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革命のデゼスポワール  作者: 宗篤
第一章 王立陸軍士官学校
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第五話 挑戦

「なんですって!?」

 感激のあまりに涙を流して喜んで手に口付けすると思っていただけにヴィクトールたちのその冷淡な態度はラウラを酷く驚かせた。

「この私がここまで辞を低くしてお願いしているのに断るっていうの!?」

 相手のことなどお構い無しの、極めて上から目線の命令に近いその要請のどこがお願いだというのだろうかとヴィクトールは強く疑問に思った。

 ラウラは自身の望みが却下されたこと、何よりも慈悲の心を持って差し出したはずの手がはたかれたことを大きな侮辱と感じ、怒り心頭に達しているようだった。

「僕は平民の出ですので、ラウラ様のような高貴なお方にお仕えするに相応しい身分だとは申せません。行儀作法や立ち居振る舞いに至らない箇所が出て、きっとラウラ様にご迷惑をかけることとなります。どうぞこちらのヴィクトールめにお申し付けを。彼は立派な軍人貴族の出だそうですから、お嬢様のご希望に必ずや応えることと存じます」

 どうやらアルマンはヴィクトールにこの面倒ごとを押し付けることで、自分だけはいち早く沈みかけの泥舟から逃げ出そうという腹積もりのようだった。

「ちょ・・・アルマン、人に厄介ごとを押し付けるなよ! そ、それに淑女にお仕えする騎士とかいう存在は男のほうから自発的に申し込むものじゃないですか? 淑女の方から男性に申し込むという話は聞いたことがないですよ?」

 ヴィクトールの言葉にラウラはこめかみに血管を浮き立たせる。

「厄介ごとですって・・・? この私の騎士になることが・・・?」

「あ、いや、違います違います! 栄誉なことだと思っています!」

 ひきつった作り笑いを浮かべながら手を振って否定するヴィクトールを見てラウラは下唇をぎゅっと噛み締める。

「・・・もう一度言うわ。私は平民だろうが貴族だろうが一切気にしないの。礼儀作法なんてどうでもいい、強ければそれで私は満足なのよ。あなたたち、私の騎士になりなさい!!」

 ラウラの口調はきつく、そして声は先程よりも低かった。内心では大いに不快に思っていることは間違いない事実だった。

 相手は有力諸侯の子女である、ここは相手の機嫌を損ねないためにも素直に了承の返事をしておいたほうがいいところである。

 まったくの無駄と言うわけでもない、取り巻きになれば多少のおこぼれもあろうというものだし、未来の伯爵夫人とコネが出来るというだけでも頭を下げるだけの価値があると判断するのが大人の考えと言うものであろう。

 だがアルマンは単に自分の読書の時間がなくなるからと言う理由で、そしてヴィクトールはラウラに面倒臭い女性の臭いをかぎつけて、「遠慮します」と二人同時に声を合わせて頭を下げ断りを入れる。

