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24話 本狂いの娘の懇願


「お前に調査依頼、だと!?」


 アルバートが心底嫌そうに口にする。


「王族を詐称するなど笑止千万。私もこの件に関しましては、激しい怒りを覚えております。ですが、国王陛下はもちろん、王妃様やアルバート様も自分で満足に調べることのできる時間はないでしょう?」


 シャーロットはわずかに怒りを声色に含ませ、アルバートに訴えかけるように話し続けた。


「私でしたら、王家の事情にも通じております。もちろん、すべてを把握しているわけではありませんので、アルバート様の協力は欠かせないものとなりますが……」

「ふざけるな、お前なんかに……」

「今回の調査に関して、アルバート様の命令はなんであれ従います」


 シャーロットは扇子を閉じ、懇願するように見上げる。


「残り数か月の命を有効に使いたいのです。これまで――私はアルバート様の怒りを買い、オリビア様や他の方々に不快な思いをさせてきました。それこそ、ゼーゼマン夫人らの御病気を『シャーロットの呪い』だなんてありえない噂が広がるまで……せめてもの償いとして、どうか……どうか……」


 シャーロットは目線を落とし、深々と頭を下げた。


「どうか、私に償いをする許可を……」

「ちょ、ちょっと待て! 顔を上げろ!」

「どうか! お願い致します! ご慈悲を!!」


 シャーロットは地面を睨みつけるように、頑なに頭を上げなかった。視界にこそ入っていなかったが、アルバートの焦る気配が伝わってくる。これが自分たち2人しかいないのであれば、アルバートは訴えを断固として受け入れないし、『お前の頼みなんて聞くものか!』と怒鳴り散らすに違いない。

 だが、いまの彼は多くの人の目があることを多少なりとも理解している状態だ。

 真摯に訴えかけてくる淑女を邪険に扱えば、どのような人物として見られるのか嫌でも分かる。おまけに、たった今まで自分の最愛の女性と仲良くしていた場面も目にしている。現に、オリビアがちょっと不満そうな声で窘める声が聞こえてきた。


「いいじゃない、アルバート様。シャーロット様は本当に反省してるんだって! 任せてみましょうよ! ついでに、ゼーゼマン夫人のことも!」

「だ、だがな……オリビア、お前はこの女の本性を知らないんだ」

「建国以来一番の悪女だってこと? いまはそう見えないんだけど。ねー、あなたたちもそうでしょう?」


 オリビアが周りにいた淑女たちに声をかければ、彼女たちも同意する。


「ぐ、ぐぬぬ……か、顔を上げろ」


 アルバートは嫌嫌ながら指示してきたので、ゆっくりと顔を上げる。彼はすっかり苦虫を潰したような顔をしていた。


「わかった。お前に一任する。なにか必要なことがあれば協力するが、2週間で成果をあげろ」

「アルバート様、オリビア様、皆様方! ありがとうございます!!」


 心にもない感謝の言葉を口にし、もう一度、頭を下げようとしたが、それはアルバートによって制される。


「だが、その代わり見張りをつけさせてもらう――そうだな……おい、お前!」


 アルバートは自身の背後に付き従う護衛騎士の一人に目を向けると、前に出るように命じる。


「こいつの見張りをしろ」

「はっ!」


 黒髪の護衛騎士は短く一礼すると、シャーロットの傍に近づいてきた。


「シャーロットが少しでも怠けたり妙なことをしでかしたりするようなら、こいつのデカい尻を蹴り飛ばせ。しくじったら……わかってるな」


 アルバートに対し、騎士は無言の敬礼で返す。


「ふんっ、せいぜい励め。……オリビア、行こう」

「お待ちください!」


 シャーロットは急いで用紙を取り出すと、ペンを走らせた。


「これが最低限必要な情報です。アルバート様、明日でよろしいので用意していただけませんでしょうか? それから、城の書庫に立ち入る許可を」

「……この程度でいいのか」


 アルバートはつまらなそうに目を落とした。


「かまわない。書庫なんて自由に入ればいい。明日、エイプリルの屋敷に使いを出すとしよう」

「ありがとうございます……では、書庫に入るため許可のサインを」


 彼は面倒そうにサインをすると、オリビアの肩を抱いて颯爽と去っていった。

 シャーロットは彼の背中を見送ると、それまで強張らせていた表情を一気に緩めた。書庫に入るための許可証を愛おしそうに抱きしめ、軽やかな歩調で競馬場の出口へと向かうことにした。ここから先のレースを観ることができないのは名残惜しいが、それよりも城の書庫だ。自分の愛馬の奮闘は目に焼きつけたことだし、一秒でも多く城の素晴らしい書庫を堪能したい。


