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革命のデゼスポワール  作者: 宗篤
第三章 軍神対軍神
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第六十四話 簡潔な手紙

 一日一日と陽が長くなり、気温が高くなってゆく。冬枯れで寒そうに枝を晒していた木々も芽吹いて華やかになる。士官学校ではまた新たな新入生を学舎に迎え入れる季節が訪れようとしていた。

 そんなある日、ラウラに手紙が届いた。

 士官候補生は前年まで貴族しか門戸を開いていなかったから身元は確かであるし、士官学校の規律は軍隊よりも緩い、検閲は当然のごとく行われない。

 さて前に述べたとおりに手紙はこの時代、高価な上で後払いだから、ある程度の経済力が無いと書簡の遣り取りもままならないものである。

 アルマンは遠く離れた実家に手紙を出すことも貰うこともここ一年無かったし、ヴィクトールも放校処分を受けて士官学校から一時離れることを、親が心配しない程度にぼかして、それとなく伝えた時に書簡の遣り取りをした以外は出したことが無いくらいだった。

 だがラウラにとって手紙は特別なものでは無い。実家の経済力も十分あるし、ラウラはフランシア屈指の大貴族のご令嬢、それも目下のところ爵位の推定相続人であるからには、親兄弟や昔から付き合いのある同じ年頃の貴族令嬢だけでなく、将来宮廷付き合いをしなければならない同じような年頃の若い帯剣貴族の当主、次期当主、あるいは生まれは高貴だが相続順位の問題で家を継げない可能性が高いため、ラウラが相続するナヴァール辺境伯位を狙ってラウラに近づこうとする野心家の若者など、貴族社会内に幅広い交友関係を持っている。

 彼らは皆、経済的に困窮する立場ではないから、ラウラが毎月、遣り取りする手紙の量は百を下らなかった。

 にもかかわらず、その日、いつものように手紙の束を受け取った後、話しかけても心あらずといった感じに気の無い相槌ばかりを打つ、いつもとは違うラウラの姿が同室のポーレットには不思議で仕方が無かった。

「どうしたのラウラ?」

「え? 何!? ポーレット。私、どこかおかしい?」

「ええ、変よ。とっても変。いつものラウラと違っていてよ」

「そ、そんなことないわ。私はいつもの私よ」

「じゃあ、さっきの私との会話の中身、覚えている?」

「お、覚えているわよ! え、えとね。確か・・・二年になって乗馬訓練をする時にあてがわれるのが綺麗な栗毛の馬だったらいい。ブチの馬は嫌い。た、確かそんな話よ!」

「・・・それは一時間前にした話。呆れた。そこからまったく記憶が無いの?」

「ええと・・・ええと・・・ゴメン。なんだっけ?」

 愛想笑いを浮かべて誤魔化そうとするラウラにポーレットはむくれた。

「ほら、人の話をまったく聞いてない」

「ゴメンゴメン。悪いけど、もう一度話してくれない? 今度はちゃんと聞くからね」

「私の話はもういいわよ! それより、(うわ)の空の原因はこれかしら?」

 ポーレットは届いたばかりで分別も開封もされていないラウラの机の上の手紙の束に視線をくれる。

「え? 手紙は関係ないわよ? ね、ないってば!!」

 そうは言うが、ラウラの意識が今日来た手紙に向けられていることだけは明確だった。こうしてポーレットと話している間も幾度も視線をそちらへと向けるし、今にも開けたそうにずっと封筒を指先で(もてあそ)んでいた。

