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革命のデゼスポワール  作者: 宗篤
第三章 軍神対軍神
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第四十七話 断ち切れぬ悪縁

「さて中隊というのは軍の最小の構成単位だ。戦場では中隊単位で前進あるいは後退し、方陣を作って防衛し、あるいは敵に対して突撃する。それくらいは理解しているな?」

「はい」

 さて何故、この時代の軍隊の最小単位が小隊ではなく中隊と呼ばれるのかと言うと、後に散兵戦術が一般的となり軍の最小単位がより小さな組織になった後に近代日本の軍組織が創設され、その時に新たに日本語で下から小隊、中隊、大隊と分かりやすく名付けたせいである。

 英語やフランス語で中隊はCompanyと言い、小中大といった大きさの区分が単語の中についているわけではないが、数々の訳者がフランス革命前後の陸軍の最小単位を中隊と訳しているし、今現在日本で中隊と呼ばれている組織はこの当時の軍の最小単位であるCompanyに起源を持つし、何よりもやはり現代の軍事組織に当てはめて考えることができるほうが読者諸氏にもわかりやすいと思い、この物語でも『中隊』と呼ぶことにしたのである。

 ちなみにこの時代の軍の最小単位が現代と違って中隊規模にとどまっていた理由は、前時代の名残である密集陣形が有用だったことと、組織として一人の人間が掌握しうる人間の数が百から百五十人程度であること、小分けに今現在で言う小隊くらいの単位で行動を許してしまえば士官の目が届かない部隊が出てきて、士気の低い兵たちは直ぐに逃亡してしまう為、ある程度の規模の大きさでまとまらざるを得なかったことなどにある。

「よかろう。では次に中隊の構成について話をしよう」

「お願いします」

 軍隊の構成は基礎授業の一つだ。さすがにヴィクトールも学校で習ったばかりのことでバッチリ記憶に残っているのだが、ピエールはヴィクトールに対して好意で講釈を垂れてくれているのだし、ピエールとしても新任の士官の中隊長としての役目を忠実に果たしているだけに違いない。学校で受けた授業の内容を忘れていた場合を想定して、あくまでも念の為と言った意味合いがあるのだろう。

 だからわざわざ話の腰を折る必要はないとヴィクトールは判断した。ヴィクトールとしても習ったことの確認という意味合いもあるので、大人しく中隊長の話に聞き入る。

「一般的な戦列歩兵の中隊は約百名・・・百三十人から八十人くらいで構成される。士官は中隊長である大尉、副隊長である中尉、旗手である少尉の三人。曹長が一人、軍曹が三から四人、給仕伍長が一人、伍長が六から八人で下士官は十一人から十三人程度。他に下士官候補が六人から八人いる。残りの六十人から百十人が兵士だな。といってもこれはあくまで書類上の数値だ」

「実際はもっと少ないということですか?」

「姐御が言ったように、ラインラント駐留軍は士官や下士官が複数戦死して定数を割り込んでいる。もちろんそれに比例して兵も多く死んでいるということだ。私が預かっている三個中隊も全部で二百三十人しかいない」

 人数が少ないから一人で三中隊預かっていられるのかとヴィクトールは納得の思いだった。とはいえ普通の中隊長よりは格段に仕事量は多いはずだ。当然、その下で働くヴィクトールの仕事も多くなる可能性がある。士官見習いの身としてはどんな仕事をするのか具体的に知りたいところだ。

「事務などは中隊長殿が行うのですか?」

「経理などの事務は連隊単位で行う。中隊付きの士官が気にする必要はない。ただ輜重については中隊の給仕伍長が行う。とはいえこれは物資を兵士たち一人一人に配給するだけの役割だ。これもまた士官の手が必要とされることはまずない。そうだな・・・中隊で行う事務作業は中隊の状況を把握し、物資や人員補充の要望を連隊長にあげたり、論功の為に部下の勲功を報告することだな。中隊長として一番求められることはとにかく部隊内の揉め事を少しでもなくし、組織を円滑にまわしていくことだ。そしてその補佐をする中尉、少尉に求められることは、中隊長だけでは行き届かないところに目配りをしてサポートすること、そして中隊長のやり方を学んでいくことだ。戦場で中隊でできることなど限られる。戦術などについては中隊長になってから連隊長のやり方を見て覚えればいい」

「はあ」

 中隊長は百人の長とはいえ戦場でやれることは思ったよりも少ないらしい。

 軍人となるからには手柄を立てて出世したいもの。それには戦場で兵を率いて奇策を用いて敵に勝利し、周囲をあっと言わせるような活躍をするのが早道だとばかり思っていただけに、ヴィクトールとしては少しばかりがっかりした。