「~~~~~~~~~~~ッ!!!!!!!」

 顔面を紅潮させ両手で頭を抱え込んでラウラは金切り声を上げた。

 頭がおかしくなったのかと思って困り顔を見合わせるヴィクトールとアルマンに向けてラウラは手袋を脱いで叩きつけた。

「決闘よ!!!」

 手袋を顔面で受け止めるはめになったのはヴィクトールである。何が起きたか分からずにぽかんと口を開くしかなかった。

「は!?」

 アルマンもことの成り行きに苦笑するしかない。

「どうしてそう話が飛躍するんですか?」

「こんな恥をかかされたまま黙っていては貴族の名折れッ!! 由緒あるナヴァール辺境伯爵家末代までの恥ッ!!」

 大貴族の令嬢として育てられて叶わぬ事など無かったのででもあろうか、ラウラはとにかく自分の思い通りに話が進まないことに苛立っているようだった。

「そこまで大したことでもないでしょう。大げさな」

 ヴィクトールにしてみればそんなことは知ったことじゃない。面倒ごとはこれ以上ご遠慮願いたい一心でラウラを(なだ)めにかかる。

「いいえ、この恥辱晴らさずおれようか! 必ずあなたたちを叩きのめして屈服させるわ!!」

 だがラウラは二人に向けて人差し指を突きつけながら教室中に響き渡る大声でそう宣言した。

「決闘といっても・・・男と女では体力に差がありすぎます。はじめから勝負にもならないかもしれませんよ?」

 そこでヴィクトールは男と女に厳然とある差について述べることでラウラに平静を取り戻させようとする。

「私はナヴァール辺境伯家の産まれ。剣も銃も馬も並の男には負けない!」

 しかし今度もその試みは上手く運ばない。辺境伯家の総領姫として教育を受けてきたラウラは腕に自信があったのだ。並の男には負けないというその自負が一度申し込んだ決闘を取り下げるということを拒んでいた。

「でも女の子と決闘と言うのはさすがに・・・怪我をなさるかもしれません」

 さすがに決闘といっても学生のことだ。生死をかけた本式の決闘をやるわけではないだろう、真似事程度のものになるには違いない。

 だが顔に傷でも付いたら大問題だ。その場合、貴族といっても名ばかりのヴィクトールでは社会的に抹殺されかねない。

 だからといって手を抜いて負けるというのもヴィクトールの矜持(プライド)に反することだった。やるからには勝利したいものである。

 ヴィクトールは複数の上級生相手にも臆さない男だったが、ラウラ相手に決闘することには尻込みを見せた。

「あたりまえ。そんな危険なことを女の私にさせるつもり?」

「・・・ということは代理人を立てて決闘するということですか」

 決闘は貴族同士で行われる誇り高い戦いである。申し込まれた決闘を受諾しないという選択肢はまず許されない。もしそんなことを行えば不名誉で暫くは社会的に死んだも同然となる。

 だが当主が女、病人や老人であることもあるのである。そんな時の為に代理の人物を立てることも許されていた。決して珍しいことではない。

「そんなので勝っても面白くないじゃない。決闘請負人なんてお金を積めばいくらでも凄腕の人を雇えるのだもの。私はお金の力で勝ったなどと陰口を叩かれたくないわ」

 どうやらラウラという少女はいやに誇り高い少女であるようで、ただ勝利するだけでは満足できないようであった。

「ということはご自身でどうしても決闘をすると? しかし素手でするにしても剣術でするにしても私と貴女では体格の差がありすぎますよ」

「さっきも言ったわよね。私はかまわないって」

「私が構うんですよ。女性相手に勝っても自慢にもならない。むしろ非難されかねません。そもそも女性を押し倒すなら地面でなくてベッドで行いたいし、それに女性を殴るのも斬りつけるのも趣味じゃない」

「あら、言うわね。じゃあどうするの?」

「射撃・・・さすがに互いに相手を射ち合うのは色々と問題がありますから、的相手に何点取るかで競争するというのはいかがでしょうか?」

「あら、悪くないわね。でも・・・少し地味ね。それじゃあちょっと面白くないわ」

 そう言うと顎に手を当ててしばらくラウラは考え込んだ。

「じゃあこうしましょう。いっそのこと大砲で派手に射的といきましょう。これならば見た目も派手で私好み、学園中の噂になること間違いなしだわ!」

 ラウラは良案を思いついたとばかりに手のひらを打ち合わせると、顔を輝かせてそうヴィクトールに提案する。

「砲兵科の貴女と歩兵科の私が大砲で対決?」

 提案された方のヴィクトールとしては諸手を挙げて賛成するとは言いかねる条件だった。随分と片方に一方的に有利な条件だと思うのだが。

「あら不服? 五十人の上級生相手に恐れずに二人で立ち向かったんでしょう? その時の勇気はどうしたの?」

 自分のことでないからか、それくらい何の障害でもないかのようにラウラは言い放つ。だがヴィクトールにだって言い分はあるのだ。そもそも相手にしたのは五人で五十人ではないし、

