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革命のデゼスポワール  作者: 宗篤
第二章 アイリスの三公女
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第二十四話 狙い

 ラインラントにおいて均衡の取れていた振り子の針を大きく傾けさせた今回の戦いも戦役を決定付けるまでの敗北とまではいかなかった。

 ラインラント方面軍全てが壊滅したわけではなかったし、メグレー将軍が素早く手当てを行ったこと、移動と補給に難をきたすラインラントという特殊な地形が足枷となってブルグント軍の急速な展開を阻んだといった様々な要因が絡み合ったからである。

 もちろん敗北の報はフランシアを大きく揺さぶった。国王はその報を受けてしばし茫然自失したというし、首都はその話題で持ちきりとなり、不穏な空気が流れているというし、軍部と議会はその対応に追われている。

 だが権力の階段に足を踏み入れるどころか、未だ軍組織の末端にもなりきれないヴィクトールたち士官学校の生徒たちにとって大きくは係わり合いの無いことであり、全ては過去の出来事である。

 もちろん友を亡くし、あるいは身体を負傷し、心の傷が癒えきれない生徒たちもいるにはいたが、それはどちらかといえば少数派だった。

 ヴィクトールも本来ならば前者に属する。

 だからその日もエミリエンヌの安息日だから外に遊びに行こうよの一言に連れられて、いつものメンツ、すなわちヴィクトール、アルマン、エミリエンヌ、ラウラとで街へ出かける。今やこの四人はどこへ行くにも行動を共にする極めて仲の良い友人であった。

 出かけるといっても、毎度のことだが特に当てがあるわけではない。日頃思っていることについて議論したり、どうでもいい他愛無いおしゃべりをしたり、馴染みのレストランに入ってワイン片手に談笑し、軽く腹ごしらえするとかそういった程度である。

 だがその時のヴィクトールは未だ頭の中に解決できない問題を一つ、宿題のように抱えてこんで悩んでいた。

「何故ブルグント軍はわざわざ三公女を狙ったんだろうな・・・」

 頭で考えていたことを何気なく口にしたヴィクトールのその言葉に、聞き捨てならぬとばかりの顔をしてラウラが口を挟んだ。

「なに? 私には狙う価値が無いとかそういうことを言いたいわけ?」

「そうは言ってない。ただ身分が高いとはいえ軍や政府の高官でもない単なる少女三人を軍事目標として狙うってのは少し不思議だ」

 軍隊は国家が欲するところを得るために動く組織である。動くからには明確な目的があるはずなのだ。

 だが三人の少女を得ることと国家の利益とがどう繋がるのか、ヴィクトールの脳内ではあまりにもかけ離れていて結びつかなかった。

「ラインラント攻略作戦のついでじゃないかな。三公女がいると何らかの手段で知って、軽く捕虜にしたいと思っただけだろう。だからこそ取り逃がして当初の目的を果たしたから深追いしなかった、と。これならば全てが上手く説明がつく」

 アルマンの言葉には確かに幾分かの説得力があった。

 だがそれは既にヴィクトールも一度考慮していた。その結果、それでも腑に落ちないと考えるに至った、一度通った道でもあった。

「ついでだとしても、結局諦めたのだとしても、最終的にその為に軍を動かしたことには間違いない。軍を動かすということは金もかかるし、兵を損じる危険も冒すことでもある。それだけの戦略的意義があったのだろうか・・・?」

 真面目に考え込むヴィクトールに対してラウラは概して能天気だった。

「カエル野郎たちの考えることなんて分からないわ。こないだも皆で考えて結論出なかったでしょ」

 ブルグントではカエルは伝統的に料理の立派な食材であるが、そんな習慣の無いフランシア人にとってブルグント人のその行動は理解しがたい行動であった。だからフランシア人がブルグント人を侮蔑して呼ぶ時はカエル野郎と呼ぶのである。

「敵であるけど・・・いや、長年戦い続けている敵だからこそ、敵の存在を軽んじてはいけないと思う。フランシア軍がバカでないように、ブルグント軍だってバカじゃない。それにいずれは俺たちも軍人として戦う相手、敵の思考の傾向を知ることは大切なことだと思う」

「それはそうね。じ、じゃあこういうのはどう? ブルグント王が私たちの噂を聞きつけてどうしても手に入れたいと思ったのよ。男は美人に弱いものよ。ありそうな話じゃない?」