「全てを一度に覚えようとするな。少しづつ学んでいけばよい。中隊長の補佐と言っても、百人近くいる兵士の面倒を見るんだ。それに少尉は中隊長と中尉の書類作成などの雑用をこなさねばならない立場にある。なにしろ兵や下士官で字の書けるものはまずいないからな。力仕事なら兵に押し付けることができても、書類仕事や計算はどうしても士官のやる仕事ということになる」

「自分にできますかね? 細かい頭を使う仕事は得意じゃないんですが」

 そういった仕事はアルマンや経理官志望のエミリエンヌが得意であったなとヴィクトールは彼らの顔を思い浮かべる。だが彼らにはしばらく会えそうもない。急に友達と別れたことを今さらながら実感し、胸の奥に寂しさを感じる。

「やってみる前から泣き言を言うな。ま、俺にでも勤まったんだ。字が書けさえすりゃ誰にでも勤まる仕事さ。何、分からなければ俺か中尉にでも聞けばいい」

 ヴィクトールのその寂しさを噛みしめる顔を、不安から来るものだとピエールは勘違いし、再びヴィクトールの肩を叩いて勇気づけた。


 髪や髭に白いものが混じるピエールだが、それはどちらかというと気苦労から生じる若白髪の(たぐい)で、まだまだ気力体力の充実した年齢である。

 気の荒い荒くれ者どもを黙らすのに何よりも有効的な腕力は、長年、出世せずに中隊長として務めあげていることが却って幸いしたのか衰え知らずだ。

 ピエールは軽く叩いたつもりでも、想像以上の力で肩を叩かれたヴィクトールは前に二、三歩つんのめった。

 悪い悪いと笑いながら、またも背中を強い力で叩くピエールと迷惑そうな表情のヴィクトールの可笑(おか)しげなやり取りに中隊の兵たちがちらちらと興味深げな視線を送る。

 ほとんどの者は新入りの若い少尉がどんなものかという野次馬的な興味だけである。中には今度の新入りはいつまで生きていられるかなどと戦友と不謹慎な賭けの対象にする者もいるが、つまりはその程度に過ぎない他人事の興味でしかなかった。

 だが中にはそれ以上の関心を持ってヴィクトールを観察する者もいたのである。


 それは一際大きな二人の兵士だった。樽の上に膝を突き合わせて座り、じっと視線を新入りの少尉から外さない。

 雰囲気に独特のものがある。周囲を敵視するかのような攻撃的な目、大きな体に隠そうともしない剣呑な気配、どことなくガスティネルに雰囲気が似ていた。それもそのはず、彼らもまたテレ・ホート出身である。

「あれが例のヴィクトールという男か」

「はい。ラインラントに送られてくるという話だったのですが、どうやらピエールの親父の下に配属されたようです。俺らと同じ部隊・・・これは何かと好都合ですね」

「思ったより小さいな。あのガスティネルと一対一で戦って勝ったというから、どんな巨人が来るのかと思っていたんだが」

 士官学校の中でもヴィクトールはどちらかというと大柄の方である。決しては小さくない。彼ら二人が大きすぎるのだ。

「あのガス公相手に勝ったんですか? しかも一対一で!? 嘘でしょう!?」

 男は信じられなかったのかヴィクトールの姿を目をこすって確認した。自分より多少は背は高いが、細い。特に人並み外れた筋力があるようには見えない身体だった。

 この男は不幸なことに自らの身をもってガスティネルの喧嘩の手腕を体験済みだった。結果は言うまでもなく一方的な敗北だった。三発殴られると気を失い、次の日丸一日の記憶が無い。だから信じられないのも無理はなかった。

「本人が手紙でそう書いているんだ。間違いないだろうよ。よろしく頼むと頼まれた以上は、兄としては可愛い弟の為に一肌脱いでやらなくちゃならん」

 どうやら言葉からすると、二人のうちの一人はガスティネルの兄であるようだった。確かによくよく見れば、その男の顔にはガスティネルの面影が少しある。目や鼻といった一つ一つのパーツがよく似ていた。もっとも四角四面の厳ついガスティネルの顔立ちに比べると、角は丸みを帯び、顔全体は顎の方が小さい台形をしているから、パッと見の雰囲気では兄弟とは思えないであろう。

