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革命のデゼスポワール  作者: 宗篤
第三章 軍神対軍神
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第九十一話 バルシローナの戦い(Ⅰ)

 先行して布陣して待ち受けていた分、余裕があったブルグント王弟アレクサンドルは丘の上に登って、フランシア軍の布陣する様子をじっと観察する。

 一見するとブルグント軍に正対するように一直線に戦列を並べたかに見えるフランシア軍だが、良く見ると不自然に隊列間が開いているところあり、部隊間が離れすぎているところありと、各部隊が思い思いの方向に戦列を傾けているのが分かる。

 左右の兵力バランスさえも偏っており、統一された意思というものが見えない陣形である。

「妙な布陣だな。敵は混成部隊と見ゆる」

 フランシア軍はガヤエ将軍との戦いにおいてさんざんに打ち破られて、兵力は四散し、その数は万を割り込んだと報告を受けていた。

 だが眼前のフランシア軍はブルグント軍とさほど差があるとは思えない。明らかに二万を超える兵力を有しているように見えた。

 アレクサンドルが本国から加勢として送り込まれたように、フランシア軍にも援兵が送り込まれたということであろう。

 だがブルグント軍における王弟アレクサンドルのような、群を抜いた立場の、部隊を統括するための指揮官を送り込まなかったことで、メグレー将軍不在ということもあり、軍の指揮系統が乱れているのであろう。

 でなければ目の前の部隊の奇妙な配置について説明がつかない。

「さて、そこに付け入るスキがありそうだが・・・」

 そうは言ったものの、アレクサンドルはフランシア軍に疑わしげな眼を向ける。わざと隙を見せて、そこに誘い込もうという魂胆かもしれない。

 アレクサンドルはじっと敵陣の様子を(うかが)った。

 だが戦場育ちでないアレクサンドルには、そこになんらかの兆候を見出すことはできない。

「殿下、敵の隊旗を見るに、ラインラント駐留軍はラインラント駐留軍同士で、新しく加わった軍は新しく加わった者同士で固まって布陣している様子です。指揮系統もその形で分断されていると見るべきではありませんか?」

「そうだな・・・そう考えるべきであろうな」

「ならば正面から戦うのではなく、敵のどちらかの翼に軍を振り向けて、情報伝達や意思統一に時間を取られ、連携がままならぬところを利用して各個撃破するというのはいかがでしょうか?」

「常道ではあるが、それが正道であろうな」

 そう思って兵勢、地形を考慮して敵陣を見ると、敵は左翼より右翼が攻め易そうな形をしている。

「ならば、敵の布陣を待つことなく、一刻も早く攻撃に移るべきかと」

「敵の布陣が終わるよりも先に攻勢をかけることができれば、勝利は確実に我が方にあります」

 将軍たちの意見も一致したと見たアレクサンドルは、抑えの部隊を残し主力を右翼、戦場の南方へと動かし始めた。

 将軍たちの発言の最中、一言も発しなかったガヤエの目から見ても、その作戦は妥当なものに思えた。

 だが粗漏がある。この作戦の成否は一も二も速戦して素早く決着をつけることにある。主力を敵右翼にぶつけたはいいが、初撃で敵を粉砕できず、踏みとどまられてしまって再度仕切り直されると、全ての利点が失われる。陣形を動かし乱れたぶんだけブルグントが不利になるのだ。

 その為には、実戦経験が豊富で、兵の錬度が高く、兵の指揮官への忠誠心も篤い、ブルグント軍最強のガヤエ将軍の部隊こそを、その主力部隊の先陣として活用すべきなのだ。

 だがガヤエに与えられた役割は主力部隊が側面に回り込む間、敵中央および左翼の注意を引きつけ、その攻勢を支えきることだ。

 もちろん目的はそれだけでなく、逆に薄くなったブルグントの戦列を突破して、側背に回り込もうと試みるかもしれない敵の動きを防ぐことである。

 だからこれだって重要な役目には違いないのだが、例え押さえの部隊が全滅しても、主力部隊が敵右翼を粉砕できれば勝利できるのに対し、主力部隊が攻勢に失敗すれば、押さえの部隊が敵をどんなに抑え込んだとしても勝利はあり得ないことを考えると、どちらにガヤエの部隊を投入すべきかは明らかである。

 だがそうはならなかった。

 アレクサンドルがどのような考えからガヤエを抑えに回したのか当のガヤエには知る由も無かったし、知る気も無かったので、そのことを告げられた時、ガヤエは皮肉気な笑みを唇の端に一瞬、閃かせただけだった。