 ポーレットは手を伸ばして机の上に置かれていたその手紙の束を掴むと、奪い返そうと宙をもがくラウラの手を掻い潜って手元に引き寄せた。

「さ~て、どの手紙が士官学校一番のじゃじゃ馬姫をこんなガラスケースに入ったお人形みたいな乙女にしたのかしら?」

「ちょっと! その言い方は無くって?」

 取り返そうと延ばしたラウラの手から手紙を守るために背を向け、ポーレットは身体の向きを変えると、手紙を裏返し、裏に書かれた差出人の名前を確認しはじめた。

「これはラウラのお父様からのお手紙ね。先週も送ってこられたのではなかったかしら。本当に筆まめなお父様ね。羨ましい」

 ラウラはその言葉に複雑な表情を浮かべて見せた。それをポーレットは見向きもしないで次の手紙の宛名へと視線を移す。

「これはマイエンヌ伯爵の御令嬢、これは違うわね。こちらも女性の筆跡・・・ニヴェルネー伯爵のご令嬢ね。これも違う。これなんて怪しいかしら・・・ナオネト伯爵、でも年上で妻子持ちだし、線が細くてあまりラウラのタイプでは無さそうね。じゃあこちらかしら、デュラ男爵。御領地もナヴァールに近いし、確か年頃も相手が五つ上・・・お似合いの年頃だわ」

「冗談はやめてよ、あんな優男!」

「そう? ハンサムだし、悪くないと思うんだけどな。あ、でも、こちらも怪しいわね、ギデオンさん・・・コンテ伯爵家の御三男でしたかしら? 由緒あるお血筋だし、尚武の家柄だし、婿入りするのに何の不都合もないし。困ったこと。こんなに候補者がいるなんて絞り込めないわ。さてさて、どの殿方がラウラのハートを射止めたのかしら?」

「ち、違うわよ! 皆、貴族としての儀礼的な付き合いばかりで、貴女が考えているような間柄じゃないってば!」

 そのラウラの態度は心底を見抜かれたことによる焦りから来るものなのか、それとも見当違いのことを言う相手の誤解を解くためのものなのか。ポーレットはラウラの顔をじっと凝視した。

 これで権謀術数渦巻く貴族社会で将来、生き残っていけるかとポーレットが心配になるくらい、ラウラは心情がすぐに顔に出る真っ直ぐな、別な言葉で言いかえると分かりやすい女性である。ポーレットの見るところ、ラウラの態度は意中の相手を見抜かれたことに対する照れ隠しや誤魔化しには見えなかった。

「そう? じゃあ・・・あら? 毛色の違う手紙が一通紛れ込んでいるわね。これはどなたからかしら?」

 ポーレットが次に手にした手紙は他の手紙と明らかに違っていた。封筒には装飾など見られなく、中の手紙が透けて見えるんじゃないかと思うくらいに薄く、色もくすんでいる。紙質も上質であるとはお世辞にもとても言い難い代物だった。

 手紙の外貌だけでは無く、その手紙をポーレットが手にしたときのラウラの表情もまたそれまでとは異なったものだったので、ポーレットはそれが目的のものであると確信した。

「あ、これがそうなんだ♪」

「違うってば! いいから返して!!」

「その反応・・・いかにも怪しいわね! どれどれ? 名前はヴィクトール・・・どこかで聞いたような・・・・・・あ! これって例の歩兵科の問題児よね! 学校を追い出された。ひょっとして彼かしら?」