「可愛いというがらじゃないでしょう、あの悪童は」

 もう一人の男が呆れた顔でガスティネルの兄にそう言ったところを見ると、ガスティネルはテレ・ホート内でも相当の鼻つまみ者であるらしい。

「兄貴を遠慮なくぶん殴るような愚かな弟だが、兄弟の情はある」

 兄弟愛を説くガスティネルの兄に「そういうものですかい」とテレ・ホートにおけるガスティネルの数々の悪行を知るだけに、もう一人の男は半ばあきれ顔だった。


 そして彼ら二人とは別に、更に違う思惑を持ってヴィクトールを眺めている一団もいたのである。

 彼らはお互い顔を見合わせ、仲間同士の内輪話をしているように見せかけているが目だけを動かし、しっかりと二十メートル先にいるヴィクトールを見据えていた。

「あれがヴィクトール・・・伯爵夫人のおっしゃられた通りに本当に我々の部隊に配属されましたな」

「ダルリアダ公爵家の持つ人脈は幅広い。軍本部にも息のかかった者は多々いる。情報に間違いなどあるものか」

 彼が不満を現したのはダルリアダ公爵家がもたらした情報にケチをつけられたからではなく、この話を他の者に持ち込んだのが彼であるために、彼自身にケチをつけられたかのように感じたからだ。

「情報の真偽を疑ったわけではなく、ただ信じられなかったのです。このような好機が我々に転がり込んで来るなんて」

 男は相手の不満に気付くことなく、内心の興奮をこらえきれずに口元に大きく笑みを浮かべて喜びを露わにしていた。

「確かに。ここで上手く立ち回るかどうかで我々の将来に大きな差が出る」

「して、我々はどうすればよろしいのですか? ターバート伯爵夫人の手紙には何と書かれていたのです?」

「特に御指示は書かれていない」

「具体的にはおっしゃられていないのですか・・・」

 手紙から相手がヴィクトールという男に良からぬ感情を抱いていることは分かっても、それでは自分たちがその手紙の主の為に何を行えばいいのか分からない。

「それが貴人の作法というやつだよ。我々は貴きお方の御思慮を(おもんばか)って、独自の行動を模索しなければならない」

 そんなことも解さないのかと馬鹿にした口調で他の者に対して偉そうに解釈を述べた。それもそのはず、この男は貴族で他の者は平民であったのだ。

「なぁ・・・手紙に詳細を書かない。すなわち証拠となるようなものを残さないってことは・・・いざとなれば我々を切り捨てるつもりではないのか?」

 美味い話には往々にして裏があるものだ。俺たちはただ騙され利用されているに過ぎないのではないかということが思い浮かび、男は疑問を口にする。

「・・・だろうな。だが成功すれば、俺たちはラインラントという死と隣り合わせのこの地獄から抜け出ることができる。しかも俺は領土がもらえる。お前たちも貴族の末席に加えてくださるそうだ。金もたんまり貰える。こんな美味い話、何十年生きても二度と出会えないぞ」

 とはいえ、その男の口調も自信というものが欠けた口調だった。相手に言い聞かせる為というよりは、己自身に言い聞かすような面が多分にあったせいだろう。

 それでも本人すら信じ切れていない言葉であっても、場を幾分明るくするだけの効果はあった。ギャンブルは得るものが大きい分、人はリスクに目を瞑ることができるのである。

「ああ」

「確かに。危険を冒してやるだけの価値はあるな」

「だが何をやるにせよ、慎重にやる必要があるだろう。自分たちの身は自分たちで守るくらいのことは考えておいた方があとあと良さそうだ」

「だとすれば・・・実行に当たって何が障害になるかをまず考えるべきだろうな」

 考え込む間もなく、同時に一人の人物の顔が男たちの脳裏に浮かび上がった。

「イアサント様に知られると実に厄介ではないか?」

 イアサントが若くして女の身でありながら連隊長になったのは、もちろん人手不足というラインラント特有の問題もあるが、それを差し引いても余りある物事の心理を把握する眼、危機に対する応対力に人並み外れた秀でたものがあるからだ。

 そして中隊の中を纏め上げるのが中隊長の仕事だと言っても、中隊の中で揉め事があれば連隊長もその責を負うのである。その鋭い目は常々、連隊全てを見張っている。

 彼らの邪心を見抜く可能性は極めて高い。もし万が一、ことが成功した後で取り返しがつかない事態になったとしても、彼らが犯人だと明るみになればイアサントは彼らを処罰するに違いない。その時はジヌディーヌも知らぬ存ぜぬを押し通して彼らを切り捨てにかかるだろう。

 働きが無駄骨に終わるどころか、自分で自分の墓穴を掘るような羽目になりかねない。それを防ぐ方法を考えなければならないが・・・彼らの頭ではよい思案が浮かばずに口を噤んで考え込む始末だった。

 やがて一人の男が頭に思い浮かんだまま、一つの考えを口にする。

「イアサント様だって欲はあるだろう。抱き込むという手もあるさ」

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