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革命のデゼスポワール  作者: 宗篤
第二章 アイリスの三公女
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第三十八話 少女に迫る魔手

 ヴィクトールはその言葉に目を伏せると、口を歪ませ小さく笑った。

「署・・・ねえ」

 どこか否定的なニュアンスが込められたヴィクトールのその言葉に、付き合いも長くなり、ヴィクトールの気性をかなり飲み込んだだけにアルマンは嫌な予感で身を震わせた。

 しかも次の瞬間、ヴィクトールは悪戯な光をその目に存分に(たた)えて目配せをする。

「・・・またか」

 ヴィクトールの内意を悟ったアルマンは曇天の空を見上げて嘆息した。

「悪いな。付き合ってもらうぞ」

 アルマンと違い、ヴィクトールのその言葉を罪を認めて大人しく出頭することだと早合点したファビアン警部は嫌らしい笑いを浮かべながら、ヴィクトールの手を捕まえようと腕を伸ばした。

「よしよし。少しは己の立場を理解したようだな。素直になれば多少は取り調べに手心を加えてやってもいいというものだ。署についてくるがいい」

 前かがみになったファビアン警部は次の瞬間、後ろ向きに強い力を受けて地面に叩きつけられ、頭からひっくり返りごろごろと何回転も無様に転がった。

 油断しきったファビアンの腹部にヴィクトールが全身の力を込めて前蹴りを叩き込んだからだ。

 蹴り頃の位置にあった、見るからにムカつく顔に蹴りを入れなかったのは相手が警官ということで遠慮があったからだろう。だからといってその配慮にファビアン警部が感謝したといったことは決してなかったが。

「きっ貴様っ!!! よくもこの俺を足蹴に!! 警察を馬鹿にするのか!!」

「警察を馬鹿にしたつもりは毛頭ない。俺たちを犯人扱いした見当違いな警部殿に呆れただけさ」

「俺たちって・・・君だけじゃないか? 僕も巻き込むのはやめてくれないか」

「無駄口は後! 行くぞ!」

 ちょうど背にした建物の勝手口のあたりに空樽がいくつか積まれていたのを幸いに、警官たちに向けてそれを立て続けに投げる。

 人数に差がある。警棒にサーベルという武器も有している。自分たちの背中には公権力という大きな後ろ盾がある。見たところヴィクトールらは凶悪な犯罪者には見えず、そういった一般市民ならば警官に声を掛けられたことで咄嗟にパニック(おちい)り、一時的に逆らうことはあるにしても、そうでなく落ち着いているのならこれから逆らうことは無いと警官たちは警戒を解き、すっかり油断していたところのヴィクトールのこの攻撃に呆然(ぼうぜん)と立ちすくむばかりだった。

「はいはい、分かりましたよ」

 アルマンは何かに使用されていたのだが、壊れたため野外に打ち捨てられてでもいたのだろう、一抱えもある壊れた木箱を諦めの表情で投げ捨てる。

 ヴィクトールが投げた樽もアルマンが放り出した木箱も打ち所が悪ければ怪我をする代物である。

 腰が引けていたこともあり、警官たちは正面からぶつかり怪我をしてでもヴィクトールたちに食らいつくという気迫に欠けていた。

 樽を避けることを優先するあまり、せっかくの包囲を解いてしまった。

 ヴィクトールとアルマンはその隙を見逃さずに僅かな隙間から包囲を突破する。

 この事態に警官たちが指示を求めて彼らの上官を見ると、ファビアン警部は四つん這いの格好で蹴り倒された時、舌か頬でも噛んだのか、顔を(しか)めて、しきりと口にたまった血を吐き出していたところだった。

「大丈夫ですか警部殿」

 立ち上げるのを手助けしようと差し出した部下の手を振り払い、ファビアンは憤怒の表情で立ち上がった。

「く、くそっ! 子供だと思って手加減してやったら図に乗りおって!!」

「本当にとんでもない奴らですね」

 ファビアンの怒りの矛先は緊張感のない言葉を放った部下に向かった。

「お前たちは何をぼーっと突っ立っている! 追え! 追え追え!!!」

 ファビアンに雷を落とされて、警官たちは慌ててヴィクトールたちを追いかけた。


 街路を高速で疾走しながらヴィクトールはちらりと背後に視線をくれる。そこには執拗(しつよう)な追跡者の姿が存在した。

「くそっ! しつこいやつらだな!!」

「まったくだ」

「街路を右に左に幾度も曲がって姿を隠したのにまだ付いてきやがる!」

 三又路、十字路、角を曲がるときに視界に入らない時もあったのに、彼らは間違いなくヴィクトールらを追跡し続けていた。まるで犬の嗅覚を有しているかのようだった。

「ここは奴らの庭だ。仕方がない」

 彼らが生物学的に犬でない以上、姿が見えない相手がどの道を行ったのかを各街路の長さ、有する視界などから判断していると考えるより他はない。となるとここまま逃げ切るのは至難の業ということだ。

