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革命のデゼスポワール  作者: 宗篤
第三章 軍神対軍神
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第八十九話 シュリー・ロワレの戦い(Ⅵ)

 ガヤエは戦闘中にもかかわらず、眼前の敵部隊の中からヴィクトールの連隊が、といっても度重なる敗戦で減った兵はとても連隊とは呼べない数であったが、大砲を運んでいる姿を目ざとく見つけた。

「なるほど。つい先ほどまで尾を丸めて震える負け犬だった敵が突如戦う気を起こし、数で勝る我が軍を打ち破ったのは俺の真似をすることを考えた男がいるからか」

 いくら王弟が飾り物で、味方の老将軍(おいぼれ)たちが無能でも、あの状態から、あの兵力差をひっくり返すのは至難の業だ。

 だがだからといって、自分たちをその状況に追いやった敵の、すなわちガヤエの戦術を真似すれば自軍も勝てるのではなどと単純に考える人物は少ない。

 なぜなら軍人はとかく保守主義な考えの持ち主なのだ。特に地位が高くなれば高くなるほど、軍隊で自身を出世させてきてくれた手法に対して強い愛着を抱くものだ。

 その感情が理性で考えるのを邪魔をして、他人のとった新しい戦い方、それも敵が考案した戦法を取り入れることを拒否するのだ。

 だが常識や先例に囚われず、自分の誇りをよそに追いやって、良いと思えば他人の真似をすることを躊躇なく行える恐るべき男が敵にいるということだろうか。あるいは単に誇りも考えもなく、敵が勝利を得た手法を猿真似してみただけなのか。それはガヤエにも分からない。

 とにかくガヤエに今、分かることはただ一つ。

「どうやら大砲がありさえすれば同じ土俵で戦える、いや、勝てると踏んだか」

 実際のところ、大砲とわずかな援兵を得ただけで、ここまで善戦したのだから、その見通しはここまでは正しかったと言えるかもしれない。

 だが彼らが戦って打ち破った相手の中に、この自分はいなかった、とガヤエは不敵に笑みを浮かべる。

「果たして、それはどうかな?」


 ガヤエの部隊はフランシアの先駆隊を鎧袖一触で蹴散らして、潰走する味方部隊を当面の危機から救ったが、だがその勢いを持って主力部隊を打ち破ることはできなかった。

 フランシア軍が味方が強襲され、敗北したことにも慌てることなく足並みを揃えたのを見て、ガヤエも同じように追撃を止めて、兵に息を入れさせたということもあろうが、何よりもヴィクトールが部隊を側面に回すや否や砲撃を加えたことが大きかった。

 さすがのガヤエ隊も側面から砲撃を受けて平静ではいられなかった。

 角度が浅く命中率はさほどでも無かったから実害はさほどでも無かったが、どうしても兵の意識がそちらから向いてしまう。

 だがヴィクトールが狙ったように、砲撃に怯えて陣形を崩したりだとか、あるいは砲撃に備えたり、回避するために動いて陣形を乱したりすることはなく、付け込む隙を見せない。

 砲撃を加えられても、一瞬、たじろいたように僅かに(うごめ)いただけである。

「だがまったく効果が無いというわけじゃない」

 ヴィクトールは自身が思ったような衝撃を敵軍に与えることができなかったことに内心動揺しつつも、そう言うことで自身を奮い立たせる。

 物質的、精神的に軽微であろうとも被害は被害である。積み上がればいつかは致命的なものとなりうるのだ。それに正面から攻撃をかける友軍のサポートにもなるだろう。ヴィクトールは更なる砲撃を命じる。

 だがヴィクトールが動く一歩先にガヤエが動き、その目論見は崩れ去る。

 ガヤエは敵を眼前にして悠々と兵を左に90度旋回させて戦列を行軍隊形へと変化させると斜行させ、敵の右翼側面へと回り込みを計った。

 こうなるとヴィクトール隊が布陣した場所は高さも角度も不十分だった。 ガヤエ隊に撃ち込むには味方部隊の上空をかすめて砲撃するしかなく、ヴィクトール隊のにわか仕立ての砲兵では直撃する危険性が極めて高い。

 眼前で展開される敵陣の急速な変化にフランシア軍は対応しきれなかった。といよりフランシア軍の諸連隊長たちは指をくわえて見ているだけだった。

 両軍の距離はいまだマスケット銃の射程外にあったが、それでも前進して攻撃を加えればガヤエといえども、こうもやすやすと軍を動かすことなどできなかったであろう。

 それを誰もしなかったのは、権限と責任の所在が曖昧で、誰一人積極的に動こうとしなかったことが原因である。

 集団指導体制で、明確な指令が届くか届かないか分からず、しかもその指令を下すのが連隊長の中でも格下のノルベールで、他の連隊長がその要請に近い命令に従うかどうかすら、各連隊長に任せられていて統一行動が取れるかどうかはその時の状況次第といった有様では、仕方が無かったかもしれない。

 凡なる一将は、非凡なる二将に優ると言ったのはナポレオンで、もちろん違う世界の違う時代のこの世界にこの言葉があるわけでは無いが、この言葉の持つ真その(ことわり)はこの世界でも当然、通用するのである。

