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革命のデゼスポワール  作者: 宗篤
第二章 アイリスの三公女
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第三十七話 思わぬ邪魔

 さてラウラとエミリエンヌを攫った犯人はといえば、シメオンに(そそのか)され、一度ヴィクトールに挑みかかったが、痛い目にあわされたテレ・ホート出身の二回生三人組である。

 彼らは『帰って寝ていろ』とガスティネルに言われた帰り道の途中でシメオンにジヌディーヌからの頼みであると騙されて、エミリエンヌをさらうという暴挙に出たのだ。

 シメオンが厩舎からこっそりと拝借してきた馬車にエミリエンヌとラウラを簀巻きにして放り込んだ彼らは、指示通りに市内の隠れ家へと運んだのだ。

 だがその動きの中に筋書きにはなかったイレギュラーな要素が存在していたことにシメオンは大きく動揺する。

「どうしてラウラまで連れてきた!!」

「連れてくるつもりはなかったんだが・・・まぁ、その・・・成り行きでな」

 男はあまり悪びれたところの見られない口調でそう弁解した。それほど大きなことではないと思っているらしい。

「これは厄介なことになったぞ・・・」

「何が厄介なんだ?」

「助けがいる。連絡をつけねばならないだろうな」

「助け?」

 口々に発せられる男たちの質問に何も答えず、シメオンは独り言を呟きながらうろうろと歩き回って考え込む。

「おい、どこへ行く?」

 男たちの視線を気にせずにシメオンはひとしきり考え込んでいた。やがて何事かを決意したのか無言で立ち去ろうとするその姿を見て男たちもようやく自分たちの行動が重大事であると気付き狼狽(ろうばい)する。

「お、俺達は何をすればいい?」

 目の前の三人の協力者を図体ばかりでかくて自分たちでは善後策も考えられない情けない男たちだとシメオンは見下し、小馬鹿にしたような笑みを浮かべて言い放った。

「女たちが逃げ出さないように見張っておいてくれ」


 ラウラらを解放し、ここで手を引くという考えもちらと頭に浮かんだが、その場合でもラウラらを拉致(らち)したという罪は消えない。

 学内ならいざ知らず、市街へと身柄を出したのはどうにもこうにも言い訳が聞かないであろう。ジヌディーヌにすがれば何とかなりそうな気もしないではないが、言質(げんち)をとったとはいえ気まぐれなお嬢様だ。逆にあっさりと切り捨てられる気もしないでもない。それにジヌディーヌという権力に安易に(すが)ることは誇りだけは人一倍高いシメオンには許されないことだった。

 自分の立てた計画を信じたいという願望と、ここまで実行したことによる未練がシメオンの考えの足枷(あしかせ)となり、若干の修正を加えることで、当初の計画をそのまま推し進めようとしたのだ。

「ラウラが加わったのは計算外だが、このままあいつらをまとめて始末してしまおう」

 シメオンの計画ではジヌディーヌとヴィクトールの揉め事の中で、平民であるエミリエンヌを(さら)って殺害し、そのことをもって士官学校内の名門貴族と平民との争いにすり替えさせ、この騒ぎを世間一般に大きく喧伝(けんでん)することで、フランシア内の平民階級に(くすぶ)り始めた不満に火をつけることだった。

 もちろん自分が一切の責任を負わないように、ついでに実行犯の三人を始末する予定だった。自分が接触した人間を消せば、証言は残らない。なんとでも言い逃れはできる。

 そこにラウラという女一人が加わるだけのことだ、問題ないとシメオンは言い聞かす。

 だがやはり単純に殺すにはラウラという存在は大きすぎる。

 アイリスの三公女の一人、平民に解放された士官学校の象徴的存在でもある。国家の威信をかけて犯人を割り出さずにはいられないだろう。

 それが誘拐したテレ・ホートの男たちにうっかり殺されたというのでは話に説得力がなさすぎる。

「これだけのことをしでかす動機を持ち、警察や世間が納得するだけの理由を持つ犯人を新たに作り出す必要があるな」

 それがあれば捜査の手が自分のところにまで伸びてくることはあるまい。

「あいつらを使ってみるか」

 幸いシメオンにはそれに相応しい存在に心当たりがあった。だがテレ・ホートの荒くれ者どもよりもなお(ぎょ)しがたい連中である。

「・・・あいつらだけでは心配か。念のために司教殿の知恵と力を拝借することにしよう」


 部屋の中である。三メートルはある高い天井、その天板の際まで窓と扉を除いた全ての壁に本の詰まった棚がそびえ立っていた。

 同じ重さの黄金と等価地であると(うた)われる、遠くパルティナの地から取り寄せた絨毯が床には敷かれ、銅でできた一目で名工の手によるものと分かる枠を持った窓の側には、曲線が多用された洒落た大机と、時代的に背もたれこそ木であるが座席は張り地とクッションが使われた(あで)やかな装飾の椅子が置かれていた。

