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革命のデゼスポワール  作者: 宗篤
第三章 軍神対軍神
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第六十三話 対策

 部隊の再編を終えるとメグレー将軍は現状に対する認識を統一し、今後の対応を話し合うために部隊長たちに招集をかけた。

 その中の一人、イアサントの右手首に昨日まで無かった真新しい包帯が巻かれていることにメグレーが不審を抱き、声をかける。

「ミュルジュール、その手はどうした? 怪我か?」

「ああ、気にしないでください。例の少尉が帰って来たので、命令違反の件で少し制裁を加えただけです」

「ほう、あの小僧生きていたか。強運だな。だが制裁された方でなく制裁したほうが怪我をしているのは何故だ?」

 イアサントはしかめっ面をして左手で包帯にくるまれた右の手首を(さす)る。

「あの野郎、一発目で効いたふりして倒れりゃいいものの。馬鹿正直にそのまま突っ立っているから・・・!」

 傭兵にしろ志願兵にしろ、この時代の軍隊は国家を守る栄誉ある職というよりは、社会の落ちこぼれ、行き場のない厄介者の行きつくところと言った良くない側面が強かった。

 そう言った問題児たちに舐められないために下士官は兵士たちを殴り、士官は問題児たちのボス猿である下士官を殴り、身体に判らせる。

 イアサントとしては軍隊の規律、連隊長としての面子を守るためにヴィクトールをただ殴るだけでなく、是非とも殴り倒す姿を一般兵士たちに見せつける必要があったのだ。

「ああ・・・あの男、士官学校で教わってなかったんだな。数カ月しかいなかったからな。そういう時は上官の顔を立てて効いてるふりをしろ、そうすれば自分も痛い思いをしなくて済むって」

「で、本腰入れて殴ったら手首ぐねっちまったってわけか。鉄の女、鬼のイアサントともあろうものが情けない」

「久しぶりだからね。中隊長時代を思い出したよ」

 連隊長になれば直接の部下は士官だけである。士官ともなれば生まれもいいし、士官学校という高度な教育も受けているため、秩序や命令系統などの重要性を十分認識している。殴る必要などそうはない。今回のヴィクトールのように明確な命令違反でもしない限りは。

 つまり怪我をした理由はヴィクトールが足で堪えて踏ん張ったという想定外の事態だけでなく、制裁を加えること自体が久しぶりであったことでイアサントの勘が鈍っていたことにあるのであろう。

「笑うな! あたしは痛いんだぞ!!」

 抗議の意味で、思わず痛めた右拳で机を思い切りたたいてしまい、イアサントは目に涙を浮かべる。

 その様子を見て皆が笑う姿にメグレーも釣られて笑った。

「それにしてもミュルジュールは薄情だな」

「何がですか?」

「彼が命令違反を行ったことは事実だが、彼がいなかったら、劣勢になっていた我が軍は壊滅的な損害を被ったやも知れぬのだぞ。ここにいるものも幾人かは命を落としたやかも。言ってみれば彼は我々の命の恩人だ。少しくらい大目に見てやればいいものを」

「それでは部下たちに示しがつきません。あたしは女ということでただでさえ軽く見られているんです。少しでも部下に舐められるような隙を見せたら、このラインラントでは連隊長としてやっていけない」

「今更、鬼のイアサントに歯向かう命知らずがラインラント駐留軍にいるとは思えないけどな」

「そんな(やから)は全員、冷たくなって土の中で眠っているさ」

 その男はそう言うと目を閉じ、手を胸の前で組んで死体の真似をする。

「なんだって!!!!!!」

 イアサントが拳を振り上げ威嚇すると、その男は込み上げる笑いを必死に押し隠したような作り物の厳粛な顔で許しを乞うた。

「おお、怖い怖い! お美しいイアサント様、お願いですから命だけはお助けを~」

 その男のわざとらしい道化っぷりにメグレーをはじめ皆、大きく哄笑した。

「茶化すな!! 黙れ!」

 イアサントが珍しくむきになるその姿は、皆の笑いという火に油を注ぐ結果となっただけだった。

 やがて皆がひとしきり存分に笑って場が落ち着くと、メグレーがイアサントに問いかけた。

「とはいえ、それでは自分の面目の為に少尉の手柄を無視したみたいにも見えるぞ。ミュルジュールらしくもない。まさかとは思うが、才能ある部下に嫉妬したのではあるまいな?」

「そういう言われ方は心外ですね。あたしはあの男の才能を認めているんです。あのギリギリの生死の淵で短い時間であれだけのことを考え付き、そして実行するだけの度胸がある。稀有な奴です。たいしたヤツですよ。あのヴィクトールって男は。ですが才能に目が向くばかりに命令違反に目を(つぶ)っては甘やかしすぎというものです。将来、あいつのためになりません。いつも成功するとは限らないし、命令違反を特に嫌う上官もいる。度重なる命令違反は軍本部に睨まれ、出世に響く。このまま放置して天狗になって、命令違反からとんでもない失敗を犯せば誰も庇ってくれやしない。あたしはせっかくの才能を腐らせてしまわないように釘を刺しておいたまでです。嫉妬のあまり殴ったというのはまったくお門違いです」