 平時の、ある程度定型化された仕事を日常的に行うだけの組織ならば、集団指導体制でも何の問題も無いが、一瞬で目まぐるしく状況が変化する戦場という非常の場では即決即断できる体制こそが求められるのだ。

 その僅かな間であったが、フランシア軍が大きく動かなかったことで戦局は一気に回転する。

 もっとも戦列を横に大きく展開させて行軍隊形でなくなった時点でフランシア側は敵の急速な移動に即応できる態勢になかったのではあるが。

 ガヤエの兵士は数は少ないがガヤエの猛訓練を耐え抜いてきた精兵揃いだ。行軍から戦闘隊形への移行だけでなく、攻撃に移るのも早く、戦闘を優位に進めた。

 その側面から行われる正確で高頻度の射撃に、フランシア軍右翼は支える(すべ)を持たなかった。

「右翼が危ない!」

 右翼が崩壊すれば戦局は一気に逆転すると、焦ったノルベール少佐は中央に位置した旗下の連隊を移動させるだけでなく、左翼の諸隊にも右翼救援の要請を行った。

 その行動自体に問題は無かったが、実行手段は各連隊長の判断に任されたから、兵を中隊単位で救援に向かわせる者、行軍隊形に移行させる者、ガヤエと同じことをしようとでもしたのか兵を大きく迂回させる者など行動がバラバラで戦力を逐次投入する形となってしまった。

 ガヤエはその隙を見逃さなかった。

 初めの猛攻で痛い打撃を被ったフランシア右翼の各部隊はしばらくは立ち直れないと判断し、その方面への攻撃を早々に切り上げると、まずは真っ先に向かってきた散発的な兵を組織的な反撃で叩き返し、次いで方向を転じて、隊列を組んで向かってきたノルベール隊に恐ろしい速度で向き直った。

戦列歩兵同士の射撃戦が行われた結果、ノルベール隊が敢闘むなしく崩されると、側面に回り込もうとしていた部隊は交戦するまでもなく後退を始めた。

 戦場にはヴィクトール隊とノルベールの命令に従わず、行動しそびれた僅かな部隊だけが取り残された。

 この間、ヴィクトールはただ指をくわえて見ていたわけでは無い。より砲撃に適し、防御に有利な場所に移ろうとしたのだが、その動きを終えるよりも遥かに早くガヤエが味方を打ち破ったせいで、それも中途半端に終わり、むしろ砲撃にも防御にも不利な地形でガヤエ隊と戦わなければならなくなった。

 だが戦うしか選択の余地はない。

 何しろヴィクトール隊は他の部隊と違って大砲という手のかかる子供を抱えている。その虎の子の大砲を使いもせずに戦場に遺棄することはできない話だった。

 ヴィクトールは大砲の射角を水平に降ろすとガヤエ隊に向けて撃ち放った。

 それを合図にしてシュリー・ロワレの一連の戦いで一番の激戦がここに繰り広げられた。

 当初は大砲があるぶんだけ、火力はヴィクトールの圧倒的優勢で、ガヤエ隊は前進すらままならなかった。

 ガヤエは真正面からぶつかる愚を犯さず、戦列を散開させ狙いをつけさせない。あるいは一部の部隊を使って側面を窺う動きを見せるなどヴィクトールに揺さぶりをかけた。

 ヴィクトールはもちろんその動きにできるだけ対処して、近づく敵に対しては戦列を押し出し、銃撃で足を止めたところに砲撃を撃ち込んで敵の足をなんとか止めようとした。

 しかし戦術起動そのものはガヤエが上回っており、ヴィクトール隊とガヤエ隊の距離は徐々に近づき始める。

 全体としてみると互角の戦いで、それまでのようにガヤエの攻撃に一方的にしてやられると言ったところは見当たらなかった。兵力で少ないながらもヴィクトールは敢闘しているといって良いだろう。

 ヴィクトールとしてはこのまま膠着状態に持ち込み、味方が再び戦場に戻ってきてガヤエ隊の側背から攻撃をしてくれるのを待つだけだった。それで勝ちは決まる。

 しかしヴィクトールのその戦略はあっけなく破綻する。ヴィクトール隊がこのシュリー・ロワレに持ち込んだ弾薬の量は普通の戦いならば十分すぎる量だったが、ラインラント駐留軍の指揮錬度の低さ、兵力の少なさを補おうと大砲の弾を撃ちまくったツケがここに響いた。

 とうとうここにきて手持ちの砲弾と火薬を使い果たしてしまったのだ。そして銃撃だけの戦いとなると兵の錬度の違いが如実に現れる。

 あっという間にヴィクトール隊は劣勢に追い立てられた。多少は高地という優位な位置に陣取ってはいたが、手数の差はいかんともしがたい。

 ヴィクトールは後方を振り返って味方の援護が望めないことを確認すると、敵に半包囲態勢を取られる前に撤退を決意する。

「くやしいが退こう。これ以上戦っても兵を無駄死にさせるだけだ」

 惜しい気もするが、逃げるには足手まといになる大砲をその場に放棄して、ヴィクトールは撤兵を行った。

 敵兵との距離が完全に詰まる前に撤兵を決断したのは正解だった。布陣した丘陵の傾斜を利用することで、被害を最小限度に止めて、ヴィクトール隊はガヤエ隊から距離を取ることに成功した。

