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革命のデゼスポワール  作者: 宗篤
第二章 アイリスの三公女
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第二十八話 テレ・ホート

「シメオンさん私に出来ることはありませんか? ぜひお手伝いをしたいのです」

 ジヌディーヌにヴィクトールのこの一件に関する全権を与えられて、あの場を離れた狐目の二回生に一人の一回生がニコニコと笑顔を浮かべて後ろから追いかけてきた。

 といっても彼は手伝おうなどという親切心から近づいたわけではない。

 手伝うことであわよくば功績のおすそ分けをといったささやかな願望を抱いたわけでもなかった。

 ジヌディーヌの取り巻き連中とて一枚岩ではない。彼らは彼らで内部にいろいろな思惑を抱える集合体である。ただ単に何も考えずにジヌディーヌを年中ひたすら持ち上げているわけではない。

 将来、ジヌディーヌの引き立ての下に、正確にはダルリアダ公爵家のコネを使って出世して一旗上げてやろうと言う野心家の集まりなのである。

 ジヌディーヌと結婚するには身分違いとは分かっていても、もしかしたら・・・という一縷(いちる)の希望に夢を抱いている者もいるのだ。

 つまり誰か一人が抜け出そうとすれば他の者は足を引っ張ろうと考えるのである。見知らぬところで抜け駆けされてはたまらない。少なくとも彼が何を行おうとしているのか情報だけでも知っておこうと企んで近づいたのだ。

「私に声をかけるとは珍しい。他の者たちに頼まれ私の見張りでも命じられたか」

 だがそんな裏などお見通しとばかりに、シメオンはぎろりと細い目の奥から非友好的な視線をその一回生に向けた。

「や、これは手厳しい」

 あっさりと自分の目論見が見抜かれたことに一回生が慌てて、頭をかいて誤魔化そうとするのを見て、シメオンは表情を崩した。

「まぁいいさ。人手は一人でも多いに越したことはないからな。手伝ってくれ」

 シメオンは相手の思惑を看破し、当人に認めさせたことで心理的に上に立ったと感じ、それですっかり満足してしまったのだ。

 手伝わせることで足を引っ張られる危険性や、情報が漏れて失敗することなどまったく恐れていない。例え手伝わせることで不都合が起きても、自分の才で押さえ込めると自惚(うぬぼ)れているのだ。

「いったい、これからどうするつもりなんですか?」

「テレ・ホートの連中を利用する」

「テレ・ホートの連中を使うんですか!?」

 一回生は仰天し狼狽した。それは頭の隅にすら浮かばなかったことを告げられたことに対する驚きであろうとシメオンは受け取る。

 つまりそれだけ自分の考えが奇抜で卓越したものであったということの証明でもある。シメオンはにやりと口の端を曲げて不敵に笑って返す。


 テレ・ホートとはフランシアの東南部ラインラントから南部ナヴァールにかけてのマシフパティエドゥシド山脈、ヴィランドリー渓谷などの起伏に富んだ地形で構成される山岳高原地帯のことである。

 ラインラント高地地帯、フランシアス高地、あるいは単にテレ・ホートと呼ばれる。

 十分な平地と水源に恵まれないため、あまり農耕に適した土地とは言えず、古くから牧畜が盛んな土地柄として知られていたが、それよりもその地での第一の産業として知られているのは傭兵である。

 古くは土地の生産性の少なさを補うために近隣一帯への略奪を行う部族が住んでいる土地柄であった。

 もちろんフランシアという国家の枠組みに組み込まれ、教化が行われた今は略奪など行われない。

 代わってその好戦性を傭兵という職業に就くことで生かしているというわけだ。

 そして傭兵だけでなく、フランシア軍部にも長年に渡って多数の人数を送り込んでいる。勇敢な彼らは戦士として優秀で、一兵卒から下士官、指揮官まで幅広い人材を輩出することとなった。

 また総じて気性が荒く、滅多な人間の風下には立とうとしなかったし、彼らだけで構成された部隊は貴族が行きたがらないような危険な戦場へ、半ば捨て駒的に投入されることもしばしばあったから、彼らを指揮する指揮官も自然とその多くはテレ・ホート出身ということにならざるを得なかった。