 そう言うと両手の平で肩にかかった髪の毛を払い上げ、両目を閉じ得意げな顔を作って皆に見せ付けた。

「美しいって罪ね」

 ラウラの傲慢さにヴィクトールらは呆れ果てる。エミリエンヌなどは露骨に眉を(ひそ)めて口を半開きにするほどだった。

 数百年昔の部族社会の時代ならばフランシアにもそのような神話に近い話が伝わっていないことも無いが、この時代に女を求めて兵を動かすような王がいるわけが無い。ブルグントはどこぞの蛮族ではないのである。フランシアに匹敵する立派な近世の覇権国家の一角なのである。

「さすがにそれは・・・」

 どうかなと言いかけたヴィクトールの口をラウラが睨んで封じ込める。アルマンが代わってその突拍子も無い話にある疑問点を口にした。

「ブルグント王も個人の欲望で軍を動かすほど馬鹿じゃないでしょうし、他国からわざわざ(さら)わなくてもブルグントにだって美女くらいいるでしょう。いえ、ラウラさんが美しいことを否定しているわけじゃないですよ」

 必死にフォローを入れるアルマンの姿にラウラは噴出した。

「冗談よ。冗談に決まってるじゃない。本気にされても困るわ。そうね・・・真面目に理由を考えるなら、私たちの身柄を外交カードにしたかったとかじゃないかしら?」

「ラインラントと交換したかったとか?」

「もちろんそんなことは無理よ。王の身柄ででも無い限りはね。確かに三公女の実家はフランシア有数の権勢家で、宮廷内外に力を持つわ。でも私の家も他の二人の家も国家を私情で動かしてはならないことくらい十分承知している。だけど娘が可愛くない親もいない。法服貴族だって大貴族の顔色を無視できない。身柄を握られている限り、フランシアは外交の場で強くは出れないわ」

 その三公女の一角ででもあるためか、ラウラはやけに自慢げでご機嫌だった。それが人質としての価値であれ、敵に自身が高く評価されていることに満足しているのであろう。


 鼻高々にそのほどよく盛り上がった胸を強調するかのように昂然と胸を逸らすラウラを見てアルマンはふと基本的なことを疑問に思う。

「そういえば三公女っていうけど、他の二人って見たことが無い。まぁ平民の僕には縁遠い存在なんだけどね」

「エミリももう一人を遠くから見たことあるだけ! だっていつも回りに貴族のお友達引き連れて歩いてるんだもん! 話しかけられない!」

「貴族の友達を引き連れて・・・? ・・・ああ、ジヌのことね。確かに彼女はいつも取り巻きと一緒に歩いているわね。安心して別に平民だ貴族だって差別してるんじゃないの。だって私にも話しかけてこないもの。ちょっとお高く止まってんの。まぁ男兄弟の中、たった一人の女の子として家族に溺愛されて育ったって言うから無理も無いわね」

「お近づきにはなりたくない人のようだな。もっとも向こうがハナから相手してくれそうにないけど」

「ダルリアダ公爵の妹ジヌディーヌ、確かもう一人はサウザンブリア公爵の娘マリーだったか? こちらも大物だな」

 入学時話題になっただけに、ヴィクトールも名前だけは知っているが顔も姿も見たことが無い。

「そういえば俺も見たことがないな。一番交流の無い騎兵科にでもいるのか?」

 ラウラのこともあって砲兵科の生徒は多少顔を見知っている。もちろん同じクラスである歩兵科の生徒は全員顔見知りだ。となれば騎兵科にいると考えるのは自然な成り行きである。

「う、うん二人とも騎兵科よ」

「まぁそうだよな・・・大貴族の子弟なら騎兵科に行くよなぁ・・・」

 戦場での主役を歩兵に譲ったこの時代にあっても騎兵は戦場の花形である。士官学校で一番人気があり、優秀な人材が集まるのは騎兵科だ。

 そして貴族は騎兵科を目指す。法服貴族や軍人貴族などの新興貴族でない伝統的な貴族であるほどその傾向は強い。今更、重装甲の騎士の時代と言うわけではないが、騎兵であるということが彼らのステータス、あるいはプライドになっているのであろう。

 それに運送業に携わる者など極一部の例外はあるものの平民は基本的に馬に接する機会が無い。つまり馬に乗れない。そのせいもあって騎兵科には合格できないのだ。そのせいもあって騎兵科は完全な貴族のたまり場と化していた。