「どうする? 二手に分かれるか?」

 追っ手の数が少ない方が煙に巻ける可能性は高くなる。だが一人になればひとたび包囲されてしまえば逃れることは叶わないだろう。

「どうしようか・・・」

 息が上がって脳に酸素がいきわたらないためか、今一決定的な解決策を見いだせず、悩みながら角を曲がったヴィクトールを後方から猛スピードで走って来た馬車が追い抜き、前に回り込むと、扉が開いて中からオレンジの髪をした青い目をした少女が顔を(のぞ)かせる。

「探しました! こちらへ!!」

「ソフィー!? なぜここへ!?」

 驚くヴィクトールらの腕をソフィーの横にいた目つきの鋭いおかっぱの生徒の手が掴んで、ヴィクトールとアルマンはあっという間に馬車の中にのみ込まれ姿を消す。

「出して」

 扉を閉め、ソフィーは窓のカーテンを閉めて御者にそう命じると、馬車は何事もなかったかのようにゆっくりと走り出す。

 その横を警官たちが大きな靴音と怒鳴り声をまき散らしながら通過していく。

 彼らは突然、視界から目標が消えたことに驚き、混乱しているかのようだった。どの道に逃げ込んだか、あるいはどの建物に入り込んだかと様々な意見が乱立し、行動がまとまらないようだった。

 一度、ちらりとファビアンが視線をヴィトールらの乗った馬車に送ったものの、すぐに興味を無くしたかのように視線を外した。

 馬車があまりにも立派で逃亡者が隠れるには不都合だと思ったのだろう。

「それにしても君も豪胆だな。警官に追われている俺たちの姿を見ても怯むことなく(かくま)うなんて」

 もっとも、このような馬車を有しているのだ。ソフィーは案外、いいところの貴族のお嬢さまであるのかもしれない。

 だから例え疑いを持たれようとも、一介の警部如きには手出しができないだろうとふんだのかもしれない。

「私たちと別れたこの僅かな時間で警官に追われるような真似をしでかすお前のような無文別な度胸の持ち主にはお嬢様だって言われたくないだろう」

 この少女はヴィクトールの何が気に入らないのか、相も変わらず冷淡な目つき、冷徹な口調で皮肉を言う。

「これは一本取られたな。こちらのお嬢さんの言うとおりだ」

 アルマンはそう言ってその少女に笑いかけるが、少女は取り澄まして愛想笑い一つしない。取り付く島もないとはまさにこのことだ。

 ヴィクトールとアルマンが目を見合わせ、肩を(すく)める姿を見てソフィーはくすくすと笑った。

「ありがとう。助かったよ。しかし仕事をしないことで有名なイス警察のやつらがなぜ今日に限ってこんなにもやる気を出しているんだ?」

「私が教官方にお頼みして手配いたしました。市内からラウラさんを攫った犯人を逃したくなかったのです。このように町の辻辻に警官が立っているような有様では、犯人たちも大きく動こうとは思いますまい」

「だがおかげでラウラたちを探せなくなってしまった」

「それならご安心を。カミーユがそれらしき場所を探してきました。そうよねカミーユ?」

「本当か!?」

「ああ。件の馬運車らしきものを発見したとの報告を受けている。人を貼りつかせているから万が一にも移動されても大丈夫だ」

 友人といったが、ソフィーの取り巻き・・・いや、まるで臣下のように仕えているようにさえ見えるこの少女も人を使うことを事も無げに言い放つところを見ると、ヴィクトールらと違ってそれなりの身分の人物であるのかもしれない、とヴィクトールは少し気になった。

 だが今はそのような違和感など些細なこと。ヴィクトールはその何よりもの知らせに歓喜し、拳で腿を打つと馬車の中で立ち上がる。

「よし。直ぐに行こう! 彼女たちを助け出さなくては」

 喜ぶヴィクトールを見て、ソフィーは柔らかな笑みを浮かべる。

「ですからヴィクトールさんを探していたのです」


 表通りを離れ雑然とした界隈の一隅、さらに裏路地の奥の奥、火事で廃屋となった建物に囲まれた一角に、辛うじて焼け落ちなかったのであろうかあばら家が残っている。そこがシメオンが用意した隠れ家である。

 監禁したラウラらが騒いでも露呈することもないし、家の横の空き地に馬が繋がれているものの、キャリッジは切り離され荒布で覆い隠されているために、一見すると馬運車などどこにも見当たらないように見られる。