 逃げるヴィクトール隊を追うそぶりを見せた部下たちをガヤエは制して止めさせる。

「深追いして敵や王弟殿下の二の舞を演じるつもりか?」

 寡兵しか持たないガヤエの最大の武器は、自らの手の届く範囲ならば思うがままに進退させることができる自ら鍛え上げた精兵を指揮することだ。

 この数で大きく手を広げてしまえば、単なる孤立した複数の小部隊の塊に過ぎなくなる。

 せっかくこの手に招き入れた僅かばかりの勝利さえ手放すことにも繋がりかねない。

「なかなか歯ごたえがある戦い方だったぞ。誰だか知らんがフランシア軍にもまともな指揮官が一人はいるらしいな」

 ガヤエはヴィクトールに対してそう評することで勝者の余裕を見せた。

 だがガヤエとて後続の援兵が望めないのは先程までのヴィクトール隊と同じだ。本隊は遥か後方のモゼル・ル・デュック城へ向けて今も敗走中である。

 当初、最後方の、戦場から一番離れて位置したガヤエ隊は味方の救援に駆けつけることを優先させるために、輜重どころか戦列歩兵が担いでいる荷物から数日分の食料と当面の弾薬を除かせて軽装にさせたくらいである。

 あと一、二戦ならばなんとか戦えようが、それ以上はいくらガヤエといえども戦い用が無かった。

 補給路の関係で銃弾も砲弾も火薬も受け取れないとならば、ガヤエとて敵中で孤立する愚を思い、兵を退くしかない。

 とはいえ味方の全面崩壊を防ぎ、王弟を無事に撤兵させただけでも望外の成果である。これ以上、欲をかいても得るものは少ないと自分を慰めながら、ガヤエは思い切りよく兵を退いた。

 腰が砕けた敗兵の指揮権をようやくまとめあげてノルベールらがおっとり腰で戻った頃には、戦場にはブルグント兵の影はひとつもなかった。


 シュリー・ロワレの戦いはこうして終わりを告げた。

 明確な勝者がいない戦いではあるが、ブルグントの主力軍を打ち破り、ラインラント国境付近まで追いやられていたフランシア軍が形だけでも最終的に戦場を確保し、モゼル・ル・デュック城付近までのブルグント軍が放棄した地を確保したという点を考えるとフランシア軍の戦略的勝利と言えなくもない。

 もちろんブルグント軍の損害は軽微で、まだまだ巨大な兵力を有しているだけでなく、堅牢なモゼル・ル・デュック城を保持していることを考えると、本当のところはブルグントが有利と言えるだろう。

 だがラインラントにいて戦った当事者たちはそのことを知悉(ちしつ)しているが、外にいるものはそうではない。

 ブルグント王は敗北の報に愛する弟の危機と顔を青ざめさせ、穏便に王弟を王都に召喚する方法を探らせ始めた。もちろん、その中には兄弟愛といったものの他に、王弟が虜囚にとられるようなことがあっては国辱であると言った考えが無かったわけでは無いが。

 対して勝利の報告はあっという間に国内を駆け巡り、フランシア側は勢いづいた。

 状況は好転したというよりは単に平行線を辿っていたと言った方が正しいが、勝利という言葉の魔力が部外者たちに冷静な判断をさせなかったのだ。

 普通ならば実情に反した情報を持って判断を下すと碌なことにはならないものなのだが、この時ばかりは違った。

 ラインラントで状況が逆転したと思い込み、ラインラント近辺の軍管区を預かっていた将軍が手柄を得る好機とばかりに動き出したのだ。

 ラインラント西部国境付近の十個連隊やナヴァール辺境伯をはじめとする貴族の私軍が続々と到着し、軍備は格段の厚みを増した。

 それは同時に再び少なくなった弾薬や武器の補充を受けることができるということだ。王都からも追加の大砲と砲弾が届けられた。

 幸いなことにヴィクトールが戦場に放棄していった大砲はそっくりそのまま残っていて、数は減らしたものの、まだまだ戦力として計算できるだけの数はあった。

 ガヤエもその場に残しておきたくは無かったのだが、砲身を破裂させる十分な火薬も破壊工作に使うのに十分な時間も無かったので、ヴィクトールが委棄した時のそのまま放置されていたのだ。

 勢いづいたフランシア軍は、ノルベールの主戦論に引きずられる形で、モゼル・ル・デュック城へと前進する。その動きは当然、モゼル・ル・デュック城へと伝わった。

 だが対するブルグント軍はそれを迎え撃つ準備を始めたかというとそうでは無かった。

 ラインラント北部から侵入した一部のフランシア軍がモゼル・ル・デュック城とブルグントとの間を(やく)するかのような動きを見せたことで、

補給と帰路が断たれると感じた王弟はじめ軍幹部が一斉に浮足立ったのだ。

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