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革命のデゼスポワール  作者: 宗篤
第三章 軍神対軍神
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第五十三話 メイジェーの戦い(Ⅳ)

 かつて高い石造りの塀で囲まれた城塞を攻略するのは難事だった。大兵力をもって何週間、時には何か月も攻撃に費やしても陥落しないことすらあった。

 だが大砲がその状況を一変させた。大砲は投石器よりも取り扱いが簡単で持ち運びも容易、なおかつ威力も比べものにならないほど強力だった。

 土塁、門扉、尖塔、城壁、全てを薙ぎ払い、打ち崩した。

 防衛側も座して見ていたわけではない。大砲の普及に従って城壁を分厚く堅牢にした。それを打ち破るために、大砲もまた大口径化、超重量化することとなった。

 だがラインラントは特殊な地である。ここ五十年、猫の額ほどの土地を双方が取ったり取られたりの戦闘が続き、住人は逃げ出し周辺一帯は荒れ果て生活道路は消失した。

 双方の軍も土地を失陥した時に自らが敷設した軍用道路を相手の攻撃に利用されることを恐れて必要最低限の道路しか作らなかった。

 元来の険しい地形も相まって、巨大化した大砲を前線まで運ぶのはなかなかに手間のかかる作業となる。

 それが相手の土塁程度の陣営地でも大砲が使えず攻略に手間がかかり、ラインラントの戦いが泥沼の消耗戦と化していた原因の一つだった。

 そこでガヤエは最終的なモゼル・ル・デュック城攻略を見越して、丘あり山ありのラインラント地方の急峻な地形を持ち運ぶのに適した大砲を探させた。

 目を付けたのは海である。大砲は発明されてから、陸上で城壁相手に独自の進化を遂げたのと同時に、海上で艦船相手にまた別の進化を遂げた。

 大砲の登場によって艦隊決戦は切込みだけでなく、その前に行われる砲撃戦も重要な位置を占めるようになった。

 だが洋上に浮かぶ必要のある艦船は城壁のように大砲相手に重装甲化するというわけにはいかず、結果として大砲も大型化しなかった。船舶の上層にあまりの重量物を積むとバランスを崩した時にあっけなく転覆するという事情もある。

 また大砲だけで決着がつくことはまず無く、一般的に最後は接近してから銃撃戦、白兵戦で敵戦力を無効化する必要があったから、小口径、短砲身による射程の短さは問題にならなかった。

 ガヤエが注目したのは船内という狭い空間では砲兵として配置できる人数が限られるために、射撃のたびに反動で後ろに下がる大砲を少人数で元の位置に戻すために砲架に車輪がついているという構造にである。

 だがその車輪は船内の戸板の上の短い距離を走らせるに必要な強度だけしか持ちえない。そのままではラインラントの険しい道には耐え切れない。

発展、補強し改良することを忘れてはいない。

 だがいくら足回りを改良しても上に載っている大砲は変わらない。城攻めだというのに小口径、短砲身のその大砲の威力を疑問視する者は多かった が、ラインラントの特殊な地形では大型の大砲を携帯すると行軍速度が極端に遅くなると言ってガヤエはその意見を封じた。

 ガヤエとしても不安は残るが、無いよりはマシだろうという考えだった。さすがに手ぶらでモゼル・ル・デュック城を攻略するのでは、兵士たちの士気も下がろうというものである。最悪、兵士たちの精神的なお守りになってくれさえすればいいと考えていた。

 つまりガヤエが戦場に引っ張ってきた大砲は小型とはいえあくまで城攻めの兵器の一つとして持ち運んできたということである。

 だがこの大砲を牽引してきたことが戦争の流れを一変させることとなった。


「はぁ・・・あるかないかと問われれば、もちろんありますが・・・」

 その士官はガヤエの真意がわからずに首を捻り捻り返答した。激戦のさなか、気が立っている上官に問われてもこの返答、とことん間の抜けた士官であった。

 もっとも抜けているからこそ、花形とは程遠い輜重隊なんぞに回されたのかもしれない。未だ輜重を軽視する風潮がある時代である。

「よし、輜重隊がいる坂道からあの前方の小丘の上に大砲を持ち上げ、射撃を行え」

 ガヤエは明確に指示を出したつもりだったが、その士官は今一納得しきれないことがあるようだった。

「撃てとおっしゃられても、標的が見えないようですが・・・・・・」

 陸上ならば城塞、海上ならば敵船、大砲は大きな構造物に撃ちこむものだとばかり思い込んでいるその士官は目標となりうる物体を見いだせずにきょろきょろと周囲を見回した。

「目標物はあれだ。目の前に見える敵の方陣だ」

 ガヤエは前方の敵の方陣を指さす。

「大砲を敵兵に向けて使うのはもったいないのではないですか?」

 火薬や砲弾はタダではないのである。そして何よりも、青銅で出来た大砲は一発撃つごとに劣化し、砲身に疲労を蓄えこむ。壊れる危険性は皆無ではない。

 彼が何よりも恐れたのはモゼル・ル・デュック城攻略の為に持ってきた大砲が、城壁を目の前にして壊れるなり弾薬がないなりの何らかの理由で発射できないことであった。

「気にするな。責任は私が取る」

「大砲が命中したとして・・・果たして人間相手に効きますでしょうか? 砲弾が当たれば倒れるでしょうが、的としての人は小さすぎます。大砲を撃つに見合うだけの効果が得られるか」

