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革命のデゼスポワール  作者: 宗篤
第三章 軍神対軍神
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第八十話 王の意向

 ところでブルグント軍内で何が起きたのだろうか。

 それは数日前に王都からの使者がガヤエ将軍を訪問したことから始まった。その使者は枢機卿の息のかかった人物で面識があるだけでなく、ガヤエもなにかと世話になったことのある人物だった。

 であるから今は敵と交戦中であるからと無碍に追い返すこともできない。それに何やら王からの密命を帯びているようなのである。

「枢機卿からのお使いですかな? ご苦労様です。あいにく今は目前の敵と相対している身、兵士たちの手前、饗宴を催して苦労を労うこともできませぬ。許していただきたい」

「そのようなこと気になさるな。私の苦労など将軍や兵士たちの苦労に比べれば無いに等しい。ひとつひとつの勝利に驕り高ぶらないその精神、実に見事ですぞ」

「お言葉、痛み入ります」

「この度、来訪いたしたのは枢機卿の命では無く、陛下の命でしてな」

「ほう」

「陛下はこのたびの貴卿の大勝をいたくお喜びになられまして、この機会にラインラントを巡るフランシアとの長年の戦に決着をつけようと増援を派遣することを決定なされた」

「それは有難いお話ですな」

 確かに今まさにここラインラントでブルグント軍が最終的な勝利を掴まんとしているが、普通に考えれば劣勢のフランシア軍がいつまでも手をこまねいたままでいるとは考えられない。

 後退するということはフランシアの各地に駐屯する友軍との距離が縮まるということでもある。近隣から他の部隊が救援に駆けつけると考えるのが当然だ。

 それでも勝利する目算はガヤエには十分過ぎるほどあるが、こちらも兵力を増強しておけるなら増強することに越したことは無い。

 実は未だ有効的な手を何一つ打っていないフランシア宮廷の無策ぶりなど知る由もないガヤエは、常識的にそう考えた。

 ともかくもガヤエにとっても悪くない知らせである。だがその使者の次の言葉がガヤエの冷徹な心を大いにゆすぶった。

「で、ですな。フランシア軍とこれ以上戦うのはその援軍が到着するまで待っていただきたい」

「・・・意味が分からぬ! 承服できぬ! 英明な陛下ともあろうお方の言葉とはとても思えぬ! あと一押しでフランシアのラインラント駐留軍は崩れ去るのですぞ!? その天与の時を取らずしていかに最終的に勝利せよとおっしゃるので!?」

 確かに今現在、ブルグント軍とフランシア軍が戦闘状態にあるわけでは無いが、ガヤエは付かず離れず追走し、圧迫する手を緩めてはいないし、フランシア側に付け込む隙があればすぐにでも全面的な攻勢に打って出る心積もりはしている。

 だが味方の援軍が来るまで戦わないと行動を縛られてしまえば、どうしても圧迫の手は温くなってしまう。それでは敵にみすみす立ち直る機会を与えるに等しい。

 とても聞くわけにはいかないとガヤエは気色ばんだが、使者は平然と、そして淡々と返答した。

「そうです」

 感情というものを廃したかのような使者の言葉と態度はガヤエの頭を冷やさせる効果をもたらすことはなく、むしろガヤエの怒りに更なる火を注ぐ結末となった。

「理由をお聞かせ願いたい!」

「陛下はラインラント方面の総司令官に王弟アレクサンドル殿を任じられたからです」

「アレクサンドル様が・・・何故?」

 アレクサンドル・ルイ・ド・ブルグントは王の弟と言っても先王の妾腹の子であり、現王とは腹違いの弟である。腹違いではあったものの、この時代には珍しく兄弟仲は極めて良好であった。

 だが遊興好きで、形ばかりは近衛隊の士官に任じられているものの、武勲どころか戦場に出たことのない王弟が何故突然、ラインラントという最前線の総司令官に任じられたのはガヤエには不可解な事柄だった。

「王弟様は妾腹故、継ぐべき領土を持ち合わせておらん。陛下にはそれが長年不憫で仕方がなかった。だが財政不如意の今、王領を減らして安易に公や伯の位を与えるわけにもいかんし、かといって国内の大貴族から理由なく爵位を取り上げるわけにもいかぬ。そこでだ。今現在はラインラントには主がおらん。そこで今回の戦で手柄を立てることで、得たばかりのラインラントの爵位を与えたいと陛下はお考えなのだ」