 そして立派な、見るからに権威と荘厳さを感じさせる(きら)びやかな法衣を着た四十前の渋みのある男が一人、その高価な椅子に深々と腰掛けていた。いつぞやシメオンと同じ馬車に乗っていたプレシー司教である。

 といってもここは教会ではない。王都にあるプレシーの居宅だった。

 彼は司教と言っても町々にある教会で神に祈りを捧げ、人々の懺悔を聞き罪を許す、いわゆる一般の司教ではない。もちろん祭祀もつかさどるが、デヴァ司教領の領主という世俗的な貴族の側面を大きく持つ人物である。

 封地であるデヴァは伯爵領ほどの大きさであり、文化的にも歴史的にもフランシアの慣習的領土であるが、フランシア王家が子を産まない王妃の離婚問題、国内の新教徒との争い、他国の継承権への介入などで歴代教皇に多くの借りを有した結果、フランシアに税を納め、兵を出し、フランシアの法律に従うものの、デヴァ司教は教皇が任命する権利を持つという複雑な二重構造を持つ立場である。

 第二身分である聖職者の代表格でもあり、フランシア国内においても政治的に大きな力を有することから、さながら法王庁のフランシアにおける代弁機関という側面を持ち、王にとっては何かと煙たい存在ではある。

 だがフランシアにとっても他国にない法王庁との特別な窓口となっているという利点もあり、敬虔(けいけん)な一般信徒に対する法王の威光などの様々な利害得失を考えると迂闊(うかつ)に排除するわけにもいかないという厄介な存在となっていた。

 王都にて宮廷工作をすることこそが彼の第一の仕事だ。

「プレシー様。今、お時間よろしいでしょうか」

 真の主からの書簡を読み、考えに(ふけ)っていたプレシーの部屋に、一見すると性別不明とも思える美形の侍者(アコライト)が入室してくる。

「どうしたオージェ改まって。私とお前の間に遠慮はいらないぞ」

 礼儀に従って深々と頭を下げるオージェに対してプレシーは優しかった。

「それが・・・・・・連絡員から急を要する知らせとかで」

「連絡はこちらからすると言っておいたのだがな」

 いざという時、後腐れなく切り捨てられるように、シメオンと司教との間には連絡員とオージェの二人を挟んでいた。挟むだけでなく一方的に行うことでシメオンが何か失敗しても、プレシーまで辿られないようにしたというわけだ。普段の連絡からさえも足が付きにくくしてあるのである。それだけ用心に用心を重ねていた。

 それら全てを台無しにされたことにプレシーとしては心穏やかではいられない。

 憮然としたプレシーの内心を忖度したのかオージェは一拍置いて恐る恐る言上する。

「なにやらシメオンの身に容易ならざる事態が発生したとかで、至急お耳に入れたいことがあるそうです」

 だがそれくらいのことシメオンにも理解できないわけではないのである。自惚れ屋の小物ではあるが頭の回転はそう悪くはないのである。

 それが何なのかを知り、対策を考えることこそが今、一番しなければならないことだ。

「・・・わかった。会おう、連れてきてくれ」

 司教はオージェにそう告げると、軽やかに椅子から立ち上がった。


 クラスメイトが持ってきた情報を元に、士官学校を抜け出たヴィクトールはアルマンら十四名と共に、道行く人々や露店の店主、その場に長くいそうな人を捕まえては馬運車の行方を聞き、その後を追う。