 中には軍隊内で出世し、軍人貴族の家柄として半ば固定化される家も出て、士官学校にも例年幾人か入学することになった。

 とはいえ貴族としての歴史も浅く、ややもすれば排他的で、民族的に荒い気性も手伝って彼らは他の貴族たちと融和できずに孤立しがちであった。だが却ってそれが仕官学校内に独自の勢力を形成することとなっていたのである。

 軍隊と言う階級制度も、貴族と言う身分制度も一向に頓着しない教官たちの手に余るはぐれ物の集団、それがテレ・ホート出身者たちの集まりであった。

 傲慢不遜な彼らだが、それでも軍隊と言うものはある程度の秩序が必要だということはわかっている。貴族政のフランシアでは高貴な家柄に産まれた人に対して無条件に従わなければならないということも。

 だからいくらテレ・ホートの出と言うだけで恐れ、腫れ物に触るように扱われる彼らでも、立派な家柄の貴族が多くいる教室には居辛いのである。

 そういった理由から、彼らは二回生の教室棟の一番左端の階段の屋上手前の踊り場をもっぱらの活動場所としている。

 今風に言うならば不良の溜まり場になっていると考えていただくと分かりやすい。

 まず普通の生徒は、取り分けいいところの貴族の出のものならば近づこうとはしないその場にシメオンは尻込みする一回生を連れて訪れていた。

 怯えを露にする一回生と違い、シメオンは威嚇するように発せられた誰何(すいか)の声を浴びても、(とげ)のある鋭い視線が注がれても、自分よりも一回り以上も大きな男たちに周囲を取り囲まれても平然としていた。

「ほう・・・ここに来て俺たちの前でその態度・・・そのクソ度胸だけは認めてやろう。だが直ぐに後悔することになるだろうがな」

 踊り場の奥に座っていた影が口からタバコの煙を吐き出すと、指の関節を鳴らしながらゆらりと立ち上がる。顔は逆光でよく見えない。

 テレ・ホートに()まう男達は概して大柄であるが、この男は更に巨躯で二メートルを越える身長、百十センチを越える胸囲を持つという見ただけで他を圧する身体を持っていた。

 傍に立たれると物凄い威圧感である。流石のシメオンも少しばかりの恐怖と焦りとを表に出した。

「お、落ち着いてください。わ、私は別に貴方がたと敵対しようと思ってやってきたわけではありません。貴方がたが興味をお持ちではないかと思われる話を持ってきただけです」

 シメオンの言葉にその大男は左の眉を持ち上げ目を見開いた。

「ほう・・・?」


「───というわけでヴィクトールという一回生は入学当初の事件でお咎めを受けず、更には今回の出来事で少しばかり活躍したことを鼻にかけ天狗になり、二回生のみならず上級生を敬わずに学内で好き勝手に振る舞い、秩序を乱しています」

「で?」

「しかも上級生だけでなく、高位の者や教官がたさえ敬わないとんでもないやつで・・・それどころか皆様方のことも馬鹿にしていると聞き及びました」

「なんだと!?」

「なんでもテレ・ホートという狭苦しい山の上で天狗になって威張っているだけが能の山猿だとか・・・いえ、これは私でなく奴が言っていることでして・・・!」

 自分の言葉で場の雰囲気が見る間に険悪になっていくのに気付き、シメオンは殴られない為に、急ぎ自分の言葉ではないと言わねばならなかった。

「なるほど生意気なクソガキのようだな」

「でしょう? 先輩方はそういった生意気を許せないのでは? 気に入らないのでは?」

「気に入らないな。だが、そのガキを本当に気に入らないのは俺たちじゃなく、てめえらじゃねえのか? そのヴィクトールとかいうガキ、ちょっとは腕が立つらしいじゃないか。てめえらじゃ相手にならず、代わりに俺たちにやらせようって腹じゃないのか?」

