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革命のデゼスポワール  作者: 宗篤
第三章 軍神対軍神
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第四十九話 奇怪な動き

 ガヤエは若い将軍である。将軍になるまではラインラントではなく他の常備軍を渡り歩き、軍の出世の階梯を地道に登ってきた。

 普通ならあと十年、いや二十年はかかる将軍への階梯を一気に飛び越えて任じられたのは、戦場における実績よりも数々の軍事に関する献策によって取り立てられたからだ。

 もちろん彼を取立てた枢機卿は彼の卓越した見識だけでなく、日頃の行動、すなわち部下を掌握しているか、同僚と不必要に揉め事を起こすような性質の持ち主でないか、彼のことを煙たく思っている大貴族からの圧迫に耐えうるだけの精神的なタフさがあるかなどを慎重に見極めた上で大抜擢したのである。

 であるから彼はメグレー将軍の実力のほどを知らない。

 先程、将校たちの前では大言壮語を吐いて見せたが、この戦は敵将がどの程度の技量の持ち主なのか、敵戦力がいかほどなのか、名高いモゼル・ル・デュック城の堅牢さはいかほどなのかといった事柄をまずは己の目で確認、小手調べしたいといった意味合いが強かった。

 もちろん噂が虚名であるのならば戦場においてフランシア軍を壊滅させ、モゼル・ル・デュック城をも一気に頂戴する腹積もりではある。彼の最終的な目的はこの戦争を終わらせ、ラインラントを勝ち取り、その功績を持って国政に参与し、ゆくゆくは枢機卿の後を継ぐことである。

 その為に彼はラインラント近辺に配置されている常備軍をも、ラインラント内での軍事的行動に限って国王の認可を受けることなく動かす許可を得ていたが、彼が命じた通りに部隊を指揮する将軍たちが動いてくれるとは限らないし、狭いラインラント内では大軍であることが却って足を引っ張ることになりかねないと危惧し、まずは指揮下の二万だけで作戦行動を起こすことを企図した。彼が信じられるのは自身の才覚と彼自身が考えた教練を施したラインラント駐留軍だけである。

 だがそのうち五千の兵は前線に配置し、フランシア軍と睨み合っている。

 ガヤエは当初、兵力集中の原則からその兵と合流してフランシア軍の前線を打ち破り、モゼル・ル・デュック城を目指すという常識的な作戦行動を取ることを考えたが、その経路を辿った場合、行軍にフランシア軍が輜重の為に敷設した軍事道路を使えるという利点はあるものの、経路に大軍が展開できるだけの開けた場所がなく、どうしても限定された狭い戦場での小規模な部隊同士の争いになることは避けられず、大きな戦果を挙げられそうにないと判断せざるを得なかった。小規模な小競り合いで決着がつかないまま終われば、敗北したのはどちらかというと軍費と物資を注ぎ込んで攻め込んだ側ということになる。

 敵将や敵軍の実力をただ知るためには高すぎる授業料である。ブルグント国内にて己の立場を完全に確立したわけではないガヤエ将軍としては取れる選択肢ではなかった。

 なんといっても彼は若く、大貴族の出ではなく、特殊な経緯をたどって出世をした。隙あらば足を引っ張ろうと嫉妬の目を向ける小人は少なくないのである。

 ならば兵力分散の愚を冒すことになるが、彼らを前線にとどめることでフランシア軍の目をそこに集中させ、ガヤエの行動を隠す目くらましの役割を果たしてもらおうと考えた。


 先の勝利でブルグント軍は新たに八万アルパンもの土地を勢力圏に編入し、西に十五キロも前線を押し進めた。といっても南北に真っ直ぐ引かれた国境線が西方へ水平に移動したわけではない。

 あの時、ガヤエはフランシアのラインラント方面軍に全面攻勢をかけるだけの兵力も輜重も持ち合わせていなかったため、降伏したフランシア軍の部隊がそれまで保持していた場所を確保しただけである。

 元々の疑似国境線も戦略的な要素、地形的な要素でリアス式海岸のように複雑に入り組んだ形をしていたが、新たに獲得した土地はそこから更に(いびつ)な大きなコブのように突き出していた。