「そういえば、あなたの名前は?」


 シャーロットは半歩後ろを黙ってついてくる護衛騎士に話を振った。


「…………」


 しかし、彼は頑なに口を開こうとしない。こちらから目を合わせようとするも、さっと視線を逸らされてしまう。シャーロットはしばらく考えたあと、小さくため息をついた。


「まあ、いいでしょう。アルバート様の護衛騎士ですから、私に対して好感を持っているはずありませんし……」


 そう考えると、ロイ・ブラックドッグが脳裏に浮かんだ。理由こそ分からないが、こちらに対して一定の好意を持っており、気軽に話すことができる相手だった。彼が護衛だったらもう少し気兼ねなく過ごすことができたに違いない。しかし、これ以上あれこれ考えても仕方なかった。誰が護衛でも自分がやることには変わらないのだ。


「護衛騎士さん、よろしくお願い致しますわ。私の見張りなど退屈でしょうが、1週間もあれば終わりますから」

「…………1週間?」

 

 シャーロットが前を向こうとすれば、護衛騎士はかすれたような声を出した。もう一度、彼の顔を見ると、罰が悪そうに口を堅く結び直している。どうやらいまの発言は、驚きのあまり口から零れてしまったものらしい。


「ええ、1週間もあれば『シャーロットの呪い』は解決できるでしょう。プリンスなる人物の特定も……いえ、絶対に1週間でやらなければなりません」


 シャーロットは拳を強く握りしめると、挑戦的な笑顔を浮かべた。


「2週間もの間、せっかく書庫に入れるのです。さっさと事件を解決させて、あとはのんびり書庫に籠り、王家自慢の本を一冊でも多く読みたいと思いまして」


 シャーロットが宣言すれば、護衛騎士はちょっと驚いたように瞬きをする。


「……変わりませんね」

「あら、お会いしたことあったかしら?」

「殿下から『シャーロット・エイプリルは本狂いだ』と聞かされておりましたので」

「ふふ、あの人なら言いそうね」


 シャーロットはくすっと微笑むと、再び前を向いた。


「本狂い、か」


 シャーロットとは違い、アルバートは本に関心がなかった。そもそも、勉強自体にも本腰を入れて取り組んだことは少ないだろう。彼は産まれたときから王になることは約束されていたし、知識を深めなくても王の座は用意されている。それでも、彼の教育環境がしっかりしていれば――と思わずにはいられないが、それも過ぎてしまったことだ。


「……殿下に何を頼まれたのです?」

「単純なことよ。『放火魔の自殺方法に該当する魔法の有無』と『ゼーゼマン夫人を含む“シャーロットの呪いの被害者”の担当医師』について」

「それだけ、ですか?」

「ええ、それだけ」


 シャーロットは短く答えた。

 とりあえず、自分の受けたモノ以外にも「死の魔法」が存在するかどうか知りたい。王家の魔法については断片的にしか知らされておらず、他にもあるなら――たとえそれが「死の魔法」であったとしても知っておきたかった。


「前者はともかく、後者は? 担当医師が怪しいということですか?」

「病の状況について詳しく知りたいと思っていますの。それに……」


 言葉を続けようとして、さすがに話過ぎたと口を閉ざす。

 ところが、護衛騎士は興味があるらしく黙ったままだったが背中に圧を感じた。ちらっと視線だけ後ろを向ければ好奇の眼差しを注がれている。もっとも、シャーロットが見ていることに気づいた途端、何事もなかったかのように逸らされてしまったが。


「彼らは城仕えの者たち。王都に医師は大勢いますが、城仕えの者が懇意にする医師ともなれば似たような人になるでしょう。医師同士が情報を交わしている可能性は十分ありますわ」


 シャーロットは独り言のように口を開いた。


「つまり?」

「表面上、明らかにしていない病状まで語り合っている可能性があります」


 そのあたりを詳しく調べていけば、病気の理由が明らかになる可能性が高い。

 少なくとも、プリンスを探すよりも「呪い」の原因を探る方がよっぽど早く解決できるはずだ。


「……まあ、いずれにしろ書庫で詳しく調べないと。城の書庫は、我が屋敷と比べても遜色ないほど素晴らしい場所ですから」


 背後から「それは書庫に行きたいだけでは?」とでも言いたげな視線を強く感じたが、シャーロットは気にせず前へと進むのだった。








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