 だがすでに一時間前のこと、この時代、馬運車は珍しくとも王都であっても家畜を乗せた荷運車は珍しくもない。よって明確に覚えている者はいない。

 結果としてあやふやな情報に惑わされることで、ヴィクトールたちは街路を右往左往し、貴重な時間を食い潰して行った。

「あの店主も覚えていないって・・・ここでの目撃情報は得れそうにない! 道は二つだ。どうする? どちらに行けばいい?」

「ヴィクトール、時間を費やすごとに情報があやふやに、少なくなっていく! こっちは人数がいるんだ。情報が得られないところでは分かれて探したほうがよくないかな?」

「そうだな・・・それが賢明だな」

「じゃあこっちは俺たちに任せておけ」

「頼む! 三十分後にここで会おう」

 携帯どころか腕時計もない時代、だが既に機械式の時計は存在している。それを所持して持ち運ぶには不適当な大きさではあるが。

 というわけで皆は一斉に教会の尖塔に取り付けられた大時計を見て時間を確認すると、二手に分かれた。

 とにかく先へ先へと進むために、これまでと違い情報が得られなければ直ぐに可能性のあるそれぞれの街路へ向けて人手を分けた。

 今やヴィクトールの横にはアルマンただ一人である。

「王都から出ていなければいいんだが」

 士官学校は王都の郊外にある。早い段階で脇道へ逸れ、郊外へ出られたら探しようがない。その可能性に今更ながらに気付いてヴィクトールは内心大いに焦った。

「大丈夫さ。最初の方は確かな目撃談があったし、そのすべてが馬運車は中心街の方に向かったことを確認している」

「だといいんだが・・・」

 話しながらもヴィクトールの目はせわしなく動き、表路地だけでなく裏道や路地裏にある馬車を見つけては覗き込む。

「これも違う」

 だが見つかる馬車はやはり普通の馬車か郊外から売り物を持ってくる農民の馬車ばかりである。目標の物はなかなか見つからない。

「そろそろ時間だ。一旦戻って皆と情報交換をしたほうがよくないか?」

 ヴィクトールらが選んだ道はまったくといって情報が得られないこともあり、おそらく間違った方向に来てしまったのだろう。そうアルマンが判断し、ヴィクトールに提案したその時だった。

「おい」

 背後から投げかけられた声に二人が振り返ると詰襟の制服を着た男たちがぐるりと周囲を取り囲んでいた。警官である。

「何をしている?」

 馬車泥棒とでも思われたのだろうか。ヴィクトールは困ったことになったと顔をしかめた。

 とはいえこちらは確かな身分証明となりうる士官学校の制服を着ている。大事にはなるまい。

 一瞬、本当のことを言って警官たちにラウラらを探す手助けをしてもらおうとも考えたが、果たして彼らが学生の言葉を真に受けてくれるかも不透明だし、この複雑で戯画的な状況を上手く単純に説明する自信が無かったし、今は何より時間が惜しい。

 だから「士官学校で盗まれた馬運車を探しているんだ」と口から出まかせを言って誤魔化そうとした。といってもシメオンらは無断で馬車を持ち出したのだからまったくの嘘というわけでもないだろう。

「怪しいな」

 警官たちを従えている一際偉そうな男が細い小洒落た口髭をもてあそびながらヴィクトールたちを値踏みするような目で上から下までなめまわす。

「俺はファビアン。このセクションを管轄する警部だ。お前たちの行動を先程から見ていたが実に怪しい。怪しすぎる。俺の長年の経験からいうとだな。お前たちは何か犯罪に関わっている雰囲気が漂っている」

「そんなあやふやなもので犯罪人にされてはたまらない」

 アルマンが抗議の声を上げるも、ファビアンは一向に介さない。

「それにな、士官学校から何やら問題を起こした生徒が王都に逃げたから捕まえてくれというお達しが警察長官から来ていてな。これをお前らはどう思う?」

 どうやらソフィーが事情を話した結果、教官方は恥を隠すことよりもこれ以上事態が悪化しないことを最優先させたらしい。

 ヴィクトールたちと行動を共にしていたものの中にも校内に残った者もいる。その者たちから情報を集めた結果、警察を動かすことにしたのだろう。

「それは俺じゃない」

「だがな。こんな時間に生徒が士官学校を抜け出ているということ自体、おかしいではないか。授業があるのではないか? それとも今日は安息日だったかな?」

 ファビアン警部が芝居じみた口調で嫌味を言うと、これまた芝居じみた口調で部下がおべんちゃらを言う。

「警部殿、安息日は明後日でございます。もっともこの者どもが私たちと同じ神様を崇めているとしたらでございますが」

 ヴィクトールは心底うんざりした。といっても最近はトラブル続きでうんざりすることだらけでこれくらいのうんざり、すっかり慣れっこになっていた。それが喜ぶべきことであるかは別問題であるが。

「悪いが急いでいるんだ。ここでくだらない話をしている時間はない」

 士官学校の制服を着ていなければ殴り飛ばしているところだとヴィクトールは憎々しげに警官たちを(にら)み、そう言った。

 士官学校の生徒という身分がばれている以上、警官を殴るわけにはいかない。さすがに昔の悪童のままのヴィクトールではないのだ。

 くだらない揉め事で士官学校を退学になりたくないし、それなりに愛着が湧いてきた士官学校の名誉というものを傷つけるわけにはいかない。

「本性を現したな、この犯罪者が」

 ヴィクトールの表情を見てファビアン警部はニヤリと口元をゆがめ舌なめずりをする。罠にかかった獲物を見る嫌な目つきだった。

「ま、話は署で聞くとしようか。ゆっくりとな」

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