 ラインラントは長年、打ち続く戦乱で荒廃しているだけでなく、その住人の多くは支配を嫌った化外の民であり、決して豊かな実入りのある土地ではないが、元より彼ら兄弟はブルグント王家というパンノニア有数の富家の出である以上、そんなことは関係なく。広大な土地の支配者であるという名誉こそが重要なのであった。

「つまり、フランシア軍を破ってラインラントを最終的に解放する役目をアレクサンドル様に譲れ、ということですか?」

「ま、そういうことですな」

 落ち着いたままの使者とは対照的に、ガヤエはますます激高した。

「兵士たちと辛苦を共にしてここまで成し遂げた他人の功績を、王宮で遊び暮らしてきた者が横から(かす)め取ろうというのか! なんたる傲慢!! 例え相手が王弟といえども承服しかねる!」

「ガヤエ将軍、ま、落ち着きなされ。これまで幾人もの将軍がラインラントをブルグントのものにしようと奮闘してきたが、誰一人叶わなかった。このまま貴殿一人でラインラントを奪取すれば、その功は前代未聞とも言える。功績が大きすぎるとは思われぬか」

「功績が大きすぎるのが何が悪い!?」

「陛下の内意がなければ、どんな大功を立てても構わぬが、陛下が弟君に功を立てさせたいと願っているのに、その意向を無視する形で兵を進めれば、最終的に勝利を手にしても陛下とて内心不満に思う。将軍の巨大な武勲に嫉妬する者も宮廷内に多いのだ。王の意向を無視して兵を動かす将軍だ、五十年戦争のベルリヒンゲンのように兵を私兵のように握って放さないからには国王の座を狙っているに違いないと讒言(ざんげん)されればどう言いつくろうつもりだ? 枢機卿が後ろ盾になってくれると考えているのかもしれないが、枢機卿とて最後は我が身が可愛い。いつまでもかばいだてはできぬ」

「・・・・・・」

「ここは功を王弟君にお譲りして、王弟君と陛下に恩を売っておくべきですよ」

「しかし・・・!!」

 頭では使者の言葉に十分に理を感じてはいたが、自らの手でラインラント戦役に決着をつけるという歴史的な巨大な栄誉を手放さねばならぬ絶望と、功を盗まれる口惜しさと、高貴な生まれから当然な権利とばかりにガヤエを踏みにじるような王のやり口にガヤエは素直に首を縦に振ることができなかった。

 頑なな態度を崩さないガヤエを見て、死者は溜息をつくと一転して険しい表情を作った。

「将軍、一旦兵を退きなされ。これは陛下からの正式の命令ではないが、それに準じるものだと思って頂きたい」

「だが正式の命令では無い以上、私がそれを了承する根拠が無いこともまた事実。もし私がその申し出を拒否したら?」

「将軍が兵を私していると判断し、将軍を捕らえねばならぬ」

「兵士たちが私ではなく、縁も所縁もないあなたの命に従うと思うのか?」

 ガヤエを拘禁するためにはガヤエ配下の兵を使うしかないが、兵たちが使者の言葉通りに動いてくれるかどうかが問題である。

 使者を任されたことから分かる通り、この男は王の信頼が篤く、宮廷内でそれなりの重きをなしている人物なのだが、軍組織の端に連なる人物でなく、兵士たちとは一切関わり合いの無い人物である。

 氏素性など知る由もない兵士たちからしてみれば信じるに足る理由が無い。

 軍で正式にガヤエの上官に任命されたとか、正式な命令書なりがないと、兵たちだってその言葉を信じることはできないだろう。

 この使者が王の命だと(かた)っている可能性だってないわけではないのだ。それに何よりも兵士たちと厳しい訓練と激しい戦闘を共にしたガヤエとの間には強い信頼関係がある。

 だからガヤエの言葉は半ば脅しであった。だがガヤエと比べると貧弱そのもののその初老の男は脅迫の言にも一切怯む様子を見せない。

「思わぬ。思わぬが、私も職分を果たさねばならぬ。それに一時の感情に任せて、この場で私の言葉を無視してどうなるというのだ。まさかブルグントを敵に回して戦うつもりでもあるまい」

 言われるまでも無い。今回は目の前の使者を殺すなり、軟禁するなり、追放するなりして、己が思い通りに行動できたとしても、ガヤエにはその後の展望が無かった。

 軍令を持ってガヤエは兵権を剥奪されるであろう。するとガヤエには大人しくその命令を受諾して罪に問われるかが、あるいはそれを拒んで王と戦うしか道はない。

 だが多くの兵は、あくまでブルグントの一将軍としてのガヤエに忠誠を誓っているに過ぎない。ガヤエとブルグント王が敵対した時にどちらに味方するかは兵士たち一人一人に聞くまでも無いことだった。