 しかし上手くカモフラージュされてはいるものの、馬運車特有の臭気を発しているため、少し鼻の利く者ならばその存在に気が付く。

 道々振り返って後背を付けてくる者がいないか確認しながらシメオンがそこへ戻ってきた。

 だが隠れ家についたことで安心したのか、そこを見つめる目があることに気を払うこともなく、シメオンは無造作に扉を開け、中へと入っていく。

「遅かったな」

 ようやく帰ってきたシメオンを見て、三人の誘拐犯は安堵する。シメオンとジヌディーヌに切り捨てられたのではないかと内心脅えていたのだ。

「何やら街中が騒がしくてな。警官の目を避けて帰ってきたら時間がかかった」

「何をしてきたんだ?」

「協力を求めてきた。念のためにな」

 そのぼかした言い方を男たちはシメオンがジヌディーヌにさらなる助力を頼ったものだと思い込む。

「そうか。それは心強いな」

 無邪気に喜ぶ三人を見て、俺にとっては協力者だが、お前たちにとっては地獄への使者となるのに暢気(のんき)なものだ、とシメオンは内心で見下した。

「それでいつ来てくれるんだ?」

「言っただろう? 町中が騒がしいと。確かなことは言えないが、今すぐには動かないだろうな。何しろイス内はどこを向いても警官だらけだ。変な動きを見せれば危険だからな。早くても今日の夜といったところかな」

「俺らはそれまで何をすればいい?」

「待っていればいいだけさ。簡単だろ?」

 じっくりと死ぬのをな、とシメオンは心の中で毒づく。

「ヴィクトールの奴に一泡吹かせるのはそれからってわけか」

 ヴィクトールが酷い目にあうところを想像してか男はどこか楽しげだった。

 その男の顔をシメオンは冷ややかな目で見つめる。ラウラとエミリエンヌとが死ねば一泡を二泡も吹くことになるだろう。それだけでなく実行犯と思われるこいつらまで死んだと知れば、何が起きたのか理解できず、泡を吹いたまま倒れるかもしれんなとシメオンは思った。

「なぁ・・・それまですることはないんだろ?」

「ああ」

「なら・・・ちょっといいか?」

「・・・どうした?」

「俺たちにも役得ってもんがあってもいいじゃねぇか? なぁ。そいつらが来るまでの間、こいつらの身体で楽しませてくれよ。こいつらだって退屈だろうしな」

「お前・・・! 何を考えてやがる!? こっちのチビはともかく、こいつはナヴァール辺境伯家の跡取り娘だぞ!? (さら)うだけならともかく、傷をつけたら厄介だ! どんな災難が俺たちに降りかかるかわからんぞ!?」

「そこはジヌディーヌ様とやらに何とかしていただこうぜ。それにな・・・こいつらにも名誉ってもんがあるんだ。恥ずかしい目に会えば会うほど恥と思って公言出来やしねぇだろ。むしろバレやしねぇよ」

「・・・それもそうか」

 荷物のように荒らしく投げ出された彼女らは後ろ手で縛られていたこともあって思い通りの体位が取れずにいる。

 特に長いスカートが(めく)れて、太ももまで露わになったラウラの姿は煽情(せんじょう)的で、それがその男の性欲を刺激したようだった。

 不穏当な会話の内容だけでなく、自分たちの身に注がれる不快な視線を感じ、ラウラは足を小さく折りたたんで少しでも露出を少なくしようとした。

「へへへ。一度、貴族のお嬢様とやらを好きに(もてあそ)んでみたかったんだ。こんな機会めったに無ぇ」

 脳細胞の一片に至るまですっかり性的な欲望に取りつかれた三人の男と対照的にシメオンはどこまでも冷ややかだった。

「・・・・・・」

「な、いいだろ?」

「・・・好きにするがいい」

 結局、シメオンは許可を与えた。

 ここで反対して彼らの機嫌を損ねても得るものはないし、暇を持て余した男たちが外に出るなどして警官に怪しまれて、この計画が露見でもしたら馬鹿馬鹿しい。

 それにどうせどちらも始末する予定の人間である。それらが何をしようが何をされようが、もう路傍の石ころのようにシメオンの興味の範疇(はんちゅう)の外の出来事である。

 とにかくシメオンにしてみればこの誘拐犯たちと人質双方がこの場から出ていかなければいいだけなのだ。

「お許しも出たことで・・・へへへ、これからお楽しみと行こうじゃないか」

「な、何をしようって言うのよ?」

 恐怖で震えるエミリエンヌを庇うように背中で守り、ラウラは足を使って這いずって、好色な顔をして近づく男たちから遠ざかろうとした。

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