 フランシア軍はモゼル・ル・デュック城を要の位置にして扇形に広がるように前線を構築することで優位に戦闘を進めてきた。

 突き出たそれは、ブルグント側からしてみれば三方を敵に囲まれどこから攻撃を受けるか分からない守りにくい場所であるが、フランシア側からしてみれば前線へと通じる補給路の側面をいつでも襲撃されかねないという不安を抱えていた。

 フランシアにとって、この状況を好転させる方法は前線を西に下げて新たに防衛網を整備し直すか、失った地を取り返すかだ。

 本人の面子にも関わる問題であるし、メグレー将軍は積極主義であるから、当然、失陥地の回復をまず考えた。

 だが敵も勝利の勢いに乗って、このラインラントの戦いに決着をつけようと兵を動かすに違いない。

 先んじて兵を動すのが良策なのか、それとも相手に合わせて兵を出すのが良策なのか、慎重に判断すべきところだった。

 フランシアに比べるとブルグント軍は依然、数において劣勢であるし、ラインラントはブルグント側に悪路が多く補給に難をきたす。ブルグントの攻勢を待って初撃を受け流せば、ブルグント軍はやがて息切れを起こし、フランシア優位に状況は推移するだろう。そうなれば一回の戦いで全ての失陥地を回復することも夢ではない。

 メグレーはあえて特別な動きを見せないことで相手の油断を誘い、フランシアは弱気であると思わせて、攻勢に打って出る気にならせようとした。

 だが去年の春、あれだけの大戦果を挙げたにもかかわらず、夏秋冬とブルグント軍は積極的な動きを見せなかった。

 ブルグント軍を勝利に導いたのは年若い将軍だという。勝利に奢り、もう一度勝利の味を味わおうと兵を進めたくなるであろうし、将兵も意気盛んになり出兵を求めて嘆願するであろう。なにより久々の戦勝に気を良くしたブルグント宮廷もさらなる戦果を求めて攻勢に出るように指示するであろう。

 なのに相手のガヤエとかいう将軍は獲得した土地を堅守するだけで、攻撃どころかフランシアの勢力圏内に兵の足さえ踏み入れさせなかった。

 どうやらガヤエという男はメグレーのこれまで生きてきた中で(つちか)った経験則が通用しない奇怪な相手であるようだ。

 とはいえまったく動かなかったわけではない。ブルグント側では冬籠りに備えた秋だけでなく、冬の間も輜重や兵を活発に移動させていた。

 これが意図するところは明白だ。雪が解けるのを待って積極的な大攻勢に打って出るに違いない。

 去年動きを見せなかったのに今年の春になってから動くのは不可解で多少の引っ掛かりを覚えるが、とにかくそれがメグレーが待ち望んでいたことであることは間違いない。メグレーは既にいつでも出立できるように準備を整え、前線の各部隊にも警戒態勢を取らせていた。


 前線から火急の要件ありと伝令がモゼル・ル・デュック城へと走り込んできた。

「敵軍に動きありだと?」

 待ち望んでいた知らせが遂に届き、メグレー将軍は喜色を見せる。

「道を広げ平らに(なら)して、(まぐさ)を積み上げ、陣営地を拡大し、夜毎に松明の明かりが野道を煌々(こうこう)と連なって動いております。新たな部隊が前線に到着しているのではないかと思われます。この分だと二、三日中に大規模な攻勢が起きるのではないかと隊長は申しております」

 状況証拠としては十分すぎるほど十分ではあるが、対策を立てるにはもう少し詳しい状況を知りたいところだった。息も絶え絶えな伝令に水を飲ませる気遣いもせずにメグレーは矢継ぎ早に質問する。

