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革命のデゼスポワール  作者: 宗篤
第三章 軍神対軍神
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第六十五話 商人の考え

「そんな意地悪言わないで、ヴィっくんのお願い聞いてあげて!」

 ラウラは袖にすがりついて離れようとしないエミリエンヌの頭を優しく撫でてあやす。

「エミリちゃん、これは意地悪で言っているんじゃないのよ。国家の大事は私情で動いてはならないことなの。それにね軍隊って言っても人の集団よ。他の組織となんら変わりないのよ。裏では出世争い、嫉妬や不満による足の引っ張り合いがあるわ。周囲の人にも大砲が野戦で必要不可欠であると納得させ、マリアンヌ様が動いたことに不審を抱かせないだけの理由が必要なのよ。正規の手段でなく、個人的な伝手で裏から一少尉がマリアンヌ様を動かしたと知れれば、その個人的な動きに良い気をしない上官や同僚はきっと多い。ただでさえ正式に士官学校を卒業して無いヴィクトールの軍内での対場が悪くなるし、私情で動いたと言われればマリアンヌ様のお立場も悪くなる。だから慎重に動かないといけないの」

「そっかぁ・・・そうだね」

「わかってくれて嬉しいわ」

 ラウラの言い訳にエミリエンヌは納得してくれたようだったが、今度は横にいるアルマンが首を捻って疑問を口にする。

「戦において大砲の有用性を悟ったにしても、半年も音沙汰の無かった筆不精のヴィクトールが何故今、手紙を送って来たのでしょうか? 大砲がこれからの戦争に必要なものであっても、物資の調達なんかは下級指揮官のヴィクトールの仕事じゃないし権限もない」

「ここだけの話だけど、ラインラントで大きな動きがあったらしいわ。フランシアの駐留軍が大敗を喫したらしいのよ。だからヴィクトールはその劣勢を覆そうと、少しでも自分のできることは無いかと無い知恵を絞って考えて手紙を出したのよ、きっと。ヴィクトールってば良く言えば頑張り屋さん、悪く言えば他人を信じず自分の力で少しでも解決しようとする傲慢(ごうまん)さを持った人間だものね」

「それは酷い」

「あら? 私は間違ったことを言った覚えはないわ。士官学校でのあの暴れっぷり、どこか違っていて? それにね、別に悪口を言っているんじゃないわ。私はヴィクトールのそんなところも嫌いじゃないの」

「はいはい、分かりました。まぁ・・・確かにヴィクトールの一面を言い当ててないこともないですが」

「でしょう?」

「しかし知らぬ間にラインラントでそんなことが起きていたとは・・・大変じゃないですか。野戦で明確な勝敗がついたことはラインラントではここ数年無かったことです。戦局が大きく動き出すきっかけになるやも。ですが王都(ここ)ではそんな話はどこからも聞こえてきません。どこでその情報を得たのですか?」

 士官学校は軍の末端に連なる組織だ。そして平民に解放されたと言っても、まだまだ貴族の牙城でもある。戦場で大きな動きがあったならば、何らかの情報が生徒たちの間にも入って来ておかしくない。

 何故なら将来の自分たちの配属先のことだ、気にならないはずがない。そして平民のアルマンらと貴族らとの間にはまだまだ感情的な敷居があるのも事実だが、そこは噂好きの若い男女が一か所に集まっているのである。どこからか漏れ聞こえてくるものだ。

 それに既に知識階級を中心に新聞が広く読まれていた。萌芽期のマスメディアゆえ、倫理観など欠片も無く、真実を書くことよりも売れればいいという考えから、読者の求めるもの、刺激的なものを進んで書くというきらいはあったが、それだけに、もしラインラントで敗北したなどといった読者が飛びつきそうな格好の話題が入って来た場合、それを捨て置くようなことはあり得ない。

 だがアルマンやエミリエンヌの耳にはそういった剣呑な噂はどこからも入ってきていなかった。

 アルマンのその疑問にラウラは得意そうに胸を張って応えた。

「もちろん、宮廷のお偉い方から情報を仕入れた・・・・・・と言いたいところだけど、そうじゃないわ。私はあくまでナヴァール辺境伯の娘でしかないもの。国政を動かすような偉い方々と深い付き合いはないわ。もちろん挨拶くらいならしたことはあるけど。それなりに話せるのはマリアンヌ様くらいなものね。それに国では今度の敗北を長いラインラントでの戦役における、一過性の局面としか考えていないようなの。負けはしたが、よくあること。そのうちまた風向きも変わるって、ね」

 ラインラントという一局地の戦いは長年に渡って一進一退の攻防が続き、泥沼の戦と化している。宮廷はひとつひとつの勝敗で一喜一憂しないよう、悪い意味で図太くなっていた。