 瞳の中に好奇心の光を(たた)えてポーレットが見つめると、ラウラは真っ赤になって口を横一文字に噤んだ。

「~~~~~~~!!!!!」

「・・・そうなんだ。皆に隠れてこっそり文通してたなんてやるぅ~。身分の高下も気にならないのね♪ ラウラってば意外とロマンチスト♪」

「ち、ち、ちちちちちちち違うわよ!! ヴィクトールから手紙が来たのは今回が初めてなんだから!!」

 口を右手で押さえて笑いを喉元に押し込みながらポーレットは残った左手でラウラの肩を叩く。

「見え透いた嘘はいいから。しばらく部屋を出てよっか? 一人の世界に浸りたいでしょ?」

「な、な、なに言ってるのよ? ななな・・・なんか勘違いしてるんじゃない!?」

「いいっていいって、分かってる。言わなくても分かってるわ。私と貴女の仲じゃない! でもここは一つ貸しよ!」

「わ、私とヴィクトールとはべ、別に特別な関係などありはしないんだから、変な気を回さないでよ!」

「本当にもう! 素直じゃないんだから! 余所の部屋に一時間ばかり遊びに行くから、その間ご自由にどうぞ! あ、私に貸しがあることをくれぐれも忘れないでよね!」

 ポーレットはラウラに向けて茶目っ気たっぷりに片目を閉じて合図を送ると、まくし立てる言い訳を耳に入れずに扉を閉めて勝手に部屋を飛び出していった。


 ラウラは(たかぶ)った気持ちをぶつける相手を無くしたことで冷静になり口を噤むと、大きく深呼吸して手紙に向き直った。

 逸る気持ちを抑えながら、その味も素っ気もない封筒をペーパーナイフで切り開く。中から出てきたのは封筒と同じく味も素っ気もない粗末な便箋だった。

 色気のない便箋が出てきたことよりも、便箋の枚数が一枚であったことにラウラは何よりがっかりした。

 だけど次の瞬間、思い直す。ヴィクトールは没落貴族の出だという。書簡の遣り取りをするような相手もいなかったに違いない。手紙を出す作法も詳しくないだろうし、金銭面でも恵まれなかったとも考えられる。着払いである相手の負担を考えて手紙の枚数を少なくしたのであろうと己を納得させた。

 要は中に書かれている文言が問題なのだ。手紙の外装や枚数はラウラにとって重要ではない。

「・・・ん? 思ったより短い」

 便箋を開くと、そこに書かれた文章の短さにラウラは眉を(ひそ)めた。

 ラウラはその短い文章を最初から最後まで何度も読み返すと、やがて顔を紅潮させ、手紙を持つ手をわなわなと震わせた。

「なんじゃこりゃああああああああ!!!!!!!」

 ラウラは感情に任せて手紙を両手で思い切り握り潰し、壁に向かって投げつけた。


「これを見てよ!!!! 失礼だとは思わない!!!!!!」

 次の日、午前中の授業が終了するや否や、歩兵科の教室にラウラが皆が引くほどの怒り顔をして入って来ると、アルマンとエミリエンヌにくしゃくしゃになった手紙を突き出した。

 個人的な手紙、見ていいのかなとアルマンは遠慮して視線を逸らすが、その逸らした目の前にラウラが手紙を突きつけるのだから嫌でも目に入った。

「ヴィクトールから昨日手紙が届いたんだけど、酷いのよコレ!!」

「いいなぁ、ヴィっくんから手紙が貰えて。エミリ、ヴィっくんが学校を出て行ってから一回も貰ったことないよ」

 唇を尖らせて子供の用に不満を露わにするエミリエンヌの横でアルマンも重々しく頷いた。

「僕もありませんね」

「私だってないわよ! 今回が初めてよ!! それなのにこんな手紙ってありだと思う!? 失礼しちゃうわ!!」

 ぷりぷり起こるラウラとその言葉に興味を抱いたアルマンが横目で手紙を覗き込むと、そこには今回の戦において大砲が大きな役割を果たしたこととその考察、これからの野戦では大砲が主役になるであろうその理由が箇条書きにてズラズラと書き並べてあるだけだった。

 最後に大砲の優位性を信じるラウラからソフィーへと働きかけ、なんとかラインラント駐留軍に新たに大砲を配備できないか頼んでいた。

「・・・何これ? 教官に出すレポートか何か?」

 エミリエンヌが首を(かし)げて不思議がるのも無理はない。手紙というよりは上司に渋々と出したやる気のない報告書みたいだな、とアルマンも感じた。

 少なくとも年頃の男性が旧知の女性にしばらくぶりに出す手紙の内容では無かった。

 色めかしいものだけでなく、ラウラに対するヴィクトールの感情らしきものが伝わる文章はひとつも無かった。アルマンやエミリエンヌ、士官学校の級友に向けての言葉どころか、在り来たりの時候の挨拶すら無かった。