 さて、アレクサンドルが最初に危惧したように、ブルグント軍を誘い出そうと考えて、フランシア側の陣が敷かれたわけでは無かった。

 まずは何よりも敵に付け込まれないように布陣をしてからだ、と各連隊長が己の判断で思い思いに布陣した結果、不格好な陣形になったに過ぎなかった。

 そのような中、大砲と行動を共にする以上、どうしても足が遅くなり、追撃の邪魔になるからとヴィクトール隊は行軍の後方に回されていたから、ヴィクトール隊がつく頃には大方の部隊はその不格好な布陣を終えた形となっていた。

 敵戦列が前進してくるところを大砲で迎撃し、その戦列のほつれから一気に敵を分断し、勝機をつかむというのがヴィクトールが望む戦いの姿だった。

 だが敵戦列の正面の一等席は既に他の部隊が占拠しており、このままではヴィクトール隊は左右どちらかの端へと回らなければならない。

 正直、どこかの部隊を横に避けて、敵の正面に位置したいところである。とはいえ、さすがに若輩のヴィクトールに一回り以上年嵩の古強者相手に戦場を替わってくれなどと交渉する芸当は無理な話だ。

 となると他の道を探すほかなかった。

「部隊の端に回れば攻撃できるのは一部の敵だけだ。せっかくの大砲もその威力を発揮できない。だとすると丘に持ち上げて援護射撃を行うということになるが・・・」

 ヴィクトールは周囲を見渡して、手頃な丘を見繕ってみたが、高さが足りなかったり、遮蔽(しゃへい)物があったり、戦場となるであろう地点から離れすぎていたりと、どうにも物足りなさを感じて決断を下せずにいた。

「中尉、敵が動き出しました。どうやら俺らの軍の右翼に攻勢をかけるようですぜ」

 右翼に陣取ったのはラインラント駐留軍の残存兵では無く、増援に駆けつけた部隊の混成隊だ。部隊の繋がりは薄い。連隊以下の規模の部隊さえある。

 敵の狙いとしては悪くない。一旦、布陣した部隊は平常時でも移動するのも難しいのに、ブルグント軍の動きに合わせて部隊を移動させたり、陣形を変形させたりするすることは、全体の意思統一のとれないフランシア軍には無理な相談であろう。

 すなわちブルグント軍は移動してフランシア軍に攻撃を加えても、他の方面からフランシア軍の援軍が来るということを、それほど計算に入れなくてもいいということになる。

 だが幸いにしてヴィクトールの部隊はまだ布陣する前であった。一旦布陣すれば行軍態勢になって移動するのも、陣形を保ったまま前進するのも、なかなかに難事だが、今ならば敵の動きに合わせて部隊を展開させることが可能だ。

 ヴィクトール隊は他の部隊と違って行動の手を縛られていない身軽な立場にあった。

 敵が主力部隊を辺縁部に向けてくれるのならば願っても無い話だ。大砲の威力を存分に発揮できる形で布陣することが可能になる。

「兵をあの丘に上げる」

 ヴィクトールはフランシア軍の最右翼、その更に離れた外にある丘を指さした。

「あそこは遠すぎます。味方の援護が得られない。それに今からじゃ間に合いませんぜ。こっちには重い荷物がありやす」

 ルイは顎をしゃくって兵たちが運ぶ鈍重な大砲を指し示した。兵たちも味方の援護も無く、しかもこの重い荷物を押して丘を登るのかと不安げな眼差しでヴィクトールを見上げた。

 そんなルイたちの言葉にヴィクトールは首を横に振って、考えを否定すると、振り返って笑った。

「だから兵を上げると言ってるんだ」


「ガヤエ将軍のところにいたから、俺も将軍の一派だと思われてるのかな」

 ガヤエの指揮下から外されたのはともかくも、常に務めていた栄誉ある先鋒の地位まで剥奪されて、後方や脇に配置されてばかりの待遇に、猛将を自認していたボードゥアンはすっかり不貞腐(ふてくさ)れていた。

 もっともそれは政治的配慮で王都から連れてきた高官の老将軍たちに先鋒を任せた結果、良い場所を押し出された結果に過ぎなかったし、それでも武勲の立てやすい前線に配備されただけ、ボードゥアンもそれなりに評価されているのであるが、だがボードゥアンは我が強い人間だったので、そんな気遣いなど微塵も感じなかったのだ。ただただ他人の後塵を拝する形となったことに不満たらたらだった。