「私は大砲なんて素人も同然ですよ。士官学校に入って始めて実物を触ったくらいです」

 そう、大砲に関してずぶの素人なのである。

「大丈夫、安心して。入学して一ヶ月、私たち砲兵科も実地訓練には入っていないわ。まだまだ軍隊の基礎を叩き込まれているところ。まずはいろんなことをさらっと触ってるところよ。大砲の概略の説明を受けて、一度試しに射たせてもらった程度よ。貴方たちも一度試射はさせてもらったんでしょう?」

 そう言われてみればその通りで、一年の一ヶ月では専門科目に関わることどころか、士官に関する教育もまだで、軍人としての基礎を叩き込んでいるところだから、歩兵科、騎兵科、砲兵科で教育内容にそれ程の差はなかった。

 攻城戦の主役である大砲についても一通りの説明を受け、どんなものか一度試射したことがある。

「それは・・・そうですが」

「じゃあ決まりね」

「弱ったな・・・それに教官がたが許してくださらないのではないですか?」

 ラウラの地位を考えると無駄な努力だとは思ったが、一応教官の名を持ち出してなんとか辞めさせられないかと牽制を試みる。

「そこは任せておいて。でも複数の教官方の許可も取らなくてはいけないでしょうし、どうせやるのならば派手にやりたいですし・・・そうね一週間後にしましょうか。楽しみにしているわ」

 そう言うとヴィクトールの返答も待たずにラウラは背中を向けて高笑いをしながら、いつの間に円を描くように取り巻いていたクラスメイトの人垣を掻き分けて出て行った。

「がんばってね、ヴィっくん! 私の代わりにあんな生意気な女やっつけちゃえ!!」

 エミリエンヌは鼻息を荒くして、先程までラウラがいた眼前の空中にシュッシュと拳を突き出して殴った。エミリエンヌはラウラのどこが気に入らなかったのかやたらと対抗心を燃やしてヴィクトールを焚き付けようとする。

「頑張れよ、ヴィクトール。心の底から応援しているぞ」

 アルマンにいたっては完全棒読みの、語句とは裏腹な心の籠ってない応援をする始末だった。

 ヴィクトールは自身に訪れるはずだった平穏な時間が背を向けて去っていくことを感じ、天井を見上げて嘆息した。


 さて辺境伯、辺境伯とここまでことあるごとに連呼してきたが、いったいそれが通常の伯爵と何が違うのか分からない読者諸兄もいると思う。

 念のために解説しておくと、伯爵とはある地域一体の土地と人の支配を許された貴族のことである。男爵や公爵も同様である。公爵は複数の伯爵の管轄地域を、伯爵は複数の男爵の管轄地域を内包している。公爵領を県、伯爵領を市、男爵領を町に当てはめて考えれば分かりやすいかもしれない。

 そして辺境伯とは文字通り辺境地に封じられた伯爵のことである。

 辺境地域と言うのは要するに他国と接する国境地域であり、しかも概して交通の便が不便で昔ながらの部族や氏族が跋扈(ばっこ)し、その国の公権力の介入を受け入れない部分が多く残っているような厄介な地域であることが多い。だからこそ辺境と言う冠詞が付いているのだ。

 もちろんナヴァールの地も例外にもれず急峻な山岳地帯を多く抱え、農耕よりも遊牧が盛んな地域であるだけに定住せず、尚且つフランシアの支配権の及ばない数多くの部族を抱えていた。

 そういったまつろわぬ民や国境を接する隣国との紛争にと常に臨戦態勢にあるも同然であるから、通常の伯爵よりも広大な領土と大きな権限、強大な軍事力を兼ね備えている存在、それが辺境伯である。その為、普通の伯爵よりも名誉ある高い地位であると貴族社会では捉えられている。

 彼女が公爵家の出身でもないのに三公女の一角に入れられる由来はそこにあった。

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