「しかし口振りから察するにラウラさんはそうではないとお考えなんでしょう?」

「ええ」

「いったいどうしてですか?」

「実家が騒がしいから。ラインラントで何か起これば隣接するナヴァール辺境伯も動かなきゃならないとはいえ、尋常じゃない動きなのよ。新たな傭兵を雇い入れて、武器弾薬、糧秣を凄い勢いで買い集めているわ。今や我が実家は五十年戦争以来の総動員態勢を整えつつあるところよ。私のパパはいろいろ問題のある親だけど、こと戦争に関しては鼻が利くわ。この段階で総動員態勢を整えるなんてよくよくのことよ。私にも家に帰れって矢のような催促よ。といってもパパは私を士官学校から実家に戻したいだけなんだけど」

「・・・なるほど」

 父親のことを話した時、何か確執でもあるのか少々ウンザリした表情を見せたラウラにアルマンは興味深げな視線を送るが、じっとヴィクトールの手紙を見つめて何事か考えこんでいたラウラはそれに気付くことはなかった。

それどころか意外な言葉を口にする。

「それにしても大砲が野戦でも役に立つ日が来るなんて、さすがの私も考えてなかった」

 ラウラは自分の実家のことよりも、フランシアが今度の戦で敗北したことよりも、野戦で大砲が大きな役割を果たしたことに何よりも関心があるようだった。

「大砲が登場してから数百年と経ちます。大砲は敵城砦を攻略するためのものとばかりに皆思っていた。疑いもしなかった。もちろん我々もですが。だがそれを常識にとらわれずに物事の本質を見極め判断し、実行に移す。敵将軍は柔軟な思考の持ち主のようですね」

アルマンはヴィクトールの手紙を読みつつ、敵将をそう分析して見せた。

「確かにそうだわ。ブルグントのなんとかとかいう将軍は若いって話だけど、それではフランシア屈指の名将である老練なメグレー将軍であっても苦戦するかもね」

「そんな! 今、ラインラントにはヴィっくんもいるんだよ! なんとかならないの!? ヴィっくんは戦争に大砲が必要だってラウラちゃんに言ってきたんでしょ!?」

メグレーが苦戦するということはラインラント駐留軍にそれだけ犠牲が出るということである。エミリエンヌは大好きなヴィクトールに何かあっては大変とばかりに大慌ての表情だった。

「といってもね。大砲を新造する予算が組めるかどうか」

 ラウラはそう語尾を濁すと唇を噛んだ。

 勝利に終わったとはいえ五十年戦争という長期間に渡る大戦はフランシアの国家財政に大きな爪跡を残した。しかもその後も長年続いているラインラント戦役の出費だけでなく、絶対王政の始まりと共に王が主体的に政治を取ることで結果として放漫財政となって国家の累積赤字額は増え続ける一方だったのだ。

 もはや現場がどれだけ新たな大砲の配備を熱望しても、軍令部がその必要性を認めたとしても、財務総監と大蔵省が簡単に首を縦に振ってくれるとは思えない状況にまで追いやられていた。なにしろ財布を逆さに振ってもびた一文出てこないというのがこの当時のフランシアの財務状況だったのである。

「別の手段は無いの!? どこかに大砲が余ってるとか!」

 エミリエンヌのその言葉は会話の流れの中で単なる勢いで口から出たものだったが、アルマンにはその言葉にもそれなりに見るべきところがあると思った。

「そうだ! 地方軍や各貴族、あるいは近衛師団の倉庫に眠って使われていない大砲は数多くある! それらを集めれば・・・!」

 各地に既にある現物を集めるとなれば新たな予算は必要ない。幸いにして五十年戦争以降、ラインラント以外に紛争地は無いし、各国との関係も戦争が起こりそうなほど険悪な関係ではなく、今すぐ使用することはないだろう。緊急措置として一時的にラインラントに集めても不都合があるとは思えなかった。

 だがアルマンのその考えをラウラはかぶりを振って否定した。

「自分の領分に手を突っ込まれるのを嫌がる大人は多いわ。今現在使われていないからといって貴族や将軍たちが簡単に手放すとは思えない。例え陛下が強権を持って発動しても、きっと言を左右にして供出しないわ」

 上官や軍令部、あるいは国王直々の命令であっても指揮官たちは大砲を簡単に手放す気にはなれないだろう。

 それは大砲を引き渡すことが部隊の戦力低下を引き起こすからといった、もっともらしい理由からでは無く、既に自分の手元にあるものを手放したくないと言った所有欲からである。

 もちろん貴族たちの私物である大砲はともかくも、国軍の大砲であるならばそれは軍全体の所有物であり、部隊や司令官の所有物ではないはずなのだが、そこは軍司令官と言えども人の子であり、軍と言えども組織の論理が働くのだ。既得権を侵されたような気分になり拒否反応を示してしまうものなのだ。