「そもそもガヤエ将軍がいたからこそ、フランシア相手に勝利できていたのに、そのガヤエ将軍が煙たいからと後方に回すなど、馬鹿な!! ケツの穴の小さな奴らばかりだ!」

 上層部批判ともとれる発言にハラハラする部下たちを無視して、ボードゥアンは不服げに鼻を鳴らした。

「ん? あれは何だ?」

 と、ボードゥアンの視界に敵軍の奇妙な動きが目に入った。一部の部隊が敵戦列からはみ出し、更に移動して外側の丘に登らんとしていた。

 ボードゥアンは敵の動き自体にはさほど気にならなかったが、その兵士たちが運んでいる大層な代物を見て、顔を(しか)めた。

「大砲か」

 頑迷なボードゥアンも、もう十分に野戦における大砲の威力は理解している。それを放置しておく危険性も。あれを持って丘に上がられて、横合いから援護射撃をされてはたまらないな、と思った。

「蹴散らしておくか」

 それにこのまま先鋒に付いて行っても、戦場のいい位置はあらかた抑えられ、まともな敵にありつけそうにない。

 味方が武勲を立てるのを指をくわえて見ているのも(しゃく)だったし、丘を占拠しようとしている敵兵は一個連隊かそれ以下の数で、簡単にひと揉みで粉砕できそうなのもボードゥアン」の心を揺すぶった。

 ボードゥアンにしてみれば、本格的な運動の前に軽く遊んでやるかといった気持ちだったのだ。

「よし、敵をあの丘から排除するぞ。敵が大砲を撃てるようになる前にケリをつける!」

 ボードゥアンは指揮下の兵の進行方向を変え、味方から離れる。

 突如、ボードゥアンの部隊が他の部隊と違う進軍経路を取ったことで、他の将軍たちもヴィクトール隊の存在に気が付いた。


 遠く後方に位置する王弟アレクサンドルの陣営地からも、その奇怪な動きは覗うことができた。

「む? 隊列を離れる部隊がいるな。あれは誰の部隊だ」

 王弟の(とが)めだてるような言葉に、側近たちは慌てて手廂を作って馬上で伸び上った。

「あれはボードゥアン将軍ですな。きゃつめ、勝手な行動をしおって!」

 命令も指揮系統も無視したかのようなボードゥアンの行動に怒りの声が上がった。

 そんな王弟におもねるような側近たちの中にも、冷静に現状を観察し、正しく認識する者も一人や二人はいるものである。

「だが確かに左方の丘を敵の一軍に抑えられては、我らはわざわざ敵の挟撃の罠にはまりに行っているようなもの。あの敵を丘から排除するなり、抑えの兵を向かわせておくのは常道に適ってます」

 アレクサンドルは基本的に快楽が好きで、惰性(だせい)な、あまり勤勉でない人物だが、頭の回転は悪くない。その側近の言わんとしていることを完璧に理解した。

「そうだな・・・それにボードゥアンの部隊がいなくても戦の趨勢(すうせい)は変わるまい」

「ではボードゥアンの行動をお許しになるのですか?」

 その問いにアレクサンドルは直接答えずに、別の命令を下すことで己の答えとした。

「ボードゥアン将軍だけでも勝てる相手だとは思うが・・・戦は何があるか分からない。サンシモン将軍に後詰を命じておくとするか」

 アレクサンドルは手持ちの予備部隊の中から、先の戦いで大きく消耗し、先鋒部隊から外されていたサンシモン隊を選んで、ボードゥアン将軍の側面援護を行わせることにした。

 ボードゥアン隊とサンシモン隊を合わせると四千近い数になる。それだけあれば勝利も容易いし、たとえ何かがあっても無様な敗け方だけはしないだろうという目算があった。


「若僧のケツ拭きなど誰がやるものか」

 ボードゥアンは猛将でこの長いラインラントの戦いにおける歴戦の勇士として知られているが、五十年戦争を戦ったサンシモン将軍からしてみれば、五十年戦争の戦歴が無いと言うだけで鼻たれ小僧の若輩にすぎないのである。

「わしの部隊だけであの丘を占拠して見せる。ボードゥアンの部隊など邪魔よ」

 サンシモンは兵を(けしか)け、ボードゥアン部隊を追い抜くようにして丘に取りついた。

 それを見たボードゥアンは渋面を作る。

「他人の牛で耕作をするような真似をする」

 おいぼれはおいぼれらしく暖炉の前で大人しく椅子に座っておればよいものを、などと心中で毒づきながら、ボードゥアンも兵を急がせた。

「急げ! 敵だけでなく、サンシモン隊よりも先に丘を占拠し、登って来る他の部隊は敵だろうと味方だろうと構わず蹴落としてやれ!!」

 ボードゥアン隊とサンシモン隊は競い合うようにして、丘の斜面を駆け上がる。

 幸い、同じく丘を登ろうとしている敵軍からの攻撃などの妨害は一切なかった。

 不思議なことである。

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