 いつにないイアサントの長口上におや、と男たちは顔を見合わせた。

「おやおや、ミュルジュールの口から男を褒める言葉が聞かれようとは思わなかったな」

「俺なんて罵倒と皮肉以外、聞いたことが無い」

「鬼のイアサントにもとうとう遅い春が来たか」

「冗談じゃない! あんなケツの青いガキ!! あたしの相手するには十年早い!」

「語るに落ちるとはこのことだ。俺は別に何も言ってないぜ。ただ季節の話をしただけさ」

「あたしとあのガキじゃ一回りは違うんだ!」

「そう言うな、本心は分かっている」

「若いが結構な男前だ。お前が惚れるのも無理はない」

 うんうんと首を縦に振って納得する男たちにイアサントは顔を赤くしてどやしつけた。

「違うって言ってる!!」

 長い付き合いの彼らですらめったに見たことのない女傑の狼狽振りにどっと笑い声が溢れ、イアサントはますます顔を赤くさせた。


 メグレー将軍は連隊長たちから被害報告を受け、今後の打ち合わせを行うと、ヴィクトールを直々に呼び出し、今回の活躍について一通り褒めた後、ヴィクトールが何故、今回の無謀とも思える行動を取ったかについて諮問(しもん)した。

 ヴィクトールは敵についてどう分析し、どういった理由からあのような行動を取ったかについて事細かに説明し、最後にこう付け加えた。

「───正面に配置した部隊を大きく斜行させた敵が備えのない側面に回り込み、錬度の高い射撃で火力において上回ったこと、また密集した戦列に大砲の砲弾を撃ち込まれ、その威力と恐怖に味方の兵が混乱し、統率がとれなくなったことが今回の戦の敗因だと思います」

「見たことが無い、経験したことが無い攻撃に我が軍が浮足立ったことが第一の敗因だと少尉は言いたいわけか」

「ええ、数で上回るだけでなく、地形と布陣でも劣っていなかったのに交戦して僅か一時間で足並みが崩れるというのは前代未聞です」

 聞きようによっては十分、司令官の手腕に対して疑問を投げかけるかのようなその質問にもメグレーは気を悪くした様子は見られない。

 むしろ悪びれた様子を見せずにそれを行うヴィクトールのそのふてぶてしい態度を、メグレー将軍は逆に好ましいものとして捉えているのか、目を細めて眺めていた。

「確かに、ラインラント駐留軍始まって以来の屈辱だ。いや、あんなことを思いつく敵将を褒めねばなるまいな。だがその敵将と戦わなければならない我々としては感心してばかりはいられない。ところで少尉は若いが優れた見識を持っている。ならばあのような斬新な戦術を使ってくる敵に対して我々が勝つための秘策はないか?」

「敵を上回る術は小官には思いつきません。ですが考えがないわけではありません。ここは相手を上回ることではなく互角に戦うことをまずは考えるべきではないでしょうか。敵と同じ手段を使えば、勝ることは無くても、少なくとも戦闘が始まる前から劣っているということはないでしょう」

「敵の猿真似をしろと少尉は言うのか」

「敵であるからといって、その行為を軽んじたり嫌ったりといった感情に囚われてはいけないのではないでしょうか。敵に優れたところがあるというのなら、それを素直に見習えばいいと思います。良いと思えばなんであっても取り入れるべきだと考えます」

「その通りだな。具体的にはどうすべきだと?」

「敵兵は射撃、方向転換、行軍など動作を細かく分類し、そのひとつひとつを掛け声に合わせて実行することで統制のとれた動きを行っていました。それが射撃において手数を上回り、戦場においてあのような行軍を可能にしたのだと思います。かなりの訓練を積まなければ、ああはいかないでしょう。我が軍も似たような教練を兵に施せばいいと思います」

「言うは容易いが・・・動作をどの程度まで分類し、どういった命令が必要か判断するのが頭の痛い問題になりそうだな。命令がおおざっぱではこれまでと変わらず有効性が薄いし、命令の種類が多くなれば兵が覚えきれない」

「ええ。命令を下す士官の意見だけでなく、実行する兵士たちの意見をも集約するなど、試行錯誤を繰り返さねばならないでしょう」

「やってみるしかないか・・・余計な仕事が増えた兵は嫌がるだろうがな。とはいえ兵が実行できるようになるまでは時間がかかりそうだ」

「ですから我が軍が今すぐ必要としているものは大砲ということになります」

「大砲はこの城にもあるが・・・城攻め用の大きなやつだけだ。それ以外の用途では実用に耐えうるものじゃない。なにしろ重くて大きい。戦場に運んで設置している間に会戦が終わってしまいかねない」