 それも身分が上の、階級社会において上位のステータスを持って産まれたことを何よりもの誇りとするような、あまりお近づきになりたく無い類の人種のたまり場に。

「・・・そういえばラウラは何故騎兵科に行かなかったんだ? 高級貴族の子弟といえば騎兵科に行くものと相場が決まってるじゃないか」

 名ばかり貴族のヴィクトールや平民出身のエミリエンヌやアルマンと違って、生まれからしてみればラウラが属する世界は向こう側のはずである。

「その・・・いろいろあるのよ。いろいろと」

 明確に理由を言おうとしないラウラの心情が掴めずにエミリエンヌが他意無く無邪気にその真意を訊ねた。

「ラウラっちは馬に乗れないの? それとも試験苦手で騎兵科に落ちちゃったの?」

「ち、違うわよ! 馬だってばっちり乗れちゃうし、入試でも私は上から三十番以内に入ってるわよ! 成績はいいんだから!」

「じゃあ何故? そういえば他の三公女の人とお喋りしている姿も見たことないよ?」

「私、ほら所詮は伯爵家の出身でしょ? あとの二人は公爵・・・それも超のつくピカピカの血統じゃない? 声をかけ辛くってさ。騎兵科に行かなかったのはね・・・騎兵科が貴族臭くってい辛いから」

「そんな馬鹿な 公爵に敵わないにしても、広大な所領を持つ辺境伯爵家の令嬢様がい辛いなんて言ったら、騎兵科の教室から三公女を除いて人が独りもいなくなるじゃないか」

「い辛い・・・ううん。しんどいって言うのが正しいわね。肩肘張って 礼儀を重んじて、不快や怒りを腹中に押し沈めてニコニコと笑う・・・そのくせ影でこそこそと陰口を言って人を見下す。ああいう宮廷の雰囲気って言うのはどうも苦手。私はここでヴィクトールやアルマンやエミリちゃんと話しているほうがずっと楽しいから」

「エミリもラウラちゃんと話していると楽しいよ!」

「嬉しいことをいってくれちゃって! ああ、もう本当に可愛いわね!!」

 ラウラはエミリエンヌの小さな頭をきゅっと抱きしめて頬ずりする。

「でも騎兵科に入らなかったのはそういった理由もあったけど、他にも理由があるのよ! これからは大砲の時代だと思ったからよ!!」

「大砲は攻城戦には抜群の威力を発揮するけど、最近は大砲の直撃に耐えられるように城壁を再設計し強化した城も多い。そうは思えないなぁ」

「今回のあの脱出劇で敵兵の慌てふためきようを貴方たちも見たでしょう? 攻城戦もそう。直接の破壊力もさることながら、反撃できない距離から防ぎようの無い攻撃が来るっていうのは兵士に恐怖を与えるわ。気力を奪う効果があるのよ。それは野戦でも変わらないはずだわ。私は近い将来、大砲こそが合戦での主役になると思ってるわ」

「でも兵に直接的なダメージを与えるわけじゃない。確かに玉に当たった兵士は死ぬだろうが、局所的な被害に過ぎない。大砲発射の手間と大砲の数を揃える予算、砲兵を鍛える時間を考えると銃の方が遥かに効率がいいんじゃないか。それに平野での合戦で使おうにも丘の上に設置している間に標的が逃げてしまう危険性がある」

「確かに。標的が逃げたら再度照準を調整しないといけない。まさか敵はこちらが大砲をセットし終わるまでじっとしててくれるほどお人よしではないしな。何より敵に陣地を襲われたらどうするんだ。大砲は高所に設置するから本隊とは離れた場所にいることになる。襲われたら終わりだ。まさか大砲に歩兵や騎兵を随行させるわけにはいかない。そんなことをしたら単なる死兵だ」

「ちょっと! そんなに責めないでよ! それくらい私にだって分かってるわよ! いまは使い物にならないこともね。だけどフランシアでは新型大砲や大砲を使った戦術の研究が日々行われているわ。私の実家でもお父様が陣頭指揮を取って日々研究改良が加えられているのよ。きっと近いうちに新しい大砲の用いられ方が確立されるわ!」

「・・・だといいねぇ」

「あ~っ! ヴィクトール、私の言葉を信じていないでしょ!? 見てらっしゃい、きっとそうなるんだから!」

 完全に信じていない口調で軽く受け流すヴィクトールをラウラはきっと睨みつけた。


 その横を一台の馬車が静かに駆け抜けていった。士官学校は郊外に建てられているが、流石に馬車が珍しいほどの田舎ではない。

 馬車が傍をすり抜けても、気にならないし、ましてやその中に誰がいるかなんて気にも留めない。

 だからその中から彼ら四人を見つめる目があったことにヴィクトールをはじめとして誰一人、気が付かなかった。

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