「道幅は何メートルに拡幅されたのか?」

「さぁ・・・二倍くらいに拡張したのではないでしょうか」

「二倍!? 本当に二倍なんだな!?」

「いや。一・五倍くらいかも・・・なにしろ離れていますから確実なことは・・・」

「はっきりしないやつだな。では秣の量はどれくらいだ?」

「山にして積まれていますから何とも・・・道なりにいくつか積み上げられているのを確認しております」

「では敵の援兵はどの程度だ? 連隊規模なのか中隊規模なのか?」

 一つの質問を答えると次の質問が飛んでくる。その重箱の隅をつつくような数々の質問に伝令の男は辟易(へきえき)とした顔を見せた。

「敵が動くのは決まって夜で、大まかな数はわかりません。ですがここ四日、松明が連なって列を作り、敵陣営地の違う場所ではありますが入っていくことが各部隊からの報告で判明しております」

 伝令は言われたことを伝えるのが仕事ではあるが、それにしてもこの伝令もその目で敵の動きを見ているはずなのにメグレーが必要とする情報を全く有していない。日々、敵陣をただ眺めていたとでもいうのだろうか。メグレーは怒鳴りつけたい気持ちをぐっと堪えて質問を続ける。

「夜毎というが何時ごろから何時ごろまで敵は動きを見せるのだ?」

「夜八時から十時といったところです。月明かりがないと松明だけでは足元が暗くて満足に歩けないのでしょう」

「二時間というところか」

 三日に分けて兵を動かしているにしては長すぎる時間だ。メグレーは机の上で両手を組んで顎を乗せ、しばし考え込む。

 出た考えはこれ以上、この伝令に聞いてもおそらくは無駄骨であろうし、この少ない情報ではもっと考えるための時間が必要だということだけだった。

「ご苦労だった。休むがよい」

 第一報以外の有意義な情報が得られなかったことで自身が考えなければいけないことが多くなり、メグレーは当初の興奮状態はすっかり冷め、伝令を(ねぎら)う程度には落ち着きを取り戻した。


 二時間後、考えのまとまったメグレーは連隊長たちを軍団本部に招集し、手に入ったばかりの情報を披露してどう対応すべきという意見を彼らに求めた。

「この報告を聞いて、どう思う?」

「思えば昨秋以降、敵が兵を動かさなかったことこそが不可解だったのです。敵もようやく重い腰を上げたということではないでしょうか」

 その連隊長の発言にメグレーは頷いて同意を示し、机の上に広げられた地図の敵前線の突出部を指さした。

「敵はこの出っ張りに兵力を集中させているのなら、次にどう出ると考える?」

「我が方は一見、包囲して有利な立場に立っているように見えますが、その包囲線は長く薄い。複数の箇所で同時多発的に攻撃を仕掛けられたら厄介ですね。中央部に位置する敵は有利と見るやその場所目掛けて兵力を集中させることができますが、外縁部にあたる我が方は苦戦を伝えられても、兵力を移動させるのに時間がかかります。対処しきれないかも。敵が全戦力を持って攻勢をかけた場合、本気で突破されることは避けられません」

「その場合、敵の目標は何だ? 我が軍の撃破か? この城か? それとも戦略的要衝を占拠することか?」

 メグレーの中では結論などとうに出ているに違いない。これは軍が一個の生き物となるために連隊長たちがメグレーと同じ考えを共有することと、考えを聞くことで連隊長たちの将軍としての資質を見ているのであろうとイアサントは推察し、地図上で二方が敵に面している味方の脆弱店を指し示して口を開く。

「普通に考えれば突出部の側面と他の前線とで挟撃して挟まれたこの一帯を確保すると考えるのが一般的です。獲得した地も保持しやすく、三方を我が方で囲まれた突出部も一方が安全になり後背地が増え安定しますからね」

「他にはないか」

「ほ、他に・・・ですか? あるいは真っ直ぐに街道を攻め上って来るということも考えられますが・・・」

「直接、モゼル・ル・デュック城へ攻め上るか・・・意気込みは買うが、勝算はどうかな・・・? モゼル・ル・デュック城への道は山道が多く険しく狭い。少数の兵で大軍の行く手を防ぐことができる。城に辿り着くことは難しくはないかな。敵将は年若い将軍ではあるから、勝算は無くとも功名心に(はや)って無謀を承知でことを行う可能性は無くはないが」