 それにガヤエは代々の貴族の出では無い。自立しようにも、そもそも拠って立つ土地もないのだ。

「・・・・・・」

「ガヤエ卿、ラインラントの戦いが終わっても、全ての戦争がこの世からなくなるわけではあるまい。フランシアが滅び去るわけでもない。陛下がパンノニアの覇権を手にするためには、これからもブルグントがフランシアやオストランコニアと戦うのは必定。それにわが国には東方にて国境問題もある。今回恩を売れば、次の戦でも将軍に大兵を与えられるは必定。その時にいくらでも大功を立てられればよろしかろう。それに此度、恩を売れば、宮廷内に陛下と王弟君という巨大な後ろ盾を得ることになる。今後は大貴族や軍上層部から邪魔な横槍が入っても、拒絶できると思えば悪くない取引と言えよう?」

 確かに一朝一夕ではひっくり返せない優勢をガヤエはラインラントに築いたが、戦は水物、何が起こるかは最後まで分からない。

 敵を攻める手を緩めても、さすがに逆転勝利されるといったことはガヤエがいる限りありえないだろうが、それでも時間を与えた結果、敵を立ち直らせて、再び戦線が膠着状態に陥る危険性が無いわけでは無かったのだ。

 優勢のまま、ひた押しに押して混乱に乗じ殲滅するのではなく、天与の機会から目を逸らさねばならないことがガヤエは残念だった。

「・・・わかった」

 結局、使者の言葉に折れたガヤエは追跡の手を緩め、王都を発した王弟たちが合流するのを待つことにした。

 連戦で疲労の溜まった兵を休ませるためにモゼル・ル・デュック城に帰還することも考えたが、占拠した土地を放棄して、フランシア軍に奪われるのも損だし、ガヤエの考えとしては最終的にラインラントからフランシア軍を追い出すつもりであるから、再びこの距離を踏破するのも馬鹿馬鹿しいので、それよりは補給路を整備することに時間と人手をかけた。交代で作業に当たらせ、僅かでも兵の疲労回復に努めさせた。

 もちろんフランシア軍の反撃を考え、厳重に警戒することも忘れはしなかった。


 現金なもので、ガヤエが進軍を止めたことでフランシアの将兵が感じていた圧迫が消え去り、さらには国境線が近づくことで心理的な安心感が増したことで、連隊長たちは落ち着きを取り戻した。

 行軍速度を落とし、緩みがちだった軍紀を引き締め、救援を求めて軍令部だけでなく、各地の駐屯軍や周辺諸侯にも立て続けに使者を発し、部隊から負傷兵を運び出した。

 だが幾たび使者を発しても王都からは色よい返事が来ず、兵の実数が一万を割り込んだことを正確に把握したこともあって、連隊長は皆、次の一手をどうすべきか考えあぐねていた。

 ここまではただ敵の圧迫から逃れたい一心で撤退───ありていに言えば逃げてきたのだが───すればよかったのだが、これ以上軍令部の許可なく撤退すればその責を背負わなければならなくなる以上、連隊長の誰もが他の人間がそのことを言い出す前に口にするのは嫌だったし、かといって反撃に転ずる何か糸口のようなものを見出している者もいなかったからだ。

 それはヴィクトールにしても同じである。反撃に転じるにしろ、防衛に専念するにしろ現状の一万という数では明らかに不足なのである。

「・・・兵が欲しいな」

 昼夜問わず打開策を考えるものの、明確な一手が指し示せず、ヴィクトールだって、思わずそんな愚痴も出てしまうというものだ。

「ヴィクトール中尉はそんなに兵が欲しいのか?」

「こんな状況じゃ俺じゃなくっても誰もが欲しがるだろう?」

「そうか」

 ヴィクトールのその言葉に、顎に手を当て、ひとしきり考え込んだかと思うと、やがてロドリグは「なら、俺がなんとかしてやる」と自信満々の表情で笑って見せた。

「・・・なんとかしてやるって・・・ロドリグは中央に何か伝手でもあるのか?」

「俺は貴族の出身と言っても、所詮はテレ・ホートの男さ。宮廷の雲の上の人間なんか見たことも聞いたこともねぇよ」

「だったらどうやって?」

「テレ・ホートにはテレ・ホートのやり方ってもんがあるんですよ、中尉」

 そう言うと、俺に任せておけとばかりにロドリグはヴィクトールの背中をバシバシと平手で叩いた。

なんかだいぶ前に投稿していたこの話が消えてた。。。間違って消しちゃったっぽい。すみません。

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