 見事なまでにこちらの狙いの核心を突いている。

 とんでもないことになった。自分が利用されると知っていい気で居られる心の広い人物は世間にはそう多くはないのである。

 まだ血の気の多い年頃の男、特に目の前の脳みそまで筋肉で出来ているような人種にはもっとも期待できないことだ。よくてボコボコにされ、悪ければ半殺しにされる未来図しか浮かばなかった。

 シメオンについてきた一回生は、シメオンの足を引っ張ろうと、もしくは何か有意義な情報を得ようと考えて、行動を共にしようとした少し前の己の愚かさを呪った。

 だが彼には理解出来ないことにシメオンは己の思惑を見抜かれたにもかかわらず、平然とした顔でいたままだった。にこやかに笑みをその顔に湛えるだけの余裕があった。

「さすがはテレ・ホートを束ねるガスティネルさん、ご明察です」

 すると不思議なことに相手も上機嫌に笑い出したのだ。

「素直だな。素直な奴は嫌いじゃないぞ。ふはははははははは」

「お褒めに預かり恐悦至極」

「あははははははは、そうかそうかお前も気分が良いか!」

 頭を下げて敬意を表すシメオンを笑顔を浮かべて近づいてきたガスティネルが肩を抱きかかえて引き寄せる。と、ガスティネルは急に真顔になった。

「だがな俺は自分で出来ないこと、したくないことを他人に押し付ける奴が嫌いだ。更に言うなら、他人を利用する奴は最も嫌うべき奴だ!」

 ガスティネルはシメオンをその丸太のような太い腕で突き飛ばした。

「帰れ!! 殴られて泣き出す前にな!!!」

「お待ち下さい!! ヴィクトールを気に入らない、恥をかかせたいと考えているのはジヌディーヌ様なのです! もし私たちの代わりにあの男の面子を潰していただけるのならば、ジヌディーヌ様は相応の礼をするとおっしゃられています。どうです? やる気になりませんか?」

「ジヌディーヌ・・・アイリスの三公女の一人か・・・!」

「ダルリアダ公爵家が後ろ盾になってくれるのなら、騒ぎになったとしても万が一にも退学になることもない・・・!」

 ざわざわとシメオンの耳に聞こえてくる(ささや)きはテレ・ホートの男たちの心が提案に揺れ動く様子を表していた。

 十分な手応えを感じたが、肝心のガスティネルが乗り気にならなかった。

「三公女がなんだ! その名前を出せば俺たちがひれ伏すとでも? ふざけるな!! 俺たちが金や地位で踊らされるとでも思っているのか不愉快な奴め!」

「そうおっしゃらずに! これ以上、ヴィクトールを野放しにしていると、ガスティネルさんの学内での地位を脅かすことにも───」

「失せろ!!!」

 巨体を支えるその巨大な肺をフル活用した全てを拒否するかのような一喝に、シメオンは吹き飛ばされるようにしてその場を離れるしかなかった。

 それでも手や足が飛んでこなかったところを見ると、ジヌディーヌの名前に少しは遠慮を見せたのかもしれない。


「どうするんですか。相手を怒らせちゃったみたいですよ!」

「まだ手はある」

 シメオンは痛みに顔を歪ませながら先程ガスティネルに突き飛ばされた左肩をさすった。

 ガスティネルは軽く突いただけであっても、シメオンからしてみれば同重量の相手が放ったストレートくらいの威力は軽くあったのだ。

 あくまでも失敗を認めようとしない諦めの悪いシメオンに一回生は呆れるしかなかった。

「そんなこと言っても現に・・・!」

 そんな二人にひとつの声が割って入る。

「おい」

 振り返るとそこには二人の後を追いかけてきたのか、先程ガスティネルのところにいた男たちのうちの三人ほどが立っている。

「先程の話は本当か。ジヌディーヌがケツ持ちをしてくれるっていう話はよぉ」

 やはり策は全て失敗したわけではなかった。ガスティネルは引っかからなかったが、別の獲物が針に引っかかった。喜びでシメオンは細い目を更に細めてほくそ笑んだ。

後書


お気に入りが200人突破しました! 有難うございます!!

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