「そんな・・・!」

「それにその手段には問題があるわ。既存の大砲ではラインラントにおいては何の役にも立たないの。あの急峻な地形では大きく重い既存の大砲は持ち運ぶだけで一苦労だわ。歩兵の行軍についていけない。野戦に使うには今ある大砲では無理なのよ。ヴィクトールの手紙によると敵は大砲を小口径化し、馬車のように台車をつけて運ぶことで軍の行軍に追従させていたそうよ」

「敵はラインラントの地形に合わせて特殊な大砲をわざわざ新造したということですか」

「ええ、そうらしいわ」

「思い切ったことをしますね。ブルグントだって長年続く戦役に財政は厳しいでしょうに」

「でも理に適ってるわ。いろいろなところから大砲を寄せ集めたら、それに合わせて複数の砲弾が必要になり輜重は鈍重になる。どの大砲にどの砲弾を使えばいいかって前線は混乱するわ。一度に必要なだけ大砲を作れば、部隊で同じ砲弾を使えて、それだけ戦場に持ち運ばなければいけない砲弾は少なくて済むわ」

 以前、述べたようにこの時代、同じ工房であっても前と全く同じ大砲が作られることは珍しい。というよりもそんなことはまず無い。

 毎回大砲を新造する度に前と違ったものができるのが当たり前だったのだ。時には同じ時に同じ工房で作られた大砲ですら、作った職人の違いで違いがあるというとんでもない時代なのである。

 違う時期に違う場所で製造された大砲を少しづつ各所よりより集めたら、それだけ複数の口径の砲弾が必要になってしまうのは間違いない。

 もちろん多少違っていても砲口径よりも直径が小さければ砲弾を使用できないことはない。だが望む威力は得られないし、火薬の爆発力が逃げ、弾に計算外の力が加わり弾道を曲げ、命中精度も極端に落ちることだろう。

「前々から思っていたんですが、そこが不思議だったんですよ」

 何かを考え込むかのように顎に手を当てて考え込んでそう言ったアルマンにラウラは奇異の目を向けた。

「何が不思議なの? 何かいいアイディアでもあるのかしら?」

「実に簡単です。大砲の口径、砲弾の直径、砲身の長さ・・・それだけでなく砲耳から砲架に至るまで全く同じものを作るのです。全ての大砲で同じ砲弾を使用できるし、一部が壊れても違う大砲の物を流用できて修理が簡単です。製造だってそうです。共通した部品で大砲を作れば、一部が不良品でも全部を作り直すこともなく、全体として安く作ることができます」

「へぇ・・・そんな手法があるのね。あなた、意外と面白い着眼点を持っているのね」

「そうですかね? 当たり前だと思うんですが。軍はなんて無駄なことをしているんだろうと常々考えていました。商人ならばそんなことはしないのにって」

「ああ、そう言えばあなたの父親は商人だって言ってたわね」

「ええ。もっとも軍や国、貴族相手に商売ができるような大商人ではなく、零細商人ですけれどもね。でもだからこそ少しでも儲けを出そうと製造単価を引き下げる努力をします。こんなこと常識ですよ」

「そうなの? でも、なら不思議ね。何故、軍の出入りの商人はそういった提案をしないのかしら?」

ラウラの記憶にある限り、実家に出入りする商人からそう言った有意義な提案を受けたことは一度たりともなかったのだ。

「当たり前ですよ。大砲の製造は職人が請け負います、彼らは腕に技術を持つだけに気難しく、雇い主や発注者相手にも注文を付けられることを嫌います。少しでも縛られずにいわゆる商品では無く、自分の思うがままの芸術品を作りたがるものです。商人だって職人の機嫌を損ねたくない。下手をすると注文した品が作られないことだってある。だから余計な縛りを入れようなんて自ら申し出るものですか。それに先ほど言ったではありませんか。商人は少しでも儲けを出そうとするものであると。大砲の規格が違うならば、一部が壊れただけでも、丸々一つの大砲の新規の発注が来ることになりますし、複数の口径の砲弾が必要となり、それだけ多くの注文が見込めます。少しでも儲けを出すためにも大砲はなるべくひとつひとつ違ったもののほうが利益が出るとなれば、誰もそれを進んで口に出したりはしないでしょう?」

 アルマンの言葉を聞いて、その内容を完璧に理解したラウラは怒って机を拳で大きく二度三度と叩いた。

「なんてことなの!? 実家に帰ったら出入りの商人をとっちめてやらなくちゃ!!」

ラウラのあまりもの剣幕にアルマンはただ肩をすくめた。

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