 こんなものを突然送られてきたのであればラウラが怒るのも無理はない、とアルマンはヴィクトールの無神経さに嘆息した。

 ヴィクトールとしてはむしろこれで大いに配慮したつもりだった。

 手紙が重量でなく便箋の枚数で決まっていた当時の郵便事情から、受け取り手の負担を少しでも軽くしようと悪戦苦闘して、必要なことを簡潔にまとめた結果、こういった文面になってしまったのだ。

 ヴィクトールとしても自分の近況を書いたり、皆にいろいろなことを問いたい気持ちは十分にあったのだ。

 とはいえそんな気遣いは文面からは一切伝わらない。むしろ簡素な文面から伝わってくるのは非礼さだけである。

「そうなのよ! こんなものをいきなり送り付けてくるなんて、レディーに向かって失礼だわ!」

「でもラウラちんに送って来たんだからいいじゃない! エミリもヴィっくんから手紙欲しいもの!」

 エミリエンヌはラウラにだけ手紙が来たことに不満そうである。だがラウラはむしろ自分にだけ手紙が来たことに不満があるようだった。

「そこよ! 問題は! 何故、私宛にこんなものを送ったかよ! 考えるに、このような嘆願は本来ならば軍令部に送るものだけど、上級士官でもないヴィクトールじゃ黙殺されるのが落ちよ! ならツテを頼りしかないわ。

少しばかり関わり合いがあるマリアンヌ様にお送りするのが筋ってものだけど、さすがのあのヴィクトールもそれが不敬だってことくらいは理解しているのね。だから私に送った。私の口からマリアンヌ様に頼めば、本人が直接頼むより効果的なことを知っているのよ! 小賢しい!!」

「違うよラウラちゃん、それだけヴィっくんに頼りにされてるってことだよ!」

「そうは思えないわ! 私たち三人の中から私を選んで手紙を送ったその理由は、単に手紙を受け取るにはお金がかかるからよ! あいつ、私を単なる財布程度にしか思っていないんだわ!!」

 ラウラは腰に手を当てて、鼻息荒く顔を横に逸らして怒りを表現する。

「まぁ実際、貧乏学生の僕たちにはラインラントからの手紙の代金は痛い出費です。伯爵令嬢であるラウラさんと違いましてね。それに恐れ多くもマリアンヌ様に声をかけるなどできはしません」

「エミリはできるよ! お友達だもん!!」

 あの後、正体を明かしたマリアンヌの周辺には瞬く間に士官学校の中でもとりわけ上流階級のグループが形成され、その他の人間には容易く声を掛け辛い雰囲気が作られてしまった。

 そんなマリアンヌに声をかける他の者は取り巻きの険しい視線にも一向に頓着しない恐れ知らずのエミリエンヌくらいなものである。もっともその彼らとて、一番の側近であるカミーユ嬢に現金な連中であるとして冷たい目を向けられてはいたのだが。

「何よりラウラさんは砲兵科なのですから大砲の話をするなら、僕等よりもラウラさんにしたほうがいいと考えても不思議ではありませんか」

「そ・・・それはそうだけども」

「これからは大砲の時代がきっと来ると常々ラウラさんはおっしゃっていた。ヴィクトールはその言葉を覚えていたからこそ、他の誰でもない貴女に手紙を送ったのですよ」

 そう言われてみるとヴィクトールに特別扱いされているようでラウラとしても悪い気はしなかった。ラウラはあっという間に機嫌を直した。

「ま、まあね。私に先見の明があるってこと、ようやくあの鈍いヴィクトールも気付いたってことね」

 ようやくラウラも落ち着いたことで、ここでアルマンはヴィクトールの手紙をきちんと読む機会を得た。

 頭から文末まで幾度となく読み返したアルマンは少し考え込むと、やがてラウラに尋ねた。

「ところでラウラさんはヴィクトールのこの頼み、どうするおつもりなんですか?」

「そうね・・・ヴィクトールの頼みとあれば聞いてあげたいことだけど。良く考えなくっちゃ。国事に私情は禁物、難しいかも」

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