 その言葉に一瞬イアサントは考え込むが、直ぐに首を横に振って苦笑いをする。

「やはりありえませんね。すみません。くだらないことを申しました。お忘れください」

 イアサントが自説を引っ込めるのを待って、別の連隊長が自分の考えを発言する。

「城に行くのではなく、城までの道を塞ぐことが目的ではないでしょうか? ラインラント駐留軍は見方によってはモゼル・ル・デュック城と前線とで大きくふたつに分断されていることになります。前線を破って背後に回り込み、モゼル・ル・デュック城との連絡と補給を絶って前線部隊を孤立させることを狙っているとは考えられませんか? 先の戦闘でブルグント軍が使った、補給を絶つことで敵戦力の無効化を図る手を再び取る可能性が考えられます」

 幾人かの連隊長が目配せで同意を示すが、メグレーはその考えも気に入らないようだった。

「だが前回と違って、モゼル・ル・デュック城と前線との距離は近い。我々は前回の教訓を生かし、連絡を密に行っている。背後に部隊を回り込ませても、今度は物資が尽きる前に我らが到着し挟撃することができる」

「ですが敵はそのことを理解してない可能性があります。先の大勝利に気が大きくなって、多少の無茶もしようとするのではありませんか」

 敵は最善手を選ぶものとして戦略を組み立てるメグレーはその可能性は考えていなかった。言われてみたらその通りである、うっかりしていたと苦笑いを浮かべた。

「なるほど。それもまた道理だな」

 その可能性があることは認めつつも、メグレーはその考えも違うと考えているような口振りだった。

 メグレーは別の意見を誰かが言うのを待っている。イアサントはそのことに気付くと再び考え込んだ。やがて何かに気付いて小さくあっと声を上げた。

「全ての動きはこちらの注意を惹きつけるためということは考えらませんか?」

 イアサントの意見にメグレーの目が輝いた。

「なかなか面白い意見だ。だが根拠はあるのか?」

「道を広げたり、これ見よがしに秣を積み上げたりした割に敵は兵をは夜間に密やかに移動させる。行動が矛盾しております。本当に突出部に兵力を集中して攻勢をかけたいならば兵の動きをこちらに悟らせるようなことはしないはずです。夜は松明の明かりこそ見えるが実際の兵の姿は見えない。兵の移動など本当は無くて、ただそう我々に思わせたいだけではないでしょうか」

「よし、いいぞ。その矛盾点に気付いたのはいい判断だ。不自然な行動を取るからにはそこになんらかの意図が込められていると考えるべきだ。だがそうだとすると敵の真意はなんだ?」

「我々の視線をそこに集中させ、別の場所から攻勢をかける・・・でしょうね」

「出っ張り以外の前線から攻撃をかけるとして、どう攻撃をする?」

「突出部と呼応して同時に攻勢をかけ、近辺の土地を占拠する・・・あるいはまったく離れた場所の前線を突破し後背に回って、先程、シモン大尉が言われたように補給路を断って前回と同じように我が軍の一部を無力化し降伏に追いやるというのは如何でしょうか」

 その意見は皆の視界に新たな視点を持ち込むものだった。場が一気に活気づいた。

「なるほど突出部から離れれば、それだけモゼル・ル・デュック城からの距離も遠く、前回と同じ展開になってもおかしくない。勝算はあると考えるかも」

「いや、それよりも突出部に目が向けば我々は側面の備えがおろそかになるだろう。そこを突かれれば前線の崩壊は必至だ」

 イアサントの見解に連隊長たちも次々と賛意を表した。部下たちが自分と同じ結論に達したことを見てメグレーもようやく満足した表情を浮かべた。

「で、お前は敵がどちらから来た方がいい?」

「私なら・・・突出部のほうがいいですね。確かに二方面から攻勢を受ければ現場は混乱して多大な被害を出すでしょうが、城との距離が近く我々の援軍もすぐに到着できますし、近辺には配置された部隊も多く対処がしやすいです。逆に突出部から離れれば離れるほど連絡も取りにくいし、兵を送るのも難しい」

 イアサントに大きく頷きながらメグレーは見解を付け加えた。

「ということは敵の攻撃は出っ張りとは無関係に行われるということだ。敵も馬鹿ではないからな」

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