「ですが野戦でも大砲が有用なことは今回の戦いで証明されました。我が方だけ大砲が無いというのは野戦において不利な条件となるでしょう」

「次も敵が大砲を使ってくるという保証はない。なにしろ大砲は重い。行軍に不利益をもたらす。部隊を適時、素早く移動させる時、足手まといとなりうる」

「攻城戦に使われていた今までの大砲でしたらそうでしょう。ですが敵は砲架に車輪をつけ、大砲そのものを小型化しております。あれならば歩兵の行軍速度に追従することは可能ではないでしょうか」

「敵のあの特殊な大砲はラインラントという険しい地形を運搬するために行った已むを已まれぬ非常手段ではないかな? あくまであの大砲はモゼル・ル・デュック城を攻略するためのもので、城攻めを行わないのなら、必ずしも毎回持ち運ぶものでは無いかもしれぬ」

 それは分析というよりはメグレーの願望に過ぎないとヴィクトールは思った。もし敵が今回、大砲を使用していなかったら、あるいはそのメグレーの言葉は説得力を持っていたかもしれない。だが決してそれはありえない。

 なぜなら───

「敵の将軍が今回の戦果を見なかったことにする・・・と?」

「いや・・・それはない。確かにそうだな。敵軍は次も確実に大砲を使用することだろう」

 確かに大砲が無くてもブルグント軍が優勢に戦いを押し進めていたが、あの戦いの優劣を決定づけたのは誰がどう見ても大砲である。

 それを目の前で見たのに、大砲の野戦における有用性を認めらないというならばそれはとんでもないレベルの愚将である。

 そして自分に敗北の味を味あわせた男が愚将であるとはメグレーとしては己の名誉の為にも認められなかった。

「ええ。それもより大規模に、より効率的に」

「どうしてそう考える?」

「もし敵に大砲がもう少しあり、戦闘の途中からでなく、開戦時から使用されていたのならば、我々は完全に敗北していました。軍は四分五分になって今頃はモゼル・ル・デュック城を失っていたかもしれません。それに敵のその攻勢を鈍らせたのも大砲です。彼らも身を持って大砲の威力を思い知ったはずですから、敵は次も必ず使用することでしょう。そして敵将は兵士に教練を施すなど何かと工夫を怠らない男のようです。きっと今回の戦いを分析し、改めるべきところを改めるに違いありません」

「だとすると我が軍も似たような大砲を至急、調達しなければならないということだな」

「賢明なご判断だと思います。次の敵の来襲がいつになるか分からない以上、一刻も早く新たな大砲を準備すべきかと」

「だがな、君や実際の被害に遭った我が将兵は私の判断を支持してくれるだろうが、頭の固い軍令部の連中はどう思うかな? 果たして小口径の大砲という今までの戦理からに外れたものに金を出す価値を認めるかどうか。しかも砲架に車輪が付く、これまでと異なる特殊仕様だ。通常の大砲より高価になるに違いない。大蔵省も金を出し渋るだろう。私も軍部の出世コースから外れた身、軍令部の方針を左右することはできぬし、嘆願はしてみるが実際に配備されることは期待できないだろうな」

 しかも奇跡的に許可が下りたとしても、お役所仕事だ。大砲が完成してラインラントに送られる頃には数か月、あるいは数年経っているかもしれない。

 ようやく届いたころにはラインラント駐留軍は全滅していたなどといった笑えない状況もあり得る。

 それを思えばメグレーの顔も憂鬱にならざるを得ない。そんなメグレーの表情を見取ってヴィクトールは提案を行った。

「それなんですが、小官に考えがあります。友人に手紙を出す許可を下さい」

「手紙・・・? 手紙など自由に出せばいいだろう。軍では別に手紙を禁じているわけではないぞ」

 不思議そうな視線を向けるメグレーに、ヴィクトールは背筋を伸ばして返答する。

「なにぶん中身が多少政治的なことですので、あらかじめ司令官殿の許可をいただきたく存じます」

 メグレーは嬉しくなった。その言葉だけでヴィクトールが何をやろうと考えているのか透けて見えた。メグレーも頭の回転は速い男である。

「コネかツテを使おうというのだな。意外だな。貧乏貴族の出身と聞いていたが」

「士官学校で知り合った友人に力になってくれそうな人がいます。小官はこういったやり方は気乗りはしませんが、これはラインラント駐留軍の兵士の命が懸かっています。それにラインラントが危うくなれば国家にとっても一大事。個人の感情は脇において、今は使えるものは使っておく緊急時だと考えます」

「よろしい。私もその意見には大いに賛成だ」

「では早速に」

「ああ、待て。こういうのは儂だけでなく、自分の直属の上司の顔も立てておくものだ。ピエールは磊落(らいらく)だから気にしないだろうが、ミュルジュールは自分の頭ごなしにことが運ばれるのを嫌うだろう。まずはピエールとミュルジュールの許しを取ってくるがいい。話はそれからだ」

「わかりました」

「下がってよし」

 メグレーが手で退室を促すと、ヴィクトールは深々と腰を折って一礼し、部屋を後にする。

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