている男性は、じろりと訝し気な視線を向けてくる。

 シャーロットは控えめに歯を見せるように微笑みかけた。


「小さい頃に一度だけ、おじさんがやってるのを見たことあるくらい」

「じゃあ無理だな。初心者を相手にする時間はない」


 そう言うと、彼らは子馬鹿にするように笑った。彼らの笑い方からは王都に来たばかりの小娘としか見られていないことが、手に取るように伝わってくる。シャーロットはそれに気づいていないふりをしながら、どんっとプリンスの隣に腰を降ろした。


「じゃあ、見てるだけ! それでいいだろ?」

「し、しかしなぁ……」

「頼む! 故郷の家族にカードめっちゃ上手い人と話したって自慢したいんだって! なぁ、見てるだけ! 見てるだけだから!!」


 シャーロットはパンっと両手を合わせると、勢いよく頭を下げた。


「しょ、しょうがねぇな……じゃあ、ちょっとだけだぞ。邪魔するなよ」


 自称プリンスが頬をだらしなく赤らめながら観覧の許可を出してくれたので、シャーロットはにこやかに礼を言った。


「おいおい、プリンスぅーだらしねぇ顔をしてんじゃねぇよ」

「お嬢ちゃんを前にいい格好したいのは分かるけどさ、鼻伸ばし過ぎて下手なプレイすんじゃねぇぞ」

「わ、分かってる!」


 プリンスは顔を真っ赤にしながらも、山札からカードを引き始めた。

 シャーロットは彼らがカードを楽しむ姿を熱心に見つめるふりをしながら、プリンスの仕草や行動、言葉遣いを観察した。

 この時点でひとつだけ確かなことは、自称プリンスは王族ではないということだった。

 曲がりなりにも、もともとは王家に嫁ぐ予定だっただけあり、王族の顔と名前はすべて頭に入っていた。変装している可能性を加味しても、既知の王族の顔と一致しない。成人している王族とは顔の骨格がまったく異なっている。そうなると、少なくとも裕福な資産家の男性か貴族の男ということになってくるが、すぐに特定することは難しかった。


(……ボロを出せばいいんだけど)


 シャーロットは、一度会った人物の顔を忘れない。

 未来の王妃となる以上、人との繋がりは何よりも大切になってくる。相手の名前と顔を頭に叩き込み、接することで親近感や信頼感が生まれると聞いたことがあり、必死になって実践したのだが――自分の詮索好きな悪い癖が出てしまい、逆にいろいろと気づいて嫌われてしまったという過去がある。それでも、身につけた技は消えるものではない。一度会った人は決して忘れない――シャーロットの細やかな特技のひとつだった。


(少なくとも、上流社交界にいる人物ではない。だけど、それはおかしいわ)


 カードのめくる姿を興味深げに眺めるふりをしながら、その綺麗に整った手先を注視する。

 剣だこのようなものはない。先の戦で手柄を立て、出世した騎士というわけではなさそうだ。ただ、左手の薬指がわずかに凹んだあとが薄っすら見えるところから察するに既婚者。しかも、それを隠している。ここでカードを楽しんだあと、指輪を外して女遊びに出かけるつもりなのかもしれない。ただ、それ以外は特別特徴は見つけられなかった。ペンを手にする文官職に就いているわけでもないとなると、働かなくても食べていける富裕層に絞られてくるのだが、それはそれで筋が通らない。

 富裕層の男であれば、必ず一度は会ったことがあるはずなのだ。

 建国記念パーティーには、名のある貴族や資産家が子息を連れて一斉に集う。未来の王妃として、彼らとも一度は言葉を交わすものだ。


(公式の場に呼ばれない次男坊……? ますますありえない)


 シャーロットは浮かんできた疑念を即座否定した。

 自称プリンスを名乗る男は少なく見積もっても40代ほど。その年になっても他家に養子にはいることもなければ、独立しないような男性はたいてい修道院で余生を送ることになる。親が亡くなったあと、無意味な権力や遺産相続で争いをすることを防ぐためなのだが、自称プリンスは結婚している。家庭を持っているということになるので、公式のパーティーには招待されるはずだ。そうなると、間違いなく顔を合わせたことがあるはずなので、顔が思い出せないという事態に陥ることがない。


(では、一体……)


 シャーロットが頭を悩ませていると、自称プリンスが雄たけびを上げた。びくっとして身体を振るわせれば、自称プリンスがテーブルに崩れ落ちるところだった。


「くそっー、負けた!」

「はっは! 残念だったな!」

「かわいー嬢ちゃんを横にして油断したな」


 仲間たちは下品な笑い声をあげながら、自称プリンスの手元にあった金貨袋を取り上げた。


「くぅ……次はこうはならねぇからな!」


 自称プリンスは悔し気に言い捨てると、ポケットから小瓶を取り出した。汚れあと一つない指先で器用に蓋を開けると、乱雑に煽った。どうやら液体が入っていたようだが、三口ほど飲むと苦々しい表情で口から外す。


「それ、なに?」

「胃薬だよ、胃薬! これが一番効くんだ」


 自称プリンスがゲップをしながら話すと、周りの男たちが「酒じゃねぇのか?」と揶揄り始めた。


「そう、薬……ねぇ」


 シャーロットは目を細めると、ちらっと酒場の入口へ視線を向ける。

 入口付近には、護衛騎士が呆れ切った顔で酒を飲んでいた。薄汚れた色合いの服装を身にまとい、背中を丸めて一人酒を飲む姿は、栄えある近衛騎士からかけ離れている。彼の姿は自称プリンスより場に馴染んでいた。



 さて、これからどうするか。

 シャーロットが切り込み口を思案していた、そのときだった。


「動くな!!」


 酒場の扉が破れんばかりの勢いで開け放たれ、数人の騎士が剣を構えて突っ込んでくる。あれだけ騒がしかった空間は水を打ったように静まり返り、誰もが目を丸くした。


「ここに、プリンスを名乗る男がいるそうだな!!」


 騎士たちの中央で腕組をするのは、忘れるはずもないアルバート王太子。



 正真正銘本物のプリンスの登場だった。







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