「人に当てるのは難しかろうが、方陣という人の塊ならばそう難しいことではない。それに方陣というのは人で作った要塞みたいなものだ。城塞目掛けて撃つのと同じようなものだろう。だいいちあれだ。石よりも人の方が柔らかい。効かないわけがないだろ」

 あまり自分でも信じていそうにない口振りの、そのガヤエの投げやりな返答に士官は顔を(しか)める。

 だがガヤエは彼の上官である。命令をいつまでも拒否できる立場ではない。しぶしぶながらも了承し、持ち場へと戻り命令を実行せざるをえなかった。


 彼の口からガヤエの命令を聞いた部下たちも彼とだいたい同じ反応だった。滑稽なことに今度は彼がガヤエ将軍と同じ口振りで部下たちを説得しなければならなかった。

「いいから、もったいなかろうが無駄であろうが、命令通りに大砲を敵陣に打ち込めばいいんだよ! とやかく言うな!!」

「大砲が壊れてしまうかもしれません。本当によろしいんで? それに敵と味方がかなり接近しています。間違って味方の兵に当たるかもしれませんよ?」

「気にするな。責任は俺が・・・いや、ガヤエ将軍がとってくださる!!」

 もっとも最後に姑息に責任を上司に押し付けるところだけがガヤエとは違った。

 隊長か将軍かは知らないが責任を取るのが自分たちではないことを悟ると、砲兵たちは命令に従い大砲を丘の上に運び上げ設置した。

 軽量かつ車輪付きであることが短時間での設置に貢献した。今までの大砲であったなら、おそらくこれほど短時間のうちに射撃体勢に入ることなどできなかったに違いない。下手をすると合戦が終わってもまだ丘の上に持ち上げようとしていたかもしれなかった。

 砲兵たちは弾薬を装填し、狙いを定めて撃ち放つ。

 発射の衝撃が輜重隊の足をすくい、地鳴りのような轟音が小高い丘を震わせた。

 ここに初めて城壁を壊し、城門を打ち破るものと思われていた大砲が野戦に使われたのだ。

 正確にはこれ以前にも、大砲の黎明期などに野戦にて使用されたこともなかったわけではない。

 だがそれほどの戦果を上げなかったり、戦果を上げても他国に伝わらなかったり、その国の中でも時が過ぎゆくままに風化され忘れ去られていたのである。

 大口径化に伴って大砲は高価になる一方であり、移動に困難をきたすようになった。砲弾も大きくなることで一度に持ち運べる球数が減ったことで、人に向けて撃つなどとんでもないという固定観念が確立されてしまったのだ。


 丘の上からなだらかな曲線を描いて飛んだ砲弾は狙い違わずフランシア軍へと飛んで行き、上空から二十度くらいの角度で方陣のただ中に着弾した。

 そして今までの大砲の固定観念を打破するかのように密集した兵たちを吹き飛ばした。

 被弾した方陣の被害はちょっと筆舌に尽くしがたいものがあった。

 砲弾が直撃して死んだ兵士はまだ運のいい方で、身体の一部を持っていかれたもの、大怪我を負って辛うじて生きているだけの者、脳漿や血を全身に浴び、恐怖に魂を掴まれ叫び出す者、あるいは砲弾の運動量をまともに受けて吹っ飛んだ兵士の身体の一部がぶつかり昏倒する者、僅か一発の砲弾が凄惨な現場を生み出したのだ。

 何が起きたのか理解できず混乱するフランシア軍目掛けて、大砲は次々と丸い鉛玉を煙と轟音と共に吐き出した。

 着弾する度にフランシア軍に混乱が広がっていく。よほどトラウマになったのか、砲弾が着弾した場所だけでなく、他の場所にいる兵士も戦場に鳴り響く大砲の独特の飛来音を聞いただけで怯えを見せ隊列を崩すものが後を絶たなかった。

 それだけではない。もっと先に進んだ過激な手段を取る兵士たちも現れる。

「こらっ! 逃げるなッ!!」

 大砲の攻撃に腰砕けになり、兵士たちが逃亡を始めたのだ。

 曹長が制止の声をかけるが、兵士たちは聞く耳を持たない。

 と、一発の銃声が鳴り響き。後ろを向いて逃げていたその兵士の身体がぐらりと傾き、地面に倒れ込む。

 曹長が振り返ると連隊の副隊長である中尉が手に構えていたマスケット銃の筒先から白い煙が立ち上っていた。

「う・・・撃ったんですか?」

 兵士が逃走するのを防ぐために逃げた兵は士官や下士官が殺すことになっている。なっているが、隊に対する忠誠心も兵士としての矜持もない質の悪い傭兵が主体だった五十年戦争と違い、傭兵であれ志願兵であれ、平和な中であえてラインラント駐留軍に属することを選んだ彼らは意識が高く、なおかつ手堅い手腕の持ち主のメグレー将軍に率いられていたこともあって、酷い負け戦に出会ったことが無かったことで、そのような状況に追い込まれたことが何年も無かったのだ。

 だからからか曹長の口振りはどことなく非難するような色合いが含まれていた。

「すべきことをしただけだ」

 部下を射殺したその中尉はけろりとした表情で悪びれない。

 他の兵士に伝播しないために(わざわい)の芽は早いところ摘んでおくべきだという考えであった。士官学校で教わることの一つである。

 非情な決断だがやっただけの効果はあった。その部隊ではそれ以上、逃亡者が現れようとはしなかった。

 だが部隊の士気と雰囲気は確実に悪くなった。


 反対にブルグント軍の士気は天に(ちゅう)した。

 フランシア軍は砲撃の実害もさることながら、精神的にも動揺して隊列を乱し、ブルグント軍の攻撃を受けきれなくなった。

 頭上を飛び交う砲弾の轟音は、フランシア軍にとっては悪魔の咆哮にも思えたが、ブルグント軍の兵士にとっては天使の讃美歌のように聞こえた。

 なかでも、「これはいい! 当たってもいないのに敵兵は腰砕けだ!! フハハハハハハハハハハ!!! これからは大砲の時代が来るぞ!」と高笑いを浮かべて一番の上機嫌だったのはガヤエ将軍である。

 隊列が乱れ、方陣が機能しなくなったことでブルグント軍は兵を動かしやすくなった。戦列の隙間に兵を割り入れ、崩れながらも辛うじて形を保っていた方陣を脆弱(ぜいじゃく)点から攻勢をかけて打ち崩し、フランシア軍の戦線をずたずたに切り裂いた。

「退き時だ。撤退する」

 まだフランシア軍は戦えるだろう。だがこれ以上戦っても損害が増えるばかりで戦局逆転の芽は無いとメグレーは冷静に判断した。

 だがそう決めたからと言って、すぐに後ろを向いてケツをまくって逃げ出すというわけにはいかない。メグレーには二万二千もの可愛い兵士を少しでも被害を押さえて撤退させる義務がある。

 彼らには彼らの家族があり、家庭があり、夢があり、生活がある。無駄に散らしていい命では決してない。

 だが撤退は容易い作業ではないだろう。それには砲撃とその後の敵の猛攻に混乱状態にある前線部隊を回収して、敵の反撃を防ぎつつ後退しなくてはならない。

 なのにメグレー将軍に予備兵力は無い。手持ちの部隊は今まで敵の矢面に立って戦線を構築していた部隊が撤退しやすくなるように新たな防衛線を構築するのにつかわなければならない。大きく敵兵の背後に回り込んだ騎兵は敵の騎兵と交戦中で忙しいし、そもそも連絡が途絶している。

 手隙の部隊がないかと戦場を見回したメグレーの目は格好の獲物を探し出した。

 フランシア軍の中に激しい起伏に照準が取られていなかった、あるいは両軍が接近しすぎて曲射砲撃がされていなかった運のいい部隊もあったのだ。ヴィクトールの属するイアサントの連隊もその一つであった。

「無傷の第三十四。三十六連隊を移動させろ。正面の敵戦列を射撃で支えつつ、パイク隊を左右に展開し味方の後退を援護せよ」

 メグレーは直ぐに伝令を出して両連隊に命令を伝えた。

 とにかく一兵でも多く撤収させるにはそれは的確な指示であった。だが周囲の部隊が退くということは、残された部隊は敵中に突出することでもある。

 イアサントはともかくも、副官たちはその非情な命令を聞いて憤慨し、口々にメグレーの悪口を言った。イアサントも気持ちは理解できるが、立場上どやしつけるしかない。

「命令は命令だ!!」

「無茶です。我々は立地が良かっただけで被害は軽微ですが、味方が周囲からいなくなれば敵の格好の的です。味方を逃がして最後に撤退するといいますが、果たして敵は我々を容易く逃してくれるでしょうか?」

「敵は味方の戦線を何か所も寸断しています。位置的に言えば最後尾になる我ら第三十四歩兵連隊が脱出体勢を整える前に敵は後方に兵を回して包囲を完成させてしまうでしょう。脱出は無理です」

「無茶でも何でもやるんだよ!!」

 それは第三十四、第三十六連隊は友軍の脱出の時間を稼ぐためにしばしその場を死守しろという命令だった。

 ありていに言えばメグレーは多数の為に第三十四連隊を切り捨てたのだ。

 といってもあまりにも絶望的な状況になれば兵は脱出、あるいは降伏するし、それを理由にイアサントが離脱を命令することもメグレー将軍は計算に入れていた。

 イアサントなら適度に交戦し、あるいは撤退し、もはや使い物にならない前線の諸部隊が本隊と合流し、軍全体が退却する時間を稼ぎつつも生き延びてくれるであろうと信じていた。

 あるいは己にそう言い聞かせることで死を宣告したという罪悪感から逃れようとしていただけなのかもしれなかった。

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